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王都でのアリシア騒動が明けて翌日。
ロディマスは兄であるハワードに会うべく、アボート商会の王都第二支店に向かっていた。
「兄上もお忙しいお方だ。王都にある三つの支店のうち、二つの副支店長を兼任しているのだからな」
「そうなのですね。あ、アリシア様、このお菓子おいしいです」
「私も初めて食べるけど、サクサクした食感と、バターと小麦の香りがいいわ」
「おい」
アボート商会の王都第二支店に向かう専用馬車の中に、何故かアリシアがいた。
しかもロディマスの話をそっちのけで、ミーシャと共にお菓子を食べて女子会を行なっていた。
「これがクッキーですか。ペントラルでは見かけなかったものですね。さすが王都です」
「見かけないのも無理はないわ。これもパンと同じで少しだけ魔法で手を加えないといけないそうよ?」
「え?それならロディマス様の秘密のアレで作れるのではないでしょうか!?」
「そうなの?あなた、どうなのよ?」
「・・・、砂糖が入っていなければ、ボリボリでパサパサのおいしくないパンだぞ・・・」
頭を抱えながら、それでも律儀に答えたロディマスに、ミーシャが心底残念そうにつぶやいた。
「そうですか。それは、確かにあまりおいしそうではないですね・・・」
「ああ。それならいっそレーズンパンの方がいい。あれは、いいものだ」
「私はあれ、あまり好きではないです」
「分かるわ。他のドライフルーツならともかく、干しブドウはないわね。私はクルミが好きよ。うちの領地で採れたクルミだから、余計においしく感じるわ」
「何故だ!?」
無視をされ、話を振られたかと思いきや、趣向を貶される。散々であった。
ロディマスは心の中で滝のような涙を流しながら、アリシアを睨みつけた。
「おいアリシア。所で、どこまで付いてくるつもりなのだ?」
「え?お義兄様の所までよ?ちゃんとお義父様からのお手紙も預かっているし、行かない訳にはいかないわね。ご挨拶もしないといけないし」
「なん・・・だと・・・!?」
「パパとママは既に挨拶しているそうだけど、義理のお兄様となられるお方なら、私もご挨拶しなければならないわ!!」
「な・・・・・・んだ・・・・・・と?」
完全に外堀を埋めに来ているアリシアに、いや、ベルナント家全体に戦慄した。
正直、ここまでやるとは思っていなかったと、ロディマスは己がベルナント家を舐めていた事を知った。
あの温厚なベルナント公爵とカリンがここまでの力業を見せてくるとは全く思わず、気が遠くなった。
「そもそも俺、貴様の父上と会った事ないんだが・・・」
ロディマスがそうぼやけば、驚いた様子でアリシアが見つめてきた。
それを呆然と見ていたロディマスだが、もうどうにでもなれの精神で開き直ることにした。
「確かに今の俺に決定権はない、か。まだ11歳だしな。ハ、ハハ、ハハハハハ」
「そう言えばあなたまだ11歳なのね。あれ?そう言えばミーシャは今いくつなのかしら?」
「二日前に、10になりました」
「え?そうなの?まさか、それって・・・」
そう言って、半眼となりロディマスを睨んだアリシアがロディマスに尋ねた。
「ねぇ?昨日妙にミーシャに優しかったのって、お誕生日のお祝いのつもりだったの?」
「・・・、知らんな」
「!?」
「図星ね。あなたね、嘘つくときに視線逸らすクセ、やめなさいよ。そんなのでよく商人名乗っていられるわね」
「ングッ!?」
「ご主人様!!」
隠しておきたかった秘密を暴かれただけでなく、商人としてあるまじきクセを指摘されたロディマスハートはボロボロであった。
そこに追撃とばかりに向かいの席から抱き着いてきたミーシャの腕力により、ロディマスの意識は遥か彼方へと吹き飛んでいた。
□□□
「お久しぶりです、兄上」
「ああ、そうだな。それで、今日は何の用だ?」
「ご挨拶に伺ったのが一件。それとお礼を申し上げに来たのが一件です」
「そうか、言え」
「はい。まずはこの王都の学園に通う事となりました。事情については既にご存知かと思いますが、俺はこの度公爵家の娘と婚約する羽目になりました」
「・・・、羽目に?」
「いえ、婚約させて頂くことになりました」
思わず漏れた本音にハワードがすかさず食いついたが、実の兄相手なのでロディマスは失言を素直に訂正するに留めた。
ハワードはその失言に対して、何か物申したそうな雰囲気でロディマスを見つめたが、何も言わずに話の先を促してきた。
「そうか。それで?」
「それにあたり、3年間、こちらの王都で暮らすこととなったので、ご挨拶に伺いました」
「ふぅぅぅ。そうか。では、礼の件とは何だ?」
重いため息を漏らした後、ハワードは眼光を一層鋭くしてロディマスを眺め、続きを促してきた。
それに少しばかり気後れしつつも、ロディマスは胸を張って答えた。
