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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
67/130

64


 巡回を終えたアグリスを部屋に呼び出して旅の報告を行なったところ、教会暗部に狙われた事に対してアグリスは左手の平に右拳をぶつけるありきたりなポーズで怒りを表した。


「ヤツら、とうとう手ェ出してきやがったか!!留守を任されたとは言え、やっぱついてくべきだったか!!」


 椅子に座って黙って話を聞いていたと思いきや、聞き終わるかどうかで立ち上がり憤ったアグリスの反応を見て、そんなごく普通(・・)の反応にロディマスは安堵した。



 アグリスは伊達に狂犬と呼ばれてはいない。

 今は単に気のいい兄ちゃんの態を装っているが、このまま興奮し続ければ恐らく神聖教会に真っ向からケンカを吹っ掛けるだろう。

 腕力だけでなく、それ相応の傭兵ギルドや個人的に恩義を感じている連中との繋がりも多数あるので、放置するのは大変に危険である。最悪、神聖教会が瓦解しかねない。


 その力も見越して身内に引き入れたのではあるが、それを御しきれないようでは本末転倒だと考え、ロディマスはアグリスを(なだ)めることにした。


「興奮するな。もう解決済みだ」


「しかしよう!!なめられっぱなしナンはシャクじゃねェカ!!」


 パシンパシンと何度も手を打つアグリスに、自分たちの為に怒ってくれているのは嬉しいものの、それで暴走してしまい、今後の悪魔大量発生や魔王復活と言った確定された未来の対抗戦力を削がれるわけにはいかなかった。


 よって、きちんと部内者扱いして情報共有を行ない、今後は自発的に自重してもらうのが最善であるとロディマスは考えた。


「すでに手は打った。これ以上の手は必要ない。父上も、教会関係者の知り合いもすでに動いた。貴様は貴様の守るべきものを守っていろ」


「ッ!!あのアボートの怪物が!?それに俺の守るべきモンか・・・。そ、そうだな。すまねぇ、ついカッとなっちまった」


「構わん。貴様の反応は想定内だ。それで他には特に何もなかったのだな?」


「ああ、ここいらは平和そのものだったぜ。たまーに孤児連中から剣を教えろと言われるくれーだ。どうやら教会はそっちに行っただけみたいだな」


 そう言ってアグリスはドカリと椅子に座り、両手でそれぞれの膝を押し付けるような姿勢を取った。

 肩を張り、まるで威圧するかのような態度であるが、本人はその自覚が全くないようで、ロディマスに対して特に何かをする気配は微塵も感じられなかった。

 この横柄で威圧的な態度も、単に本人の癖なのだろうとロディマスは敢えて触れないようにした。


 その結果、妙なことを口走るハメになった。


「それは何よりだ。しかし貴様の顔も見慣れれば、何だか愛嬌さえ感じるな」


「・・・、坊主、大丈夫か?旅で疲れがたまってんじゃねーのか?」


「そう心配するのは貴様だけだな」


「お、おい、本当にどうしたんだよ!!あ、あー、そうだ、今日はもう休め、な?ほらもう視察?ってのは終わったんだろ?な?」


「大丈夫だ、問題ない」


「いやいや、そんな泣きそうな顔で言われてもヨォ・・・」


 どうやら相当情けない顔をしていたようだとロディマスは気付き、頬を叩いて気合を入れ直した。


「大丈夫だ。それにまだ話があるからな。ライル、あれを出せ」


「はい、こちらでございますね」


 返事をしてライルが取り出したのは、一枚の書類と貨幣が入った袋だった。

 しかしそれを見る事無くアグリスは椅子に座ったまま、前を向いて様子を伺っていた。


「なんだ?遠慮をするな。貴様の契約書だ」


「許可が出るまではそう言うのは見ねー主義なんだよ。俺のだっつーなら見せてもらうがねっと。・・・、なっ!?」


「今回、貴様は俺の留守中に十分に職務を全うした。それ故に追加の支給を行なう事にした。これは貴様の働きを評価した、正当な額だ」


「銀貨10枚・・・?おいおい、コッチは普通に毎日見回っていただけだぞ?それに、月に銀貨1枚の契約と比べたら、いくら経費込みっつっても多すぎるんじゃねぇのか?」


「貴様の本来の価値を思えば十分に安いが、現状与えられる限度額がこれだ。つまり正規の査定を行なった結果の、正当な金額だ。査定項目はここに詳細に書いてある。なんでも早速、数匹の魔物を討伐したそうだな?」


