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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第二部 王都 学園編
72/130

69


 王都に着いたロディマスは、馬車から降りた際に強く吹いた風で揺れた茶色の髪をかき上げた。


「壁内なのに風が強いな。さすが王都か。しかし、ペントラルとは比べ物にならんほど大きいな」


「私もまさか大きな門を五つに小さい門を三つ。合計して八つも門を抜けるとは思いませんでした。結局、それの所為で王都の最初の門からここまでに丸一日かかってしまいましたね」


 銀髪の獣人の10歳の少女、従者であるミーシャの感想にロディマスは同感だと頷いた。


「初めて王都に来た者は手続きが長くなる。そう聞いてはいたが、毎度毎度2時間も待たされるとはな」


「途中で泊まった宿も微妙でしたし、さすがに傭兵の皆さんもお疲れのようです」


 そう言ったミーシャもまた、疲れが溜まっていたのだろう。伸びをしてから深呼吸、それから体操を始めていた。

 そんなミーシャをロディマスは見たが、ミーシャは特に気にするでもなく前屈や屈伸を繰り返していた。こういう面で遠慮が無くなったのは良い傾向だと、まるで娘を見守る父のような気分でロディマスはミーシャを眺めていた。


 狭い馬車内に狭い宿と、閉塞的な環境が続きストレスも溜まっていたのだろう。身体を大きく動かして落ち着いたのか、ミーシャは顔を左右に向けて街の様子を眺めていた。


「高い建物も多いですね。あちらでは3階建てなど、領主様のお屋敷か、うちだけだったのに・・・」


「そうだな・・・」



 ミーシャに話しかけられ、ロディマスもさすがにいつまでも見つめている訳にはいかないと気付き、ミーシャに倣い、周りを見回した。

 見回してみれば、確かにミーシャが指摘した通り、3階建て以上の建物が多く見受けられた。

 目の前の宿屋は5階建てであるが、それに負けない規模の大きさの建物も通りにはいくつも見えた。


「あちらも、あちらも大きいですね。お洋服屋さんに、宝石店ですか。ペントラルの街のお店はここまで大きくなかったです。こういうお店の2階や3階はどうなっているのでしょうか?」


「恐らくは作業場だろう。服や宝石を加工したり、あるいは倉庫として使っているか」


「そうなのですね」


 ミーシャとそんな他愛ない会話を繰り返すロディマスも、次第に王都の建物に興味をひかれていった。

 そして、改めて大通りを眺めてみる事にした。


 ロディマスの現在位置は、今いる区画の中でも中央にある大きな宿屋の前である。

 この区画の中心地だからか、この近辺に住む者も、店を広げて商売をする者も、その門構えからそれなりに裕福な事が伺えた。


 ロディマスの記憶によれば、この辺りは王都の男爵や子爵と言った下位貴族御用達の店ばかりだったはずである。ライルの資料なので記憶違いでなければ間違いはないだろう。

 しかし、派手ではないものの安っぽさを感じさせない上品に見える工夫が店には施されている。それはロディマスが商人だからではなく、素人目にも明らかなものだった

 これならば、外周に近いこの場所に買いに来るにしても、引け目を感じずに済むし、中央のお偉方の目に付く事もない。そんな見事な塩梅であった。

 ここなら下位貴族も自らを卑下せず、そして親である大貴族にも気兼ねもなく買い物が出来るだろうと感心した。


 そして、遠目からでも分かる豊富で良品質な品揃えは、ロディマスも思わず唸り声をあげてしまうほどであった。



「ぬぅ。兄上が関わっている店は、さすが素晴らしい品物ばかり置いているな」


「あちらも、あちらも、アボート商会の傘下のお店なのですか?」


「ああ、そうだ。この通りは大半がそうだな。ちなみに宿もそうだ」


 ちなみに、ロディマスの右手には実家の裏庭よりも広い畑があり、よく手入れされた土が見て取れた。

 大通りに面した畑など見た目にはものすごい違和感だが、恐らくは宿泊客に出す野菜をそこで栽培しているのだろう。抜け目のない兄なら、そう言うサービスを考えついていてもおかしくないとロディマスは素直に感心していた。


