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「今日はこの街に泊まるしかないか」
そう呟いて、ロディマスは馬を降りて、アーカインの街から三つ目の宿場町の中を馬を引いて歩いていた。
もうすぐ日暮れである。夕日が差し込み世界が赤く染まりつつある中、今晩はどうしようかと悩ませ始めた頃にキースが申し出てきた。
「いえ、このまま行っちゃいましょう」
「・・・、何?」
「大丈夫です、僕がいますから」
キースが胸を張って真剣な表情でそう言うので、ロディマスは彼に従うことにした。
己の知識の中では危険だと思われる行動も、この男であれば難なくこなすのかもしれない。それに子供に無用なリスクを背負わせるタイプでもないので、深く考えず素直に頷くべきだと判断した。
「そうか、なら行くか」
「キース殿であれば心配は必要ないかと思いますが、念のためにどうするのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「大丈夫です、お任せください」
「いえ、ですから方法をお教えください」
ライルもまた、ロディマスやミーシャを無暗に危険に晒したくないのでそう問うが、キースは答えなかった。
そして何度もライルが掛け合うのを見て、ロディマスが口を挟んだ。
「やめておけ、ライル。恐らく人の耳に入れたくない方法なのだろう。それでも納得が行かないならばせめて、街を出てから聞くがいい」
「お坊ちゃまがそう仰るのであればそう致します」
「そう致しておけ」
そう告げてロディマスが止めていた足をまた進ませ始めた時、キースが感心したように呟いた。
「へー、お坊ちゃん、なんだか一皮剥けましたねぇ。今までの張り詰めた様子から打って変わって、随分と柔軟になりましたね」
「ええ、そうですね。やはり実戦を経験すると人は変わるものです。それが良い方向へと向かったのは、やはり天性のものでしょう。素晴らしい事です」
「いやいや、最初に会った時は横柄な態度で滅茶苦茶するお子様だと思っていたけど、最近の変わりようはすごいですな。子供と言うのはこれだから、見ていて飽きませんよ」
「むしろ、ようやくご無理をなさらぬようになったのです。本当に、喜ばしい事です」
後ろから二人のそんなやり取りが聞こえてくるが、ロディマスは無視をした。
少なくともこの国の中ではこのような本人に聞こえてくるレベルで本人の話をするなど日常茶飯事である。相手をしていたら時間が勿体ないし、何よりも言い返せば逆に食いついたと言わんばかりに引き上げられてしまう。
多少耳障りだが無視するのが一番だと、ロディマスは小さくため息を漏らしつつ先を進んだ。
「ロディマス様、お加減はいかがですか?」
「ミーシャか。うむ、視界が半分ないのは不便だが体の調子は以前よりもいいな」
「そうですか・・・」
ミーシャの質問に、ロディマスがそう何気なく答えたが、それを聞いたミーシャの顔は晴れなかった。
そしてそんなミーシャにその原因は何なのか聞こうとして躊躇した。
もし先の首ちょんぱがトラウマと化しているのなら、下手に刺激する訳にはいかないだろう。
せめて本拠地である実家に戻ってからにしないと、彼女自身の逃げ場がない。
ロディマスはそう判断して、かける言葉を探した。
そして、少しだけ、思っていたことを吐露した。
「貴様が無事で、何よりだ」
そう呟いた。
いや、小声だと言ってもいいだろう。相手に聞こえたかどうかも分からぬレベルの声だった。
しかしその言葉を聞いて、ミーシャは顔をロディマスに向けていた。
その顔には、確かに怒りの表情が浮かんでいた。
あ、やべ地雷踏んだ、とロディマスがそのミーシャの顔を見て顔を引きつらせたと同時に、ミーシャが口を開いた。
「私なんかよりもご主人様の方がよほど無茶をしています!!エリスの時だって、アリシアの時だって、全部、全部ご主人様がッ!!」
「お、おう・・・」
街を出た後だった事もあり、門番が多少訝しむ程度で済んだのは幸いだろう。
しかしミーシャのその言葉に、心当たりがありすぎるロディマスは返す言葉を持たなかった。
「今日にしてもそうです!!私なんて捨て置けばよかったんです!!お母さんもお父さんもいない、こんな奴隷の私なんて!!」
後ろにいたキースとライルも足を止めて、ミーシャの動向を探っていた。
ロディマスもまた、かける言葉がなく黙ってミーシャがその胸の内を吐き出すのを待った。
すると、ミーシャが両手で顔を覆い、しゃがみ込んだ。
「なんで、なんで私だけ生きてるの?なんで奴隷なの?なんで殺されるの?なんで・・・」
まさに8歳の少女と言った反応に、ロディマスのおっさん心は非常に揺さぶられたが、ここで抱きしめても反撃で無事死亡するのは見えていたのでぐっと堪え、ミーシャが立ち上がるのを待った。
その際に、キースの案を破棄して先ほどの街に戻るかを頭の中で考え始めた。
しかし背後で佇むライルやキースは一向に動く気配がないのを思うに、人生経験豊富な彼らはここで待つのが正解だとロディマスに教えてくれていると感じ、余計なことを考えずに待つことにした。
夕日が沈んでいく中、ロディマスは焦る心に蓋をして、ただただミーシャを待った。
すると、ミーシャがポツリと、言った。
「なんで、ご主人様は、そんなにも、優しいの?」
優しい?俺が?