「あ、ああ。『ピークバード』な。ありゃ雑魚だから、そんなに評価されるとは思わなかったゼ」


「『ピークバード』?フギンとムニンの事か?」


 フギンとムニンは以前出会った魔物、ゲリとフレキと同様に神オーディンに仕える神獣である。

 もっとも神話上ではニートなゲリフレキと異なり、これらは世界中を見て回る大役を果たしていた存在である。しかし、この世界のムギンとフニンは全くの別物である。



 『魔物ではあるものの、ただの大きな番のカラスであり、さほど強くもない。

  ただし臆病故か、常に高所を望み、狙いを定めたら一気に急降下してくる猛禽類のような魔物でもある。不意打ちで子供がケガをしたという話や、荷物を取られた等の話はたまに聞くが、逆に言えばその程度の軽微な被害しか出さない。』



 ライルが事前に用意していたフギンとムニンの資料を読みながら、少し思案する。

 頭の片隅で神オーディンの神獣が連続して発生しているのは関連性があるのかもしれないと、ロディマスは考えた。

 しかしいずれ答えは分かるだろうと、今後は魔物への警戒を少し強めるに留め、深く考えないようにした。


「そうそう、そんな名前だ。でも俺にゃ雄と雌の見分けなんてつかねーし、山のテッペンとか木のテッペンとかにいるから『ピークバード』とか『ピーク』って呼んでんだ。『ピーク』いたぞ荷物に注意しろってな具合にな」


「なるほどな。今回は、その迅速な対処を高く評価したと思えばいい。ここには孤児連中の他に、エリスもいる。ヤツらは小柄なので、『ピークバード』にケガを負わされる危険性がある。『ピークバード』が貴様に脅威を及ばさないのを承知で、それでも手を抜かずに退治したのであれば、それは十分に評価できると俺は判断した」


「仕事を真っ当にこなしただけだ。エリスんコトは、やべぇな、忘れてたわ・・・。あいつ家にこもりっぱなしだったかんな・・・」


 この兄は大丈夫なのか?と思いつつもロディマスはフォローをした。こんなことで有能なこの兄妹が更に仲違いしても困るからである。


「結果良ければすべて良し、だ。それで臨時給与の支給となったが、あの姉妹との仲をこれ以上壊すわけにもいかんから、今はこれ以上渡すつもりはない。だからとにかく黙って受け取れ」


「話は分かったが、待てよ。俺は最初の契約通りの額しか受けつけねぇ主義なんだ。こっちもあの条件で承諾した以上、あとから増やすってのはナシだ。だから、受け取れねぇ」


「その考えは立派だが、これは同情ではないし、そもそもの契約書に書いてあっただろう?こなした仕事に応じて追加報酬を支払うと」


「何?ああ、この辺に確かに書いてあんな・・・。こんなおまけみたいなモンを律儀に守ったってのかよ?」


「おまけではなくその部分も契約の一部だ。それも俺が用意した契約書であって貴様が用意したものではない以上、その一文は有効であると俺は判断している」



 ここまでの一連の話を聞いて、信じられネェ、と呟いて目を丸くしているアグリスに、ロディマスは畳みかけた。


「そして貴様は立派に狂犬としての役目を果たし、この一帯を守っているのだ。だからこの金は間違いなく、貴様自身が、貴様自身の力で獲得したものだ」


 一度息継ぎを入れて間を開ける。それからロディマスはアグリスに挑むような顔で睨み付け、言った。


「単なる噂でもなく、先入観でもなく、どこぞの誰かが下した貴様への評価評判ではない本当の貴様の価値であり、成果だ。そして俺はその成果を認め、それに見合うだけの金額を提示しただけにすぎん」


