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「いや、何だ、知り合いがな、最前線で知り合った女性に心を惹かれたと言い出したのだ。だが、その男は武骨な男なのだ。気はいいが、分かるだろう?」
「あ、あー、ハイ」
かろうじてハワードに返事をしたロディマスだが、その内容に頭痛がした。
そして気を紛らわせるために、前にあるお茶を飲もうと腕を伸ばそうとして、自分の腕が掴まれているのに気が付いた。
「アリシア・・・、手を離せ。これでは茶に手が届かん」
「フーン。いいわよ、ほらどうぞ」
「いや、茶を取れと言ったわけでは・・・、まぁいい」
かなり強引なアリシアの行動に、いつも通り言うだけ無駄かと観念したロディマスは、アリシアからカップを受け取り茶を飲んだ。
口の中に広がる豊かな茶葉の香りに、この舌に残る強烈な甘みは何かと考え、ロディマスは思い至った。
「砂糖・・・。兄上、これは砂糖を入れていますか?」
「む?あ、ああ。最近になって神聖国から多くの砂糖が輸入されるようになってな。・・・、いや、そうだな。多少なら融通も利かせられるぞ、どうだ?何か良い案があるのであれば、聞くが?」
「対価が砂糖なら知恵を出すのも吝かではないですね。相手のお方の身分や身なりが分からないと何とも言えませんが、先ほどの侯爵様の件と同じでよろしければ、手はあります」
「しかし、男物の下着にまさかリボンを付けるわけにもいくまい?男らしさを演出しようと、鉄板を埋め込むなど案は出たが、どれも今一つであった」
どうやらハワードも様々に考えたようである。
しかしそのどれもが微妙な所を察するに、下着の装飾文化はまだこの国では始まったばかりで、素人である己が口出しする余地があるのが伺えた。
「兄上、下着には発想の転換が必要なのです。今までの固定概念を捨てて、慎重かつ大胆になる必要が」
「そうなのか?」
「ええ。女性物の下着もそうだったのです。今までは娼婦の物だと思われていたお洒落な下着も、一つアプローチの仕方を工夫しただけで、今や貴族様方がこぞって買い求める逸品となりました。男物も、そうあるべきなのです。それも、既存の技術を生かしつつ、です。そうでなければ製作コストが跳ね上がってしまいますからね」
「そうか、一理ある。して、そこから導き出された案とは何だ?」
ロディマスの理論に興味をひかれたのだろう。食い入るように前のめりになったハワードに、ロディマスはドヤ顔で提案した。
「ブリーフです」
□□□
「私、結局自己紹介してないわ、ハァ」
「手紙は渡したのだ。それでいいだろう」
「良くないわよ!!兄弟揃って下着の話で盛り上がるなんて、レディに対する配慮がなってないわ!!」
「むしろあの場に無理やり同席した貴様が悪いのだ。文句を言うな」
「私は興味深かったです。まさかあのような制作秘話をお聞きできるなんて」
げんなりとしているアリシアとは対照的に、ミーシャは目を輝かせていた。
しかしそんなミーシャに、アリシアは半眼で告げた。
「ミーシャはこう見えてエッチだから、仕方がないわね・・・」
「しょ、しょんなことはないでしゅ!?」
「噛んでるぞ。しかしミーシャは、そうなのか?何と言うか、意外なのだが・・・」
「そうよ!!ミーシャってばね、ロモゴモガ!?」
「ア、アリシア様ママママママ!?こちらへどうぞ、こちらへ!!」
ミーシャはアリシアの口を塞ぎ、そのまま道の端まで引きずっていった。
「ミーシャちゃんは護衛をほっぽり出して何してんですかね」
「俺が知るわけがなかろう。まぁ、ここならそう危険はあるまい」
「ですかね。しかし坊ちゃんはモテますね」
「ほう?なら代わるか?毎度頭や顔の形が変形する可能性もあるが、どうだ?」
