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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
61/130

58


 宣戦布告をしてから間もなく、男の一人、恐らくオルティアスと名乗った男は駆けていた。

 しかしその速度は十分に目で追える範囲であり、アリシアやミーシャのような唐突に消えたと錯覚させられるほどの超高速ではなかった。

 そしてそのミーシャにしても、行きに遭遇したフレキとの一戦でも遅い場合と速い場合があったと思い出し、何か違いでもあるのかと考えた。


「悠長に考察している暇なぞないが、どうしたものか」


 初当たりとなったオルティアスとの最初の一合目、小走りに近づいて手に持った片手剣で突いてくる攻撃をミーシャは難なくかわす。そしてミーシャは手に持った短剣で差し出されていた片手剣に触れ、小さく軌道を変える。

 何でもない動作であり、少々邪魔でしたので、くらいの言い訳が聞こえてきそうなほど自然な動作だったが、片手剣を差し出していたオルティアスの体は揺らいでいた。


「体勢を崩した!?まさか!!」


 ロディマスは、相手の動きに合わせて相手の力を利用する合気道のような技と言う印象を受けた。

 そしてそれを真剣同士で易々と行なうあまりにも凄すぎるミーシャの技量にロディマスは絶句し、硬直した。

 しかし直後に不満げなライルの顔を見て、あの技がまだまだ完璧なものではなかったと知り頭が痛くなった。


 ロディマスが痛む頭を抱えながら状況の観察を続けていると、ライルがミーシャの作った隙に乗じて動いていた。


「本職であれば手加減など不要ですね」


「ぐがっ!!」


 横っ腹に蹴りを入れられてミーシャから離れるオルティアスは、忌々しげにライルを睨みながらも辛うじて踏み止まり体勢を立て直した。

 そして蹴りを放ちわずかに片足立ちしたライルの下に、黒い短剣が飛び込んでくる。

 その光景を遠くから見ていたロディマスが声を上げる直前、ミーシャによりその短剣は弾き飛ばされていた。


 それら一連の動きを見たロディマスは、思わずつぶやいていた。


「遠くから眺めているだけなのに、目まぐるしく変化する状況にまったく付いていけんぞ・・・。これが、剣士なのか・・・」


 剣士と魔法使いの差は、努力でどうにかなるものではなかったのだと改めて実感させられた。


 はっきり言えば、アクションゲームみたいなノリで四人が戦闘を行なっているのである。

 そんな中で自分は、何の補正もないプレイヤー本人が参戦したようなもの。

 しかもそんな弱い己が護衛対象。下手に動いては、ライルやミーシャの邪魔になってしまう。

 今までのような商売や治療のように己が手出しできないのが歯がゆいものの、焦っては余計に悪い事態を招きかねない。


 ロディマスはいつの間にか乱れていた呼吸を整えながら、考えた。


「出来ることと言えば、・・・、そうか!!ライル、そのままで聞け!!」


「はい!!」


「連中は教会と神々に誓ったのだ!!ミーシャしか狙わん!!ミーシャの守りを最優先にしろ!!」


 現状、手出しをしなければロディマスは狙われる事はない。

 何と言っても神聖教会は、神々のご意思とやらが第一なのである。

 それはつまり、先ほどの宣言通りにミーシャを狙うと言う事で、同時に、ライルのように邪魔立てしない限りは彼らの標的になることはない、と言う事である。


 ならばこの手も使えるなと、ロディマスは暗く笑った。


「先ほどから俺への射線を塞ぐように立ち回っているようだが、一切無用だ!!ミーシャとの連携を密にとり、手早く片付けてしまえ!!」


「承りました!!」


「舐めた口を!!あのガキ!!」


「よせオルティアス。我らの責務を忘れたか?」


「うっ、そうだったな。異端者には死を、だな」


「実に物騒な連中だ。とても生命を慈しむ神聖教会の手の者とは思えん言動だ。暗殺者ギルドに鞍替えしたらどうだ?」


「お坊ちゃま。このような不出来な連中は、暗殺者ギルドでも願い下げかと」


「ほざけ!!」


 そうして、手は出さずに口プレイで断罪執行人を挑発する。

 先ほども言った通り、彼らにとっては神々のご意思が第一であり、また、教会そのものは無益な殺生を禁止している。

 よって、口先だけで何もしないロディマスを、彼らは攻撃できない。


 そんな微妙に卑怯臭い間接的なロディマスの支援が効いたのか、徐々に形勢が変わっていく。

 右へ左へと動き軽快に相手の動きを絡めとっていくライルとミーシャに対して、前後に分かれて前衛中衛のスタイルを取っている黒ずくめは押され始めていた。特に前衛を担当しているオルティアスの消耗が激しいのが見て取れた。


 ライルもミーシャも回避や防御の点で特に優れており、散発的に飛んでくる黒い短剣を容赦なく叩き落していくので、こちらは前衛二人の消耗が少ないのも優位に働いているのだろう。