「はい。それは俺が考案した下着と、化粧品の件です。兄上が手をお貸しくださった事は父上からお聞きしております。利益が出るから兄上も動かれたのだと解ってはおりますが、それでもお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」
「ふぅ、そうだな。あれは中々のものだった」
「正直、俺が思っていたよりもはるかに高い利益を生んでいた事に、驚きを隠せません。さすがは兄上です」
「そうか?」
「そうです。もしよろしければ、どのようにして貴族様方の支持をお受けしたのか。その手腕の一部をお聞かせ頂ければと思います」
そう言ってハワードを持ち上げるロディマスに対して、ハワードの答えは辛辣だった。
「ほう。アボート家の残りカス、ロクデナシと呼ばれたお前が、興味があると?」
「はい」
そんな厳しいハワードの言葉にも、ロディマスは平然と答えていた。
想定していたやり取りだったので、ロディマスとしてはむしろやりやすかった。
胸を張ってそう答えたロディマスに、今まで厳しかったハワードの顔つきが少し緩んだ気がした。
そう思いロディマスも笑顔で返そうとしたら、隣のアリシア山が噴火した。
「ちょっと!!私の旦那に何失礼なことを言っているの!!」
「なん・・・だと・・・!?」
「ほう。先ほどから紹介がないと思っていたので女中か何かと思っていたが、お前は、何者だ?」
「ちょっと何なの!!兄弟揃って私を何者って!!ロディマスの隣に座ってるんだから女中なわけないじゃない!!あなたも、ほら!!言い返しなさいよ!!私があなたにとって何なのか、教えてあげなさい!!」
「そうだな。厄介者だ。頼むから黙っていろ、ほんと頼む」
「ちょっと!!何なのよ!!何なのよ・・・」
「わ、分かったからこのような所で泣くな」
いきなり割り込んで話をぶち壊しにしたアリシアが、ぞんざいな扱いを受けたからか目尻に涙を浮かべていた。
そんな女の武器を発揮し始めたアリシアに動揺したロディマスは、折れた。
「頼むから泣くな。な?貴様は強いのだ。泣かれてはどうすればよいのか・・・」
「んべーー!!泣いてないわよ!!厄介者ですからね!!」
「涙出てるぞ。いや本当に厄介だ・・・ほら、頭撫でてやるから機嫌を直せ」
「ふん!!そんな事でごまかされないんだからね!!でも頭は撫でて!!」
そう言って即座に頭を差し出してくるアリシアの脳天にチョップをお見舞いしたくなったが、ロディマスは辛うじて耐えて頭を撫でた。
「随分と仲が良いのだな。人伝で話は聞いてはいたが、これは驚きだ」
「はぁ、そうでしょうか」
「愛は人を変えると言うが、まさか、その娘がお前を変えたのか?」
「それは違います」
「即答か。つまり、なるほど。ならば他の誰かか」
それについてはノーコメントを貫き、ロディマスはアリシアの頭を撫でるのをやめて、ハワードに向き直した。
「俺は、そうですね。今まではあまり表に出てこないようにしてきました。兄上が家を、商会を継ぐのだと理解していましたから」
「ふむ」
「しかし、それならばいっそ己で動くのもまた一興かと思い、少しばかり商人の真似事をし始めたのです」
「一興で、か。いや、確かにそれはロクデナシと呼ばれたお前ならば納得が行く理由、か」
「はい。・・・、おいアリシア、頭突きをするのをやめろ」
「フンッ」
「フッ。そうか。今のお前にならば語って聞かせるのもいいだろう」
「ありがとうございます!!」
そう言って、己を認めてくれたハワードに最大限の感謝を示すべく頭を下げたロディマスだが、実のところ、ここまで持っていけるかどうかは賭けだったので感謝以上に安堵の気持ちが強かった。
何故ならば、この兄ハワードとこうやって顔を突き合わせて話をするのが初めてだったからである。
ハワードは10歳の頃からアボート商会の跡取りとして王都で教育を施されていた。それに年の差が8つもあるのでそもそも接点が少なく、お互いがお互いの噂を聞く事しかなかったのである。
それでも兄ハワードの活躍は遠く離れたロディマスの耳にも届いており、かつてのロディマスがグレる一因となったのも致し方のないと思えるほどの英才ぶりを発揮していたとの話であった。
そんな兄に今、認められた。
何とも言えない気持ちが、ロディマスの奥底から湧き上がる。
ロディマスがそんな感じで感慨にふけっていたら、ハワードが声をかけてきた。
「その前に、その娘を紹介しろ」
「はい、アリシアです」
「そうか、分かった」
「え!?それだけなの!?」
「では話をしよう、弟よ」
「ありがとうございます、兄上。よろしくお願いします」
無視しないでよ、と優しく頭突きをしてくるアリシアの手加減っぷりに驚きつつ、ロディマスはその頭に手を置いて撫でた。
もう外聞なんてどうでもいいから、とにかく大人しくしていてくれと願いつつ、丁寧に撫でた。
「ところでお前は、今、最前線のコルストでは婚姻が盛んに行なわれているのを知っているか?」
「え?婚姻ですか?・・・、存じませんね。先のお話と何か関係があるのでしょうか」
「そうか。ならばそこから話をするか。簡単な話だが、私もこれに関しては偶然だったのだ」
