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- 【ミドルブースター】が発動しました -
その文字と言うべきか、言葉と言うべきか。
ロディマスは魔法を放ち、その一文を受け取った直後に激しい倦怠感に見舞われた。そして世界の左半分が赤く染まった時、全身を打ち砕くような衝撃に襲われロディマスの体は宙を舞った。
そして受け身も取れず、地面に激突した。
「ウ、ゴォッ」
ヒップ からの ハードランディング だったようで、ペイン で ノースピーキング だった。
ハードラック も、テリブルなポーズ で、 クロース の カラー で ネック が ホールディングし そうだった。
そんな ミー の スティタス を ルックし たミーシャが、 ランニングし て ミーを ハグし た。
「ご主人様!!ご主人様!!」
「ひ、【ヒール】ぅ・・・」
ロディマスはわずかに混乱していたようで、意味不明な文字の羅列が頭を過ぎった。
ただ、その不明な羅列が何故か『ルー』と言う単語を呼び覚まし、消えていった。
そしてミーシャに頭を抱き上げられ、気道をようやく確保出来たので、やっとの思いで闇の治癒魔法である【ヒール】を使い、少し身体が軽くなった。
「ゴホッゴホッ。助かったぞ、ミーシャあモゴ!?」
「ごジュジンザバァァァ!!」
叫び、己を抱きしめたミーシャに何も告げられず、ロディマスは成すがままにされることにした。
ロディマスは強い衝撃を受けたためか前後の記憶もあやふやであった。
その為に、今の時間を使い必死になって思い出そうとしていた。
オルティアスが暴走し、最後に自分に特攻を仕掛けたまではすぐに思い出した。
その先だが、まずは自分の行動を振り返る。
己は咄嗟に闇の初級魔法である【ドレイン】をこれも闇の初級魔法である【マジックブースト】で限界一杯まで力を引き上げて行使した。ここまではいい。
だが、行使するまでの時間が短かったために、発動が極端に早い闇魔法とは言え、残る力の全てを注げた訳ではない。
今思えば非常に不安な状況だったが、こうして生きていた以上、賭けには勝ったのだとは理解できた。
その際に、聞きなれないもの、あるいは見慣れないものを見たような気がして、記憶をほじくり返す。
『- 【ミドルブースター】が発動しました -』
確かに聞いた。あるいは確かに見たと言うべきか。
その言葉を、ロディマスは間違いなく知った。伝えられた。
それが何なのかは全く分からないが、とにかくソレで助かったのだと言う事だけは理解が出来た。
謎の技能らしきものではあるが、心当たりがないでもなかった。
しかしそれを考えるべきは今ではないと気が付き、現状の確認を行なうことにした。
「ミーシャ。そのままでいい。あれからどのくらい経ち、あの連中はどうなったか報告しろ」
感情的になっているミーシャを可能な限り刺激しないように、最大限注意を払って事務的に問えば、教育が行き届いているミーシャは、泣くのを我慢しながら答えた。
「今は、あれから10分も経っておりません。男二人は拘束中です。ライル様が見ております」
「そうか。ならば次をせねばなるまい。ミーシャよ、起き上がるぞ」
「無茶です!!おやめ下さい!!これ以上無理をしたら・・・ご主人様が壊れてしまいます!!!」
まるで親と離れたくないとダダを捏ねる子供のようなミーシャに、自分ではかなりイケてると思っている優しげな笑顔を向けて、促した。
するとミーシャはその笑顔を見て、途端に硬直した。
その顔、真顔であった。
「ど、どうした?ミーシャ?」
「いえ、何でもありません。冷静になれただけです」
何だか急に余所余所しく、それも照れていると言うよりも他人行儀、いや、完全に他人を見るような目でロディマスを半眼で見つめていた。
そんな様子にビビってドモってしまったロディマスだが、やるべきことは多いのだからと気合を入れて起き上がった。
「咄嗟に防御に回した左腕はさすがにまだうまくは動かん。だが、それ以外は思ったよりも異常がないな」
「そうですか。それは良かったですね」
「・・・」
先ほどまでの様子から一変しての突き放すかのような言動に呆れつつ、もしかして己の『ロディマススマイル』には何か重大な欠点があるのではないかと考えた。
