67_歴史と地理と過去と未来と
ロディマスは王都に向かうにあたって、一つこの国の地理について再確認しようと地図を広げた。
地図はアボート商会製であり、売買には国からきつい審査があり、それに通らねば売れないと言う代物である。
それでも大雑把に街道、主な街、適当な領地割りの線しか描かれていない。
こんなものが金貨500枚もすると言うのだから驚きだと、ロディマスは思った。
「いや、前世でも軍事衛星が打ち上げられる前は他国の地図など余程のことがなければ入手出来なかったか」
少なくとも、どちらの世界でも考えることは同じようである。
人間、世界が変わってもやっていることに変わりはないなと呆れつつ、ロディマスは広げた地図の一か所を指差した。
「まずはここ、俺がいるペントラルの街。そして、ペントラル領」
そう言って地図の中央やや左側に置いた指を、更に少しだけ左にずらす。
「ここが、パン工房。この下がエゴ村で、更に下がナエ村」
一つ一つ、自分にとっての重要地点を指差し確認し、ロディマスは位置を脳内に叩き込む。
そしてそのまま真下へと進めるとすぐに魔物の森と呼ばれている地帯へと入った。
「魔物の森、か。しかしバカでかいな」
この国よりも大きな大森林地帯が東へと大きく広がっている。
そしてバンディナエ村から南に下り森と突き当たった場所から、その森の東端へ向かうように張られた国境線。
「この先が、神聖王国。ふ、懐かしいな」
懐かしいと言っても、未来の記憶の中での話である。未来では一時的に身を寄せていた都合、多少の地理は把握している。
ちなみにこの国の名称は特殊で、代表が、世襲する王の場合と、教会の上層部が選ばれるのと二種類あり、その時々により『神聖王国』か『神聖公国』かに名前が変わる。面倒なので大半の者は『神聖国』と呼んでいるらしい。
そんなあるはずのない懐かしさに目を細めつつ、ロディマスの指は再び森へと戻り、今度は指を森に沿うように西へと向かわせた。いくつかの小さな領地を抜けて、ロディマスは地図の端で指を止めた。
「この国の西端、エルモンド伯爵領。あの『勇者』がいる場所、か」
そう呟き、ロディマスは未来の記憶を引っ張り出す。
黒髪のイケメンで、剣士としても一流。人当たりもよく、優しくさわやか。そして伯爵家長男と言う恵まれた環境。
そのかつての未来の『勇者』の名は、レイモンド=フォン=エルモンド。
なお、〇〇モンドと言う名前は世襲であり、父親はバーモンドである。カレーが食べたくなる名前であったので、名前を覚えるのが苦手なロディマスにも強く印象に残った名前である。
そんなレイモンドに、これからある不幸が訪れると、ロディマスは未来の記憶を思い出していた。
「今から2年後から3年後の間、細かなタイミングは分からんが、西の森で悪魔が発生。周囲に魔物を多数生み出し、エルモンド伯爵領の前線都市フーリェを壊滅させる、か」
その結果、温厚だったレイモンドは初めての怒りを知り、『勇者』としての鱗片を見せ始める。具体的には、アリシアのように光の魔力を放出させ、髪が金色になる。スーパーなんとか人と呼びたくなるが、ダメ 絶対、である。
「しかし、どういう事情でヤツが怒ったのか。そして今現在どこにいるかは記憶にないな」
事情が分かれば先手を打って回避する事も可能で、今どこにいるか分かれば事前に接触する事も可能である。しかし、ロディマスにはどちらにも心当たりはなかった。
そもそもにおいて、未来の自分が積極的に関与したものは、大半が傭兵崩れの悪党に成り下がってからの話である。少年期の思い出は、9割方この家の周辺で完結してしまっている。未来でのミーシャも『勇者候補』として身分と生活を保障されるまで、どこで何をしていたのかも知らないのである。
「とにかく情報がない以上、考えても仕方がない。『勇者』は案外、実家にいるかもしれんしな。そして、自分が未来で治める領地が蹂躙されて、怒りを覚えた、と」
ロディマスはそう簡単に結論を出して、地図を見直す。
ロディマスの指はエルモンド領フーリェを北へ抜け、山脈へと当たった。
この山はそのまま東西へと伸びており、それを越えた北の先には海がある。海沿いに山があると言ってもいいだろう。だから山の西側は、森の裏手まで続いている。
そして西の森は相変わらず広大で、森を超えたその先の詳細は不明である。しかしその森の中に、何かがいるのを、ロディマスは知っている。
「連中と接触する事もあるかもしれんが、現状では様子見だな」
そこには他種族に対して排他的な、人間とは異なる種族が住んでいる。森と言えばお約束のあの種族だが、古くからその森に住んでいた訳ではない。
魔物の森に魔物が大量発生して最前線となっていた時、神聖国の人間によって拉致されてきた気の毒な人々の生き残りである。
