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走り終わった生徒たちが冷たい視線で見守る中、ロディマスは11週目を走っていた。
「おい、あと一周だ、行くぞ」
「ハァ・・・ハァ・・・」
「ングッ!!ま、魔法は使っちゃ・・・だ、めなの・・・・・・?」
「ダメだ、許可されていない。許可されていない魔法の使用は厳罰を食らう。いいから、いくぞ」
「あ、ああ・・・すまねぇ・・・アボート」
「気にするな。ただの気まぐれだ」
これ以上の話は無用だと、ロディマスは彼らの前へと出て先導した。
そしてその背中を見た彼らもまた、その意図を汲んだのだろう。文句ひとつ言うことなく、ロディマスの背中を追った。
そしてロディマスとその三人が無事にゴールした時、待っていたアリシアが抱き着いてきた。
「おい、なんの真似だ」
「お帰りなさいのハグよ、どう、嬉しい?」
「・・・、訓練中だ、あとにしろ」
「ウフッ、あとならいいのね?」
「失言だ、忘れろ、うんこちゃんゴールド」
「もっと素直になりなさいよ、うんこちゃんブラウン」
「それは直接的過ぎる!!・・・、三人も、もう息を整えたみたいだ。並ぶぞ」
「はーい」
ロディマスとアリシアの一連の流れを見て呆然としていた生徒たちも、ロディマスのその言葉に我に返って王子を見た。
王子の手の砂時計が、今丁度落ち終わった所だった。
「ふむ。初回だが、脱落者が出なかったのは見事だ。では諸君、次の指令だ」
「・・・、はい」
「随分と素直になったものだ。続いても、拒否は許さん。レイモンド、ロディマス、前へ出ろ」
「はい」
「はい!!なんだろうな!?」
「・・・、いいから前を向け」
「おう!!」
王子の前なのに全く緊張していない所か、王子を無視してロディマスに向いてくるレイモンドを諫めつつ、ロディマスは王子に向かい礼をした。
慌ててレイモンドも礼をしたが、王子は特に気にするでもなかった。
「今から君たち二人はこの者たちのリーダーだ。指示を出す係とも言う。分かったか?」
「はい。リーダーと言う大任、謹んでお受けさせていただきます」
「え?何?リーダー?何ですかね、それ?」
「いいから返事をしておけ!!」
「え!?あ、はい!!」
「元気があるのは結構。だが、上官の前でそんな弛んだ態度は宜しくない。上官の命令は絶対で、即座に返事をするのだ。それと、命令は復唱をする事。良いな?」
「はい!!リーダーをさせて頂きます!!」
もう滅茶苦茶だとロディマスも思ったが、次期伯爵であるレイモンドに部下としてのしつけをする気がないのか、王子はそれ以上突くことなく、次の指示を出して来た。
「では二人に命令だ。彼らを先の通りに整列させ給え」
「はい。整列させます」
「はい!!やります!!」
「今すぐいけるかね?」
もはやレイモンドを全く視界に入れず教育放棄をし始めた王子に少しだけ呆れつつ、ならなんでレイモンドを起用したのか問いたくなったが、諦めた。
先に王子の質問に答える為である。
ロディマスの答えは、否、だった。
「少しだけ打ち合わせを行なわせて下さい」
「何分だ?」
「5分以内です」
「1分なら許可する。やり給え」
「ハッ!!」
そう言って王子が小さな砂時計を取り出してひっくり返したのを見て、ロディマスも慌てて振り返り指示を出す。
「先に貴様らに言っておくが、俺は庶民だ。文句は後で聞く。今この場では俺がリーダーだ」
「フン!!だったらレイモンド様が指示を出せばいいだろ!!」
「黙れ。この阿呆に指示など出せるか。いいか?まず今の並びを5つに分ける。ここと、ここと、ここと、ここと、ここだ」
「おい、話をき!?」
「いいから黙りなさい。さっきから不愉快ですわ」
「アリシア様・・・なんで庶民を庇うのですか!!」
「そして全32人中、俺とレイモンドを抜いた30人を5列6人に並べる。今のうちに、自分が高い方か、低い方かを大雑把に考えていろ。そうして並んだら、本格的な整列だ。前の人間より背が低いと思ったら、前の人間の肩に右手を置け。俺の合図で前から順番に前後を入れ替わる」
ロディマスは、手を叩いた。
「ハイ!!これが合図だ。そして次は横だ。ホー!!これで横を入れ替える。左側の方が背が高いと思ったら肩に左手を置いてから、合図で移動だ。ハイ!!ホー!!ハイ!!ホー!!、このリズムを忘れるな」
「おっけ!!いいね、ハイホーハイホー!!」
「一分だ。では、いいな?」
「はい」
「ハイ!」
「始め!!」
いきなり始まった王子からの試練だが、合図とともに即座に動いたのは、レイモンだった。
先ほどまでの胡乱なやり取りから一転して、レイモンドはロディマスの指示を的確に把握していたのか、素早く動いていた。
まず大きい者と小さい者を二種類に分けて、それを更に指示して細分化していく。
レイモンドは真面目な表情で、君はあっち、君は向こうだと言いながら、テキパキと仕事をこなしていく。
