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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
68/130

65


 その後、部屋に戻ったロディマスはベッドにうつ伏せで倒れた。

 そして、呟いた。


「やりすぎた・・・」


 そう、今にして思えば己は上手く立ち回りすぎたのだと、ロディマスは猛省した。


 家計が火の車のベルナント公爵家に違和感のない程度の施しを与え、それとなく高価な贈り物もしていた。

 ベルナント領へはライルを通じて幾度となく呼びかけを行ない、積極的な産業開拓を提案し、すでにいくつかはもう始動している。


 そこに、今回の婚約の件である。


 まさにパズルのピースがピタリとハマるように、すんなりと話が通ってしまったのだろう。


「まさか父上が、以前からアリシアとの婚約を打診していたとはな・・・」


 未来の記憶においても、そのような情報は一切なかった。

 だから油断していた。

 己が派手にベルナント家を援助したとしても、このような未来など起こるはずがないとタカを括っていた。


 想像ではあるが、運営難に陥り体力が落ちていた公爵家に付け入る為に、以前から次男である己の公爵家入りをバッカスは目論んでいたのだろう。

 しかし、それまでの、あるいは未来の記憶にある己はロクデナシのクズ野郎である。

 あの身内を大切にする公爵がそんなクズを受け入れるはずがなかった。そして後にアボート商会は壊滅的打撃を受け、渋っていた公爵家は援助を受ける機会を失った。

 結局アリシアは、生贄同然の立場で公爵他家に嫁ぐ羽目となったので、己に話が回ってこなかったのだろう。



「確かにその未来は回避したいと思っていたし、マシなヤツの元へ行ってもらいたいとは思っていたが・・・」


 アリシアのそんな不幸な未来を回避して、その報酬として世界を救ってもらおうと算段していた。

 今よりもっと幼い頃から自領で魔物や獣を狩っていた正義感が強いアリシアであれば、まともな旦那の元であれば大いにその力を振るってくれるだろうと期待していた。


「それが、この結果か」


 泣きたい。

 とても泣きたいのである。

 アリシアは確かに美少女で、もう少し年齢が上がれば美人になる。未来の記憶の彼女も、彼女の母親もそれを顕著に表している。だからそれはもう、間違いがないだろう。

 前世でもし彼女が婚約者だと言われたならば、舞い上がったかもしれない。


 だが、脳内に植え付けられた未来のトラウマは元より、最近の己への暴力的な対応にも身震いせざるを得ないのである。


 そんな存在が、己の伴侶?


