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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
69/130

66


 ライルとのすり合わせを終えて、残るはアリシアへの質問のみとなったロディマスは、再び部屋にアリシアを呼び出していた。


「アリシアよ、いいか?」


「う、うん。な、何かしら?」


 金の髪を揺らして、不安げに視線をさ迷わせるアリシアには、普段のような威圧感も、まして敵意なんてものも感じられなかった。

 そんな不審な様子のアリシアではあるものの、ロディマスはとりあえず話し合える状況ではあると判断した後、口を開いた。


「貴様に聞きたいのだが、何故ベルナント公爵様は婚約をお認めになったのだ?」


「それは、その・・・、なんでなのかしらね?」


 ベルナント公爵が己を抱き込みたいと考えた件に関しては、ベルナント領には多大なる貢献をしたし、公爵の妻であるカリンの覚えもいいと言う理由があるのでまだ分かりやすい。

 しかしそれが大事な末娘を平民にやる理由になるかどうかとなれば、答えは否だろう。


 それに、気がかりだったのは、婚約に猛反対していてもおかしくないアリシアが、それを受け入れているような気がするのである。

 まるで何かに強要されているような、そんな雰囲気だとロディマスは敏感に感じ取っていた。


「貴様も知らんのか」


「え、ええ。パパってば、本当に急だったのよ?もう手続きは済ませたからって。びっくりしちゃったわ。あ、例のあなたの秘密は一切話していないわよ?」


「そうか。それは疑っていなかったが、ふむ」


 ロディマスは、今回の件は何が理由となったのかを考えた。そして行き詰まり、いつものように人に聞くことにしたのである。

 しかし、当事者の一人であるアリシアも知らないと言うので、ロディマスは振り出しに戻ってしまった。



 目の前で話す少女は至って平静な態度で、それの説明をしている。

 アリシアの様子はまさに友人への対応をしていると言うような自然な姿であり、特におかしい所はなく、会話の内容もごく普通だった。


 しかし、それこそが、ロディマスは異常事態であったと気が付いた。

 唐突に婚約者云々の話をされれば、アリシアの性格からすると取り乱すのが当然ではないだろうか。

 いかに貴族と言えども、12歳の少女がこれほどまでに落ち着いているのが、異常だった。


 何よりも己に普通に接している事に、嵐の前の静けさのような不気味さを感じたのである。


「何故、貴様は婚約をあっさりと受け入れているのだ?」


「・・・、え?」


「俺との婚約など、貴様であれば真っ先に否定をしただろう?我が家にとっては公爵家との繋がりを強固にできるので得はあるが、貴様個人に得はない」


「と、得って・・・。何よ、そんな言い方しなくったっていいじゃない・・・」


 ストレートに質問しただけだったが、直球すぎて損得勘定を基にした酷い物言いでアリシアを絶句させてしまった。ロディマスは少しだけ己の配慮の無さを恥じ、そんな物言いしか出来なかった事を悔やんだ。