そしてそれは帰ってから検証しようと記憶に留め、それからライルに向けて歩き出した。
体にぎこちなさもなく、目立つのは打ったヒップが激しく痛いくらいだった。
「正確には、どんどんと治っていっているのか」
今もロディマスの体からは痛みや違和感が抜けていっている。
使った【ヒール】は最小限のもので、今のようにその上位のスキルを使ったかのような癒しの効果などなかった。
それを不思議に思いつつも、体が動くようならいいかと深く考えずにロディマスは進んだ。
そして、男たちが縛られている現場に着き、ライルに声をかけた。
「ライル。何か聞き出せたか?」
「確認しましたが、我々が掴んでいる以上の情報を持ってはいないようでございます。めぼしいものは特にありませんでした」
「ふむ。ミーシャの件がどこで漏れたかなどは分からぬのか」
「無理もありません。末端の工作員には回ってこない話でありましょう」
使い捨てと言う訳ではないだろうが、それでも実行部隊であればこうして捕まり拷問にかけられる可能性もある。
よって、敵に渡す情報は少ない方がいいと、上も判断するだろう。
特に神々を崇拝する連中であれば、それが神の御言葉だとでも言えばこのように狂信的に従うのはよく理解できた。
ライルは男たちを見張るためにロディマスに背を向けているが、このライルもまた、己の信者に近い者であれば、絶対にこのような事をさせてはならないと、今回の件を教訓に距離を取ることも検討しようと考えた。
それもまた、あとで考えるべきことだと思考を切り替えて、ロディマスは気絶していない方の男、オルティアスに声をかけた。
「おい、貴様。貴様らはこれから・・・貴様はそんな年老いていたのか?」
見れば、俯いていたオルティアスはフル白髪で顔も皺だらけの老人だった。
ライルを「ジジイ」と呼んでいたり、かなり威勢が良かったり、声が若い調子だったりで、ロディマスは若い男を想像していただけに少し面食らった。
だが、直後に口を開いたオルティアスのその言葉に、ロディマスは顔をしかめることとなった。
「何だと!!テメーが奇妙な手で俺を・・・俺の生命力を返せ!!」
「どういうことだ?」
「私にも分かりかねますが、どうにもこの男の自己申告では、まだ27歳だそうです。しかしこの見た目は、私とそう大差がないのです」
「なんだ?神聖教会の断罪執行人とやらは危ない薬や禁呪でも扱っているのか?」
「そ、そのような神を冒涜するような真似はしねぇ!!貴様が奪ったんだろうが!!」
まず、闇の初級魔法である【ドレイン】にそこまでの効果はない。あれは単に魔力や体力を吸うだけで、生命力までは吸えない。
ゲーム的に言えば、MPやスタミナは吸えるが、HPは吸えないと言った所だろうかとロディマスは考えた。
そもそもにおいて、生命力を吸い上げる魔法は【アブソーブ】と言う、伝説の中で吸血鬼が使ったらしき魔法以外には存在しないし、あれも相手の体内に牙を差し込まないと発動しないと文献にはあった。
さすがにあの突進の最中そんな芸当をそう都合よく出来ている訳もなく、結局、教会側の暗部の誰かが何かやったのだろうと仮の結論を出した。
そして神が、神々がとうるさい連中ではあるが、こういう連中はまだ扱いやすいとロディマスは激しいオルティアスの反応を見て安堵した。
ヘタに自分で考えてしまうような相手からでは、情報が引き出しにくいからである。
そしてそれはすでにライルの手で行われている。
今の言葉に疑問はあるが、生かして教会に返す予定なので余計な情報を渡したくない。
己から何かを聞き、わざわざ何かを教える必要はないだろうと判断した。
しかし次のオルティアスの反応で、状況が一変した。
顔を上げたオルティアスが罵倒を浴びせようとしたのかロディマスを見て、口を開いたまま硬直した。
一秒、二秒と時が過ぎ、実に十秒もの時間が流れた後で、オルティアスが絶叫した。
「魔族!!魔族だアアアア!!」
「魔族!?どこだ!?」
「いや、オメーだろ!!おいジジイ!!コレを解け!!魔族だ!!こればかりは協力を要請する!!」
「俺が、魔族だと?・・・、む、もしかして」
「ロディマス様、鏡です」
「ミーシャか。・・・、何故そうも遠いのだ?」
「何も?どうぞ」
「あ、ああ」
