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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第二部 王都 学園編
75/130

72


 アリシアと別れてから一か月。

 その間ロディマスは、午前中は鍛錬に費やし、午後は学園に併設させている図書館へと通っていた。

 そして粗方めぼしい本にアタリを付けたところで、学園が始まった。



 しかし始まりはしたものの入学式など特にはなく、事前に教えられていた部屋に集まった6人がクラスメイトだと教えられただけ。

 場所も、豪華な個室に個人用の肘付きソファーが円形に並んでいる、絵に描いたような談話室だった。

 サロンと言ったらお洒落なんだろうか、とロディマスも思わずそんな益体のないことを考えてしまったほど、学園の名とは程遠い優雅な環境だった。


 そんな学園生活を実際に体験してみた所、そこは前世日本にあるような学校ではなかったと確証が持てた。

 行われる講義もお粗末なもので、貴族たちの談話がメインのただの社交場であったと言うのが、ロディマスの率直な感想だった。


 更には、クラスメイトの面々も、ロディマスがアボート商会の者であると教えられていたのだろう。

 特に誰かが絡んでくることもなく、ロディマスは平穏すぎる学園生活に早くも嫌気がさしていた。




「しかし、退屈な授業だったな」


「騎士とはどうあるべきか。貴族とはどうあるべきか。毎日、そのようなお話ばかりでしたね」


「そうだな。まぁ、この分では明日の訓練実習も期待は出来んか」


「そうね。まさかここまで低レベルだとは思いもよらなかったわね」


「全くだ。道理でペントラルの貴族連中が腑抜けばかりだった訳だ。背後で操る分には悪くないが、ああも愚かでは将来が不安になるな」


「それを思えば、ベルナントの方々は優秀でしたね」


 今やロディマスの片腕として立派に秘書もこなすミーシャのそんな一言に、ロディマスも同意した。


「そうだな、ミーシャ。アーカインは実によくできる男だった。部下に持つのであれば、あれくらいキレる男がいい」


「実際にもうあの男爵は、あなたの部下みたいなものでしょ?私の婚約に一番乗り気だったのが彼だったって話だし、パパも彼から話を聞いて婚約を決心したって言っていたもの」


「ほー、そうなのか。それは初耳だぞ、アリシ・・・あ?」


 ミーシャと話していると思っていたら、いつの間にかいないはずのアリシアと話していた。


 何が起こったと言うのか。

 催眠術?超スピード?