「ッ!!・・・、坊主、テメーってのは普段から、こうなのか?」


「何がだ?言っている意味が分からんぞ。明確に言え」


「お坊ちゃまは普段通りでございますよ、アグリス殿」


 ライルのその言葉を聞き、アグリスは自らの額を手で叩いてから、オールバックにした髪を撫でつけるように手を後ろへと回した。


「カー!!坊主、そりゃねぇぜ。アンタのコト、ケチな商人だと思ってたが、まさかこんなモン用意してたとはナァ!!」


「ケチとは、商人にとっては誉め言葉だな」


「いやいや、嫌味じゃねーから!!しかもこんだけ大盤振る舞いしといてそりゃねーよ!!あー、参るな、こりゃ。ホれそうだわ」


「突然気持ち悪いことを言い出すな!!」


 ()なのか()なのか。いずれにしても気持ちの悪い話だと、ロディマスは身震いして己を抱きしめた。

 万が一にも力業で迫られたら、なすすべがないから冗談でもやめて欲しいと今、ロディマスは切に願っている。


「アグリス殿もようやくお坊ちゃまの真価を理解できたようで何よりです」


「テメーらは主従揃ってアレだな。傭兵でホれるってのは、あれだ。こいつンなら全部預けてもいいって、アレだ」


「む、むう。良く分からんが、貴様が俺に忠誠を誓いたいと、そんな感じか?」


「俺は騎士じゃねーから忠誠ってのとはちげーんだが、似たようなモンだな」


 そう言うや、アグリスは再び椅子から立ち上がり、ロディマスに手を差し出していた。


「ここまでやられちゃ、信用しねーって訳にはいかねーな。以前の詫びだけじゃなく、エリスを治してくれた恩義だけじゃなく、俺個人がアンタの下で働かせて欲しいって感じたんだ」


「それは殊勝な心掛けだが、貴様はそもそもこの俺から逃げられると思っていたのか?役に立つヤツはそう簡単には逃がさんぞ」


 不敵にもそう言いながら、ロディマスはアグリスの手を取った。

 アグリスの手は大きく、ロディマスの手など軽く包み込んでしまっていたが、そこに不快感もなく、恐怖心もロディマスは感じなかった。


「おーコエー。でもそんくらいの方が働き甲斐があるってモンだ。それに、その分ならエリスやベリスの事を任せても、大丈夫そうだな」


 握手をしながらアグリスが突然妙なことを言い出したので、ロディマスは首を傾げた。


「むしろ俺がこの工房を任せている側なんだが、貴様は何を言っているのだ?」


「ハッハッハ!!大丈夫だ。俺の妹たちは一度食らいついた獲物は離さねーよ。なんつったって、俺の妹たちだからな!!」


「まぁ、いきなり出ていかれては困るからな。貴様もヤツらも、それでいいと言うのならいいが・・・」


 釈然としない気持ちを抱えたまま、ロディマスは午後の仕事が残っているアグリスを開放して、面談を終えたので食堂へと戻った。


〇〇〇



「ロディ君!!一体どういう事なの!!」


「エリス・・・。貴様は最近俺を見かけるとすぐに飛び掛かってくるな」


「そんなの、どうでもいいよ!!それで、どういう事なの!!」


「何がだ」


「ゴシュジンサマ。少々オハナシガ」


「ミーシャか。なんだ?」


「エ?あ、あの。その・・・」


 まったく要領を得ない抱き着いたままのエリスに変わり、事情を説明してもらおうとミーシャに声をかけたロディマスだが、そのミーシャも挙動不審だった為に、この女子会の最中に何があったのかとロディマスは心配になった。


