78
丸太から少し離れた位置に立ち右手に魔力を集中させたロディマスは、すぐに魔法を行使した。使う魔法は以前黒トゥレントの森で使用した、氷の初級攻撃魔法である。
「行くぞ、【アイスボルト】!!」
叫んだロディマスの右手、正確にはその手首に巻かれた木製のリストバンドからロディマスの指ほどの氷の針が発生し、5m先の丸太まで飛んでいき突き刺さる。
そして突き刺さった周囲を5㎝ほど凍らせた後で氷の針が消えたのを確認してから、ロディマスは振り返った。
「どうだ?これが俺の魔法だ」
「氷だんしすげーような、そうでもねーような?なんたらっちゃしてけん?」
「・・・何語だ?」
「あー、あーー。氷の属性だからぁすごいけどぉ、そうでもないわねぇ?何をしたのぉ?」
「ほう、今の言葉はそう言う意味なのか。実に興味深いな。だが、それはそれとして、未だに質問の意味が分からん。具体的に言え」
「杖なかっちゃが、どうなっとんね?」
「ああ、杖か。それは、これが杖代わりだからだ」
そう言ってロディマスは手首に巻いてある木製のリストバンドを見せた。
それを見た少女コーリは、首をかしげていた。
「そんだばもんで、出来るだか?」
「大魔法は無理だが、この程度ならば全く影響はない」
杖は基本的に、己の内にある魔力を一時的に貯めておく桶みたいなものである。
そしてその許容量は、素材の質と大きさに比例する。
ロディマスのリストバンドは、サイズが小さい上に安価なトゥレント製なので、容量がとても少ない。
だが、初級魔法を使うだけならば申し分がなかった。
「ほぁー、なっほどのぉ」
「どうだ?貴様も使ってみるか?」
「ええんけ!?」
「無論だ。気に入ったのなら、格安で売ってやろう」
「まんじか!?おめ、太っ腹だでな!!」
「少し待て・・・。おいミーシャ、来い!!」
遠目で一勝負終えたらしいミーシャを確認したロディマスは、ミーシャを大声で呼んだ。
するとミーシャは駆け足で近寄り、気が付けば音もなくロディマスの目の前に辿り着いていた。
その早業と身のこなしに周囲の者たちは驚いていたが、ロディマスにとってはいつも通りだったので特に気にすることはなかった。
「ミーシャよ、リストバンドの予備を三つ全部出せ」
「はい、こちらです、ご主人様」
「ああ、・・・?妙に生暖かいのだが?」
「懐で温めておりましたから」
何その気遣い?とどこかで聞いた草鞋の話を思い出しながら、ロディマスはそのリストバンドに【コールドブロウ】を吹きかけてから、コーリに一つ手渡した。
「これは俺の予備でまだ使っていないものだ。若干の手違いはあったが、新品だ。使ってみろ」
そう言ってロディマスは、営業スマイルを浮かべた。
リストバンドを受け取り嬉々として嵌めるコーリを見て、最初はどうなるかと思った先ほどのやり取りも、今となっては感謝の気持ちさえ湧いてきている。
そして、こいつはいいカモになるかもしれんと、ロディマスはほくそ笑んだ。
相手は今ノリにノっているランク伯爵の子飼いであるカーディナル子爵の娘である。
金はあるし、珍しいものも好きで、しかも一族揃って散財する趣味も持ち合わせているとライルからは聞いていた。
ならばこの娘も物珍しいリストバンド型の杖をぼったくり値段で買い取るだろうと考えたのだが、ロディマスのそんな勘は見事に当たった。
「す、すげぇ!!こりゃすげえやん!!こ、これいくらすんべや!?」
「それは留め金の一部がミスリルで、さらに加工が少し特殊でな。少しばかり値が張るのだが、それでも値段を聞くか?」
そう言ってロディマスが値段を聞く以上は買えよ?と若干脅しをかけるが、勝気なコーリはロディマスのそんな言葉にも全く怯まずに、むしろより一層乗り気となって値段を聞いていた。
「かめへん!!こんなん今までなかったでよ!!欲しいで!!」
かかった!!と思ったロディマスは、金貨5枚だと値段を告げた。
そして予想通りコーリは即決したが、懐から金貨5枚を取り出してロディマスに差し出してきたのにはさすがに驚いた。
「買うで!!めっちゃ買うで!!」
「ああ、毎度あり」
なんで金貨5枚もの大金を持ち歩いているのだ、と言う疑問を口にせず、ロディマスは引きつった顔で無難にやり過ごした。
「俺にもそれ、売ってもらえないか?金なら用意するから」
そうしてコーリが即買いしたら、今度は別の生徒もロディマスにそう声をかけてきた。