 そして投げる為の黒い短剣の残数が減ってきたのか。

 中衛を担当しているネクトが狙いを定める時間が増え、結果として援護の減ったオルティアスは小さい傷を増やしていく。


「フッ!!」


「ハァ!!」


 しかし先ほどから何の会話もなかった。

 時折あるのはこのような息を吐く、息を吸う、金属がぶつかり合う、土を蹴る、そんな音ばかりである。

 不謹慎ではあるが、ロディマスのイメージではもっとこう「中々やるではないか」「そちらこそ」「ならば、次は本気で行かせてもらう!!」と言った掛け合いがあると思っていただけに、この味気ない戦闘に虚しさを覚え始めていた。


 ミーシャの命、ひいては未来がかかっている以上、こちらも真剣ではあるが、人同士の戦いがこうも不毛だとは想像すら出来ていなかった。お互いのやり取りの中での情報収集もまず不可能と見ていい。むしろそちらが本命だったが、この分では期待できそうになかった。

 これも平和な前世の記憶を持った故の弊害だろうと、ロディマスはたるんだ精神に活を入れてから、冷静に分析した。


「平和ボケしている場合ではないな。俺も、出来ることを探さねば」


 だが、素人目にも大勢を決したように見えるその戦いに、一撃で瀕死になりそうな自分に何が出来ると言うのか。

 魔法も簡単な物しか扱えない。

 モンタナはロディマスの魔法の才を、複数の属性を扱える稀有な才能だと褒めていたが、いざ実際に戦闘となれば温風を吹かして気を逸らすくらいしか出来ない。


「それで万が一俺がヘイトを集めてしまえば、全滅間違いなし、か」


 それに、可能ならばこの二人を生きたまま捕えたい。

 そうすれば教会に突き返して、数年の猶予を得られるはずである。

 その数年さえあれば、神託が下り、ミーシャが勇者候補となって命を狙われなくなる。



「甘いですな。【スラッシュファング】」


「ジジイが!!【スライドアクション】!!」


「行きます、【スマッシュラッシュ】」


 ロディマスが一時的に考え事をしていた間に、状況が一変していた。

 先ほどまで地味な応酬が、それでもロディマスから見れば十分に人外な動きだったのだが、それが突如として派手なものに変わっていた。


 まずネクトが投げた黒い短剣を受けたライルが、 その短剣をオルティアスに向けて弾いていた。

 それを上半身の動きだけで回避したオルティアスに対して、先ほどの技能【スラッシュファング】を使用し追いつめていた。

 【スラッシュファング】は両手の短剣で相手を挟む技で、ライルの両腕が巨大な虎の顎が見えるように、つまりはそういう技能である。効果範囲が上下左右に広いので、後方に下がるか受ける以外に対処する方法がないように思われた。

 しかしオルティアスは【スライドアクション】を始動。まるでボクシングのダッキングを、あるいはゲームで言う『回避モーション』を取ったかのようにスルリと虎の幻影をすり抜けて、ライルに迫った。

 そのタイミングでミーシャがライルの背後から現れ、【スマッシュラッシュ】を無防備なオルティアスに叩き込んだ。

【スマッシュラッシュ】は拳を何度となく相手に叩き付ける技で、二人の先の技に比べると洗練されておらず、ただ力押しをするだけの技に見えた。そう見えたと言うだけなのだが、もしかするとこの技能の弱さに、今のミーシャの欠点があるのかもしれないと警戒した。


「グボボボガ!!いってぇな!!」


「綺麗に入ったはずなのですが・・・」


 そしてロディマスの勘は当たっていたようで、ライルには警戒心を強めたオルティアスだが、ミーシャについては軽く流すようになっていた。

 どうにもミーシャの火力が思ったよりも低くてある程度は無視できると判断したようで、最大の障害であるライルを先に始末してからミーシャを処刑する予定にしたようである。



 そしてロディマスがイヤな予感を募らせていく中、とうとうネクトが動いた。


「オルティアスよ。思し召しが下った。もう対処可能だ。一度下がるがいい」


「ありがてぇ!!っと、神に感謝を。【ウォーターキュア】!ふい~、生き返る」


「貴公はやはり少し品性を磨く必要があるな。【ウォームアップ】」


 ここに来て二人が魔法を使い始めたのを見て、ロディマスは警戒の色を強めた。

 いよいよもって自分も参戦するタイミングだと、腹をくくる。


 【ウォーターキュア】は水の回復魔法で、擦り傷や切り傷を治す効果があり、【ウォームアップ】は代謝を上げて傷の治りを良くする他、疲労を若干回復する上に身体能力を微増する火の回復魔法である。