「おい、誰か分かるものはいないのか?ん?おいアリシア。貴様、今、目を逸らしたな?」


「そんなことは、ないわ!!」


「アン()ーソンとマリクは何か知らないか?」


「アンダーソンです。いや、お三方のお話し合いを立ち聞きするのも良くないと思って、俺らは部屋の片隅で震えて、いえ固まっていたので知りませんねぇ」


「同じくです」


 仕方がなく、当人たちに事情を聴くべく固まったままのミーシャに声をかけた。


「つらいのであれば言う必要はないが、どういう事だ?」


「つ、つらくは・・・ないです。でも、あれ?良く考えたらおかしいような?」


「何がだ」


「ミーシャよ。物申す際ははっきりと言えと、教育したでしょう」


「は、はい、ライル様!!実は今、ロディマス様が王都の学園へ通われるという話をアリシア様よりお聞きしまして!!」


「なんだと?学園に俺が。知らぬ話だが・・・ライルは、ライルも知らなかったのか」


「はい、初耳でございます」


「しかし、情報源がアリシアであれば、それは本当に信用できるのか?正直、胡散臭いのだが」


「なんでよ!!失礼ね!!」


「貴様、あの学園が貴族専用だと知らぬ訳ではあるまいな?」


「知ってるわよ!!私だって公爵家の、貴族の一人なのよ!!本当に失礼ね!!」



 ロディマスが言う学園とは、騎士養成学園と言うもので、正式な名称自体はない。

 ただそう呼ばれてはいるものの、実際の所は駆け込み寺に近いものである。


 貴族には、最前線で2年間の従軍義務がある。

 しかしその騎士養成学園には、その2年間の従軍義務と同等の訓練を3年間積ませる事で前線に行った事に出来るという謎の制度がある。

 当然、パックもそこの卒業生で、学園へ通った事により、貴族の義務を果たしたとなっている。


 そしてこのような理由から、元々通えない上に平民には通う理由さえもない場所である。そしてそれはいかに力ある大商会の御曹司と言えども、所詮は平民であるロディマスも例外ではない。


「でも、これはもう決まった事よ!!私のパパも承諾済みだわ!何ならあなたのお父様にも確認しなさい!!ふん!」


「父上が?一体何の理由でそのような暴挙に出たと言うのか」


 叫ぶアリシアを無視して考えてみたが、心当たりがいくつもあったのでロディマスは思わず肩を落とした。

 恐らく教会の件もそうだが、あの父の事であれば、ロディマスが無茶をしているのを何度となく察知しているのだろう。

 そこでここは一つ、学園と言う閉鎖空間に入れて無茶が出来ないようにしようと考えた可能性が高いとロディマスは推測した。


「どうよ!!文句あるの!!」


「文句よりも理由が聞きたいが、父上に直接尋ねるとしよう。ライル!!」


「ハッ!!すでに出発できるようにしております」


「よし。貴様ら、俺はもう戻るぞ」


「え、ええ!?もう行っちゃうの?ロディ君・・・」


「ああ、貴様は休んでいろ。では、行くぞ!!」


 そう宣言して、腰に縋りつくエリスの頭を撫でて、エリスの気が緩んだ所で一気に振り切ってロディマスは帰路についた。



□□□


 館へ戻り、父バッカスへの面談の取り付けを行なった。

 少しは待つかと思われたが、まるで待ち構えていたかのように即座に許可が下りたので、ロディマスはバッカスの部屋の前へと移動した。


「父上、ロディマスです」


「入れ」


「失礼します」


 ノックもそこそこに名乗りを上げて、返事と共に入室する。

 相変わらずのロディマスだが、今回は特に気が焦っていたので要件も直後に切り出した。


「父上、先ほど入手した情報ですが、俺が王都にある学園に通うと言うのは、本当なのでしょうか?」


「そうだ」


 そして間髪入れずの、是。

 商談でもないので、お互いに無駄を好まない性格だからか返答も早かった。


「どういう事情か、ご説明頂けるのでしょうか」


「理由は簡単だ」


 そう言ってバッカスは椅子から立ち上がり、机を迂回してからロディマスの元へ行き、その肩に手を置いた。

 何事かと思ったロディマスだが、父バッカスのゆっくりと話したその内容に、意識が全部割かれた。


「お前は今日から公爵家の一員となる。無論、私の息子であるのは変わらんが」


「はい?」


「ベルナント卿が、以前より打診していたロディマスとの婚約を正式に承諾しおったのだ。よって、お前は今日からアリシア=フォン=ベルナントの婚約者だ。成人後に、男爵位を頂戴する手はずとなっている」


 先ほどまでの張り詰めていた空気が霧散した。

 ロディマスは間抜け面を晒して父バッカスを見上げたが、疑問を解消しに来たはずが新たな疑問を投げられてしまったことに混乱してしまい、それ以上言葉が出なくなってしまっていた。



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