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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
60/130

57


「次は右ですか。全員、構え!!」


 前日の黒いトゥレント討伐から一日経ち、今はもう昼時である。

 そろそろ腹が減ってきたと感じる中、目の前にいる剣士と魔法使いの四人組は、その黒いトゥレントの討伐を行なっていた。

 そしてロディマスは、朝から延々とこの黒いトゥレント退治の見学に付き合わされていた。


「これで250匹目か。とんでもないペースだな」


「251匹となりました」


「右側も倒したのか。凄まじい早さだ。並々ならぬ執念を感じるぞ」


「それだけ領民は苦しめられていたのでしょう。宿敵を楽に倒せるとあって、この討伐隊の応募者は想定の10倍以上集まったそうでございます」


 そのライルの言葉に頷き返して、ロディマスは己が考案した討伐方法を行なっている3組の伐採チームを再び観察しながら、しかし特にやることもないので頭の片隅では昨日の食事を思い出していた。



 あの日、あれからすぐに領主の館へと戻ったロディマス一行は、領主であるモンタナ=フォン=アーカイン男爵の豪華すぎる歓迎を受けた。並ぶ山と海の幸の数々は、明らかにモンタナの懐の許容量を超えていると容易に察することが出来た。それほどまでの歓待だった。

 それを見て、貧乏なのに無理するなと非難したロディマスに、今後は経済が回るので大丈夫ですと地味にプレッシャーをかけながら返事をするちゃっかりしたモンタナに呆れた。

 しかしそう言う事ならと、ロディマスは遠慮なく前世ぶりの海魚料理を堪能したのだった。



「海魚料理はいいものだった。いつか、獲れたての海魚を食べにベルナントの街まで行きたいものだ」


「お気に召したようで何よりです。魚も乾物であればお送りできますが、いかがいたしましょうか?」


「男爵よ、それは貴様の領分ではあるまい。貴様は貴様がやるべきことをやっていろ。他に手を回すよりも先に、まず貴様は足元を固めておけ」


「ははっ、これは手厳しいですね。でも、それでこそロディマス様です」


「まことにそうであります。私でさえ交渉のテーブルにつくのがやっとだったアーカイン男爵様をこうも容易く手玉に取るとは、さすがお坊ちゃまでございます」


「お坊ちゃまと言うな。それと手玉に取るとは人聞きが悪いぞ、爺」


「これは失礼を致しました。アーカイン男爵様にもお詫び申し上げます」


「いえいえ、実に優秀な方なのはすでに承知しておりますから。こちらこそ至らぬ点ばかりで申し訳ないです」


 一晩明けたらこのようにすっかり忠臣と化していたモンタナに、彼の本来の親方である公爵は本気で大丈夫なのかとロディマスは心配になった。こうも簡単に自分の部下が他人へと(なび)くなど、公爵当人は全く考えてはいなかっただろう。


「貴様はそもそも公爵様に仕えている身だ。俺に過剰な世辞を言う必要はない」


「過剰などではありませんし、世辞でもありません。それに、公爵様は我が主でございますが、ここまでのご恩を受けた方に敬意を表さないとなれば、僕は逆にあの方に叱られてしまいますよ」


 そう言ってモンタナは苦笑してたが、その困り顔から察するに、やはりモンタナの中での公爵の株は相当に低いものだと伺えた。


 人望がないわけではないが、甘すぎるが故に誰もが苦労をする。切り捨てるのを良しとせず、結果として全体を腐らせる為政者としては愚物。

 しかし、国全体で虐げられている獣人を密かに保護していたり、当人たちも娘の治療費で苦しい中でも最低限の税率にして自らは節制しているなど、人柄の面だけで言えば、あれほど信用できる者もいない。


