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「エリズ・・・離ぜ・・・」
「ロディ君!!私、がんばるから!!」
「いいがら、離ゼェェェェ」
「ちょっとエリス!!ロディマスが苦しんでいるわよ。離れなさい!!」
「そんなことないよ、ね?」
「グェ」
キュッと言う音が聞こえてきそうなほどの力で首まで絞め始めたエリスになすすべもなくやられたロディマスは、わずかに意識を失った。
数秒後には復帰したが、必死になって息を吸って吐くロディマスの目の前には、頭を鷲掴みにされて宙づりとなったエリスがいた。
「何を、やっているのだ貴様らは・・・。ここは食堂だ。暴れるなら外でやれ」
「モウシワケゴザイマセン。オシオキ、シテマイリマス」
「ミーシャ、仕置きは後にしろ。時間が勿体ない」
「ハイ、モウシワケゴザイマセン」
「いたたたたた!!痛いよ、ミーシャちゃん!!」
「自業自得でしょ。何をやっているのよ、あなたたちは」
女が三人寄ればを見事に体現しているエリス、アリシア、ミーシャの三人を放っておく事にしたロディマスは、先ほどから無言を貫いているアンダーソン、それと休憩に入ってきた孤児の一人を連れて部屋の端へと移動した。
「ライル、飯だ。まずは飯を食う。話はそれからだ」
「畏まりました。ではこちらをどうぞ」
そう言って出て来たのは、いつぞやのロディマスが作っていた賄い食のサンドウィッチである。
ただし今日の物は二種類で、一つは惣菜系のサンドイッチ。もう一つは、干しブドウが入った菓子パン系のようであった。
「お、おお。干しブドウが入っている。そしてこれは、芋か?」
「予め茹でた芋を用意させていただいておりましたので、マヨネーズと共に和えてみました」
「マヨネーズまで使ったのか。いや待て、マヨネーズがここにあるのか?」
ロディマスは干しブドウ入りが菓子パン系ではなく惣菜系だったことに少しだけ気落ちしつつも考えた。
マヨネーズは生卵の管理の難しさから、高級な調味料の一つである。それを賄いに使っているとあれば、いくらロディマスでも大赤字である。しかし、それが分かっていてロディマスの懐からマヨネーズを買うような者はこの店にはいない。
だから誰かが持ち込んだ物なのは確かだろうが、それがもし本人の許可を得ていなければ問題である。
そう言うところはしっかり締めたいと思っているロディマスは、念の為に確認を取ることにした。
「ライル、このマヨネーズは家から持ってきたのか?」
「ええ、そうです。大旦那様が持っていくといいと仰って下さいまして。どれもロディマス様の好物ですが、そう言うご配慮にございます」
「父上が、そうか。なら遠慮なく頂くとするか」
「え?俺も頂いていいんですか?」
「僕もいいのでしょうか」
「アンダーアーマーも、そこのも遠慮をするな」
「あ、僕、マリクソンです」
「あ、俺、アンダーソンです」
「そうか、まぁいい。とにかく食うぞ」
そう言ってロディマスが「頂きます」と手を合わせれば、周りも同じように真似てから食べ始めた。
「む、これは、ピリリとしているがさっぱり。レッドペッパーでもなく、レモンでもない。だがそれに近い。しかし、まさかこれは高い食材を使ったのか?」
「いえ、ピリっとしたのはこのハーブです。酸味はこの実を潰して入れています。どちらもこの周辺で良く採れるもので、ここにも常備しているものです。特別なのは干しブドウと、マヨネーズだけになります」
「そうか。ライルに抜かりはなかったな」
「お褒めに預かり恐悦至極にございます」
「本当にうまいっすねー、モグモグモグ」
「今までのもおいしかったのに、その上を行くなんて・・・」
アンダーソンは遠慮なく食べ、マリクソンはその味に慄いていた。
しかしそんなマリクソンの様子は料理人としての才覚を感じさせるものだった。パンの上下をばらして中身を確認しながら一口ずつ味を確かめている。
ロディマスはそれに気付き、本格的に料理を習わせるのもいいかと考えた。
孤児院にも一度顔を出さねばならないなと、己の予定が詰まっていくのを感じつつ、今は食事を楽しむことにした。
〇〇〇
「それで、ライルよ。例の商人どもはどこにいるのだ?」
あれから食事を終え、相変わらず喧しい女子三人を放っておいて、ロディマスは本題についてライルに聞いた。
するとライルは、工場の方を見学しているそうですと答えたので訝しんだ。
「あの装置は見せられないはずだが、一体どういう事だ?」
「ガハハハハ!!それは俺の口から説明させてもらいましょう。お久しぶりですな、ロディマス殿!!」
「パ、パックか。驚かせるでないわ。それで、何の用だ?」
「ええ、実はロディマス殿に紹介したい者がおるのですよ。ほれ、入ってこい」