「そして、このまま山を東へと進めばトゥレントの森へと突き当たり、そこからがベルナント領、か。しかしこうして見るとトゥレントの森は狭いな。それでもペントラル領とほぼ同等の広さがあるが、やはり魔物の森が別格に広いからか、まだどうにかなりそうな気もする」
実際には何百年の歴史の中で、王家に連なる公爵家が管理しなければならないほど大変な場所である。
己が動いた所で焼け石に水だとは、ロディマスも理解していた。
「この森には、今しばらくはパン工房の燃料となってもらうしかないか。それと新素材だな。バイバラとドミンゴからの連絡を待つばかりだな」
そう呟いてから、ロディマスは指をさらに東へと進め、いくつかの領地を過ぎ、その指が下へと向かい、ある一点、大きな円がある場所で止まった。
「ここが、我がライスティア王国の首都、プレッツィア。しかし、こうして見ると王都があまりにも広すぎるな。都市部だけでもペントラル領の半分ほどの大きさもある」
大雑把に描かれた円ではあるが、それがほとんど正解なのが王都の広さを物語っていた。
「この王国始まりの地。そして、幾度となく外壁を追加したが故の超巨大都市、プレッツィア。中には森もあり、巨大な池なども備える理想都市。壁の数は周回しているものだけで10。小さなものも合わせると100を優に超えると言う」
その外壁の多さに思うところがあるとしても、ロディマスはそれをバカには出来なかった。
外壁の数の多さは、そのままその都市の魔物との交戦の歴史に他ならなかったからである。
幸いにもこの世界には重機に変わる魔法があるので、外壁の工事自体は現実的なものだったのだろう。
「興味は尽きないが、どの道来年には行くのだ。今はいい」
そう呟き、指をそのまま南東へと向けた。
更に数個の領地と山を越えると、そこはかつてバンディエゴ村の元商人が奉公に出ていた領地であるバガラン領と、その南には製塩業が盛んなランク領があり、その二つの領地を抜けた先は、当然海であった。
「このように半島状になっていて他国と面している土地が少ないのも、争いが少ない理由、か」
王国の南東端は海であり、神聖国の頭もこの海に面している。そしてそこから北東へ向かうと、一つの大きな島がある。
その島は、大きさとしては淡路島よりは小さい程度で、島としてはかなりの大きさがある。陸地からもさほど離れておらず、魔物が多い海でも辛うじて交易が可能な場所である。なお、そこは神聖国の領地である。
「そしてここから北へ上がると、魔物の住まう砂漠に出る、か。かつて魔王が災厄を振りまいた穢れた地。帝国と、王国と、神聖国の今の最前線。アリシアの兄達がいるであろう、悪夢の戦場、か」
無尽蔵に湧き出てくる魔物に対して、3か国で3方から攻勢をかけているのがこの場所である。
砂漠の広さはさほど大きくはなく、王都と同じくらいしかない。
しかし弱いとはいえ常に魔物が湧いて出てくるので、常に兵士を配備していなければならず、それが10年以上も続いているのであれば、どの国も疲弊してくる。
「しかも帝国は一時的に戦線を下げて被害を拡大していたからな」
ライルが用意した各国の大まかな情勢の中に、恐らくキースが出奔するきっかけとなったであろうその作戦も含まれていた。
他国では当たり前のようにスラム街が存在し、その口減らしも兼ねた囮作戦である。
結果は押し込まれていた前線の盛り返しに悪魔の討伐と、大成功であった。
それをひどい事をすると非難する自分と、実に合理的だと評価する自分。
その板挟みになったロディマスは、帝国について考えるのを一旦止めた。
「考えても仕方があるまい。その結果、キースがうちにいるのだ。俺個人としては良しとしよう」
そうして一通り身近な国と国土の確認を終えたロディマスは、深呼吸をした。
「やるべきことは多い。これから商会の足場固めをしなければならんし、パン工房についても手を加えなければならない。それに、エゴ村の整備計画もある。ベルナント領の産業の様子も確認していかねばならん。己も鍛え上げねばならん」
口に出すことで一つ一つを明確にし、己に刻むように確認した。
そして出たのは、重いため息だった。
「多すぎるだろ。一年でどうにかなるレベルではないぞ」
しかし動き出してしまった以上、もうなるようになるしかない。
ロディマスはそんな分かり切った事を、再度確認したのだった。
「とにかく走れ、動け、俺!!立ち止まっている暇などないぞ!!」
ロディマスは己の頬を叩き、いつも通り問題を一つ一つ解決すべく、手短な問題から手を出し始めたのだった。
登場人物が一人のため、短めです。
それと地理ですが、もしかしたら過去の話と食い違う点もあるかもしれません。
その際はご指摘いただけると大変に助かります。m(_ _)m