 別段、彼女を不幸にしたい訳でも、悲しませたい訳でもない。まして、怒らせたい訳では、絶対になかった。

 もう少し受け入れられやすい言い方もあっただろうと反省し、言葉を選ぶべく慎重に、ゆっくりと話した。


「すまんな。こう見えて商人なのでこのような物言いしか出来ん。気の利いた言葉など、期待するだけ無駄だ」


「無駄って・・・。ええ。あなたがそう言う人だってのは分かってたけど、少しは直す努力をしなさいよね」


「そうか、善処しよう。それで俺が言いたいのは、だ」


「う、うん・・・」


 心なしか落ち込んでいるようにも見えるアリシアに、ロディマスは続きを告げるのをためらった。

 その姿がまるで、自分との婚約に後ろ向きであるロディマスを責めているように感じたからである。


 まさか、な。


 万が一にもない可能性。己に惚れたなんてものが頭をよぎったが、即座に振り払った。

 どの道、この質問をすれば分かる話だと腹をくくった。


「貴様は、ふむ、なんだ、その」


 問いかけようとして、どのように尋ねるか考え、歯切れ悪くも口に出そうとしたが、一度己の心を落ち着かせるべく言葉を切った。

 ロディマスは、焦ってもロクなことを言わないと先ほど学習したのである。

 だから慎重に言葉を選び、可能な限り穏便に済ませる為の努力をした。


 しかし、それがまずかったようである。


 次の瞬間、俯いていたアリシアの顔が上がった。

 その顔は、怒り顔だった。


「うお!?なんだ貴様、その顔は!!」


「なんでもないわよ!!さっさと要件を言いなさいよ!!」


「なんでキれているのだ。恐ろしいヤツめ」


「恐ろしいって・・・、失礼ね!!私はいつも通りよ!!」


 確かに、と本人に聞かれたらマズいセリフを脳内で流しつつ、先ほどまでの殊勝な態度よりは幾分か接しやすいと安心したロディマスは、質問を口にした。


「貴様は、俺に恩義を感じてあの婚約を受け入れたのか?」


「!?」


 怒りのあまり立ち上がりそうだったアリシアが突如停止し、ビクリと体全体を揺らした。

 ロディマスはこの反応から、当たりだったと察した。

 そしてロディマスはその事実に、肩を落とした。



 アリシアの治療のみならず、ベルナント家に対しては借りをたくさん作った。それこそ、己をベルナント公爵の派閥に迎え入れるに値するだけの援助を行なった自覚が、ロディマスにはあった。