「こんにちは。私めはフルチと申します。ぬうん!!」
「こんにちは。私めはビオンと申します。ハァァ!!」
まるでパック二号と言わんばかりのはち切れそうな筋肉を纏ったフルチと名乗った30代後半と言った男と、パック三号かと見間違うほどの肉の塊を盛り上がり謎のポーズを取っている10代後半のビオンと言う男が挨拶をし始めた。
二人とも髪型は七三分け。そして着ているシャツがパッツンパッツンである。その上から羽織っているベストもパッツンパッツン。サスペンダーは付けていないが、代わりにズボンにはゴツいベルトを二本通してあった。
なんだか前世で見たゲームの中で、こんな感じの服装でボクシングする格闘キャラがいたような、とロディマスは目の前の肉塊を見て現実逃避し始めた。
「商人、商人とは一体・・・」
「ロディマス様、でございますね」
しかし現実は無情である。ロディマスの心を落ち着かせる時間など与えずに、間髪入れずに試練を与えてくる。
なんてふざけた運命だと神々に八つ当たりをしつつ、フルチと名乗った男に向いた。
「実は、この度ご面会を賜ったのにはご事情が、ぬうん!!ございまして」
「あ、ああ。なんだ。そのポーズは必要か?」
「必要にございます。そして、こちらとしても真剣な話なのです。どうぞ最後までお聞きください」
「そ、そうか。なら仕方があるまい。とにかく聞こう」
それでもそのポーズは絶対に必要ないだろ!!と叫びたい心を抑え、ロディマスは話の続きを促した。
しかし二人はロディマスの了解を得たと勘違いしたのか、揃って同じポーズを取り出して、余計に暑苦しさと見苦しさが倍増していた。
「ご理解、感謝致します。ぬううん!!実は、我々、とある商会の名を聞きこちらに参って ぬううん 来たので ぬううん です ぬううんん!!!ぬううううううん!!!が」
「声だけは抑えろ。話が飛ぶ」
「あ、はい。それでですね、その商会はかつて私が勤めていた所の名だったのです」
「そうか。それで、なんだ?何が言いたい」
「あなた様が立ち上げた商会の名は『レバノン商会』でお間違いはないでしょうか?」
「そうだ」
ロディマスは即答したが、とうとう来たか、と感慨に浸る余裕などなかった。
目の前の筋肉マッチョンの謎ポージングで既に場の空気は木っ端微塵である。
あ、そう、うん、そうね、そうだね、と言う気持ちでロディマスは彼らを見つめていた。
「我々が要求するのはただ一つ・・・」
変化していた姿勢を固定し、静かにポージングを維持しつつ、フルチは言った。
「あの『ジム』を、是非に使わせて下さい!!」
「ど、土下座までしての事か・・・そもそもなんでそんな名前にしたのかなど、聞くべきことは山ほどあると思うのだが・・・」
「お願いします!!あそこを使わせて頂けるのであれば魂さえ差し出す所存です!!ハァァァァァァ!!」
「そんなにか・・・そんなにも貴様らマッチョメンズはあの装置に飢えているのか」
「はい!!」
即答しちゃったよ、とロディマスは頭を抱えた。
どうしてこう、自分の周りにはまともなヤツがこないのかと嘆きもした。
「商会名について異議申し立てをしたりするのかと思ったが・・・」
「名前は名前です。それに、この業界においてはさほどおかしいこともありませんので、我らからは別段物申すものはございません」
「そうなのか」
「それに、お嬢様のご無事なお姿も拝見できました。これ以上、望むものはありませぬ」
「・・・!?気付いていたのか」
「無論です。そしてご事情も理解しております。ですからどうか、お願いいたします」
とんだ肩透かしであるとロディマスが肩をすくめた直後のこれである。
もっと揉めたりするのかと思っていたが、とてつもなく素直であると見せかけての、この一突き。全くもって油断のならない者たちであった。
それにミーシャがこの場にいる事をすでに知っている点といい、実家ではなくわざわざ工場で待っていた事と言い、見た目にさえ目を瞑れば相当にデキる連中であることは違いないようである。
「そうか。ひとまずは面接だ。経歴と何が出来るのか。どこまでの待遇を求めるのか。その辺りから話し合うが・・・、この場ではまずいな。ライル!!」
「はい、奥のお部屋を準備しております」
「よし、では俺たちはしばらく席を外す。貴様らはゆっくりしているといい」
「これ、おいしー!!ミーシャちゃん、作り方教えて!!今度は私がロディ君に作ってあげるんだから!!」
「企業秘密です」
「そんな!?教えてよー、ねぇ?お姉ちゃん言ってたんだよ。男は胃袋を掴めばいいって!!」
「その姉が独身では、説得力に欠けるわね」
「ア、アリシアちゃん。それ絶対お姉ちゃんの前で言わないでね?」