 もう無理、詰んだ。ハイ詰んだ。


 ロディマスは苦悶し、寝返りをうって仰向けになった。



「キャッ!?もう、何よ・・・、痛いわね。それにさっきからブツブツと、何?男ならウジウジしてないでよね!!」


「は?」


 手に何かの感触を感じてそっと横を向けば、布団の中から少しだけ頭を出したアリシアがいた。その奥には何故かミーシャもいた。


「な、なんで・・・貴様は・・・ここにいる・・・・・・?」


「なんでって、いいじゃない!!ミーシャとお昼寝中なのよ!!」


「お昼寝ではありません。強制的に拉致されたと言うべきです」


「えー、ミーシャは私と寝るのいやなの?」


「恐れ多いです」


「いやーん、ミーシャが余所余所しいわ!こうなったら抱き着くわ!!」


「お、おやめください、あうぅ・・・」


 唐突に盛り上がり始めた二人に呆気にとられ二の句が継げなくなったロディマスは、ベッドから起き上がり自分の机へと向かった。

 そして椅子に腰を下ろして、机に突っ伏した。


「何故だ」



 そうしてロディマスがうな垂れていると、ドアがノックされた。

 一人になりたくてドアを閉めており、誰が来ても無視すると決めていたが、もうすでに一人ではないので諦めて返事をした。


「誰だ?」


「ライルです。お坊ちゃまに少々お話がございまして、今よろしいでしょうか?」


「ああ、入れ」


 ロディマスがそう返事をしたら、何故かベッドの方が騒がしくなっていた。

 ライル様が来てしまいました・・・、そんな細いミーシャの声と、黙っていれば大丈夫!!、とやけに自信満々なアリシアの声が聞こえたが、突っ込む気力も湧かなかった。


「お坊ちゃま、お話をする前によろしいでしょうか?」


「いいぞ」


 何も分かってないが、とりあえず()とロディマスは答えた。

 するとライルはベッドへと向かい、布団をまくり上げた。

 それに驚き目を丸くしているアリシアと、耳を両手で塞いで震えているミーシャが見えた。


「ミーシャよ。分をわきまえなさい。主の迷惑となる事は慎むべきです」


 ライルは、アリシアが近くにいるからか普段とは異なり可能な限り丁寧に話しかけていた。

 そして次にアリシアへと向き、こう告げた。


「アリシア様。大旦那様より正式なご婚約のお話はお聞きしております。まずはご婚約、おめでとうございます」


「ええ、あ、ありが、とう?」


 怒られるのかと身構えていたアリシアに事務的な対応を始めたライルを見て、ロディマスはこの先が読めない展開に自棄となり、何も考えないようにした。


 机に片肘をついて、アリシアとライルのやり取りを観察する


「しかしですが、御身はまだ12。そして公爵家のご令嬢であらせられますれば、此度の行動にはいささか慎みが欠けているのではないかと具申させて頂きます」


「え?ええ!?ちょっと待って!!誤解よ!!わ、私は別にあいつのベッドだからって!!その・・・」


「いえ、アリシア様」


 必死に何か言い訳をしようとするアリシアを留め、ライルは目を瞑って語り出した。


「分かります。分かりますとも。お坊ちゃまが毎日寝起きしている床なのです。その布団にくるまれたいと、包まれたいと思う気持ちは大変に理解が出来ます。しかもお坊ちゃまは綺麗好きなので毎日布団を干されております。フカフカで柔らかと、まるでお坊ちゃまのようなのです!!そして、そこに微かに香るお坊ちゃまの匂いに包まれ眠るのはさぞや最高の、いえ、至高のひと時でございましょう!!」