当然の疑問であった。
別段ミーシャに優しくした覚えもなく、むしろ過酷な状況を課した覚えしかなかった。
そんな精神状態ではロディマスも気の利いた言葉を吐けず、間抜けな声で答えるだけだった。
「そう、か?」
「そうです!!」
そして間髪入れずに叫んだミーシャにビビりつつも、ミーシャの言葉の続きを聞くことにした。
「ご飯はおいしいです!!お布団もフカフカです!!お洋服もきれいで、可愛いです!!鍛錬は厳しいけど、メルトランデ様は花嫁修業にもなるからって親身になって教えて下さって!!ライル様も生き残るには力が必要だからって!!みんなみんな、優しくて!!そんな中でもご主人様はもっと優しくて!!」
「お、おう・・・」
「こんなの、こんなの絶対奴隷の扱いじゃないって!!分かってるのに!!分かってるのにそれでも嬉しくて!!」
「ミーシャ・・・」
ミーシャの慟哭にライルもただその名前を呟くだけで、特に声をかけない。
そんな雰囲気の中、やっと顔を上げたミーシャがロディマスを見据えて、こう問いかけてきた。
「どうして、そんなに、こんな私に優しいんですか?」
今の流れからして、再びこう問われるのはさすがのロディマスにも十分に予想が出来た。
しかし予想できたからと言って、上手い返しを出来るほどロディマスは口が回る方ではない。
自力ではいい言葉など浮かばず、つい前世の本で見た良さげなセリフを引っ張り出していた。
ミーシャの視線に合わせるように屈みこみ、肩に手を置いて落ち着かせるように言葉を紡いだ。
「それは、君が必要だからだ」
ドイツの哲学者の言葉だっただろうか。
前世の大学時代にこの言葉を見て、いつか己も異性に対して言ってみたいと思っていたセリフでもある。
ただし、このセリフは「愛している」が先か後に来るが、さすがにそれを言う気は毛頭なかった。
と言うよりも、それこそが本当は前世で言ってみたいセリフであったが、前世ではついぞ言う機会もなく、言う機会を見定めつつも言えなかった苦い経験から今回も言うべきでないと判断したのである。
などと、こっ恥ずかしいセリフを吐いたが為にロディマスが余計なことを考えていたら、急な衝撃と共に尻もちをついた。
押し倒してきたのは、もちろんミーシャであった。
「ワアアアアアアアアアアアアアアアアア!!ゴジュヂンジャバアアアアアアアア!!」
力強く、でも決して今までのように己を潰すほどの力を込めずに抱きしめてくるミーシャの背を撫でながら、これで少しはガス抜きが出来ただろうとロディマスは安堵した。
〇〇〇
「落ち着いたか?」
「ヴァイ・・・」
あれから泣いたのはわずか10分程度だっただろう。
しかし辺りは真っ赤に染まり、すでに日が落ちる寸前であった。
だが、そんな状況を責める者はこの場に誰一人としていなかった。
8歳の少女のあの悲痛な叫びを聞いて、無駄な時間だったと無情にも切り捨てるような者は、この中にはいなかった。
「よし、ならば街に戻るか」
「ヴァイ」
未だに目も鼻も真っ赤にして、鼻をすすっているミーシャの頭を撫でてから、ロディマスは踵を返した。
しかしそれに待ったをかけたのが、今の今まで様子を見ていたキースであった。
「ちょいとアレですが、このまま行っちゃいましょう」
「何?もうすぐ日が暮れるぞ。さすがに理由を聞かねば承諾できんのだが?」
「今、ライル殿と話していて決めたんですよ」
「はい、お坊ちゃま、大丈夫です。それに一刻も早くミーシャを休ませてやりたいので、今回はこれが正解だと具申させて頂きます」
ずっと黙っていたと思っていた頼れる大人連中が、裏で今後の対応を練っていた事に驚きつつも、この二人の言葉を信用しないで一体何を信用するのかと思い、即断した。
「そうか、ならばどうすればいい?」
「はい。馬に乗って下さい。話はそれからです」
「分かった。ミーシャも、いいな?」
「ヴァイ・・・」
「【ウォームウォーター】。これで顔を拭け、美人が台無しだ。うむ、よかろう。では行くか」
ロディマスが己のハンカチに温水を霧状に当てて即席のスチームでおしぼりを作り、それをミーシャに渡して顔を拭かせた。
その温かさに思わず吐息を漏らしたミーシャに一安心した面々は、次々と馬にまたがって準備をした。