準備がいい割に素っ気なく、しかも物理的にも距離を取ろうとするミーシャの不審な行動を疑問に思いつつ、ロディマスは目の前の手鏡を見た。
すると案の定見えたのは、左目がわずかに赤い自分。
「以前よりは色が薄いが、本当にどういうことだ?前のような視界に異常も見られんが・・・」
「赤い目!!それは魔族の証だ!!」
「そうか、それがどうしたと言うのだ。・・・、待てよ?そうだな・・・、俺の反対の目は青だぞ。これを貴様はどう見る?」
そう問いかければ、頼られたのがうれしいのか、あるいは優位に立てたと勘違いしたのか、オルティアスはふんぞり返って答えた。
「そんなもの、変装に決まっている!!」
「なるほど。では博識な貴様であれば、当然変装を見破る他の方法も知っているのだろう?」
ロディマスがさらなる情報を聞き出すべく持ち上げれば、さらに反り返ってしまい、上から見下ろしているのに顔が顎しか見えない状況から、オルティアスは答えた。
「バカめ!!バカバカめ!!そんなもの、聖布を当てればすぐに判明するわ!!」
『聖布』、そのキーワードを聞き、ロディマスは急ぎ未来の記憶を漁った。
それに該当しそうなものは、三つ。
神聖教会の高位神官共が腕章代わりに巻いていた赤い布。共通の白い法衣。旗や帽子に使われている青い布。
その中で最も可能性の高い、赤い布でカマをかけてみた。
「あの赤い布の事か。さすが、あれは素晴らしい物だったのだな」
「ほーう。魔族のくせにそれが分かるか。ならば苦しまずに殺してやろう!!」
一発で当たりを引き当てたようである。
駆け引きの『か』の字もない愚かな男を見下しながら、ロディマスは即座に指示を出した。
「爺、やれ」
「ハッ!!」
「おい!!何をするジジイ!!おい、あ!!それだ!!それをヤツに巻き付けろ!!それで魔族は弱体化する!!」
ご親切にも次々と秘密を暴露していくオルティアスに、これほど愚かな男はその足りない頭と有り余る腕力で今まで一体何人を無実の罪で処刑してきたのかと考え、ロディマスは沸々と怒りが湧いてきた。
剣士だから力があり、だからこそ、その力の振るい方を間違えてはいけないと言うのに。
貴族でもない己が『noblesse oblige』などと謳う気などないが、大商会の御曹司である以上、その力については日々考えている。
以前のロディマスだった少年が色々とやらかしているので、余計に考えて行動をしている。
魔王となる破滅のルートを回避して、その後に同じ人間から恨みを募らせ殺害されたとなっては目も当てられないからである。
俺にもミーシャやアリシアのような力があれば、そこに意識を割く必要はないのに。
一瞬湧いたそんな暗い考えを振り切って、ライルから布を受け取った。
そしてまず違和感のあった己の左手の様子を確認した。
「ほう・・・」
「なんと・・・」
「ヒィィ!!なんだその気持ち悪いのは!!」
オルティアスが叫んだ通り、袖をめくって現れたロディマスの腕は奇妙なことになっていた。
手首から手前、肘の直前まで赤黒い線が這っていたのである。
それも1本ではなく、かなりの本数がまるで血管のようにのたうち回っていた。
「確かに気持ち悪いが、幸いにも痛みはない」
不快感はあるが、と言う言葉を飲み込んだロディマスは、聖布の端を結んで輪っかにしてから、己の左手に通した。
聖布が触れると少しだけピリリとした感触が返ってくるが、その後は不快感が消えていくような感覚に変わっていった。
「ほう。さすが聖なる布と言うだけの事はあるな」
「巻いた場所だけが少し色が戻っておりますな。では残りは私めが処置いたしましょう」
「頼む、ライル」
「ハッ。・・・また、爺とお呼び下さっても宜しいのですよ?」
「グッ。下らん事を言っていないでさっさとしろ!!」
つい気弱になり、昔のように爺と呼んだ事をライルに指摘され、ロディマスはつい声を荒げてしまった。
しかしライルの巻き付ける手が震えていた理由が、得体の知れない己を恐れてなのか、己を心配してなのかは分からなかった。
そしてそれを問う勇気もなく、ロディマスは黙って聖布を巻かれた。
「ふむ。調子がいいな。今後はこうしていよう」
「はい。それとこちらがもう一人から慰謝料代わりに頂戴した聖布です」
「何!?よし、よくやったぞライル!!」
「ロディマス様の従者であれば、当然でございます」