 そう言って熱弁をふるい始めたライルに向かい、ロディマスは立ち上がって手短にあった文鎮を持ち、オーバースローで投擲した。


「あふ!?」


「愚か者め!!こやつ、ド変態か!!このスカタンめ!!」


「申し訳ございません。少々、興が乗ってしまいました」


 そしてそんな一撃を頭部に受けたのにも関わらず、全くの無傷で悪びれるライルに、「もうやだ、ヤダヤダ」と小さく呟きロディマスは思考を完全に放棄した。



〇〇〇



 あの後、アリシアとミーシャを追い出したライルとロディマスは、改めて向き直り、現状の確認と今後の方針を固める事となった。


「さて、学園に通うのが確定した今、現状の再確認を行ない、今後の方針を固める。その上で、計画を練り直す。貴様も案を出せ」


「はい、お坊ちゃま」


 そう開幕の宣言を行ない、ロディマスとライルは様々に意見を出し合った。


 その中で特筆すべき点は六つ。


 ・学園入学が来年春であり、1年の猶予がある

 ・ロディマスの商会『レバノン商会』は、本宅に残るライルを会長代理とする

 ・パン工房は『レバノン商会』所属なので、扱いはそのまま

 ・ミーシャは『お付き人』としてロディマスと共に学園に向かう

 ・ロディマスの身分は準男爵相当となる。親はベルナント公爵

 ・アリシアは降嫁し、公爵家の相続権と王位継承権を完全に放棄する予定



 特に驚いたのが、アリシアの降嫁の件である。


「しかしそうか。カリン様は後妻だったのか」


「前妻様がお亡くなりになられ、公爵家としてカリン様を後妻に招いたと言う話ですが、それでも夫婦仲もご兄弟の仲も至って良好だそうです」


「そうか。公爵様とカリン様の性格からすれば当然か。しかし、この家族構成は・・・」


「前妻の兄お三人と、姉お二人。カリン様の息子である実兄がお一人。姉お二人は既に嫁いでおりまして、兄お三人と実兄お一人は」


 そこで一度言葉を切る。

 さすがのライルもこの事態は予想していなかったのだろう。動揺の色が微かに見えたのでロディマスもせっつく事はなかった。

 ライルは一度小さく息を吸い、吐いた所で意を決したのか、再び口を開いた。


「全員が、未だに最前線で騎士として戦場に立っておられます」



「この国の連中は、阿呆なのか?」


 以前ロディマスは散々にベルナント公爵をこき下ろしたが、ここに来て大幅に認識を改めざるを得なかった。

 公爵家を継ぐはずの息子全員が戦場から帰ってこないのである。

 公爵の苦労がいやでも伝わってくる話で、さすがにロディマスも気の毒に思ってしまう。


「しかし、姉お二人には息子が生まれているので、最悪公爵家が途絶える事もないと。それでいいのかは、知らんが・・・」


「ええ、そのようです。本来であれば王家に連なる家系としては異例ですが、何分、最前線の兵力は未だに不足気味でございますから」


「優秀な指揮官や優秀な兵で、しかも公爵家ともなれば、上は旗印として使わざるをえない、か」


「ええ、その為に公爵様がご子息様方を強制送還する事も、ままならぬ状況だそうです」


「そうか。それでヤツらは、任期を終えても帰ってこれないのか」


 そう呟き、過酷な運命にあるベルナント公爵家に同情をした。

 恐らく事はこの表に出ている問題だけではないのだろう。裏ではどこぞの公爵伯爵が手を回して、次期公爵が戻ってこれないように細工している可能性もある。


 つまり政争に負けた結果が今の状況であり、ベルナント一族は直接的な一族存亡の危機にも瀕しているのではないかとロディマスは危惧した。


「そして、上に多数の公爵家の相続権を持つ者がいて、下には甥がいる。王位継承権も三桁に近い順位となれば、そもそもアリシアには関わりの浅い他家へ政略結婚的に嫁ぐ以外、道はなかったのか」



 アリシアは『魔過症』さえ治れば、華々しい社交界デビューと輝かしい未来が待っている。ロディマスはそう考えていた。

 末端とは言え王位継承権を持ち、公爵令嬢と言うそれなりに権力のある地位に、勇者候補としての腕力も兼ね備えているのである。治療さえ終われば後は幸せが約束されたも同然だと、楽観視していた。


 しかし、現実はこれである。

 彼女の幸せなど、実はどこにもありはしなかったのかもしれない。


「ままならんものだな。ヤツも望んで不幸になりたかった訳ではあるまい」


 さすがの状況にロディマスも同情してそう漏らしたが、そこにライルが待ったをかけた。


「ロディマス様、お言葉ではございますが、お二つほど修正をさせて頂けないでしょうか」


「む、なんだ?俺はおかしな事を言っていたのか?」


 珍しくライルがロディマスに対して、やや否定的な態度を取った為に少し驚き、ライルの言葉を待つことにした。

 考えてもロクなことにならないのは学習済みである。

 ライルの進言を素直に聞こうとロディマスは姿勢を正した。


「まず一つですが、アリシア様の兄上殿たちは、自発的に帰ってこないのです」


「何?そんなバカな話があるか!!」


 魔物が大量発生する南西の砂漠地帯。帝国とこの国との両方に接する、魔物の領域。年間1万人近い負傷者を出す、あの魔の領域へ自ら進んで居残っている。

 そんな話に、戦慄した。


「まさかベルナント公爵家の者共が、それほどまでに高潔だったとは、な」


 誰も行きたがらない戦場に、自らの命を顧みずに戦う。それはまさに、騎士の中の騎士と言った雰囲気だろうか。

 それほどまでに彼らは、国から認められ騎士となったことを誇りに思っているのだろうか。あるいは、キースのように守るべきものの為に、戦おうと言うのだろうか。


 未来の記憶のアリシアの最後を思えば、確かに十分に納得が行く話ではあった。しかし自ら考えただけではそこまでには至らなかったので、ロディマスは己の浅慮を恥じた。


「それが、調査を致しました所、『戦場が私たちを呼んでいるのだ!!』と仰られていたそうです」


「ほう、そうか。血気盛ん、いや、意欲十分と言う訳か。さすがアリシアの兄たちだな」


「それが、次の言葉により全てひっくり返されております」


 ライルが頭を左手で押さえるような仕草を取っていた。

 普段から平静を常として、他人はおろかロディマスにさえ弱い所を見せないあの完璧執事が、頭を抱えている。

 一体どのようなセリフが飛び出てくるのかと、ロディマスは警戒した。


 重い空気が流れる中、ライルはロディマスに報告した。


「彼らは全て『家には帰りたくない。実家を継ぐなど面倒くさい』と宣ったそうです」


「ハァァァァ!?」


「『政治など、面倒だ』、『家は他の兄弟がなんとかしてくれる』、『椅子に座っているだけなど苦痛でしかない』、『口よりも体を動かしていたい』だそうです」


 それを聞き、ロディマスは思った。



 ぜんっぜん、高潔じゃねええええ!!!



 むしろ逃げ場として戦場を利用していると知り、げんなりとした。



「それともうお一つですが」


「ああ、なんだ・・?」


 もうどうにでもなれ精神で、ロディマスはライルの言葉を待った。

 すると、ライルは笑顔で力説した。


「アリシア様は、世界で一番幸福な方です。お坊ちゃまとご結婚できるのですから!!これは間違いありません!!」


「そうか・・・」


 ロディマスは、嫌っている相手との結婚にどんな幸福があるのかと言いかけたが、反論する気力も湧かなかった。その為に、投げやり気味に忠実なる執事の言葉に同意したのだった。





ここまでお読みいただきありがとうございました。

もうすぐ第一部が終わりとなります。

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