「いや、何故貴様は、ここにいる!!」


 ロディマスは思わず立ち上がりアリシアを指差したが、直後に失態に気が付いた。


「あら~?図書館ではお静かにして頂かないと、オホホホホ」


「グッ。いや、なんでもない。悪かった、静かにしていよう」


 ロディマスの叫びに反応した書士が本棚から顔をのぞかせたが、素直に謝ったら帰っていった。


 この学園に通うものは、従者とロディマスを除き、全員が貴族なのである。

 書士も、食堂のおばちゃんも、清掃に来るおっさんも、全て貴族である。

 そんな中、平民と言うカースト最下位のロディマスは、事を荒立たせない為に、素直に謝ることにしている。



 机に片肘を乗せて、ロディマスはアリシアを睨んだ。


「それで、どうして貴様がここにいる?まさかミーシャに会いに来たとでも言うんじゃないだろうな?」


「あら?それは当たりよ。それと、あなたにも会いに来たの。フフッ、嬉しい?」


「帰れ」


「ちょっと!?なんでよ・・・?」


「腐っても公爵家とは言え、部外者は立ち入り禁止だ。特に図書館は厳重な管理がされているのだぞ」


「そう言う理由なのね。でも問題ないわ」


 問題大有りだろうと突っ込みたくなったのを堪えたロディマスは、アリシアがどんな言い訳をするのかを待った。

 そしてニマニマと笑うアリシアに、彼女がそこにいてもおかしくない、ごく自然な理由があったのにロディマスは気が付いた。

 気が付いて、しまった。



「まさか、貴様・・・」


「ええ、そうよ。私もこの学園の生徒なの。どう、嬉しい?」


「何故だ?」


「え?」


「何故、来たのだ。ここは遊び場ではないと、分かっているだろう?」


「いや、あなたの事情が特別なだけで、私は真っ当に入学してるわよ?」


「なんだと?」


 そう指摘され、ロディマスは考えた。

 そして、アリシアの言葉の意味を理解した。


 したが、意外だった。


「貴様は最前線の従軍義務に励むものかと思っていたが」


「なんでよ?」


「何でと言われてもな・・・」


 血気盛んで正義感が強いアリシアなら、自ら進んで戦いに参加すると思っていたからである。


 しかし、違うとアリシアは言外に告げていた。

 だが、ロディマスには彼女が戦わない理由が思いつかなかった。



 すると、そんな悩めるロディマスを見かねたのか、アリシアが正解を口にした。


「あなたの子供を産むのに、戦場なんて行ってられないでしょ?」


「・・・、は?」


「結婚するって、そう言う事でしょ?それにパパが孫に領地を継がせたいって急かすのよ」


「・・・、・・・?」


「いえ、無言で私を指差されても、私にはアリシア様のお考えは分かりかねます」


「・・・? ?・・・、???」


「ご主人様、そのお口パクパクは、さすがに読唇術でも読み取れません」



 ロディマスは 混乱していた 。





「なんでそこまで驚くのよ。結婚するんだから、当然でしょ?」


「あ・・・え・・・い・・・う?」


「もう、らしくないわよ?」


 そう言って、鼻をツンと人差し指で突いてくるアリシアはとても愛らしく、思わずロディマスも見とれてしまうほどだった。


 そして、いい加減、己の勘違いや思い違いではないのか、との考えに至り、恐る恐るではあるが、ロディマスはある事を、アリシアに確認した。


「アリシアよ。・・・、うむ、いや、なんだ?貴様は、ひょっとして俺に惚れている、のか?」


 口の中が乾いていくのを感じつつも、ロディマスはなんとかその言葉を捻り出した。

 そして、そう聞かれたアリシアは、キョトンとした顔を浮かべていた。

 目を真ん丸に見開き、口を半開きにしたまま、ロディマスの顔を眺めていた。


 これは怒られる流れだ。


 ロディマスはすぐさまそう直感し、即座に受け身の姿勢をとった。

 しかしアリシアの答えは、そんなロディマスの予想をはるか彼方に置き去りにするほどのインパクトだった。


 アリシアは、表情を緩め、微笑を浮かべながらロディマスの頬を突いて答えた。



「今頃気付いたの?私の、お・う・じ・様?」



 そう言って小首を傾げるアリシアは可憐で、正しく大貴族のお嬢様と言った雰囲気であった。

 そしてその空気にあてられ、ロディマスは何も言えなかった。



「あなた、顔が真っ赤よ?フフフ」


「んな!?クッ、ぬうぅぅ」


 そう指摘され、思わずロディマスはアリシアから視線を逸らした。それどころか身体ごと捻り、アリシアに背を向けるように座り直した。

 そして、心の中で言い訳をした。



 だって、女の子に告白されるのなんて初めてなんだもん!!



 だもん・・・だもん・・・だもん・・・・・・。



 己の心の声が脳内でループする中、ロディマスは必死で考えた。

 何を考えるでもなく、とにかく必死で考えた。

 それほどまでの混乱だった。


 そんな中、アリシアがロディマスの背中にそっと手を置いて、耳元で囁いた。


「でもね。急に変われだなんて、言わないわよ?」


「な・・・にがだ?」


 辛うじてその言葉を絞り出し、なんとか振り向いたロディマスにアリシアは笑顔で告げた。


「今まで通りでもいいのよ。だって、今、とっても楽しいんですもの」


 心底楽しいと言う笑顔でロディマスを見てからアリシアは立ち上がり、今度はミーシャに向いた。

 ミーシャはそんなアリシアの行動に驚き、肩をこわばらせていた。


「そ・れ・に」


 そんなミーシャの肩に優しく手を置いて、(ささや)くようにつぶやいた。


「独り占めする気もないわ。だから、第二、第三夫人も許容するわよ。浮気は許さないけど、紹介してくれるなら受け入れるわ。そう言うのも男の甲斐性って言うもの。ね?ミーシャ?」