「こいつは、目だな。眼帯のようにはならんか?」
「お家に戻り次第調整は致しましょう。今は、少しばかり失礼します」
そう言って器用にもただの布を眼帯のように顔に巻きつけてくれたライルに、こいつは本当になんでも出来るんだなとロディマスは感心した。
そして同時に一つの事を思い出した。
その話をするために、一度オルティアスを封じることにした。
「その男は、猿轡でもしておけ。ライル、話がある」
「はい、すでにそちらも滞りなく終わっております。何なりとお申し付けください」
「いや、俺の事ではない。ミーシャなのだが」
そう言って、どうやって切り出すか考えながら男二人から少し距離を取り、ありのままに疑問を投げつけることにした。
「体そのものは強いが、技術は未熟なのか?」
相当にストレートかつ失礼な物言いであった為、対面していたライルの斜め後ろにいたミーシャが男たちを見張るために背を向けていながらも、不敵なオーラを出し始めた。
それに若干恐怖しつつも、ライルの返答を待った。
そしてライルからの返答は、是、であった。
「基本は習得しております。しかし、技量の向上については、ある程度実践を積まねばなりません。今回の件でより一層、そう感じました。さらなる修練が必要です」
「そうか」
言われてみれば至極当然の話であっても、この世界は何があるか分からない。
前世の記憶を頼りに、これが常識だと思ってみても、実際には違うなんてこともままあった。
『技能』と言うものがある以上、適正さえ合えばゲームのようにポンポンとスキルを習得できるのだと思っていた。
ロディマスは、これはもっと早くに確認すべき内容だったと少しばかり後悔した。
「それで、以前言っていたミーシャの教育の中で、宮廷料理も作れると言うのはどうなのだ?」
「無論、作れます。作る順序もどのような料理が必要かも、材料の選別の仕方も、全て仕込んでございます。しかし、それはあくまで最低限お料理をお出し出来るレベルに仕上がっている、と言う意味にございます」
「つまり、なんだ?味については王様を唸らせる程ではないが、どこぞからの文句は出ない程度、と言う話か?」
「そのようにお受け取り頂ければよろしいかと」
つまり今のミーシャは、スキルをレベル1か2だけ取っているような状態なのだろうか。
それが能力の開花なのか単なる取得かは分からないが、とりあえずレベル1でも取れていれば最低限はこなせるし、数をこなせば熟練度でも上がるように、スキルのレベルが上がる。
実際に【ステータス】で確認できる自分からすると、スキルレベルなんて情報はないように見えるが、あの神から与えられたこの力は万能ではない。単純にそう言う情報が隠されているだけかもしれないと考えた。
「何でもできると思っていたが、案外そうでもなかったのだな」
ミーシャの事を、神々に愛され、無敵に強く何でも覚えられる存在と思っていただけに、実は案外そうでもなかった事実を聞き、ロディマスは計画の修正を余儀なくされた。
「そうか。ミーシャも普通の女の子だった、か」
「それはどういう意味で、ゴザイマショウカ」
「な、なんでもない。なんでもないぞ?なんだ?先ほどは遠かったのに今度は近すぎる。鼻が当たっているぞ!?」
本当は唇も当たりそうなほど近いのだが、迂闊に言えば鉄拳が飛んでくる危険性もある。
ロディマスは堪えた。
すると自宅のある街の方向から馬が駆ける蹄の音が聞こえてきた。
その音に反応して、ミーシャも素早くロディマスから距離を取った。
「ふむ、丁度いいな。どんな奴が通るのかは知らんが、通りすがった者に街への連絡をさせるか。このような寂れた街道を通る者だ。金を積めば断るまい」
「はい、畏まりました。おや?あの姿は・・・」
「む、あれは・・・キースか?何故あいつがここに・・・」
旅に出る直前、キースは父バッカスと共に王都へと出ていたはずである。
それがわずか四日程度で往復した上にここまで来ている。
あまりにも異様な光景に、思わず一同が沈黙した。
そこに颯爽と、茶馬の王子が降り立った。
「おや、お坊ちゃん、奇遇ですね。お怪我をなされたのですか?さぁ帰りましょう」
「奇遇でもなく俺を追ってきたのだろう。それと俺を担ぎ上げるな」
そう言って、出会い頭にロディマスを運搬しようとするキースに、一同は呆れたのだった。