「と、仰いますと?」
意外なキーワードばかりで戸惑いながらも、幾分か物腰が柔らかくなったハワードに調子を合わせ、ロディマスも相打ちをうつ。
すると、かなり意外な話が聞けた。
その話は、未来のロディマスの記憶にはないもので、世界ではあの当時、そのような事があったのかと驚かされた。そして同時に、破滅のルートを歩んだ己は、どれだけ他者に対して興味がなかったのかと、我がことながらロディマスは呆れた。
「実は昨今、女性騎士の未婚問題が深刻化しつつあってな。私が懇意にしている侯爵様も、この件で大層お悩みになっていたのだ」
「はぁ、そ、そうなのですか」
社交界的な場所での使用を考えていたロディマスだったが、あまりにも意外すぎる話に頭の処理が追い付かなくなってきていた。
思わず生返事を返したが、ハワードはさして気にするでもなく話を続けた。
「24にもなる娘が、男の影も見せず最前線で魔物相手に奮起しているとな。その娘はお洒落などもせず、武骨な鎧姿と有り余る力で魔物はおろか、男性も寄せ付けなかったそうだ」
「それは、容易に想像がつきますね」
「そうだ。しかし当の本人もさすがにまずい年齢だとは理解していたそうだ。そして、そのタイミングで父上が、例の物の案を持ってきたのだ」
例の物と言うと、おパンツにリボンや刺しゅうをする案の事だろう。
しかしそれとハワードの話が繋がらないと、ロディマスは首を傾げた。
アリシアもいつの間にか真っすぐに座り直して、同じく首を捻っていた。
その様子を兄ハワードは少しだけ見つめ、すぐに続きを口にした。
「売り文句が素晴らしかったのだ。それもお前が考えたのだろう?「見えない所のお洒落を」とな。それで、先ほどの問題が解決した」
「そうなのですか?ふむ」
「実は侯爵様の娘には懇意にしている男がいたのだ。同じ騎士で、な。ただし相手の方が身分が低い騎士爵で、自分から侯爵家の娘に手を出せなかったそうなのだ」
「つまり、身分差に気後れしたと言う事でしょうか?」
「そうだ。そして一方の侯爵の娘も自分には女らしさなどない。綺麗なドレス、その娘が着ているようなものだな。そう言うものが似合わないだろうと思って、父親である侯爵様からの贈り物を使っていなかったそうだ。鎧こそ我が正装、と言い訳してな」
「なるほど。確かに俺の知っている元傭兵にも、似たような女はいます。別にゴツくてもお洒落をすればいいのに、とは思いましたね」
お洒落をするのは、別に外見がよろしくなくても構わないのである。
むしろそうであればあるほど、お洒落をして外見を取り繕う必要がある。
ロディマスはそう考えていたし、兄ハワードも同意見だったのだろう。
ロディマスの言葉に頷き、そして例の件について触れ始めた。
「その通りだ。むしろそのギャップこそが魅力だと言うのに、その娘はそれを理解できなかったようだ」
「確かに、いきなり自分を変えるのも、人の目もありますし難しいでしょう」
「そうだ。かわいい服を着て、人に笑われたくないと思ったのだろう。しかし、そこで、だ」
ここまで来れば、さすがにロディマスにも話が分かった。
「なるほど、普段人に見せない部分なら、いくら着飾っても、お洒落をしても誰も咎めない。誰も笑わない、と」
「そうだ、その通りだ。そしてそれを見せるのは、唯一自分が気を許した男だけ」
「特別さの演出にもなりますね。そうか、そう言う使い方もあったか」
「ああ、そうだ。そうなのだ。そして彼女は騎士爵の男に迫り、見事に関係を持った。女としての自信と共に、伴侶を得たのだ」
「そうだったのですね」
「そしてその噂が瞬く間に広がり、女性騎士を娘に持つ貴族たちがこぞって買い漁っていったのだ。最初は白以外は邪道である、まるで娼婦のようだと揶揄していた連中も、ついに屈服した。今やアレは、この第二支店の主力商品だ」
そう力説する兄ハワードに、思わず苦笑したロディマスだが、次の瞬間には兄ハワードは真剣な表情で己を見ていたのに気付き、寒気が走った。
鋭い獲物を狙うような鷹の目。
そう言えば、今のハワードの目つきを例えられるだろうか。
ロディマスはそう考えながら、ハワードの口から何が飛び出てくるのかを警戒した。
「もし、お前に他にも良い商品の案があるのなら、私が支援しよう。無理強いするつもりはない。だが、今、もしこの件が解決するのであれば、この国はもはやアボート商会の物となると言っても、過言ではない」
「な、なんでしょうか」
「何、難しい話ではない」
そう言いながらもかなり難しい顔をしたままのハワードに、説得力皆無です、と言ってやりたかった。
それほどまでの緊張感を纏ったハワードが、告げた。
「先の件の、男バージョンは、ないか?」
「・・・・・・、はい?」
そんな、ロディマスの予想の斜め上を行く兄ハワードの質問に、ロディマスは目が点になってしまったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
学園入りまであと少しお待ちください。