「い、いえ、ご遠慮致します!!」
傭兵の一人であるその男が大慌てで首を横に振るのを見て、ロディマスはため息を吐いた。
「本当に困ったものだ」
そうぼやきながら、街中を練り歩く。
ロディマスご一行は現在、アボート商会第二支部から歩いて北へ向かっている。
宿の前の大通りから続いている道なので迷うことはなく、それから10分も歩かないうちに門の前へと到着した。
「坊ちゃん、お早いお着きで」
ロディマスに声をかけてきたのは、先行していた傭兵団の残りの一人である。
彼らはハワードとの会談には同席出来ないので、先回りしてこの門で待っていたのだった。
そして、予想外に長引いた兄との会談が成功したことを告げ、次いで労いの言葉をかけた。
「こちらは大成功だ。その為に時間がかかったが、だいぶ待たせたか?」
「いえいえ。俺ら、これが仕事なんで。それに王都なら退屈もしませんぜ」
「そうか。今回の門越えは外へ出る側だからすぐに済む。さっさと行くぞ」
そう言ってロディマスは北の門で手続きをしようとした所、猛スピードで突っ込んできた謎の物体Aに腕を掴まれた。
そして勢いそのままに物体Aを中心にして空中を一回転したロディマスは目を回した。
「な・・・なんだ・・・!?」
「ちょっと待ちなさいよ!!婚約者に挨拶もなく行ってしまうつもり!?と言うか、もう行くの!?」
「な、なな・・・」
「アリシア様。ロディマス様は軟弱なのであまり強い衝撃を与えないで下さい。砕けます」
「そ、そう。相変わらず泥団子のように脆いのね」
好き勝手言っている女子連中に、ロディマスは酔ってしまい気持ち悪さを抑えていたので何も言えなかった。
そして、そんなロディマスの様子を見ていた傭兵たちからは、「ひでぇ」「なんて事だ」「俺、ああいうの好きかも」「一度でいいからなじられたい」などと感想が飛び出していた。
そのまましばらく地面にうずくまっていたロディマスは、ゆっくりと立ち上がり、回復したのを確かめるように首を回した。
「はぁ、死ぬかと思ったわ。貴様はいつまで経っても乱暴者だな」
「誰が乱暴者よ!!」
「それで、これから貴様はどうするのだ?先の物言いだとここで別れるようだが?」
「フン!!そうよ!!私は私の用事で王都に来ているの。だからここで、一旦お別れね」
「そうか。だがミーシャはやらんぞ。その腕を離せ」
「いいじゃない!!臭くないミーシャは私の癒しなのよ!!」
「クサクナイ ミーシャ!?」
ミーシャの頭に顔をうずめてグリグリと頬を当てているアリシアに、心底ショックを受けたミーシャが呆然と呟いていた。
そんな周囲に毒をまき散らすアリシアの様子に呆れたものの、もしかするとアリシアも長い間ミーシャに会えずに寂しかったのかもしれないとロディマスは思い直した。
思えば、最初に会った際も「寂しかったの?」と自分から問いかけていた。そして兄との会談の際も気が付けばずっと手を繋いでいたし、頭突きも何度もされた。
今まで以上に過剰なスキンシップは、もしかしたらそう言う寂しさを埋めるための行為だったのかもしれない。
乱暴なその態度も随分とかわいらしい理由が故だったのだとロディマスは気付き、多少の痛みは我慢する事にした。
「そうか。今だけだぞ。友達がいないかわいそうな子であるアリシアの為に、ミーシャを少しだけ貸してやる」
「誰が友達がいないかわいそうな子よ!!い、いるわ!!それなりに!!」
「そうかそうか。とりあえずあと1時間は時間がある。二人でその辺をブラついてこい」
「グッ!!この!!・・・、ええ、いいわ!!ならあなたも一緒に来なさい!!」
「俺は手続きがある。ここを離れられん」
「何よそれ!!まったく、意地悪なんだから」
「いや、意地悪なのは貴様だろう」
