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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
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「そのような事態となっていたとは。旦那様が危惧していた通りだったなぁ」


「何?神聖教会の動向を、父上はご存じだったのか?」


「きな臭い連中が動いていると言うのは、僕が掴んでました。そうしたら、もしかするとお坊ちゃんが狙われてるのではと、ね」


「実際に狙われたのは俺ではないが・・・、とりあえずは助かった。後は、誰を街へ行かせるかだが・・・」


 そう言ってロディマスは判断を下すべく、三人を見た。


 まずライル。

 一人で動くならこの中でも随一で、暗殺者ギルドを介せば神聖教会の連中にも話が通しやすい。候補としては一番だろうが、年齢に加えて己とミーシャの両方を守っていたのである。恐らくこの中では最も消耗しているだろう。


 次にミーシャ。

 神聖教会に狙われているので、ライルかキースのどちらかと一緒に行動させなければ危険である。つまり、使いには最も不向き。


 キースは、戦闘力なら間違いなく最強。

 ただし神聖教会に行ったとして、どこまで話が通せるかは不明。可能な限りお偉い方に恩を売りつけたいので、一般民にしか話せないのであれば、単に人を呼んで断罪執行人(笑)の護送依頼をするだけに留まるかもしれない。


「ふむ、この中ではライルを向かわせるのが一番か。しかし、いかにライルとはいえ今は万全ではないだろう。リスクが大きすぎるな」


 いっそ、キースの謎の移動力に賭けるかとも考えたロディマスだが、先ほど賭けに勝った以上、今日はもう何かを賭けるべきではないと考えている。

 博打において最も大切なのは引き際である。

 前世でそれを痛いほど経験しているロディマスは、ひとまず休憩を取ることにした。


「一度休憩にする。迅速がモットーとは言え、焦ってまたこのような事態を引き起こすわけにはいかんからな」


「賢明なご判断かと思われます」


「はい。さすがに武器の消耗も激しいので少しお手入れしたいです」


「そうか、それは盲点だったな」


 確かに自分の持つ短剣の二倍以上の大きさの片手剣を受け流したりしていたのである。

 ミーシャの武器が痛んでいるのも無理はなかった。


「ミーシャはまだ力に頼るきらいがある。戻ったらまた鍛錬ぞ」


「はい、ライル様・・・」


 ミーシャも自分が未熟だと理解しているのか、しょんぼりとうな垂れていた。

 垂れ下がった耳がとてもキュートで、とても保護欲を掻き立てられる。

 しかしそう思った直後に、ここまで油断して気を緩めているミーシャを見て、先の戦闘がよほど堪えたのだと知った。

 ここは街中ではない。先ほど襲われた街道の脇なのである。今のミーシャのように、決して油断していていい場所ではない。


「だが、無理もないか。8歳の少女が突然命がけの戦いに挑んだのだ」


 先ほどミーシャを普通の少女だと評した通り、彼女の心根は至って普通なのである。

 今現在に至るまでの不運な経緯から精神的に多少はタフでも、それでも限界値はライルやロディマスよりも低いのかもしれない。時折静かに不満を漏らす彼女からも、それを十分に察することが出来る。


 どうにも自分は、未来のミーシャにまつわる記憶に囚われすぎて、その為に色眼鏡で現在の彼女を見ていたのではないかとロディマスは考え始めた。


「反省、せねばならんな・・・」


 そう思い、自分もまだ10歳だったのを思い出して、苦笑した。

 中身がアラフォーのおっさんだからと言っても、見た目も立場もそれで変わる訳ではない。

 キースの移動力にどのようなカラクリがあるにせよ、今回の日程を鑑みれば相当に無茶をしたはずである。そんなキースが駆け付けざるを得なかったのも、自分がまだ守られるべき子供と言う立場故だろう。


