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いくつかの未来の記憶を覗いて、その中でも特に目に付いたのが自分専用に最適化された戦い方だ。
ロディマスはそんな自分の目指すべき場所を思い出し、呟いた。
「完成形は見えているが・・・、理想は遠く、遥か彼方、か」
本格的に鍛錬を始めて目指した直後、それがあまりに険しく遠いと改めて知ったロディマスは肩を落とした。
魔法と物理の両方を兼ね備えた、いわゆる魔法戦士と言う形がロディマスの目指す完成形である。
だが、魔法と物理、それらは本来両立は出来ないものでもあった。
物理用の武器は金属製で、理由は何よりも硬いから。
魔法用の武器は木製で、理由は魔力を通しやすいから。
特性がその利点だけならまだ工夫しようもあるが、それぞれが逆の特性に対しては弱いという難点がある。
金属製の武器は魔法を通しにくく、木製の武器は脆い。
そんな当たり前の話が、一番の壁だった。
勿論、ミスリルと言った真逆の性質を持つファンタジー金属も、その逆となるエルダーキプロスの枝と言ったファンタジー木材も存在はするが、いずれにせよ硬さと魔力の通しやすさを両立してはいない。
なお、エルダーキプロスはヒノキの古木で、長い年月を経て魔力を蓄積させた希少な樹木の事である。
しかしその木はトゥレントと言う魔物が多く生息する場所でしか手に入らず、その有り様からロディマスは入手の困難さを思い出す。
そして当然の事ながらミスリルも希少なもので、魔法銀と言われている通り、銀に長い年月をかけて魔力が蓄積されていったものである。
いくらアボート商会と言えども、武器に出来るほどの量をおいそれと手に入れる事は出来ない。
そんな希少な物体たちではあるが、中途半端に魔力が通るが柔らかい金属と、鉄よりは硬いが一段上の黒鉄と互角程度の硬さしかない枝など、やはり実戦では使い物にはならない。
「ままならんものだな」
希少な上に現場では役に立たず、結果として権力者が自分の力を誇示する為の儀礼用の素材。高く売れるが使い道はい。
それが世間一般の希少金属や希少木材に対する認識である。
まるでゲームの換金オンリーの謎アイテムだと、それら希少素材に対する考えをまとめた。
その上で、もう一度、どうやれば魔法と物理を両立できるかを考えてみる。それしか道が無い以上、ロディマスには迷う理由もなかった。
「どうすれば、両方の悪い点を相殺できるのか」
この世界には杖術と言うスキルもあり、木製の素材を武器に出来るのが売りの、ロディマスにうってつけに見える技能もあるが、日本のソレとは異なる完全防御の武術である。
こちらの杖術は、合気道にも似た動きで飛来する矢や接近された際に相手をいなす為くらいにしか使えない護身術のようなものである。本来攻守ともにバランスの良い杖術が、素材の強度の都合で守り一辺倒となっているのだ。
それを思い出したのをきっかけにして、今までの常識の範疇ではまるで解決の糸口が見えない問題なのだと、ロディマスは気付いた。
ゲームや小説、空想の世界ならともかく、この現実の世界ではまず物理と魔法の両立は難しい。
そして、前世を思えば命が軽く余裕の無いのがこの世界である。
そんな場所なので、成果が出るかどうかも分からないこの手のマイナー武器の研究が進んでいない。
どこかに趣味人がいて、杖術の研究を、あるいは棒術の探求を進めているのかもしれないが、あいにくとロディマスにはそのツテも、それに心当たりのありそうな未来の記憶もなかった。
そうなると、現状で最も効果的なのは、右手と左手で異なる素材の武器を扱うというものだった。
対処療法的ではあるが、それぞれ特性の違う二つの武器を使えば、安直ではあるが一応は解決する。
二刀流。
日本人であれば誰しもが憧れたある種ロマンを備えた理想的な構えを思い出し、ロディマスは自分好みだと口角を吊り上らせた。
だが、二刀流をするくらいなら盾を持つのが、この世界の常識である。
しかし常識に囚われていては何も成しえないと結論を出したロディマスは、迷う事無く二刀流の道を選んだ。
そして次に、前世の日本のゲームの記憶を思い出す。