手続きがあるので動けないのは本当なので、ロディマスも普通に答えたが、アリシアは怒りつつもミーシャを離さずに、結局二人で近場に買い物に出かけた。
「アリシアの護衛も大変だな」
「公爵家ご令嬢ですから、それほど心配する必要はなさそうですがねぇ」
「そうか?」
「むしろ心配なのはミーシャちゃんでしょうな。何せ獣人ですから」
「ここらはウチの島だから、入店拒否をするような所はないだろう」
「ま、そうですね。学園に着きゃ坊ちゃんの従者として身分も保障されますからね」
「そうだな」
ロディマスは傭兵の一人の言葉に、改めて学園について考えた。
先にその男が述べた通り、ミーシャはロディマスの従者として学園に同行する事になっている。
従者を伴うのはどの生徒も同じで、さすがは貴族ばかりしか通わない学園だと、聞いた当初は呆れた。
だが、王立の学園と言えども予算には限りがあるので、貴族の子弟には貴族自ら人を付けさせると言う判断は合理的と言わざるを得なかった。
「して、坊ちゃん。これからの予定の確認をさせて頂いてもよろしいですか?」
「ん?ああ、そうだな」
いつの間にか、アリシアとミーシャの護衛に出た二人以外の四人が、ロディマスを取り囲むように陣取っていた。
見張りが二人に、聞き手が二人。
傭兵たちの見事な連携により、一瞬の間に見事な陣形が出来上がっていた。
「一応、聞いてはいるんですがね。それでもまさかって思いましたよ」
「ふむ。どこまで聞いている?」
「ええ。半年後、ペントラルに戻ったら、そのまま西へ俺らを引き連れて、西の森へ遠征する、と」
「そうだな。学園での課題の一つにそう言うものがあるのだ」
この学園、貴族の子弟が多いからか、初年度は半年しか授業がないのである。
二年目以降も、学園行事としての遠征が秋から冬にかけて行われる。
つまり、一年目は学園に通うのは春から夏までであり、秋、冬は大半が実家で過ごすのである。
そして居残り組は実家から厄介払いされた者たちであり、王都に押し込められる。
学園所属であれば寮に無料で住まわせてもらえるし、朝晩も提供される。そして、王都であれば職に困ることもないから、と言う理由であった。
そして学園は、その休暇期間中に最低一回の『獣の討伐』を義務付けている。
体面上は、騎士を目指す身分であれば、民を守るために戦うべし、と言うもの。
だが実際は、貧乏人は傭兵に交じって狩りをして来いと言うものであった。
「『ノブレスオブリージュ』。税で飯を食っている貴族ゆえの義務、と言うべきか。形骸化されているものでもあるが、それでもプライドの高い連中の、なけなしのプライドを守る程度には役に立っているようだ」
「坊ちゃんはまだ貴族でもないのに、そんな危険なことをするんで?」
「む?そうだな。少し難しい話だからこの件はまだキースとアン・・・にしか話していないが、しばらく俺は戻れんのだ。貴様らには今、聞かせておこう」
そう言って、いつも以上に険しい表情を作ったロディマスに、傭兵たちもツバを飲み込んだ。
そして緊張感が高まっていく中、ロディマスは彼らに告げた。
「他言無用だ。いいな?・・・、実は、とある情報筋から、近々、あの森に魔物が大量発生すると言う話を聞いた」
「な!?・・・なんですって?」
驚いた傭兵たちが思わず叫び出しそうになったものの、さすがは歴戦の傭兵であり、元騎士である。すんでの所で堪え、ロディマスに冷静に小声で問うてきた。
なお、この「とある情報筋」とは、ロディマスの未来の記憶、つまり予見視である。
この情報筋は、一見するとロディマスの物と思いがちだが、あの自称神の言葉を信用するなら、神の力そのものに他ならなかった。つまり、情報源は神である。
「忌々しい事に可能性は極めて高い。だからこそ、先手を打って間引くのだ」