「さすがに言わないわよ」
「企業秘密です」
「まぁ、放っておくか。ではアンダーゾンとマイクタイソンはゆっくりしているといい」
「アンダーソンっす。そこは濁らしちゃダメっす」
「マリクソンです。マリクって呼んで下さい」
「前向きに検討しよう。では行くぞ」
「はい、ぬううん!!」
「はい、ハァァァァ!!」
「・・・、本当に大丈夫なのか?こいつら・・・」
ライルがすでに裏を取っている以上、危険要素はないだろうが、それでも心配である。主に、人格的に。
ロディマスは昨日とは違う意味で気が重くなり、それでもやるしかないとカラ元気を捻り出して対応したのだった。
〇〇〇
結果のみを言えば、相当に優秀な人材であることが判明した。
それと言うのも、フルチは準男爵であった。
準男爵とは一代限りの名誉貴族のようなもので、国から指定されるお抱え平民のような立場である。
よってロディマスと身分的にはさほど違いはないものの、それでも貴族と言う肩書だけでも幅広い対応が可能である。
「しかも忠実か。明らかに出来すぎているが、考えても仕方がないか」
「彼らの裏に関しては問題が見当たりません。さすがはロディマス様です。その御威光を前にしては、優秀な人材など炙り出されて出てこざるを得ません」
「それは褒めているのか?」
「無論にございます」
時折分からなくなるライルの感性に首を捻りながら、ひとまずは彼らの処遇を思い出した。
かつての商会に勤めていただけではなく、最近まで『バアスレト商会』と言う中堅商会に所属していたそうで、そこでの書記事務筆頭を勤めていたらしい。
ただ、その商会の長男が成長し書記事務筆頭となった為、弾き出される形で首になった、らしい。
「自己申告だが、それは確かなのか?」
すでに彼らは退出しており、明日、本格的な契約を詰めると伝えてある。
だからこそライルと明け透けに話をしているのだが、そこでロディマスはふと疑問に思う事があった。
「半分は確かです。もう半分は「筋肉が呼んでいる」と度々妄言を吐くから、だそうです」
「パック達も時折同じ病気になるな」
「ええ、ですからこれは、きっと神が導いた運命なのでしょう。実にありがたいことです。神など信じてはおりませんが」
「だな」
それに、もしいたとしても、その導いた神は十中八九マッスルな神だろう。絶対に関わりたくない類の神である。
彼らの機能美からは程遠い筋肉を思い出し、美しくないとぼやきつつ、ロディマスは質問を投げた。
「ところでミーシャはどうなのだ?ヤツらに見覚えがあるような素振りは見せなかったが・・・」
「これは推測ですが、ミーシャがアボート家に来たのが4つの時です。ですから覚えていないか、接触すらしていない可能性がありますね」
「そうか。ならミーシャと引き合わせても問題はないか」
「そうですね。呼び方さえ注意させれば問題はないかと思われます」
「その点は腐っても商人であれば、問題はないだろう。脳みそまで筋肉で出来上がっているパックとは違う、だろう・・・・・・?」
「どうかなさいましたか?」
歯切れの悪い物言いをしたロディマスに、ライルが尋ねれば、ロディマスはどうしてパックがフルチたちを紹介したのか聞いていない事に気が付いた。
「そう言えば、何故パックが案内してきたのだ?マッスルフレンズだからか?」
「いえ、どうやらフルチ殿の『親』がパック殿だそうです」
「そうなのか。それは、どういう繋がりか容易に想像がつくな」
この場合の親とは、肉親的なものではなく、貴族の縦の繋がりとしての『親』であり、フルチはその『子』となる。
『子』が悪さをすれば、その責任は『親』が問われるので、貴族たちは『準』が付く平民上がりを抱え込まないようにしている。
そんな中で、何故男爵位を持つパックが平民であるフルチの『親』となったのかは、結局のところマッスルフレンズだからだろうと推測出来た。
「なんにせよ、今のパックが『親』なのであれば大丈夫だな。それに、そろそろドミンゴの所に新作を依頼しようとしていた所だ。より一層『ジム』が充実するとなれば、連中の裏切りは考えなくとも良いだろう」
「むしろ依存しすぎるのが怖いところでしょうか」
「そうだな。あとはこれ以上増殖されても困るな・・・」
パックは男爵ではあるが、あの気風である。平民に対してもマッチョであればフレンズとなる以上、油断は出来なかった。
「せめて戦える人材であればな・・・あ!?そう言えばアグリスのヤツをすっかり忘れていたぞ」
「今は巡回中ですので、戻り次第面談いたしましょうか」
「そうだな・・・はぁ、何だかアグリスのヤツが途端にまともに見えてきたぞ・・・」
そうため息を吐いてぼやくロディマスに、ライルはそっと温かいお茶を出すのだった。