万能型、いや、器用貧乏な王子型と言うべきロディマスが目指したソレは、まず一番最初の武器選びの段階でほぼ全員が躓く道だった。
結局この世界もゲームと同じで魔法戦士は難しいと言う結論に至ったが、諦める気はなかった。
「そもそも、王子と言うガラか・・・」
そう悪態をつき、気を紛らわせるために、側にいる人物に目を向けた。
その側にいるミーシャは、先ほどからの通り無反応である。
特に彼女に向けた言葉ではなかったが、さすがに眉がピクリとも動かないのはいかがなのもかと、ロディマスはこちらの問題に対してもため息を吐いた。
ロディマスに全く興味を示さないミーシャに、こいついつも仏頂面だよなと、ミーシャの能面が張り付いたような無表情を見て、同じく無表情な自分の事を棚上げにして、そんな感想が頭を過ぎった。
食事中はあんなに嬉しそうだったのだから、無感情と言うわけでも生来の無表情と言うわけでもないのは、ロディマスも気が付いていた。
ならば奴隷と言う立場も手伝って、頑なになっているのだろう。
とは言え餌付けが通用しない相手となると、実はかなり厄介なのではないかと、ロディマスは変化のないミーシャに危機感を募らせていた。
ミーシャにデレ期は来るのだろうか。
いや、ないだろう。そこまで望んでもいない。
だが、なければないで困るのかもしれない。友達レベルのデレ、トモデレくらいの気持ちは芽生えて欲しい。
そんなロディマスの不毛な葛藤は続くも、自分と相手の心の問題だから根気よく続けるしかないと前世の自分が慰めたような気がしたので、こちらに関しては一旦保留する事にした。
そんな先の見えない目先の二つの問題の中で、しかし、数多の己の未来の中でこの魔法戦士に対する正解に限りなく近い形の理想形があった。
それが、ロディマスにとって今は救いだった。
考えるべき事が多い中で未来の記憶は時に道しるべのような役割を果たしてくれる。
ロディマスはその破滅した記憶に引っ張られないように、それでいて最大限有効活用しようと記憶を探っていく。
記憶の中にある戦い方の中で比較的活躍していたものの一つは、マイナーどころか存在しないと思われた短杖の二刀流だった。
打撃武器でなおかつ木製。金属で強度を補強すれば最低限の受けは行えるので、杖術との相性は悪くないものを武器に選んでいた。
ただしその戦い方をしていた未来の記憶を覗くに、やはり一般的な戦い方ではなかったからか、多少はマシではあったが、それでもとても雑な動きだった。
死に物狂いで戦った未来の自分でさえ極みには届かなかったのだから、今は考えるだけ無駄だと悟った。
無駄な努力に終わるかもしれない。
そんな思いを脇に置いて、もう一つの有力候補である長杖の一刀流を思い出す。
こちらは棒術の上位技能である【魔力棍】を習得しており、近接能力はかなりのもとなっていた。
もしかすると、近接能力では随一だったかもしれないとロディマスは記憶を掘り起こした。
しかし短杖二刀流の時とは異なり、【魔力棍】で魔力を使い切っているので遠距離攻撃が行えず、生存能力はほぼ互角なものの、余力と言う面では短杖二刀流に大きく劣っていた。
そして頭の痛いことに、活躍出来なかったようだが出番だけは一番多かったのは剣である。
己でもうすうすと感じていた事だが、一流の商人であり、また一流の剣士でもある父の血をついでおきながら、ロディマスには剣の才能が乏しかった。
つまり、ロディマスは元々魔法使いだったのである。
この世界には三つしか分類はない。
剣士か、魔法使いか、それ以外か、である。
それ以外とは、力が一定に満たない弱者、そしてロディマスの目指すような後天的な魔法戦士と言った特殊なものである。
いくつもあるのにそれ以外に分類されているのは、単に弱いからだった。あるいは、この世界には必要とされていない素質。
そう、己の【魔王の卵】のような、厄介な加護を受けた者たちもまた、必要とされていないからこのような扱いなのかもしれない。
しかし、これ以上考えるのは悪い方向へ深みに嵌まると気付き、ロディマスはこれ以上この問題を考えるのをやめて、自分自身について再度考え始めた。