 今はまだ何も植えていないようだが、春が来れば採れたての新鮮な野菜を堪能できるのだろうと容易に想像できた。

 そして、こう言う所で温室栽培を出来るようになれば、とんでもない利益を生み出せるだろうと考えたが、肝心の強化ガラスをここまで持ってくる方法がなくて諦めた。



 ロディマスは無意識に商売について考え始めた頭を振って、その考えを追い払い、頭を空っぽにしてから雑多な街並みを眺め、ポツリと呟いた。


「一日遅れの到着だったが、宿の手配は済んでいたのだから特に影響はないな」


「そうですね。でも、余裕をもって行動していて良かったです」


 そんな何気ないロディマスの一言に、ミーシャも同意した。

 しかし実のところ、ロディマスとしてはこの1日遅れはかなり手痛い失態だった。それを悟らせないために敢えて何気ない風を装っているが、心の中はあまり平静ではなかった。


 それと言うのも、ミーシャは昨日、誕生日を迎え10歳となっていたのである。

 そしてロディマスはミーシャの誕生日を今年こそ祝おうと、王都到着と共に行なう予定とを立てていた。しかし、ここまで来るのに予想外の時間がかかってしまったので、絶賛頓挫中である。

 更には、門を通り抜ける手続きに追われ、簡単に祝う事すらできなかったのも悔やまれた。


 ミーシャ本人は自分の誕生日に全く頓着していないのか、気にする素振りを一切見せない。しかし、前世の日本人たるオッサンの魂が心の中で叫ぶのである。誕生日は祝うものである、と。

 そしてロディマスもそれに同意し計画を立てたが、それが達成出来なくて悔しかった。だからロディマスはその話題に触れないようにしたのだった。



「密度もさることながら、やはり王都は広いな。あれほど大きいと感じた壁も、今は小さく見えるのみだ」


「この区画は第六層の中でもペントラルの街と同じ大きさよ。広いに決まっているじゃない」


「そうか。しかし通り抜けた第七層から第十層はそこまで広くなかったからな。改装や増築を繰り返していびつな形になっているとは聞いていたが、これほどまでに場所によって差があるのか」


「ここはかつて砦があった場所だから広いのよ。大昔は、ここが最前線だったの」


「ほう、そうだったのか。なかなか為になる・・・な!?」


 唐突に背後から現れて、突然街の解説を始めた人物に礼を言おうと、ロディマスは振り向き、固まった。


 ロディマスは驚き、見間違いかと目をこすったが、その姿を己が見間違う事はなかったと観念した。


 金の髪をたなびかせ、真っ赤なドレスを纏った少女。


 アリシア=フォン=ベルナント。


 ペントラルの街で見かけなくなった婚約者が、何故かここにいた。




「アリシア様。お久しぶりでございまあうぅ・・・」


「ふふ、ミーシャの抱き心地はいつも最高ね!!・・・って、ちょっと臭いわね」


「!?」


「アリシア、貴様今までどこに行っていたのだ!?」


 「惚れされる」発言からほとんど顔を合わせておらず、若干気まずい思いをしていたロディマスは、しれっと王都で合流してきたアリシアに食ってかかった。


「あら~?ロディマス君は婚約者の私がいなくて、寂しかったのぉん?」


 そんなロディマスの態度を歯牙にもかけず、逆にそう挑発してくるアリシアに、ロディマスは怒りが一周して冷静になってしまった。

 そしてその結果、余計なことを閃いた。


「そうだ!!」


「うぇ!?」


「貴様と会えずに寂しかったのだ!!」


「え、えーと、そのぉ・・・ごめん、ね?」


 即答したロディマスに、まさかそんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。アリシアはミーシャを離して狼狽えていた。