その少年は魔法使い組ではないが、欲している訳は、話を聞けば納得のいく理由であった。
「杖さえあれば火の初級魔法は使えるんだ。でも、今までは杖がないとダメだったから諦めてたんだ」
「ほう、そうか。しかし黒鉄の装備をしていると魔法は発動しないが、いいのか?」
ロディマスが念のためにそう注意すれば、少年は首を振って大丈夫だと答えた。
「日常で魔法を使うのに杖を持ち歩かないから。でもそれがあれば、いつでも手軽に火を起こせる」
杖を持っているのは、己が魔法使いだと喧伝するようなものである。
そしてそれを嫌う者は多く、彼のように人目を憚りながら魔法を使うものは決して少なくはない。
それはそれとして、ロディマスは魔法使いに対するそんな世間一般の偏見に呆れつつも、少年に答えた。
「そうか、そう言う理由なら構わん。金貨5枚、用意しておけ」
「ああ、分かった。1週間以内に用意する」
「よかろう」
「な、なぁ。今のって、どうなんだ?」
「何がだ?」
「いや、アイツが言ってた日常で魔法を使うってのは、その手首のだけで出来るのか?」
そう言って更に食いついてきたのは、別の生徒だった。
そうして次々と生徒たちがロディマスの元に集まった結果、王子が動いて生徒全員分のリストバンドを用意する事となったのであった。
「野外訓練時に役に立ちそうなので、俺が人数分を全て支払おう。全員分、用意したまえ」
「あれは試作品だからな。全員分ともなればさすがに今期中には作れん。渡すのは来年度が始まってからになるが、いいか?」
「来年の野外実習に間に合うのでれば十分だ。それと、少しばかり気になったのだが、それで完成ではないのか?」
「性能的には完成しているが、商品化するには機構が複雑で量産には向かないのだ。今、簡素化する為に知恵を絞っている最中だな。今のままでは金貨5枚でも足が出る」
実際の原材料費やバイバラとドミンゴの作業費用と、ペントラルから王都まで運ぶ運賃のみならば、それでもなんとか金貨2枚で収まる範囲であり、十分にボロ儲けなのである。
しかしこれを量産するとなると、今の形状ではバイバラとドミンゴの手を止めなければならない。
そう言う方向での損失は金貨5枚など凌駕してしまうので、ロディマスとしても作りやすい形状を見つけ出すのは急務だった。二人のトップ職人ではなく、その弟子たちが作れるようになれば、格段に値が安く、しかも大量に作れるからだ。
「そうか。騎士団でも使いたかったが、そう言う事情ならば製品化するまで待つとしよう。今はひとまずここにいる生徒全員分が最優先だ。来年までに用意できるな?」
「それは大丈夫だ。そして量産化の目途が付き次第、追って知らせよう」
「それは助かる。期待しているぞ」
こうしてロディマスは、第四王子ギルバートとのコネクション作りに密かに成功したのだった。
〇〇〇
あれから3か月、多種多様な訓練を受けたロディマスは、いい加減実家が恋しくなっていた。
まず戦闘訓練は2対2や3対3、あるいはそれ以上の人数の団体訓練を行ない、同時に様々な戦術を体験する事となった。
そして様々な訓練、特に連携や野外設営などの集団行動の為の訓練を重点的に行なった結果、ロディマスは指揮能力の高さを遺憾なく発揮し、いつしか平民だから等とは言われないようになっていた。
そんな、一見すると順調そうなその訓練の中で、レイモンドの指揮能力の低さと、ロディマスの戦闘能力の低さが顕著に出る結果となったのが、ロディマスの機嫌を損ねた原因だった。
「二人は足して二で割るのが丁度いいのだが、君たちは半分に割ってくっつけられないだろうか」
「無理です!?」
「ふざけるな!!」
そんな王子とのやり取りに憤りを感じながらもロディマスは訓練を続け、しまいには家に帰りたくなったのであった。
□□□
そして、季節は夏。
「坊ちゃん、お久しぶりです」
学園が半年休みに入り、ロディマスもようやく実家に戻れるようになった。
そしてその帰りの足にキースを利用するよう父に頼み込んでいた結果、無事にキースは王都へと派遣されたようであった。
「キースか、では戻るぞ」
「早くないですか?もうちょっと王都でゆっくりしていてもいいですよ」
「いや、一刻も早く戻るぞ。例の件、話は通ったのだろう?」
「ええ、フーリェへはいつでも行けますよ。名目も、坊ちゃんが手紙に書いた通りでいけました」