ロディマスには剣の才能にしても全くない訳ではない。それがさりげなくも大問題で、それが故に騎士団長にも迫ると言われている父の剣に憧れた。憧れてしまった。
魔法の才能があるのに剣を鍛えた。
そんな中途半端さゆえに、伸び代豊富な幼少期に前衛として鍛えてしまったので、今は魔法戦士の道しか残されていなかったのである。
10歳だからまだ辛うじて転向のチャンスはあるが、魔王が復活する10年以内に魔法にせよ剣にせよ極めれるかと言われれば、
「そんなものは無理だ。バカじゃないのか、うんこちゃんめ」
とロディマスは空中に向かって即答する自信があった。
「しかし、杖術の道を選んだ場合は幾分かマシなのか?いや、酷い物だな」
他のルート以上に好戦的なその未来の自分たちを思い浮かべ、ボロボロとなっていく様を映像として何度も見る。
そこには、思わず自分自身の未来に悪態を吐きたくなるほどの醜悪さを、特に杖を用いていた未来からロディマスは感じていた。
剣の道では食っていけず、それ以前にそもそも生き残る事が至難だった。そんな未来。
精神的に追い詰められ、人生の袋小路に辿り着き、生きるが為に仕方が無く剣を、信念を捨てて杖を取った。
だがそれでもなお全てを諦めきれずに、守りの杖術ではなく攻めの棒術に走った。
本来後衛であるはずの自分が、夢を諦めきれずに前衛の真似事をした。
あまりに中途半端すぎる己の才能と、中途半端すぎる努力は、最低最悪の結果を招いている。
未来の記憶の中で、騎士Aみたいな名も無き人物に無様に斬り捨てられる様は、自分自身のハンパさが招いた結果だったのだと、ロディマスは己の無様さに頭を抱えた。
「信念を捨てた者の末路などこんなものか。実に下らんな」
未来の自分の数多の結末を見てロディマスはそう感じ、その不甲斐なさに呆れた。
才能を中途半端に開花させ、結果として自滅しているようでは話にならない。勇者に勝つのだと息巻いておいて、その手前の取り巻きにすら軽くあしらわれている未来の自分。
「いくらなんでもそれはない」
ロディマスはその情けなさにさらに呆れた。心底呆れた。失望したと言ってもいいだろう。
そして、焦って手短な逃げ道を選んでもロクな事にならないと、学習した。
しかし今の段階で未来の過ちに気づくことが出来たのはロディマスにとっては行幸だった。
幸運だと言い換えてもいい。
だが、その絶望的な内容そのものは、不幸以外の何物でもなかった。
「それが分かった所で、どうにかなるほど楽な人生ではなさそうだ」
目指すべき場所が遠い上に、かつての自分が望んでいた道とはかけ離れていた事に気付いたロディマスは、今日、何度目かのため息を吐いた。
しかし魔法使いの道を真っ当に進んでいた己にしても、残念ながらそれに気づいたのが遅かったためか、並程度の使い手にしかなれていない。
魔法使いの才能は、剣の才能よりも高い。
だが、それでも素質そのものが一般人の上位レベルでしかなかった。
それも手痛い事実だと、ロディマスは思わず顔をしかめた。
【ステータス】で才能の有無や能力の限界が分かればいいのだが、肝心要の【ステータス】の項目には、自分が既に取得したものしか表示されない上に、レベル表記などの強弱に関わる情報が一切なかった。
どうでもいい年齢、性別、血縁なんかを表示するよりも、他に表示すべきことがあるんじゃないのかと、思わず神とやらに心の中で抗議を行なった。
この思いよ届け、と、ロディマスは天を仰いで拳を振り上げ、自分は何をやっているんだろうと言う気持ちになり拳を下ろした。
ミーシャは相変わらず、ロディマスの独り言にも、このような奇行にも何の反応も示さない。
今は自分の事に意識を割くべきだと、神への怒りを発散させつつ、ミーシャの事を見ない事にして、やや前向きになった所で、ロディマスは再度過酷な未来の記憶に目を向けた。
そしてロディマスは、己のスペックの低さにうんざりとした。
あまりない方の才能である剣の方は、魔法使いだった自分の未来の結末よりも悲惨だったのである。
まず、剣を所有しているのも、あくまで護身用として片手で扱えるショートソードが最も多く、他の大きさの武器ではそもそも戦いになっていなかった。