「なんで坊ちゃんが?それならエルモンドの連中にさせりゃぁいいんじゃないですか?」
傭兵の最もな指摘に、しかしロディマスは首を横に振った。
「情報の出元は誰にも言えん。信用に関わるからな。そして、それを俺に伝えた理由は・・・」
「坊ちゃんに、解決して欲しいから、と?」
「頼りになる情報源ではあるのだ」
「そ、そうなんですか。そりゃまた厄介ですな。しかし、坊ちゃんがそこまで信用しているのなら、俺らも付き合いますよ、なぁ!?」
「おうよ。あのパンを毎日食べられる日々がこんなに幸せだったとは思わなったからな。まさか食の都とも呼ばれている王都で、食いモンに不満を持つとは思わなんだぜ」
「料理はうまいんだけど、あのパンと一緒に食いてーー!!って、なるよな?」
「ああ、なるなる。なんでここにアレがないんだ!!ってな。ハッハッハ」
そうして盛り上がっている傭兵たちに対して、ロディマスは沈黙で応えた。
ちなみにロディマスは、傭兵の疑問質問を、何一つ肯定していない。
まず、誰の何に対する信用かと言えば、周囲に対するロディマスへの信用である。頭の中にある未来の記憶がそう告げているのだと主張しても、妄想癖のある危ない人物だとばっさり切り捨てられかねないからである。
そして頼りになる情報源と言うのも事実で、今までこの記憶で多少なりとも助かった面は多いのである。
嘘は言っていない。
だが、真実の全てを語った訳ではない。
しかしそんなロディマスにあえて深くは聞かず、ロディマスの言葉を信用すると言った傭兵たちは、実に単純だった。
計画通り、とロディマスが悪い笑みを浮かべた所で、アリシア達が戻ってきた。
「あら?手続きはもう終わったの?」
「ああ、あとは順番待ちだ。どの道この先は学園の寮まで行って終わりだからな。焦る必要もない」
「そうなのね」
「そうだ。ところで貴様はこの後、どうするのだ?」
「気になるの?」
「ミーシャの手を離さないのであれば、気にもなろう」
そう言ってアリシアの隣にいるミーシャに目を向けたロディマスだが、直後にため息を漏らした。
ミーシャはクレープのようなものを頬張っていたからである。
「アリシアよ。ミーシャを餌付けするな」
「餌付け!?」
「なんでよ。食べているミーシャの顔、可愛いじゃない!!」
「だらしなく緩みすぎだ。まるで別人ではないか」
「だらしなく!?緩みすぎ!?」
「ミーシャだからいいじゃない!!あなただってミーシャの事、可愛いって思ってるんでしょ?」
「ノーコメントだ」
「ノーコメント!?なんだか今までご主人様に言っていた言葉を返されている気分です・・・」
「ああ、ミーシャ!!なんて可哀そうな子!!うちに来る?」
しれっと勧誘しているアリシアに呆れつつ、ロディマスは立ち上がった。
そして荷物を指差し確認してから、アリシアに告げた。
「そろそろ時間だ。ミーシャ、行くぞ」
「はい、今食べ終わりました」
「そうか、旨かったか?」
「はい、変わっていて面白かったです」
「・・・、おいしかったのか?」
「変わっていました」
「そうか、ならいい?うむ?うーむ・・・」
ミーシャの斜め上の感想に首を捻りつつ、ロディマスはアリシアに向き直った。
アリシアは、真剣な表情でロディマスを見つめていた。
「アリシアよ。では、行ってくるぞ」
「ええ、そうね。また会いましょう」
「今度は早くて半年後だな。ああ、それと服、似合っているぞ」
「!?な、なんで今頃言うのよ!!このバカ!!行ってらっしゃい!!」
叫ぶアリシアを背に、ロディマスは馬車に乗った。
そして馬車は、開かれた門の先へと進んでいった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