「焦りすぎていた、か。全く、いかに歳を取ろうとも、生まれ変わろうとも、人間の本質は変わらんのだな」


 根っからの小市民。根っからのサラリーマン。

 器としては、精々がお山の大将まで。

 それは前世も、今世も、未来の記憶の己もそう変わりはないのだろう。

 今のように、大きくあろうと無茶をするよりも、出来ることからコツコツと焦らずに進むべきだった。


 そして、そんな無茶をした己の尻拭いに奔走してくれたキースと、キースを寄越してくれた父バッカスに、改めて詫びと礼を言わなければならない。

 そう考え、そう言えば先ほどからキースは何をしているのかと、ようやく周囲に目が向くようになったロディマスは辺りを見回した。


「そう言えば、キースは・・・キース?何をしている?」


「え?ええ。ライル殿から事情を聴きましてね」


「ああ、そうか。しかし何故剣を抜いている?」


 見ればキースは男二人を横に並べて正座させて、自分は剣を握りしめていた。

 その姿はまるで江戸時代の処刑や拷問のようなシーンで、ロディマスはまさかと思った。


「それはですね、こうですよ」


 そう言うや剣を一閃させ、キースは男二人の首を刎ねた。

 剣から煙が出ている所から察するに、火属性で剣を熱していたのだろう。

 前世の知識で、電気メスやレーザーメスは組織を焼きながら切るから出血がほとんどないと言うのを聞いた覚えがあった。

 だから、これだけの大惨事にも関わらず、男たち、いや、そうだったものが出血する事はなかったのだとロディマスは分かった。


「な、何・・・?」


 しかし頭では起こった現象は分析できても、さすがにこの唐突な展開についていけず、ロディマスは言葉を失った。

 少しばかり視界に入ったミーシャもまた、固まっていた。

 ライルが静かに二人の生首を回収するのを見届けて、首が袋に入れられ視界から消えた後で、やっとロディマスの時は戻った。


「何をしたのだ!!貴様は!!」


「いえ、お坊ちゃん。連中を生かすって話でしたよね?」


 ユラリ、と笑顔ではあるが得体のしれない雰囲気を醸し出しながらキースは振り向き、こう言った。


「子供を襲うような連中は、生かしていちゃダメですよ。この手のヤツらは同じことをまた繰り返します。だから、僕が、きっちり始末させてもらいました」


「なっ!?」


 命が軽いこの世界。

 確かに魔物相手に命を落とすものは多いが、それは決して人同士での争いがないと言う話ではない。

 むしろ、魔物相手と同数かそれ以上に、人間は、人間を殺す。


 分かっていたはずなのにとぼやくロディマスは、己の口の中が乾いていくのがよく分かった。

 そしてそんな状態で、かろうじて口を開く。


「俺は・・・、甘かったのか?」


「そうですね。この世界には、こんなモノを生かしておくだけの余裕などないですからね」


「そうか・・・」


 言わんとすることは分かった。騎士として人々を守るために数多の戦場に赴き、人魔(じんま)問わずに切り捨ててきた男なのだ。言っていることに間違いはないだろう。

 ロディマスも頭では分かっていたが、いざ実戦となったらこの有様である。

 赤の他人でさえ、切り捨てる事が出来なかったのだ。


 これでは、甘いだけの無能だと蔑んでいたベルナント公爵を笑えない。


 ロディマスがそう自虐していたら、剣を納めたキースが優しく肩を叩いていた。


「でも僕は、そんなお優しい今のお坊ちゃんが大好きですよ。だからこそ、汚れ仕事は僕らに任せて欲しい」


「キース・・・貴様」


「その為に、僕は、いや、私たち(・・・)は傭兵の道を選んだのです。そこに一片の後悔もありません」



 キースの来歴。

 何故、栄えある帝国の騎士からしがない傭兵へと転落したのか、その理由の一端を初めて本人の口から聞き、ロディマスはその言葉の意味を噛み締める。

 しかし、言われっぱなしは癪だと、ロディマスはキースに物申した。


「キース、貴様の方がよほど甘いな」


「甘やかす人は限定してますよ。まぁ、何がきっかけでお坊ちゃんが変わったのかは知りませんがね。今のお坊ちゃんは十分に、甘やかす価値がありますよ」


 そう優しく告げるキースから視線を外す。

 10歳近く精神年齢が上なのに完全に負けている。これが、甘い世界で生きていた者と、過酷な世界で命を懸けてきた男の差かと、受け入れる。

 そもそも、己はこちらの世界一年生(・・・)なのである。比べることすら烏滸がましいのかもしれない。


 しかし、だからと言ってこれ以上甘えている訳もいかないと、ロディマスは己の頬を両手で叩いて気合を入れ直した。



「よし、切り替えていくぞ」


「それでこそお坊ちゃんだ」


「しかし、そうとなれば神聖教会への対応はどうしたものか。連中を生け捕りにして向こうを脅して猶予を稼ぐ計画は、破棄だ。さて、次のプランを考えねば」


「ああ、それもライル殿から聞きました。それは僕が解決できそうですよ」


「何?貴様は神聖教会にツテでもあるのか?」


 そう言えば、先ほどは神聖教会の暗部の動向を掴んでいたと言っていたし、何かあるのだろうか。

 キースも普段から教会と繋がりがあると喧伝していない以上、詮索されたくはないのだろうが、それでも今の流れからすれば聞いておかなければならないものだった。


 するとキースはなんてことのないような軽い感じで答えた。


「ええ、なんと言っても僕は元『勇者』ですからね。僕が動けば教会の穏健派も黙ってはいられないでしょう」


「は、はあああああああああああああ!?」


 さすがのロディマスも、絶叫した。




「『勇者』とはそうホイホイと成れるものなのか?そして、そんな簡単に辞められるのか?」


「『勇者』になるのは、神の啓示?と教会からの支援ですね。支援をもらう代わりに魔物を倒せ、悪魔を倒せ、魔族を根絶やしにってね」


「根絶やし・・・、それは穏やかではないな」


「ま、そんな訳で教会からの支援を受ける代わりに『勇者』を少しやっていて、まぁ、ご存知かもしれませんが帝国で悪魔を討伐して『勇者』としての責務を全うし、その後で莫大な報奨金をもらったので『勇者』を引退したんですよ」