 それぞれの効果は闇魔法【ヒール】には遠く及ばないものの、身体能力が元々高い剣士にとっては十二分な効果を及ぼしているようだった。


 そしておそらく全快となったオルティアスが、話しながら急激に動いた。


「ネクトの旦那はいつも厳しいなっと!!」


 二人が横並びになり、1対1を二つ取るような形で陣取った。

 それを見て、まるでボスの第二形態のようだとロディマスは思った。

 今まではお遊びでこれからが本番だ的な、ロディマスとしては前世のゲームや小説で散々見慣れた展開である。当然、予想出来ていたので混乱はしなかった。


「貴殿らの手口は全て見切った。さぁ断罪の時間だ。覚悟せよ」


 オルティアスが左のライルへ、ネクトが右のミーシャへと一気に詰め寄り攻撃を仕掛けようとする。

 ライルは1対1であればオルティアスに負けることはない。

 だが、ミーシャは恐らく、ネクトに負ける。

 ミーシャは身体能力こそ異様に高いが、戦う者としての経験も、備えている技能も二回り以上ネクトに劣るのである。


 だが、やらせはしない。


 ロディマスはそう強く意識して、魔力をトンファーに集中させる。


「ライル!!」


「ハッ!!」


 短く呼べば、有能執事のライルは主の思惑を瞬時に察知して、即座にミーシャのフォローに入る。


「バカが!!がら空きだジジイ!!」


「バカは貴様だ!!【サンドブロウ】!!」


「ブッ!!な、なんだ!?いてぇ!!」



 【サンドブロウ】

 そよ風をお送りする魔法に、土魔法で砂を乗せた至ってシンプルな魔法である。

 ロディマスはそれをライルに迫っていたオルティアスの顔面にお見舞いしている。


 余談ではあるが、各属性の初級魔法は、射程距離が長い特徴がある。

 そんな中で【ブロウ】系は少し特殊なものである。

 【ブロウ】系は、効果範囲こそ広がらないが、発生源そのものを遠くに飛ばすことが出来るのである。


 ロディマスはその魔法の発生源を、オルティアスの顔面に固定していた。


「姑息な!?ブッ!!ちくしょ!!ベッベッ!!目が!!口があ!!」


「ハッハァ!!脳内で魔法の解説を行なえるほどに余裕だな!!【サンドブロウ】!!」


 今のオルティアスは、さながら砂嵐に突入したような状態だろう。

 闇魔法で若干威力を上乗せしたその【サンドブロウ】は、肉体的なダメージなど軽微だろうが、息を吸うのも目を開けているのも難しい状態である。

 しかも、顔の真ん前が魔法の発生源なので腕をかざしただけでは防ぎようがない。両手の平でしっかりと顔面を覆わなければガードできないのである。


「もう一人いればこの男の拘束をさせるのだが、俺が近寄ると腕の一振りで戦闘不能になりかねん。【サンドブロウ】!!魔力の残量も心許ない。早く頼むぞ、二人とも・・・」


 手に持っていた剣を投げ捨て、両手で顔をガードをしているオルティアスの一時的な無力化は成功したと見ていいだろう。

 しかし、この男が全力で迫り飛び蹴りをしただけで、己の体は木っ端微塵に砕け散るだろう。己の少ない魔力が尽きても、怒り狂ったこの男に惨殺されて終わりだろう。

 初の対人戦闘と言う状況からか、はたまた初の格上との殺し合いだからか、とにかくそんなイヤな考えが頭を過ぎり、ロディマスの頬を冷や汗が伝った。


 するとそんなロディマスの焦る思いに応えたのか、ミーシャとライルのいる方から叫び声が上がっていた。


「オルティアス!!貴公は、貴公は何を!!何をしておるのかぁ!!」


 傍から見れば両手で顔を隠してうずくまっているだけである。

 ネクトがそう叫びたくなるのも無理はないと、ロディマスは先ほどドヤ顔で勝利宣言をしたその哀れな男に、ほんの少しだけ同情をした。


「【サイレントピアス】」


「グッ!!」


「これで終わりです、【スタンスマッシュ】!!もう一つ【スタンスマッシュ】!!」


「オルティアアアアアス!!!」


 【サイレントピアス】は、アサシン系の刺突技能の一つであり、割とポピュラーな技能である。静かに突く、それだけの技能であるが威力は同金属の鎧と剣同士であれば相手の装甲を易々と貫くほど高い。

 そしてミーシャが使った【スタンスマッシュ】は、名前の通り気絶を誘発する強い衝撃を与える打撃系の技能である。


 先ほどからミーシャの技能が打撃系ばかりなのが少し気になるものの、まだもう一人を無力化しきっていない以上、考えている暇はなかった。


「ふざけるなあああ!!こんな、こんな手で敗北などぉぉぉぉ!!神へ、神への冒涜ダアアア!!」


 そう叫び、オルティアスは顔を隠したままロディマスに向けて突進してきた。

 ロディマスはその突進自体は予想出来ていたが、しかし、あまりにも早くて知覚できなかった。


 ミーシャやライルのような超人的な肉体を持たないロディマスは、そんな超人的な彼らと同等の存在の本気を目で捉える事が出来ずに、ただただ己の死の予感のみを感じていた。

 そして、そのままでは確実にぶち当たられ、肉体が砕け散り死ぬ運命しか感じない中、ロディマスはある声を聞いた。



『こんな所で、死んでたまるか!!』



 それは確かに己の声であった。ただし己自身ではない、己の声。

 その声に発破をかけられたロディマスは、生き残るべく精一杯足掻くべく、闇の魔力をトンファーの中で収縮させ、即座に魔法を発動させた。



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