フーリェとは、エルモンド領の最西端にある魔物の森に面した城塞都市であり、一昔前までの前線基地のような危険な場所である。
しかし危険と言っても今は昔ほど魔物が発生しておらず、王国騎士団も撤収しているので激戦区と言う訳ではない。
ただしそれでも毎日魔物は沸いており、今このタイミングで傭兵団『暁の旋風』が魔物の森へ赴くのは、本来であればエルモンド伯爵に大いに歓迎されるものである。
しかし、『暁の旋風』は傭兵団を名乗っておきながら、実質的にはアボート家の私兵である。
そんなものをそのまま受け入れるわけにはいかないと、ロディマスの予想通りにエルモンド伯爵が断っていたのである。
「だが、さすがに俺の宿題と傭兵たちの慰安を兼ねた今回の旅行は断れなかった、と」
「ええ、それにどうやらエルモンド伯爵の嫡男からも一言あったようですね」
「レイが?あの阿呆め、余計なことをしおって」
「向こうに着いたら挨拶しにいかなければなりませんねぇ」
「面倒だな。終わってから時間があれば寄ることにしよう」
「それでいいんでしょうかねぇ」
それでいいのだ、とロディマスは心の中だけで答えつつ、他にやり残しがないか考えた。
兄ハワードへは昨日のうちに挨拶を済ませている。
教官であるギルバートは、すでに戦地へと旅立っているので挨拶の必要はない。
アリシアは遅れて実家から迎えがくるらしいので、放置している。
「うむ、これでいい。では、帰るぞ」
「分かりました。ミーシャちゃんもいいいかい?」
「問題ありません」
「では、出発しましょう」
王都を出た三人は、ある程度王都から距離を開け、それからキースの特殊技能【翔馬招来】で一気に街道脇を駆け抜けた。
途中、いくつかの商隊の脇を抜けて、さらに街を抜け、3時間ほど走ったところで休憩となった。
「この街で馬を交換します。そしてご飯を食べたらまた3時間。それでペントラルです」
「そうか。しかし、反則だな。これほどの魔法、魔法使いでも使えんぞ」
「神聖国には使い手が何人もいるって話なので、俺専用スキルって訳でもないんですよねぇ」
「何!?・・・、いや、まさかミーシャも使えたりするのか?」
「え?私ですか?・・・、考えた事もありませんが、やってみましょうか?」
「いや、ダメだ!!貴様が・・・、光魔法を使えることは誰にも知られてはいかん。いいな?」
「・・・、はい。覚えております」
「ならいい。今のは忘れろ。では飯を食ったら行くぞ」
「はい。早く帰って休みましょう」
「貴様はいつもそれだな」
やる気なさげにフラフラしているキースを半眼で睨みつつ、さしておいしくない昼ご飯を食べたロディマスたちは、1時間の休憩後、アボート商会の支部で新しい馬を用意してから再び走り出した。
それから走ること、2時間半。
ロディマスはペントラル領へと帰ってきた。
そしてその帰りすがら、元パン工房、現ベリス工房へと足を運んだ。
相変わらず店は繁盛しており、野外席にも人が溢れていた。
ロディマスはとりあえず、近くにいたベリス工房の制服を着た女性の近くへ寄った。
背は高く2m近くあり、しかも出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいるナイスバディの美人である。
前世的にはスーパーモデルを思わせるような存在が、茶色い髪を後ろで縛っただけのシンプルな髪型をしていた。
それを少しもったいないなと思いつつ、ロディマスは雇った覚えのないその店員に話しかけた。
「エリスかベリスはいるか?」
声をかけられたその女性は、振り向きロディマスを見た。
横顔からして美人だと思っていたロディマスだが、睫毛は長く、恐らく化粧はしていないだろうに整った顔立ちは、ありのままの魅力だけで見る者を魅了する美しさがにじみ出ていた。
そんな女性に、思わずロディマスは見とれた。
しかし、直後に我に返り、再度問いかけた。
「おい?聞いているのか?エリスかベリスはいるのか?中か?」
すると、その目の前の女性が頬を指で描きながら、こう答えた。
「寂しいねぇ。ちょっと会わない間にアタイを忘れたのかい?ロデ坊ちゃん」
「・・・、は?」
「え!?もしかして、ベリスですか!?」
「ミーシャも分かんなかったのかよ。たった半年なのに薄情だねぇ。でも、また無事に会えて嬉しいよ。お帰り」
