68_少年の旅立ち
第一部 最終話です。
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時間は飛び、季節は冬。
ロディマスの中身にとっては、二度目のこの世界の冬が来たのである。
そろそろ王都へ出立する時期だと言う事で、ロディマスは早々に準備を終え移動を行なっていた。
あれから商会は大きくなり、旧レバノン商会のマッチョンな商人フルチとビオンの親子が音頭を取り、瞬く間に人が集まった。
しかもそれぞれがマッチョンな連中で、工場併設の『ジム』に首ったけである。
全く持って裏切る素振りさえ見せないし、それどころか『ジム』の使用料で毎月山ほど商会に金を落としている。
「ヤツらは、もう、あれだな。放っておくしかないか」
「管理はお任せ下さい」
「管理、管理なぁ・・・。『ジム』に新装置を入れてやればそれで済むしなぁ・・・」
「そうですね、さすがお坊ちゃまでございます。私めの出番などないも同然です」
そう褒められても、褒められた気がしないとロディマスは頬を掻いた。
パン工房も、あれから拡張に次ぐ拡張で、今やロディマスの実家と変わらない大きさになっている。
しかも孤児院が丸ごとそこに移動したので、人口密度も上がっている。
なお、その孤児院には以前ロディマスがベルナント領へ赴いた際に見かけた孤児も在籍している。
「キースが引退したいとダダを捏ねて父上を困らせているのは、頂けんがな」
「しかし、キース殿のお気持ちも分からなくはないですね。無事にご結婚されたのですし、そろそろ落ち着きたいと思っているのでしょう」
「確かに所帯を持った以上そう思うのも無理はない。ヤツの稀有な才能さえなければそれでも良いと思うのだが・・・。人生、ままならんものだ」
あれからキースは何度となく孤児を拾ってきては、孤児院に預けると言う行動を繰り返していた。
ロディマスのレバノン商会が本格的な資金援助を開始したからと、調子に乗ったのである。
「しかし当時のヴァネッサは荒れていたな。無理もないが」
「孤児院はあくまで教会の施設を間借りしていただけですからね。いくらお金が入ろうとも、ベッドの数が足りなかったのはどうしようもありませんでした」
それを見かねたロディマスが、税の高い街中ではなく、いっそパン工房に隣接した別施設を作るから移動したらどうだと提案したのである。
元は街外に巨大スーパーマーケットを建造する予定だったものの、思ったよりも人員不足が深刻だったのと、パン工房が盛り上がりすぎた為にその必要がなくなりとん挫していたのである。
その計画の一部を流用しようと考え、提案したのである。
そして孤児院の院長であるヴァネッサは、反対するかと思いきや、二つ返事で了解したのである。
その為に急ピッチで建物を建てたが、結果としてはパン職人の養成所や酵母の量産工場も兼ねることとなり、ロディマスの望外の結果となっている。
「偶々ドミンゴたちの仕事の予定が空いていたからよかったものの、そうでなければどうなっていた事か」
「春夏は問題なかったでしょうが、今の時期にあの状態だったのであれば、孤児でいるのとそう大差はなかったでしょう」
「全くな。キースは子供が絡むと理性を失うから、困る」
それに助けられたロディマスとしてはあまり責めたくはないものだが、それでもこう愚痴が出てしまうほどにキースの悪癖は周囲に大きな影響を与えていた。
「それに、ベリス工房の隣に孤児院を新設するから、貴様は孤児共の父となるべくヴァネッサと結婚しろと言ったら、まさか従うとはなぁ・・・」
「お二人は元騎士と言う事もあり、気が合っていましたからな。それにあの子たちも協力的でしたから、お二人とも腹をくくったのでしょう」
なお、ベリス工房とはパン工房の正式な名前である。
ベリスを店長とした一大パン事業は、今やペントラル領全域にその名を轟かせている。
半年後にはベルナント領に初の支店を設ける予定でもあり、今ベルナント領から来た職人が必死になって指導を受けている。
「ベルナント領も持ち直したし、ひとまずは安心か」
「炭にバターにチーズに、黒の強化ガラスですか。あの発想は、さすがとしか言いようがございません」
「強化ガラスについてはドミンゴの手柄だな。それを温室にしようと考えたのは俺だが、まさかここまでヒットするとはな」
黒トゥレントの枝は、ロディマスの予想通りに低温時に融解する特性があった。これにより加工方法は確立したものの、どう生かすかを悩んでいた。