重すぎて、それ以上の大きさの武器がうまく振るえなかったのである。
ロディマスはそのあまりの情けなさに涙が出そうになった。
しかしそれをすんでの所で堪え、少しでも有用な情報を得ようと未来の記憶を詳細に眺めだした。
するとぼやけたその映像の中で、剣を持っていないもう片手にはリストバンドと邪気眼布が巻かれていたものが、最も効率よく戦闘を逃げ切れていたと知った。
リストバンドは木製で、魔法を使うたびにわずかに光っており、これが杖の代わりをしていたのだと推測出来た。それだけが、ほぼ唯一の収穫と言ってもいいくらい剣士だった自分は情けなかった。
その情けない剣士風の自分を心の中でこき下ろす。
「剣士風、いや、むしろ剣士ごっこか。滑稽すぎるな。結末を知った今では、その必死な姿もまるでピエロだな」
あまりの情けなさに、ロディマスは心の声をお漏ししてしまっていた。
剣士だった自分の未来の記憶では、確かに最後の魔王復活までは生き延びているが、その間は惨敗に継ぐ惨敗、敗走だらけと言う有様の、大変に忌々しい記憶だった。
あまりの苦痛に見るのを辞めて、ロディマスは眉間をもんで少しだけ休憩する事にした。
しかし、こうやってなんとなくではあるものの、色々と考えていると、多少なりとも妙案が浮かんでくる。
それが、ロディマスにとっては救いだった。
どうやら頭のスペック自体は悪くないようであると一安心した。
「それに、未来と今で違うのはこの記憶か」
この記憶、とは未来の自分が唯一かつ確実に持ち合わせていないもの。
それは、おぼろげながらも有用な未来と前世の記憶である。
そして前世の記憶には、こんな記憶があった。
杖のようで杖ではなく、棒のようで棒ではない、片手で扱える鈍器のような何か。
「トンファーか。なるほど、そんな面白いものがあるのだな」
トンファー、小旋棍とも呼ばれている小型の木製武具である。
武器ではなく武具なのは、それが防御にも扱われるが為であり、この世界からすれば重くない取り回しが自由な盾、つまり防具に近いと言うイメージからであった。
「杖術が防御に特化しているのなら、トンファーと組み合わせれば俺の思い描く戦い方に近づくな」
右手に剣を構え、左手にトンファーを構える。
常は右手の剣で防御し、緊急時にはトンファーでいなしつつ杖として機能させて魔法使いとして立ち振る舞う。
ロディマスは、何だか少し、格好いいと思ってしまった。
「これはいける。いけるぞ」
思わず小さくそう呟いてしまうほど、今の自分の状況に合っていると感じてしまうほどだった。
しかし、それを実行するには多くの問題があり、その中でも最も大きい問題はこれだろう。
「トンファーなんて特殊な武器は、一般には出回っていないだろうからな」
トンファーが、どうにもこの世界の標準的な武器にはないように思えた。
これはライルにも確かめてもらえば確実だろうが、少なくとも己が購入できる範囲では存在しないのは、未来の記憶で一度も見なかった事が証明していた。
そしてそんなトンファーを選んだ事を、喜ぶべきか悲しむべきか躊躇した。
しかし、今までとは異なる選択だったのを素直に喜ぶ事にした。
そうとなればどうするかは、自明の理であった。
ロディマスはわがままである。
ないなら作らせればいいと、そう思い立ち瞑想をやめて裏庭から去ろうとして立ち上がった。
「どっこいせ」
立ち上がるその際に、隣の屋敷の三階から見えた少女を睨みつけた。
自分が鍛錬を始めてから見かけるようになった少女で、どこぞの公爵家のご令嬢。
その少女が己と目が合い、気まずげな顔をしながら窓辺から消えるのを見届けてから、やっとロディマスはその名前を思い出した。
「アリシアめ。高みから見下ろして、全く忌々しい小鳥ちゃんだ」
そう呟いて、ロディマスは伸びをした。
一方、地面に座り込み奇妙な構えをしたまま目を瞑ってひたすらブツブツと呟く奇天烈なロディマスの姿に、さすがにミーシャも無表情を解いて嫌悪感を露にしていた。
しかしそれには気付かずに、そんな彼女を引き連れてロディマスはその場を後にしたのだった。
3/16 表現を若干変え、余計な文を一部省きました。ストーリーに変更はありません。