 ベルナント現公爵は、ロディマスとはまるで正反対の性格をしている人物である。



 そしてその公爵様が見ず知らずの者ならロディマスもさして気にも留めないが、問題なのはあのアリシアの父親だと言う事である。

 この父親の無能さが現在も発揮され、未来の記憶の通りにアリシアがろくでもない公爵他家に嫁いだとなれば、アリシア勇者化計画が水泡に帰すだろう。

 ロディマスはそう危惧していた。


 貴族でしかも王家に連なる公爵家のご令嬢。そんな少女で12歳ともなれば、婚約者がいて当たり前。

 それを今まで病気を理由に全て突っぱねていたが、健康になった今、多数の婚約申し込みが公爵の下に殺到しているはずである。

 どうか今回の一件でベルナント領全体が持ち直してあの最悪な結果を回避できるようにと、心の中で願わずにはいられなかった。


「全く、困ったものだ」


 思わずロディマスがそうぼやくが、それを聞きつけたモンタナとライルがヒソヒソと話をし始めた。


「ロディマス様の気質は、商人よりも貴族に近い方なのですね。それも高潔を良しとする、そんな大貴族の方々のような気品を感じます」


「その通りでございます。生まれが違えば、さぞ高名な領主となられたでしょう」


「本当にそう思います。うちにも娘がいたら是非婿養子にと、切に思いましたよ」


「ほっほ。アーカイン男爵様もお目が高いですな。さすがにございます」


「僕などまだまだです。ロディマス様を見習ってより励みたいですね」


「おい貴様ら。そう言うのは余所でやれ・・・」


 相変わらず自分の周りの連中は、人のうわさ話や聞かれたくない話を当人の目の前でやるのかと呆れた。しかし領地が変わってもこうならば、そもそもそれがこの国の文化なのかと思い始めていた。

 変わっている上にこんな失礼な文化があるのだなと思い、そして自分が住む街の腹芸が出来ない貴族たちを思い出して納得してしまった。

 これだけ明け透けなのであれば、確かに隠し事には不慣れにもなるだろう。



 そんな考え事をしているうちに、討伐のカウントが300に迫ってきたようなので、ロディマスは目の前の作業風景に意識を戻した。


「討伐も、まもなく270か。3組が4時間がかりでこの数字なら、1組辺り1時間22体を倒している計算になる。1体の討伐に3分かかっていないのか」


「索敵方法も確立したので、発見も早いですからね。索敵班が捜索し、討伐班が即座に倒す。後処理が戦利品を拾うだけなので通常の伐採よりもはるかに速いのも理由ですね。それに去年や一昨年はその、財政難で多くを間引きできなかったので、例年よりも密集しているのも原因でしょう」


「そうか、索敵班もいたな。つまり合計8組で対処しているのか。索敵班が二人一組だから、合計で18人。ふむ、それなりの規模になっているな。まさに大討伐だ」


「この成果であれば、我々としては大勝利ですね。ロディマス様が予想された通り、今年はトゥレントが大量に溜まっていました。それを駆除する為に、本来は決死の覚悟で討伐するか、森の全てを諦める必要がありましたからね。ですから、本当に感謝しております。そして必ずや指定された量の枝を、毎月納めて見せますよ」


「そうか」


 モンタナが意気込んでいるのも無理はないと思わされる魔物の大量発生の話だったが、実のところ、これはロディマスにとっても他人事ではなかったのである。



 未来の記憶の一つ、違う自分の最後の地の一つが、この森林である。

 そしてその地に異様な黒いトゥレントが大量発生しているのは、決して無関係ではないだろう。未来の記憶では数年後にこの地に悪魔が発生し、人々を蹂躙して、最後は公爵他家に捨てられ出戻りしていたアリシアに、ほぼ相打ちに近い形で討ち取られている。


 しかし今世では悪魔どもに勝手をさせる気はないので、無駄なあがきかもしれないものの、せめて未来に向けた投資として、あるいは魔王対策の布石の一つとしてこの地の魔物の討伐支援をしようと考えていたのである。


 相手が己の知らない黒いトゥレントだったものの、偶然にもロディマスの浅い知識の中で楽に解決が出来た。

 そしてその報酬は、新たな貴族との繋がり、パン工房の燃料問題の解決、そして変わった素材の確保と、ロディマスはその望外の結果に喜びで心が満たされていた。


「期待しているぞ」


「はい、お任せください」


 なお、ロディマスが要求しているのは、あの黒いトゥレントの枝である。

 衝撃ですぐ割れる為に運搬には注意が必要だが、それでもあの素材はロディマスにはお宝にしか見えなかった。よって、月に最低10本と言う約束で経費と同額で買い取る約束をしている。


 経費と同額など、商売と言う観点からすれば足元を見るなんてレベルではない暴挙だが、モンタナからすれば、厄介な黒いトゥレントの討伐を金銭負担なしで行なえるので不満は一切なかった。