そこでドミンゴが戯れにアポイタカラと混ぜ合わせた所、通常のガラスよりも強固なものが出来上がった。
さすがに金属並みに堅い訳ではないが、それでも大判のガラスを難なく作れる程度の堅さを持っていた。
しかし半透明で黒いので貴族の間では流行らずに、在庫を持て余していた。
それをいっそ温室の壁にしてしまおうと、秋口に差し掛かったところでロディマスは思いついたのである。
「温室育ちの野菜や果物で、ペントラルの街の貴族連中はこぞって俺に頭を垂れていたな。これで、俺がこの街を離れてもヤツらがレバノン商会に手を出してくることもあるまい」
「ロディ君!!」
「グェ!?」
ロディマスは腹部に強い衝撃を受け、カエルが潰されたような声を上げた。
ただしぶつかってきた主は分かっている。このようなことをするのは一人しかいないからである。
「おいエリス。いつも言っているだろう。速度を落とせと」
「えへへー。って、違うよ!!これで抱き納めじゃない!!勢いもつくよ!!」
「何を言うか。半年に一度帰ってくるぞ」
「半年なんて長いよ!!三日に一度は帰ってきてよ!!」
「王都まで早馬で一週間はかかるのに無茶を言うな!!」
そう言いながらもロディマスの胸に頭をゴリゴリと押し付けるエリスを無視して、彼女の背後にいる人物に声をかけた。
「ベリス。いや、ベリスフィア店長か。忙しい中、よく来たな」
「いや、普通にベリスって呼んでおくれよ。最後なんだし、さ」
「だから半年後に帰ってくると言っているだろうが・・・。この姉妹は揃って話を聞かんな」
「坊主、それはこいつらのクセだ。わりぃが見逃してやってくれ」
「アグリスか。フン、貴様の顎に免じて許してやろう」
「顎に免じてってなんだよ!!訳わかんねーし!!」
そう言いながらも、最近ちょっとだけ割れてきた顎を擦りながら、大丈夫だよな?と困り顔のアグリスを眺めて、それから先にいる人物に声をかけた。
「村長まで来たのか」
「ええ、我らがロディマス様の旅立ちの日に、村の者を代表して来ました」
「そうか・・・。マニカはいないのか?」
「ええ、マニカは今日、当番ですからな」
「そうか。ならばマニカに伝言を頼もうか」
マニカ。バンディエゴ村唯一の子供で、村長の孫である。
朗らかな性格と、手先が器用で村でも大事にされている少年である。
その少年に、ロディマスは伝えて欲しいと言った。
「あのバカでかい像をさっさと解体しろ!!」
あのバカでかい像とは、以前マニカが企んでいたロディマスの像である。
全長約3mの巨大ロディマス木像を実際に見て、ロディマスはその迫力とバカバカしさに気絶した。
そして、才能の無駄遣いであると散々罵り、解体するように手配した。
しかしライルにアグリス、エリスベリスに、何故かバイバラまでも抱き込んでいたために、それが不可能となってしまっていた。
「何が「魔物避けの素材も使ってるっす」だ!!ふざけるなバイバラ!!うんこちゃん共め!!」
「ええ、ですが実際にあれから魔物は一切近寄ってきていません。効果はあったのだと思われますが・・・」
「グッ!?」
村長の言う通り、その像が完成してからは全く魔物を見かけないのである。それが偶然か、像の効果なのかは分からないが、分からないからこそ撤去する根拠に乏しかったのである。
効率主義のロディマス故の失態であった。
「もういい。なら特に用はない」
「はい。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ああ・・・、行ってくる。釈然としないがな。それとエリス、そろそろ離せ。臭いをかぐな!!」
「クンクン、ハァハァ。ロディ君の匂い。ハァハァ」
「おいアグリス。貴様の妹がまた暴走してるぞ」
「あーん?ま、いいんじゃねーか?」
「良くないだろ!?」
兄バカを地で行くポートマン兄に呆れつつ、面々を見回した。
今いる者たち以外には、約1名を除いて、昨日までに挨拶を済ませている。
忙しい者たちばかりなので全員で見送りにはこれないのでそうせざるをえなかった。だが、それでもこれだけの人数に見送られるのは前世でもなかった事なので、ロディマスは少し感慨にふけった。
「皆にはこの一年、苦労をかけた」
「何水臭い事言ってんだ?坊主、むしろ俺の方が苦労かけたくれーだろ」
「今現在もな。このメスワンコを引き取ってくれ」
「あー、そりゃ返品不可だぜ?大事にしてやってくれよ」
「いや、王都には連れていけないぞ!?」
「そう言う意味じゃねーんだが、ま、いいか。ほれエリス、坊主が困ってんぞ」
「クンクンクン。ククン。はぁぁぁぁ」