 だが、それは家全体で対処すればいいのであり、例えばベルナント公爵の子である他の男爵や子爵の娘を娶らせ繋がりを作ると言う手段もあったはずである。


 決して今回のようにアリシア一人が生贄になる必要はなかったし、そもそもアリシアでは価値が高すぎる。対価として吊り合わないにも程があった。

 これでは逆に、ロディマスの方がベルナント公爵に借りを作る形となってしまう。


 それに、ロディマスが望うのはこういう形の借りの返し方ではなかった。どちらかと言えば武力面での期待が大きかったのである。


 よって、それを伝えようとロディマスが言葉を探していたら、アリシアが先に噴火した。


「そうよ!!感謝なさい!!でなければあなたなんて、あなたなんて!!」


「む、お、おお。そうだな感謝しよう。だからその振り上げた拳をまずは降ろせ、な?」


「うるさいわね!!私が何をしようとも勝手でしょ!!いっつもいっつも、あなたって本当に最低ね!!」


「何だと?いや、まずはその振り上げた拳を下ろせ!!そっと、そっとだ。ふう。で、誰が最低だと!?」


「あなたよ!!あ・な・た!!そもそもねぇ、私の何が不満なのよ!!『可愛くて 強くて 頭のいい 優秀なお嫁さん』が出来たって、素直に喜んだらどうなのよ!!」


「ハァ!?」


 自画自賛し始めたアリシアに思わず素の調子で答えたロディマスだが、その鼻先に何かが通り過ぎて行ったのを感じて硬直した。

 ロディマスの左から右への、一閃。

 しかしそれは物理的な何かではなかった。

 アリシアはロディマスの訴えを聞き入れ、拳を下ろしている。


 今、ロディマスの鼻先をかすめたのは、アリシアから漏れている魔力だった。



「おいアリシア!!漏れてるぞ!!くっ、貴様、こんな所で突然『勇者』の才能を目覚めさせようとするな!!予定外だ!!」


「何が『勇者』よ!!私は『勇者』じゃないわ!!『お嫁さん』よ!!」


「ぬぅぅ!?質量を伴う魔力だと!?いや、この感じは違う。むしろ真逆!?おい貴様!!光の魔力を放出するな!!」


 目の前に迫るソレがカスっただけで己の魔法抵抗をあっさりと貫いた事に恐怖した。

 唐突に光属性の力に目覚め、その力を暴走させているアリシアを宥めるべく、ロディマスは頭をフル回転させた。


 あれが暴発でもしたら、命までは取られずとも五体満足でいられないかもしれない。

 うまく誘導してアリシアを落ち着かせなければ、部屋の中で大爆発を起こしかねない。


 いきなり始まった爆弾解体に、ロディマスは全力を注ぐ羽目になった。


「光の魔力?何よそれ!!知らないわよ!!話をそらさないで!!ちゃんと答えなさいよ!!」


「分かった、分かったから落ち着け、いいか、そうだ。それで、何を答えればいいのだ?」


 ひとまず当たりの導線を探るべく、アリシアに質問を投げつけた。

 その返答次第ではロディマスの部屋は木っ端微塵である。せめて答えやすい問いかけであるようにと必死で祈った。


「私と婚約出来て、嬉しいでしょ!!そう言いなさいよ!!」


「問いですらないだと!?わ、分かった!嬉しい!!嬉しいゾ!!スゴク嬉シイゾ!!これでどうだ!!」


「どうだ、じゃないわよバカ!!」


 否と言う言葉は、今のロディマスには存在しない。アリシアの言葉の全てを肯定すべく、あらんばかりに主張した。

 しかし爆発物はその返答がお気に召さなかったようで、より一層荒れていた。

 慌てたロディマスは必死になって言葉を紡いだ。


「そう、あれだ、そうだ、ああ、見た目だけは悪くないからな!!」


「何よ、見た目だけ(・・)って!!失礼ね!!」


 そう言われて、確かに失礼だったとロディマスも思ったが、今更であった。

 ロディマスが反省し、苦渋の表情を浮かべていると、アリシアが立ち上がりロディマスを指差していた。


「いいわ!!もうこうなったらね!!」


 そしてアリシアは顔をロディマスの眼前に突き出して、こう宣言した。


「私に惚れさせてみせるんだから!!いい?覚悟しなさい!!」


 そう言うやいなやアリシアは後ろを向いて、ズンズンズンと言う足音と共にロディマスの部屋から立ち去って行った。


「な、なんだったのだ・・・」


 あまりの衝撃にロディマスの思考は停止しており、アリシアの言葉の意味が良く分からなかったのだった。



〇〇〇


「やられたな・・・」


 吹き荒れた魔力の奔流で滅茶苦茶になった部屋を片付ける気力も湧かずに、ロディマスは部屋で一人、反省会を行なっていた。


 彼女にしてみれば、他家に嫁ぐなど既定路線でしかなかったのだろう。

 病のせいで今まで家に迷惑をかけてきたと自覚のある彼女が、今回の婚約を自分勝手な理由で否定するはずがなかった。何せあの身も心も醜いラクタ公爵に嫁入りした未来があるのである。


 そしてその上で、今のように、それならばそれが少しでも良い結果に繋がるように、積極的に行動を起こし、努力する。彼女はそう言う人物であったと、今頃になってロディマスは思い出していた。


「強い女だな、まったく」


 いくら転生をしても、結婚もせず平社員で上も目指さずに、何の責任も負わないよう生きていた過去しか持たない自分では、端から相手にならなかった。


 惚れさせると言い切った彼女の顔を、思い出す。


「あれは、反則だろう」


 ちょっと困ったような、照れたような。

 それでいて強い意思でそれを無理やり捻じ曲げた強気の表情。

 そして言い切った後の、歯を見せて笑ったあの顔。


「本気で、いい女だったな」


 あれが本当に12歳の少女のする顔なのかと、ロディマスはアリシアの顔を思い出し、顔が熱くなっていくのを感じた。

 アラフォーの精神にダイレクトに響いた少女の一撃(えがお)は、見事にクリティカルヒットしていた。

 即死こそしなかったものの、精神力の8割方を持っていかれた自覚のあるロディマスは、今後どうやって彼女と接するべきか考え、そしてやめた。


「女性との付き合いなど、学生時代までのものしかないな。それも1か月で破綻している。前世は何も役に立たん、か」


 ドラマやアニメ、漫画、小説など様々に読み、こういう恋愛をしたかった等と思いを馳せた事はあっても、実行に移した事などなかった。

 未来の記憶でも、己は終始独り身だった。

 よって、己の知識は全く頼りにならない。

 今までは、なんだかんだと前世や未来の記憶に頼って様々に行動してきたが、この件に関しては己の力のみで対処しなければならないだろう。


「あれの本心も、どこにあるかは知らんが・・・」


 結局アリシアの胸の内を聞けなかったと、ロディマスは嘆息した。

 本気で己に惚れているのであれば味方に引き込み、上手い事誘導して魔族や悪魔にぶつける選択肢もある。

 仲間か友達程度に思っているのであれば、協力を要請すれば応えてくれるだろう。病を治した恩義を感じているのであれば、一度くらいは手を貸すだろう。


 だが、本心が真逆だった場合、最悪は土壇場で裏切る可能性もあった。

 不義理はしない性格だが、どこかで借りを返したからと、それ以上の要求を突っぱねる可能性も否定できなかった。


「ままならんものだな」


 ロディマスはそうぼやき、これ以上考えても無駄だと結論を出した。

 いずれ何かしら事態の進展があるかもしれないし、その時に改めて考えようと思ったからである。


「今のままで考えても、悪い方向にしかいかんからな。よし」


 そう言ってロディマスはライルを再度呼びつけて、部屋の片づけをしたのだった。



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