 離されたミーシャは、自分の服の匂いを嗅いで「うぇぇ、確かに臭いです」と、しかめっ面をして自分の服の襟元から顔を背けていた。


 そして殊勝にも謝ってくるアリシアを、ロディマスはばっさりと切り捨てた。


「ウソだ!!」


「ハァ!?」


「忙しくて、むしろ今の今まで忘れていたわ。フハハハハハハハハハ!!」


「何よそれ!?本気で忘れてたの!?」


「本気だ!!いや、そもそも貴様は、誰だ?」


「あなたさっき私の名前を呼んでたじゃない!!」


「フハハハハハハハハァ!!・・・ゼェゼェ、スゥゥ、フハハハハ!!」


「ぐっ、この・・・っ」


 俯き、プルプルと震えるアリシアに、してやったりと高笑いを始めたロディマスだが、直後に笑いは止まった。

 否、強制的に、止められていた。


「ハーッハハブム!?ハフハ(なんだ)!?」


「あ・な・た・ね~~~!!」


 ロディマスは口を塞がれた上に目の前が突然真っ暗になり、そして左右のこめかみと顎に痛みを感じて動揺した。

 一体何が起こっているのか。

 いや、分かっていた。

 ロディマスは本能で、今自分の身に何が起こっているのかを、察していた。


ハヒハフフホー(アイアンクロー)ハホ(だと)!?」


 しかもご丁寧に両手でそれぞれ口と目を塞いでいる。

 アリシアは明らかにロディマスの顔面をオーバーキルする気満々であった。


 だが、ロディマスは、今までのロディマスではなかった。


 塞がれている口から無理やり舌を出して、アリシアの手を舐めたのである。


「ひゃっ!?ちょ、ちょっと、舐めるなんて汚いわね!!」


「グギャ!?」


 万力のように己の顔面を締め付けてくる手に、より一層の力が込められたのを感じたロディマスは、生き残る為に必死でアリシアの手の平を舐めた。

 ベロベロ、ベロンベロンと舐めた。


 そして、それでも止まらぬアリシア万力の前に、抵抗むなしく力尽きた。


 いつも通りの敗北であった。



□□□



テンプル(こめかみ)と顎がまだ痛い。俺はこれ以上食えん・・・。ミーシャ、これもやる」


「よろしいのですか!?ありがとうございまモグモグモグ!!」


 あれから気絶したロディマスを放置して、一同は宿の手続きを済ませたので護衛を残して全員休憩となった。

 そして手続きの全てが終わった後で気が付いたロディマスは、護衛の傭兵に担がれて、アリシア、ミーシャと共に一つのレストランに入った。

 そこは完全な個室で、差別されている獣人であっても金さえ払えば入店できる店だった。


「おい、アリシア。このまま俺の顎が使い物にならなくなったら、どう責任を取るつもりだ!?」


「未だに顎を擦って、大げさね。でもいいわ、責任なら取って上げるわ。結婚してあげてもよろしくてよ、オホホホホ」


「グッ!?こ、こいつ、いつの間にこんなに成長したのだ・・・」


 己が手を舐めてもさほど動揺しないし、今の発言も見事に返されてしまった。

 最初の「寂しかった」攻撃が予想外の展開を生んだのかとも思ったものの、そもそもそう聞いてきたのはアリシアからであった。

 つまり、ロディマスは今まで以上に彼女に巧みに振り回されていたのである。


 この一年で一体彼女に何があったと言うのだろうか。


 疑問も興味も尽きないが、どんな話が飛び出てくるのかが怖くて、ロディマスは聞き出すことが出来なかった。

 そして、ミーシャに癒しを求めた。


「ミーシャ。このデザートも食べろ。俺はいい」


「よろしいのですか!?」


「あら?これおいしいわよ?なんなら一口どう?はい、あーん」


「いや、いい。それは限定商品だから今しか食えんし、それだけしか用意できなかったそうだ。いいから遠慮せず自分で食べておけ。本気で顎が痛いのだ」


「そう?残念ねぇ。んー、おいしい!!」


 ロディマスはお茶を飲みながら、そんな自然な様子のアリシアを見た。


 この1年で13歳となったアリシアは、少しだけ大人びて少女と女性の中間のような存在になっていた。

 艶めく金髪はきちんと手入れをされており、伸びっぱなしのロングだった髪がセミロングになっている。

 そして顔には薄っすらと化粧がされており、睫毛も整えられている。おめめがぱっちりとしていた。

 口には軽く紅を引いてあるが、色を抑えているからか上品な印象を受ける。

 服は当然仕立ての良いもので、向かいで座っていても高価だと伺い知れた。