そんなレイモンドの豹変ぶりに驚いたのか、文句を言っていた生徒たちも素直に言う事を聞いていた。
その手腕とカリスマ性に驚きつつ、このままの勢いなら乗り切れると確信し、ロディマスも細かな指示を飛ばす。
そして粗方整い、5列が作られた所で、ロディマスが手を前に出した。
「では行くぞ、まずは前後だ、ハイ!!」
パンと言う柏手と共に数人が入れ替わった。
それを見て、移動を終えたのを確認してから、肩に手を置いた数人を見てからもう一度、合図を出した。
何度もそれを繰り返し、誰も肩に手を置かなくなるまで行なった。
そして11回目の移動の後に、誰も肩に手を置かなくなったのを確認してから、ロディマスはレイモンドに指示を出した。
「俺たちで最終確認だ。一周しておかしな並びがないか見て、問題なければ終わりだ」
「分かった!!」
そう言うや、一瞬のうちに一周してきたレイモンドが、ロディマスの前にいた。
「は?」
「問題なかったぞ!!さすがだな!!すごいぜ!!」
「あ、ああ。ならば俺と貴様は、ここと、ここだ」
思わずの『勇者』特急に唖然としながらも、自分たちも列の最前少し前に並び、王子に向き直って報告をした。
「教官、32名、全員整列致しました!!」
「ほう、砂時計もまだ少し残りがあるが、どれ、見せてもらおうか」
「ハッ!!」
「ふむ、やり方を見ていたが、これは、ほう。見事だ」
「ありがとうございます!!やったなロッディ!!」
「まだ整列の命令は生きている。うかつに動くな。貴様一人の所為で失格となるやもしれんのだぞ?」
「うっ、悪い!!」
レイモンドのそんな自由奔放さに呆れた。
そして、この今の姿と未来の『勇者』が結びつかずに、ロディマスは心中では大変に混乱していた。
未来の記憶の中のレイモンドは、爽やかな男ではあったが、いかにも『勇者』然としていた。
人に優しく、自分に厳しい。
自分以外女性ばかりパーティで、誰にも手を出す事のない生真面目な男。
少なくともロディマスの記憶の中では、このようなチャラ男ではなかった。
「さて、諸君らには一方的な物言いばかりだったが、これ以上の誤解を与えないように説明をしよう。楽にし給え」
「はい」
「ではまず、最初の命令についてだが」
そう言って王子は解説を始めたが、ロディマスは自分の予想通りだったのでさして驚きもせず、黙って話を聞いた。
一部の生徒からは驚きの声が上がったものの、それも全体の半数以下だった。
「そして、諸君らに最も誤解をしないで欲しいのだが」
粗方説明が終わった所で、王子が目に力を込めて、一同を見回した。
その視線に一部の気弱な生徒が短く悲鳴を上げたが、王子はそれでも視線を緩めることなく、こう告げた。
「我々騎兵団は、突出した個人の才は求めても、身勝手な個性は認めてはいない。仲間を見捨てるような者は、最悪その場で処刑だ」
「処刑!?」
「和を乱す者は、敵よりも厄介である。よって、その場で、こうだ」
そう言って首を横に掻き切る仕草をする王子に、この世界でもそう言う表現なのかとロディマスは全く別の場所に着目していた。
「さて、そこで諸君には、馴れ合いと助け合いの違いを理解してもらいたい」
「馴れ合いですか?」
「そうだ、レイモンドよ。いいか?走らせている時に、ロディマスとアリシアが手助けをしていたな?あれはどちらだと思う?」
「え、えーと・・・、分かりません!!」
「分からぬ時に素直に言うのは結構だが、今は学習の時間だ。少しは考えて、自分なりの意見を述べよ」
「え、うえ!?マジか、困ったな。あ、えーと、馴れ合い!」
「理由は何だ?」
「勘です!!」
「そうか。正解は、助け合いだ」
そう言って、王子はロディマスに向いて、尋ねてきた。
「ではロディマス。私が何故、君らの行動を助け合いだと判断したのか、分かるか?いや、分かっているからこそあの行動だったのだろう。その判断基準を述べよ」
え?面倒くさいからイヤです、と言う言葉を飲み込んで、ロディマスは王子に向かい口を開いた。
「はい。独自の考えで恐縮ですが、私は『ネガティブリスト』を自ら作り、それに則した行動を行ないました」
「ネガティブリスト?聞かん名だが、それは君の出自に関するようなものか?」
「はい。商人として『してはならない事』に重きを置いた判断をしておりました。今回の場合ですと、教官の指示から逸脱しない、集団行動を乱さない、脱落者を出さない、危険行動を行なわない、の四つです」
「ふむ。具体的には、なんだね?」
「まず、先の走り込みで言えば、走る以外の命令を受けておりません。魔法の行使は、魔力の温存の観点からも許可を得ていないと判断しました。従者もこれに該当すると考え、利用しませんでした」
そう説明すると、王子も目を瞑りウンウンと頷き、続きを促してきた。
この触りだけで終わりだと思っていたので、ロディマスは憂鬱な気分になりながら、残りも説明した。