アグリスがそう優しく諭すが、全く聞こえていないのか、しきりに臭いをかいで悦に浸るエリスに、いくら美少女でも何をやっても許されるわけではないと、ロディマスは学習した。
なお、エリスは力で微妙にロディマスに劣っていたが、割と拮抗しているのでロディマスも無理にはがすことはしなかった。
そして、いい加減困ったものだとロディマスがため息を漏らしたら、そこに、般若が現れた。
「エリスゥゥゥ?いい加減にしねーと、おねーちゃんチョット、キレちゃうかもよー?」
「うひっ、ベリスお姉ちゃん!?あ、ちょっと、もうちょっとだから、あ~~~・・・」
アグリスの後ろから出てきたベリスに襟首を掴まれて、エリスは引っ張られていった。
その様子を見て、エリスも随分と元気になったものだと安心した。
あれからエリスは成長したが、身長はさほど伸びていない。しかし健康的な肉体を取り戻したからか、しなやか肉体を手に入れていた。
あと、胸が少し大きくなっていたので、抱き着かれる度に少しだけドキドキしたのは、ロディマスだけの秘密であった。
「全く、貴様らも変わらんな。どうしようもない連中め」
「いや、坊主に言われたかねーし」
「ロデ坊ちゃんは前より柔らかくなってんぞ、兄貴」
「ぶー、ロディ君分が足りないー」
「ほっほ。ロディマス様は皆に慕われておりますの」
「左様にございますな」
みんながみんな、口々に言いたいことを言っているが、ロディマスは以前のように不快だとは思わなくなっていた。
みんな違って、みんないい。
前世で自分に言い訳するような口癖だったソレが、今世においては大事な己の指標の一つになりつつある。だからこそ、己の思い通りにいかない事も、結果が良い所に落ち着くならそれでいいと思っていた。
恐らくこの心境の変化の差が、この1年間で最もこの世界の影響を受けた点だろう。
そして、ロディマスは空を見上げた。
澄み渡る、青い空。以前と違い、雲一つなかった。
「ああ、青が目に染みるな。悪くない門出の日だ・・・」
一つだけ気がかりがあるとすれば、あの日以来ほとんど顔を見ないアリシアの事だろう。
月に一度の食事会以外に見かける事などほとんどない婚約者に、結局今日と言う日も会えなかった。
それを喜ぶべきか落胆すべきか分からないまま、ロディマスはその心にそっと蓋をした。
そして、用意された馬車に近づき、振り返った。
皆が笑顔で見送ってくれていた。
それに対して、ロディマスはいつも通りに応えた。
「では、行ってくる。行くぞ、ミーシャ!!」
「はい。それでは皆様、また会う日まで」
「いや、半年後に帰ってくるだろう・・・」
そう突っ込みながらタラップを踏み、中へと入りこんだ。
「お土産よろしくねー」
「お、いいね!!王都土産とか最高だな!!ロデ坊ちゃん、よろしくぅ」
「坊主が行くからってしんみりしてたんじゃねーのかよ。お前らホント変わってねーな」
「マニカには確かに伝言をお伝えさせていただきます」
そうしてロディマスは、『暁の旋風』の一部を護衛に、王都へと向かった。
〇〇〇
「王都では、兄上に会わねばならんな」
「そうなのですか?」
「ああ。父上にお願いしていた下着と化粧品の件。どうやら兄上が主導権を握り販売していたそうだ。未だに毎月金貨50枚も届くのだ。さすがに礼を、言わねばならん」
「そう、ですか。お会いするのはおイヤなのですか?」
「気まずい、と言うのが正しいな。今までの俺は誰の目から見てもアボート家にふさわしくなかったからな。兄上は厳しい方だ。そんな俺に愛想を尽かしているかもしれん」
「私はお会いした事がありませんが、今のご主人様を見てそのように仰るような方なのですか?」
「ッ!?そ、そうだな。兄上はそんな思い込みで評価を下すような方ではないな。って、ミーシャ!?いきなり手を繋いでどうしたと言うのだ!?」
「ご主人様の不安を取り除くのも従者の役目であると、ライル様よりお聞きしておりますので」
「そうか。だが、大丈夫だ、問題ない」
「それを判断するのは私です」
「なん・・・だと・・・!?」
「ライル様より、「お坊ちゃまは無茶をなされるから、多少無理強いでも諫めるときは諫めなさい」と申しつけられておりますので」
「爺!?ミーシャになんてことを吹き込んだのだ!!」
「大旦那様からも念入りに暴走しないようにと言い付かっております」
「父上!?父上ーー!!」
「ですから、私は決してご主人様を離しませんから、ね?」
-第一部 実家編 完 -
完 となっていますが、明日(3/15)朝7時から第二部がスタートします。(^^;A