「ハァ。貧乏公爵が無理をして何をしているのだか」


「あら?それって私の服の事?」


「髪も、化粧も、そしてここまでの旅費も、滞在費もだ。いくら多少マシになったとは言え、あの領地はまだまだ金が必要なはずだがな」


 ベルナント領は確かに持ち直したが、それは借金を一気に0にするようなものではない。今すぐに破綻はしないし、借金も少額ながら返せると言うレベルである。

 その借金も、アボート商会からなのでアリシアとの婚約時に無利子へと変更している。そこまで優遇してなお、その程度なのである。


「貴様のその資金源は、一体どこなんだ?まさか、おかしな連中と手を組んだ訳ではあるまいな?」


 そう聞きはしたが、実際の所ロディマスには一つ、心当たりがあった。

 それは、神聖教会だった。


 彼らから『勇者』候補、あるいは『勇者』だと認定をされれば、多額の金が入ってくる。それに、『勇者』は見栄えも必要だと、そういう方面でうるさくもあるので、それならアリシアの変化も納得がいった。


 しかし、アリシアの答えはロディマスの予想外のものだった。


「オトウサマから頂いたお金よ。お洋服もオトウサマから頂いたの」


「オトウサマ?貴様は両親をパパ、ママと呼んでいたのではなかったのか?それはもうやめたのか?背伸びはせんほうが身のためだぞ」


「違うわよ!!それに何よ背伸びって。失礼ね!!お義父様は、お義父様よ。バッカス様の事」



 バッカス様の事。バッカス様の事。バッカス様の事。



 このフレーズがロディマスの脳内に響き、反響し、木霊した。




「父上の事かーー!!!」


「急になによ!!びっくりするじゃない!!」


「あう、最後の一口、落としてしまいました・・・」


「ああ、かわいそうなミーシャ!!あなた、責任取りなさいよ!!」


「何がだ!!と言うか、父上も内緒で何をやってくれているのだ!!」


 そう叫びながらも、ロディマスは呼び鈴を振った。

 チリンチリン、と澄んだ音と共に、部屋がノックされた。


「失礼致します。お呼びでしょうか」


「デザートを新しく二つ用意しろ。すぐに用意できるものでいい。それと、それに合う茶を三人分、用意しろ」


「畏まりました」


 ノックをしてから入ってきたウェイターは、横柄な態度のロディマスにも眉一つ動かさずに注文を伺い、静かに退出していった。

 それを三人で黙って見送り、ドアが閉まってから、再び論争は始まった。


「父上も、貴様も!!一体何を考えているのだ!!」


「私だって女よ!!別に着飾ったっていいじゃない!!それにあなた、私を見ても何も言わないって、どういう事よ!!」


「何がだ!!むしろ貴様こそ何故ここにいる理由を言わないのだ!!」


「それは秘密だからよ!!」


「新しいデザートは何が来るのでしょうか。ズズズ・・・」


「い・・・、いいから吐け!!父上と何を企んでいる!!」


「何も企んでいないわよ!!たぶん!!」


「たぶんってなんだ!?」


「このお茶、おいしいです。少し甘くて、果物のような香りもします。でもこれは、茶葉本来の甘みと香りですね」


「えっ?・・・た、たぶんはたぶんよ!!細かい男は嫌われるわよ!!もてないわよ!!」


 さっきから茶を飲みながら、ちょくちょく独り言を挟んでくるミーシャに戸惑いながらも二人は口論を続けた。


「ふざけるな!!可愛いからって何をしても許されると思うなよ!!」


「か、かわっ!?」


「いいか?例え美人だろうとも、美少女だろうとも、越えてはいけない線を越えたら許せな・・・、なんだ?」


「そ、そう、そうなのね。うん、そうね。分かったわ。ごめんなさいね」


「な、なんだ・・・?」


「いいえ、私が悪かったわ。本当はあなたを少し驚かせたかっただけなの」


「そ・・・、そうか。う、うむ。うむ?」


「そうよ。ウフフッ」


 そんなアリシアの変化についていけず、ロディマスは首を傾げ、頭に疑問符を浮かべるのだった。



「はぁ。デザート楽しみです」



第二部がスタートしました。

しかし予定外にアリシアを書きたくなったので、本来の学園入学よりも前からのスタートとなりました。

また第二部も長くなってしまいそうです。(^^;A

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