「集団行動を乱さないのは、他の順調に進んでいる者たちには声を掛けなかった点です。私はみなと同じ平の身分なので、その権限を持たないと判断しました」
「そうだな。それは正しい判断だ」
「ありがとうございます。あと、脱落者を出さないは、幾分か余力のある私が、遅れていた彼らのケアを考えました。危険行動については、魔法の行使の他にもしも全力で駆け抜けるような者がいれば諫めるつもりでしたが、これは不要でした」
そうして一通り説明を終えたロディマスは、王子の反応を待った。
「なるほど、そうか。良く分かった。では、反省点はあるか?」
はい来た、絶対聞かれると思った。
ロディマスは心の中でそう悪態を吐きつつ、平然とした顔で王子に答えた。
「はい、あります。今回、許容されるだろうとの思い込みで彼らの鎧を脱がせましたが、これは私の独自で勝手な判断でした。現場判断が必要な時があるとは言え、教官が側におられたので、先にお伺いすべきでした。申し訳ありません。また、私が彼らのフォローに回った事も独断でありました。申し訳ありません」
一通り語り終え、ロディマスが王子を見たら、王子の顔が険しいものとなっていた。
それは威圧するような面構えであり、非難しているかのようでもあった。
「そうだ。結果としては丸く収まっている。その為に助け合いとの判断を下した。だが、正直言えば、ロディマスの体力はそこの者共を思えば、決して多くはない方だ。力も、それほどないのだろう。指揮官や参謀としては有能だが、現場での対応力については難が、君にはある。気付いたのが君だけだった事こそが、この場では最も悪い点だろう」
「はい」
王子のそんな最もな指摘を受けて、ロディマスも素直に頷いた。
自分の力の限界など、この体に携わって1年にもなるので、誰よりも分かっていたのである。
そして王子も、そんな素直なロディマスの反応に、表情を緩めた。
分かっているならそれでいい。その表情から、そう言われたような気がした。
なんだか、この人の下でなら上手くやっていけそうだと、ロディマスは感じた。
しかし、そんなやり取りに水を差す空気の読めない男が、この場にはいた。
「な、なんでロッディが責められてるんだ!?おかしいでしょ!!」
「おい、上官の話に口を挟むな。それと俺をロッディなどと珍妙な名前で呼ぶな」
ロディマスがそう注意するものの、レイモンドは止まらずに、とうとう王子の前にまで歩み寄ってしまっていた。
そんな非常識なレイモンドの態度にも、しかし王子は気にするでもなく、逆に問いかけていた。
「レイモンドよ。君は何故、リーダーとして選出されたか、分かるか?」
「え?えーと、分かりません!!」
話に割り込んできたレイモンドに手を焼いている様子の王子が、頭に手を置いていた。
そのジェスチャーはモロに、頭が痛い、と言うもので、ロディマスも思わず王子に同情した。
しかしさすがは歴戦の騎士であり、最前線を支える騎士団の副団長であった。
言葉をすぐさま探し出して、レイモンドに告げた。
「正直に言えば、君のはただの親の力だ。だが、そう言うものも力であると、認識しなさい」
「親の・・・親父のですか!?」
「そうだ。伯爵家の次期当主として、立派なリーダーになってもらわねばならぬと、伯爵より進言されてな。この学園にいる間に、それを学んでもらう」
「は、はい・・・」
やはりな、と言うのがロディマスの感想だった。
出来そのものは悪くないこの次期伯爵も、落ち着きがない所や考えなしな所が足を大いに引っ張っているのだろう。
これが男爵や子爵レベルならば、庶民に近いいい領主となったのだが、大きな領地を抱える伯爵であれば、話は違ってくるのである。
彼個人の資質とは別に、そう言う上に立つ者の意思や覚悟が問われる。
13歳の彼には、少しばかりロディマスも早い気がしたが、この世界は15歳で成人なのである。
彼の成長を待つほどの余裕もないし、時間もない。
「だから、諦めずに、考えなさい。私もかつては、君のようなイノシシのような男だったのだ。私に出来て、君に出来ないはずはないのだからな」
「!?・・・、はい!!」
厳しいことを言ったかと思いきや、優しく諭す。
さすがは第四王子と言うだけはあるとロディマスは感心した。人心掌握の基本である、下げてから上げるをさりげなく行使している。
そしてそれに対していい笑顔で元気に返事をしたレイモンドを見て、この二人はなんだか良い師弟になりそうだとロディマスは他人事のように眺めていた。
そんなロディマスに、王子が初めて笑顔を見せて、こう告げた。
「そして、上に立つ者のあるべき姿を、ロディマスから学ぶのだ」
「はい!!よろしくな、ロッディ!!」
「何故だ!?」
いきなりいい笑顔でヤンチャクレのレイモンドの教育を己に丸投げしてきた王子に、思わずロディマスは叫んだが、王子は気にするでもなく次の指示に移っていた。
「では次は、お待ちかねの戦闘訓練だ」