 そう言えば最初期のJRPGゲームでは、勇者を募り、勇者を送り出していたのは王様だったとロディマスは思い出す。

 もしかすると「神が誰ぞを神の使徒と任命し、その者が勇者となる」と言う情報は、幼いかつてのロディマスが勘違いをしていただけなのかもしれないと思い至り、そう言う事にした。あまり深く考えても答えが出ないと判断したからである。



「しかし、大物を倒したのは知っていたが、まさかそれが悪魔だったとは・・・」


 時期的に考えれば、今発生している悪魔はまだ生まれたてである。それでも十二分に脅威ではあるが、大多数の犠牲があればまだ対処は出来るだろう。

 しかし一方で、キースには目立った傷もなく、後遺症を受けているような印象もなく、今も現役で戦っているので表面上は引退をする理由が見当たらなかった。


「答えたくなければそれでいいが、何故、『勇者』を引退した?」


「あー、それは確かに素直には答えられないですよねぇ。ただ言えるのは、『勇者』が救うのは社会と言う枠組みであって、中身の人ではなかったって事です。大を助けるために小を切り捨てるって言うのでしょうか」


「なるほど、そうか。・・・、いや、待て?貴様の事だからもしかして・・・」


 今のキースの言葉の中の、大と小と言う単語を聞いて、ロディマスはまさかと思った。

 大が街や国、小が逃げ遅れた人、と単純に置き換えるのは、普段のキースの様子からしてもおかしいと感じた。


「まさか、その大は大人で、小はまさか、子供か?」


「お、おや。さすがお坊ちゃん。あなたには隠し事が出来ませんね」


 そう言ってポリポリと頬を掻くキースを見て、こいつは真正だと初めて完全に理解した。

 しかし、だからと言って前世で言うところの『ロリコン』や『ショタコン』ではないだろう。それは接している自分が最も良く分かっている。

 となれば、この真っすぐな男がそれを決意するだけの、何か暗い過去があるのだろう。


「事情があるのだろうが、聞くのは野暮だな。今はとりあえず目先の問題を片づけるか」


「そうですね。今、ライル殿がアレらの体を燃やしてますから、それが終わり次第出発しましょう」


「しかしライルは火の魔法までは使えないはず・・・おい、なんだあれは?」


 ロディマスが指差した先には、窪地に向かって火種を投げたライルと、そこから上がるライルと同じくらいの背丈の炎であった。


「ああ、あれは僕が持ってきていた『燃える水』の効果ですよ。なんでも酒から造られるそうで、今までは量があまり出来ずに秘蔵されていたそうです。ですがこの度、ハワード様が量産化に成功しましてね。お土産に持って帰ってきた一部を持ってきたのですが、いやはや、中々に素晴らしい火力ですなー」


「ハワード・・・。兄上が?」


 転生者でもないのにファンタジーなこの世界にM&Aなどの前世の世界の成熟した現代経営論を持ち込んで世の商人たちを蹂躙する父バッカスに続き、己の兄ハワードもかなりチートな存在だったようである。


 しかし、前世のロディマスの知識からすれば、酒から造られると言えばアルコールであり、ここまでの炎上はしない。

 同種のものでグリセロール、加工してニトログリセリンと言う火薬として用いられているものもあるが、それは爆発がメインでここまで燃え上がると言うものではない。


 その燃え方は、まるで前世で見た動画にあった、ガソリンのソレであった。


「まさか、ガソリンをこの世界で再現して見せるとは・・・」


「ガソリン?あれはそう言う名前なんですか?」


「いや、そのような『燃える水』があると聞いただけだ。あれがそれそのものとは限らん」


「そうですか。お坊ちゃんも相当に博識ですな。いやはや、アボート家は優秀すぎますなぁ」


 正直、こちらの方向の優秀さよりも、キースやライルのような腕力的な優秀さが欲しかったとロディマスは思ったが、口には出さなかった。

 出さずに、炎が収まるまで待った。


 幸いにも炎が丘の高さを超えることはなかったようで、街から誰かが様子を見に来る事もなかった。そして炎は10分程度で消えた。

 その後には何も残っておらず、たったそれだけで骨まで燃やしきった事に戦慄した。


「兄上は、恐ろしい物を量産したのだな」


「いえ、それがですね。これも魔力を使っているからか、生きた物には無意識に抵抗されて燃やせないそうなんですよ」


「そうなのか?」


「そうらしいですよ。なんでも炎の大魔法のほんの一部を再現しただけだそうで、主な利用目的はゴミの焼却用になるようですよ」


「またなんとも、平和的な利用方法だ・・・」


 呆れればいいのか、安堵すればいいのか。

 ロディマスはそんなちょっと複雑な感想を抱えたまま、後始末を終えたライルと少しだけ立ち直ったミーシャと共に、再度家へと向けて馬を進ませたのだった。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

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