 そしてロディマスは、変わった素材を安定して手に入れられる。

 まさに彼が掲げるwin-winの関係であった。


 そして、今からドミンゴに見せるのが楽しみだと、ロディマスは浮かれていた。



□□□


「お気を付けて、お帰り下さい。またのお越しをお待ちしております」


 あの後、昨日の晩、そして朝に続いて豪華すぎる昼ご飯をご馳走になったロディマスは、もしこの事業がコケたらえらい事になると今更気が付いた。

 久しぶりに小市民な自分とコンニチハしたロディマスは、気分が憂鬱になりながらもモンタナに別れを告げた。


「しばらく来ることはあるまい。俺は、忙しいのでな。くれぐれも本題の方も手を抜いてくれるなよ?」


「本当にお忙しい中、ご来訪頂きありがとうございました。炭量産の件も、お任せください」


「私からももう一度お礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました」


「ゼフィラか。気にするな。いや、むしろ忘れておけ。今の貴様に、それは必要のないものだ」


「はい、本当に、何から何までありがとうございました」


「だから忘れろと言っているだろうが。そして手を握るな。ミーシャも肩を掴むな、千切れるっ」


「モウシワケゴザイマセン」


 些か混乱しているその場であるが、見送りに来たアーカイン領の面々には最初に訪れた時とは違い、笑顔が溢れている。これであれば、当面裏切られることはないだろうと、ロディマスは安堵した。


 経済の懸念も断った。魔物の問題も目途がついた。そして、男爵夫人との個人的なわだかまりも解消できた。

 己にとって珍しく順調に終わったと振り返り、1日半の逗留期間を終えて帰郷の途に就いた。



□□□


 アーカインの街を昼過ぎに立ったロディマスは、そこから一番目にあるあの大きめの街で宿泊し、翌朝すぐに次を目指し出立した。


「行きよりも多少の手荷物は増えたが、今日中に家に戻るぞ。いいな?」


「順調に進めば、日暮れまでに街に入れるでしょう。幸いにも今日も暖かいです。馬も調子がよいようです」


 今日中に実家へ戻る為に朝早くからの移動となったが、賑わうはずのその時間帯でさえ相変わらず街は閑散としていた。


 宿の主によれば、アボート商会の荷馬車が通るときのみ賑わうのだそうで、ロディマスが訪れていたのは丁度その境目だったらしい。

 よって、特にめぼしい物もなく、つまらん街だと吐き捨てて、ロディマスはさっさと家に帰ることにした。


「本当に何もない、下らない街だった」


 思わずロディマスがそう漏らしてしまうのも無理のない話で、この街道上にある街は、全てがアボート商会の商隊に頼りきった経済活動を行なっていたと気付いたからである。

 まさか自宅のあるペントラルの街やベルナント領のみならず、この街道上の街にまで寄生されていたのかと呆れたのである。


「領主である公爵様はアレで、部下もコレか。こうなるとあの男爵は、よほどの掘り出し物だったのか?」


 そうぼやくロディマスに、ライルは首を横に振りながら答えた。


「山手のコーリアル領の領主も話の分かるお方でした。あの方も恐らくは我々からの支援を受けて、大きく飛躍するでしょう」


「そうなのか?ふむ、そう、なのか・・・」


 ライルの言葉を聞き、これでますますベルナント現公爵の無能説が濃厚になってしまったと天を仰いだ。


 元々ベルナント現公爵は、先代から引き継いだ地位が中央のお偉いさんだった。

 それが領地へ封ぜられているくらいなので政治的な方向に才能がないのは分かっていた。しかしここにきて経済も経営も人事もダメとなれば、あとは何が出来る人なのかとロディマスは考えて、つい口からその思いを零してしまった。