「わ、私に話を振られましても・・・」


「あらそう?ならいいけど?フフフ。そろそろ時間だから、戻るわね」


「あ、ああ・・・」


「明日は合同授業だから、一緒の授業を受けるのよ。それではまた、お会いしましょう。御機嫌よう」


 優雅に礼をして、アリシアは去っていった。




「やられた・・・。完全に手玉に取られたな・・・」


 ロディマスは、まさかアリシアが本気でそう思っていたとは知らず、今までの行動を振り返り反省した。

 そもそも、最初から己に惚れるなどあり得ないと思っていたのである。よって、全くと言っていい程、女扱いをしてこなかった。


 だからこそ、最もあり得ない未来だと考えていた。


 だからこそ、アリシア勇者化計画を(くわだ)てた。



 それが今、根本から瓦解した。




 10本あるクジの中の、存在しないはずの11本目を引き当てようとして、何故か抜けたクジ箱の底から金の玉が出てきた気分であった。


 何千何万もある未来の中で、今世のロディマスが引き寄せた未来は、恐らく神も全く予想していない未来だろう。

 そして当然、ロディマス本人もこれは全く予想していなかった。



 しかし、悩んでいても始まらないと、ロディマスは己に活を入れた。

 幸いにもミーシャはまだ手元にいるのである。最悪は、アリシアとペアを組ませてこの先の戦乱の時代を切り抜けようかと考え始めた。

 しかしそれは本当に選びたくない選択肢だったので、ロディマスはそんな心境を表に出したままミーシャを見てしまった。



 そして、その視線を受けたミーシャは、泣きそうな顔でこう告げてきた。


「あの、私はお邪魔でしょうか?何ならもう、どこかよそへと・・・ベルナントの方々なら受け入れて頂けそうですし・・・」


「それは困る!!」


「・・・、え?」


「それは、困るのだ。傍にいろ、ミーシャ」


「え、うえ!?」


 戦いたくないと言ったアリシアに続き、ミーシャまでいなくなってしまったら、どんな結末を迎えるか分かったものではない。

 このまま行くと、未来の記憶以外の、別の破滅のルートに一直線である。

 それだけは混乱中のロディマスでも理解が出来たので、なんとしてでも阻止したくてミーシャを引き留めるべく、ミーシャの手を握り、こう言葉をかけた。


「ミーシャ、俺には貴様が必要なのだ」


「え、ええ!?」



 そして、ぽつりと先ほどの感想を呟いた。


「あのうんこちゃんゴールドめ。とんでもない爆弾を落としていきおって・・・」


 惚れた腫れたに野暮を言うつもりはない。

 感情は、コントロールは利くが計算づくで全てがうまくいくわけではない。それは、前世の経験からロディマスも分かっていた。

 だから、彼女が己に惚れたと言うのであれば、真摯に向き合う覚悟もあった。


 ぶっちゃけ、振るつもりだった。


 つもりだったが、先のアリシアを見て、そんな思いも消し飛んだ。

 あの言葉を口にするのに、どれだけの勇気がいったのか。

 平気そうな口調とは裏腹に顔が真っ赤だったアリシアの事を、無下には出来なくなっていた。


 いい女だと、本気で思ってしまった。



 しかし、自分には【魔王の卵】がある。

 これがどのような作用を起こすか分からない以上、近すぎる間柄は危険だと今も考えている。

 万が一ではあるが、己がこの【魔王の卵】に屈してしまった時、己の死を悲しむ者が増えてしまう。

 負ける気などサラサラないが、生き延びる未来に向けて、不安な要素は可能な限り排除したかった。



「アレについても、どう解決すべきか・・・」


「アレ・・・」


 思わずついて出たその言葉に、ミーシャがオウム返しをしていた。

 さすがに今の流れで【魔王の卵】関連だと気付くことはないだろうが、余計な疑問を持たれるのも具合が悪い。

 ロディマスはそう考え、ミーシャの思考がそちらへ流れないように、今日の所は撤収する事にした。


「気にするな。さて、仕方がない。今日の事は風呂に入ってさっぱり忘れて寝るとしよう」


「忘れるのですか!?」


「ミーシャ、声が大きいぞ」


 ミーシャにそう注意しながら、ロディマスは書士に睨まれながら図書館を後にして、自室に向かった。




 そして、その日の晩。


「それで、今日もまた、共に寝るのか?」


「はい。何か問題があおりですか?」


「いや、特にはないが」


「そうですか、ではお休みなさい」


「あ、ああ。お休み」


 学園の寮は大きな個室に従者用の小さな部屋が加わった構成である。

 風呂もトイレもキッチンも完備しており、寮での暮らしは実家よりも良いものだった。

 まるで高級ホテルのような待遇だが、これは恐らく家を追い出された貴族の子弟たちの不満を逸らす為だろうと言うのが、ロディマスには分かった。


 何せクラスメイトは、むしろそう言う者たちばかりだったからである。

 しかも平民であるロディマスに無体を働かないのも、自分たちにとっては取り入る方が都合がいいと判断したのが、彼らの態度から伺えた。

 それを判断できる程度には頭の回る彼らを抱き込めれば、新たなレバノン商会の戦力になるのではないかと、ロディマスは密かに考えていた。

 だが、彼らは未だにロディマスを遠巻きに見るだけで、話しかけてはこなかったのである。

 よって、ロディマスもその案は保留にしていた。



 ロディマスは、思考を部屋に戻した。

 今いるベッドは、ツインサイズの大きい物である。

 その為に、ミーシャが共に寝ても狭いとは感じなかった。

 ミーシャが隣で寝ていても、特に違和感はなかった。


「いや、それでも何かがおかしい・・・」


 そう呟くが、幸せそうなミーシャの寝顔を見て、考えるのを辞めた。


 「今日は、色々あった。考えるのは、明日にしよう」


 いつも通り、問題の先送りをして、ロディマスは眠りについた。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

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