「皆さん、いいですね?これ、かなーり目立つんですがね。まぁ今回はお坊ちゃんとミーシャの仲の進展を祝って、一肌脱ぎますよ」
「御託はいい、さっさとしろ」
「行きます、【翔馬招来】!!」
揶揄われたロディマスが、若干不機嫌そうに先を促せば、キースがそう叫んだ。
するとロディマス達の乗っている馬から突如、光る翼が現れた。
その光は馬の背をまたいでいるロディマス達の足をすり抜けて、空中に広がった。
「なんだこれは・・・!?」
「ペガサスってヤツですかね?それを魔力で再現するって特殊技能です。『勇者』専用ですね」
「貴様にはこんな隠し玉があったのか。しかしなるほど、確かにこれは目立つな」
「ええ、何度やってもこのキラキラ光るのは止められないんですよ。で、結構魔力も消費するんで、さくっと行っちゃいましょう。こう見えて、空は飛べませんからね」
そう言って、ハイヤー!!と叫びながら駆けだしたキースと馬は、すでに大きさが半分ほどになっていた。それだけの距離を一息で駆けたのだが、その速さは全力のミーシャやアリシアの比ではなかった。
「はぁ!?早すぎるだろ!!行くぞライル、ミーシャ!!」
ロディマスもキースに続く形で馬を走らせたが、あれだけの加速にも関わらず衝撃は特になく、普通に馬を走らせいるレベルだった。
そして素早く流れる景色と、地面の段差などを完全に無視して走る馬に驚きつつ、一同はあっという間に実家のあるペントラルの街へと着いていた。
「行きに3時間近くかかった道程が、今は30分もかかっていないとはな」
「馬は走った時間分だけ疲弊するので乱用は出来ませんがね。さぁ着きましたよ」
街に着く直前にある丘の手前で解除したために騒ぎにはならなかったが、確かにこれさえあれば1週間かかる王都への道のりがわずか1日で済むのも納得だった。
「まぁ、帰るまでが旅行らしいからな。最後まで油断なく行くぞ」
「お坊ちゃま、すでに日が沈んでいますので足元にお気を付けください」
「そうだな。ミーシャも気を付けろ」
そうロディマスが注意を促せば、ミーシャはただ頷くだけだった。
普段であればきちんと返事を声で返すが、今のミーシャにそこまでの元気はないようである。
わずかでも反応があっただけ良しとするか、とロディマスはミーシャをそれ以上気にしすぎる事無く、家まで歩を進めた。
街に入って30分ほど経った頃、ようやく一同はアボート商会の本拠地であるロディマスの実家に着いた。
「お坊ちゃん、あとは俺とライル殿に任せて風呂入って休んでください」
「ああ、そうだな。さすがに疲れた。あとは任せる」
普段であれば自分の事はだいたい自分でするロディマスだが、今回ばかりはライル達に任せて休むことにした。
風呂に入り着替え、食事も取り後は寝るだけとなった時、部屋をノックする音が聞こえた。
非常に小さく、もう寝ようかと静かにしていなければ聞こえないほどのか弱いその音に、ロディマスはベッドから起き上がってドアを開いた。
「やはりミーシャか。どうした?」
『ロディマススマイル』はどうにも不評だと学習した為、いつもの仏頂面でお出迎えをしたが、ミーシャは特に気にするでもなかった。
一方でロディマスは、ミーシャが寝巻の上に枕を抱えて佇んでいたのを見て驚き、次いで理解した。
今の状況に、多くの言葉はいらないだろう。
彼女が頼ってくると言うのなら、偶には甘えさせてもいい。
「前の時のように、一緒に寝るか?」
そうロディマスが問えば、俯いたまま小さく頷いたミーシャを確認してから部屋へと招き入れて彼女をベッドに案内した。
そして己もミーシャの隣に陣取り、布団をかけてから目を瞑った。
最初はベッドに入ってからも枕を抱きしめたままこわばっていたミーシャが、数分後には静かな寝息を立て始めた事に安堵しつつ、ロディマスも今日は深く考えずに寝ようと思った。
「お休み、ミーシャ」
規則正しい寝息が聞こえるので、恐らくこの声は聞こえていないだろう。
しかしロディマスは、そう言いたくなったのであった。
「お疲れ様。今日はよく頑張ったな」
今日はいい夢が見れそうだとロディマスは感じ、この心地よい疲れに身を任せたのだった。