「あ、ああ・・・。いや、本当にベリスなのか?」
「あ、ロディ君だ!!お帰り!!」
そう言ってエリスが飛びついてきたのを、ロディマスは見事に左から右へと受け流した。
「酷いよ!?」
「酷くはない。それよりもエリスよ、この女性はベリスで間違いないのか?」
「え?うーん、そうだけど・・・、お姉ちゃん、ちょっと痩せたからね。分かんなかった?」
「ああ、美人になりすぎて分からなかった」
「び、美人!?ア、アタイがかい!?」
「そうです。ベリスは美人だったのですね」
「ミーシャぁ?そりゃちょっとどういう意味だい!!」
「その物言いは、ベリスですね。オバさんみたいなその言い方は、間違いないです」
ベリスが、そんな確認の仕方があるかい!!と吠えていたが、ロディマスは気が気ではなかった。
確かによく見れば目の前の女性には、ベリスの名残がいくつも見られた。
キリっとした一重に、力強く引かれた眉、シャープな顔の輪郭と、様々な部位にロディマスは見覚えがあった。
それに何よりも、やや高くなっているものの、声はベリスなのである。
まずい、本気で惚れそう。
今のベリスの容姿は、まさにロディマスの前世の好みにピッタリフィットしていたのだった。
そうやってベリスを観察していたロディマスに、エリスが声をかけてきた。
「あのね。お姉ちゃん、ロディ君がいなくなってから、ご飯もあんまり食べなくなってね?それでこんなに痩せちゃったの」
「ご飯を・・・?いや、そもそも痩せると言う程度か?骨格さえ違って見えるのだが?」
「最近ずっと店で忙しかったからねぇ。昔のように体を鍛えてないからさ。もしかすると、もうコッチではロデ坊ちゃんには敵わないかもしんないねぇ」
コッチと言いながら右手を軽く握って胸の前でフラフラさせる。恐らく剣を持っているジェスチャーだろうとロディマスは思ったが、以前は野蛮だと思ったそんな動作でさえ、ロディマスには魅力的に写った。
「その時は俺が守ってやろう。いやしかし、本当に見違えるほどきれいになったぞ。素晴らしいな。制服もよく似合っている」
ありのままの本音でロディマスが褒めると、しかしベリスは顔をしかめて愚痴っぽく反論した。
「そりゃアタイは美しさとは無縁の身だったけど、いくらなんでもそりゃないよ坊ちゃん。それじゃぁまるで、今までがブサイクだったって言ってるようなもんじゃないか」
「あ、いや、そうだな。違うのだ・・・ああ、どう言えば良いのか」
「う、クスン。ロデ坊ちゃんに弄ばれてしまったよ、エリスぅ」
「はいはい、ベリスお姉ちゃんもウソ泣きなんてやめてよね」
「い、いやエリス、それはもしかすると、本気で泣いているのではないか?お、俺はどうしたらいいのだ?」
「ロディ君は動揺しすぎだよ!!いくらお姉ちゃんが綺麗になったからって、酷いよ!!私はどうなの!!ほら、ほらぁ!!」
「酷いですね。私も同感です」
「いやぁ、坊ちゃん、そりゃないよ。女性の扱いと言うものがなってないよ」
「いや、ミーシャも最初はベリスだと分かっていなかっただろう!?何故そちら側へ行っているのだ!?しかもキースは・・・覚えていろよ?ヴァネッサに言い付けてやる」
「坊ちゃん、八つ当たりは良くないぜ?男なら、諦めが肝心なんだから」
気が付けばミーシャもベリス側へと回っており、それにキースまで参加していた。
まさに、四面楚歌であった。
「何故だ!?」
「おう、坊主、帰ってたのか?って、お前ら何やってんだ?」
ロディマスが叫んだ直後に、長身の男、アグリスが現れた。
そして周りからの冷たい視線に晒されているロディマスを不審げに眺めながらも、臆することなく近寄ってきていた。
そしてそれを見て、まさに好機であると判断したロディマスが、アグリスに駆け寄った。
「アグリス!!貴様!!よく来てくれた!!」
「あ、ああ?なんだァ?王都に行って一皮剥ける所か退行してんじゃねーのか!?」
「いい、今はとにかく、貴様だけが頼りだ。俺は逃げるぞ!!後は任せた!!」
「え?ちょっと待てコラ!!」
「あ、ロディ君が逃げた!!お兄ちゃん!!捕まえてよ!!」
「もう見えねーンだけど!?逃げ足だけはハエーなオイ!?」
そうしてアグリスを囮にして、ロディマスは工場の守衛室に逃げ込んだのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。