「まずい事態だな」


「・・・、ええ、そのようです」


「気配からすると、人のようです。二人。物盗りか、殺人者か。ミーシャ、ロディマス様をお守りするぞ」


「はい」


 あれ?そんな話題だったっけ?とロディマスは疑問に思ったが、二人に従い己も馬から降りた。

 すると直後に金属同士がぶつかる甲高い音が響いて、ミーシャの足元に黒い短剣が落ちた。


 明らかにミーシャが使っている短剣ではない。

 ではどこからその短剣が現れたのか。

 そう思い、ミーシャとライルが見つめる先を目で追えば、ほんのわずかに盛り上がっていた土の影から這い出すように黒ずくめが二人、現れた。


「何者かと問うて、答えるだけの知性はおありでしょうか」


 ライルは油断なく短剣を構えながら、ロディマスとの射線上に立ちふさがりそう問いかけていた。

 その一連の動作から、先ほどの黒い短剣は目の前の連中が投擲したのだと分かった。

 そしてロディマスは咄嗟に、馬を3匹連れて少しだけ離れた。


 索敵能力の高い従者二人が目の前の二人に集中していると言う事は、バックアタックの危険性は少ない。

 ならば己は、出来る限り彼らが戦いやすい環境を作るべきだと判断したからである。

 そして相手は明らかに実力者なので、己の剣など一切通用しないだろうと、両手にトンファーを持ち防御の構えをとった。


 そして、その判断は正解だった。


 突如として、無言でミーシャに襲い掛かる黒ずくめをライルとミーシャが二人で対応していた。

 もう一人は様子見なのか、ユラユラと揺れながら向かってくることはなく、そして何故かロディマスではなくミーシャを見ていた。


「一体、何者だ!!」


 そう叫びながらもこの黒ずくめの正体については、ロディマスの予想では既に二つに絞られていた。


 一つは、暗殺者ギルドの構成員。

 襲ってきた理由は、不明。

 依頼があればこのような襲撃も行なうので、別段不思議でもない。

 しかしミーシャはあのアボート商会の従者である。それに、アボート家次男のロディマスを飛び越えてまで襲う理由などないだろう。



 そしてもう一つの本命。考えたくもない話であり、己は当面先だと踏んでいたもの。



 ロディマスが固唾を飲んで見守る中、1対2ではさすがに無理だと判断したのだろう。

 前に出ていた黒ずくめの一人がバックステップをしながら短剣を投げつけてけん制しつつ、もう一人と合流した。

 飛来した短剣を軽く打ち落としたライルが、その二人を油断なく、静かに見つめていた。

 そんなライルの隣にいるミーシャもまた、普段通りの無表情で相手を見つめていた。

 どうやら二人は余裕で対処が出来ていたようだと、ロディマスは少しばかり安堵した。


 そして、睨み合う時間が多少続いた後に、今まで無言を貫いていたその者たちが、初めて口を開いた。


「さすがである、半獣よ。齢8つと聞き手心を加えようと考えたが、貴殿の力はすでに並の者を凌駕しておる。その歳でその実力、それなりの鍛錬を積んだと解った。よって我々は貴殿を戦士として正当に評価し、ここに名乗りを上げよう」


 大仰な話し方に、ミーシャを『半獣』と言ってのけた事。

 その事実から、もう疑いようがないと、ロディマスは覚悟をした。


 己の予定よりもはるかに早いこの状況を、ミーシャ、ライルと共に無事に切り抜けるべく、頭をフル稼働させる。


「我は断罪執行人ネクト」


「我は断罪執行人オルティアス」


「神聖教会の神々の御名の下に、ミーシャ=レバノンよ、貴殿に裁きを。そして安寧なる眠りを」


 相当に一方的な物言いで、しかも刃を交えた後での宣戦布告を聞き、こんな連中には負けられないとロディマスも腹に力を込めた。


 幸いにも人影はなく、今いる5人以外には誰もいない。

 街側が少しだけ丘になっており、丘を挟んで下った部分にいる自分たちは街の方からでは見えないだろう。

 ただし、向こうから人が来た場合は察知しにくい難点もある。

 こうなると、人前で闇魔法を使う可能性もあるので注意しなければらないと、ロディマスは目の前のアサシンズ以外にも敵が多い事を改めて痛感した。


 そして深呼吸。

 吸って、吐いて。

 ロディマスが呼吸を整えたのを合図とするように、最初に仕掛けてきたネクトと自称した(・・・・)暗殺者は、戦いの再開を告げた。


「いざ、覚悟せよ」



 そうしてロディマスの、今世初の神聖教会との戦いが始まった。




第一部も終盤となりました。

あともう少しで『実家編』が終了となります。プロット上では5話以内に終わっていますが、倍かかるかもしれません。その辺はご容赦を(^^;A


第二部は『王都 学園編』です。

今まで出番の無かったロディマス君のデキる兄や、動向があやふやだった魔王関連に、手に汗握る冒険と、幅広く活動するロディマス君をしっかりと書いていきたいと思います。

どうか、引き続きご愛顧のほどよろしくお願いいたします。m(_ _)m

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