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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
6/130

3



「まだ震えが収まらないか」


 ロディマスは自分の布団にミーシャを寝かせ、先ほどメイドが持って来た湯たんぽを近くに置いて様子を見ている。

 しかしミーシャの顔は青白いままで変化が無い事に、ロディマスは焦り始めていた。


 布団の中に手を入れれば、布団が温まっていない。

 どうやら彼女は低体温症になってしまったようだと、ロディマスは最悪の事態が起きそうな今に頭を抱えた。

 こうなっては自力で回復など困難だろう。

 よってロディマスは、前世の知識と未来の記憶の両方を総動員して解決策を模索する事にした。


 そうして考え抜いたロディマスは、覚悟を決めて己の服を全て脱ぎ、一言呟いた。


「仕方が無い」


 凍えた人を暖める最も簡単で原始的な方法を、この火急の折に使おうと覚悟をしたのだ。


 ロディマスが考え抜いた末に決意した内容とは、人肌で暖める、だった。


 奴隷一人相手に何をするのかと、世間ではバカにされるかもしれない。

 あるいは10歳の少年が、8歳の少女にいたずらをしているように見えるかもしれない。

 少なくともかつての前世の自分であれば忌諱した行為ではあったと、ロディマスの頭に様々な葛藤が浮かび、消える。


 だが、そんなものは関係ないと迷いの全てを打ち捨てた。

 そもそもが、己が原因なのだ。

 ロディマス本人にとってはたわい無いいたずらだったが、ミーシャにとっては生死に関わるものだっただけなんて言い訳は、当たり前だがミーシャ本人には通じない。


 だから、そんな被害者な彼女を放ってはおけない。放っておけば、最悪の事態、自分と敵対する未来を招きよせてしまう。

 未来の記憶の中の彼女はとても強かった。ともすれば勇者と称されていた男よりも強かったかもしれない。


 そんな彼女と敵対する?


 「あり得ないだろっ」


 ロディマスは自問に対してそう即答した。

 だから躊躇無く彼女の体を抱きしめた。

 そのあまりの冷たさに己の体を震わせながら、ロディマスは決意した。


 この娘とは絶対に敵対しない。そのためには出来る限りの恩を売りつけておくのだと。


「負けるかよ」


 一体何と戦っているのか己でも分からぬまま、ロディマスは静かに闘志を燃やし、ミーシャを抱きしめたまま眠りについたのだった。




□□□



 翌朝、ミーシャよりも先に目覚めたロディマスは全裸だったので、ベッドから降りて服を着た。

 そして窓辺に近づき、窓を開け、鎧戸を押し開けた。

 時間は午前6時くらいだろう。窓の外の景色はまだ朝日が昇っていないものの、うっすらと明るみ始めた空から一日の始まりを感じた。


 そして振り返り、ベッドを見れば頬に赤みが差したミーシャの顔があり安堵した。

 ミーシャは相変わらず顔が強張(こわば)ったままだが、それでも一命は取りとめたようで、静かな寝息を立てていた。


 しかし衰弱が激しいようで、ロディマスが離れても起きる気配がない。

 仕方が無いのでロディマスはミーシャと話をするより先に、両親に話をする事にした。



「そろそろ爺が来る頃だな」


 そう呟けば、ほとんど同時にノックをされた。


「お坊ちゃま、ライルでございます」


「入れ」


「失礼致します、お坊ちゃま。おはようございます」


「ああ、おはよう」


「っ!?おはようございます!!」


 入ってきたのは白髪に黒のスーツと蝶ネクタイの似合う、いかにもな執事姿の老人だった。

 その老人、ライルは普段から温和な表情を浮かべる紳士然とした男だが、今ここに至っては破顔していた。


 その理由は、恐らく自分が挨拶を返したからだろうとロディマスは考えた。

 まさかそんな理由で、と思わなくもないが、今までが酷かったからだろう。

 極当たり前に挨拶を返しただけなのに、まるで不良が子猫を拾った時のような対応をされ、ロディマスは若干不機嫌となった。



「爺、そのニヤケ顔をやめろ」


「はっ、これは大変に申し訳ありませんでした」


 そう言うや、大きすぎる笑顔を引っ込めて普段どおりの温和な表情となったライルに、ロディマスは告げた。


「ライル、貴様に用意してもらいたいものがある。これがリストだ」


 そう言ってライルに手渡したメモには、周辺の地図、それと自分がこの前父から譲られた工場に関する資料、そして魔法書などの勉強道具と列記されていた。

 それを軽く流し見たライルは、用意できる範疇であった事を安堵したのか、特に異論をはさむことなくロディマスに頭を垂れていた。


「承りました。本日中に揃えさせていただきます」


「頼んだぞ」


「っ!!はい!!」


「それと、だ。父上と母上は食堂か?」


「はい、バッカス様とカラル様はまもなくお食事となります。ご一緒なさいますか?」


 爺は俺の反応にいちいち驚きすぎだろ、と言う言葉を飲み込みロディマスは両親の事を思い出す。


 普段あまり家にいない二人だが、昨日帰宅していたのは知っている。

 と言うよりも、一日早い帰宅の所為であの悪巧みが大失敗してしまったので、尚更に印象深かったのだ。


「そうか。ふむ。どうしたものか」


「何か、不都合な点がおありだったでしょうか?」


「ああ、いや。ちょっと待て」


 本来であれば早い帰宅を喜ぶのがかつてのロディマスの倣いだが、今のロディマスは先の作戦の失敗だけではなく、それ以外の理由もあり両親にはあまり会いたくなかった。


 それ以外の理由とは非常に単純な話で、今のロディマスがかつてのロディマスとは違う存在となってしまったと言う懸念からだった。



 あの両親からすれば自分はもしかすれば己の息子の精神を乗っ取った盗人なのかもしれない。ロディマスはそう考え、随分と申し訳のない気持ちになったのだ。

 今世で目が覚めてからは怒涛の一日だったので冷静になれていなかったが、今の自分の精神は普通とは言い難い。

 勘の鋭い父バッカスと出会ったら、その瞬間に「曲者が!!」と叫ばれて即座に斬り捨てられる危険もなくはないだろう。

 そう考え、王都の騎士団顔負けの剣術スキルを持つ父の剣を思い出して身震いした。


 しかしそれでもミーシャを自分付きにする為には会うしかない。

 ロディマスは意を決して、ライルの言葉に返事をする。


「うむ。やはり食事は部屋で取る。念の為に三人前を用意しろ。理由は、分かるな?」


 そう言ってロディマスがチラリとベッドのミーシャに目配せをすれば、ライルは納得が言った感じで頷いていた。


「畏まりました。念の為に軽いスープも用意させていただきます」


「頼む」


 そう短く返事を返せば、笑いを堪えるライルが目に付いた。口の端がやけに力が入っている。

 ポーカーフェイスが得意なこの老人がコレほどまでに丸分かりな反応を示す辺り、どうにも自分では普通に対応しているつもりだったが、今までがロクデナシ過ぎて普通でさえ向こうにとっては上等なものに見えるらしいと、ロディマスはかつての己の行動を思い出して嘆息した。




□□□



「おはようございます、父上、母上」


 食堂に入る前に中へ向かって挨拶をするロディマスは、マナーと言うものが抜け落ちているような野蛮さがあった。

 ただしそれはかつてのクソガキであるロディマス通りの行動だったので、両親と敵対する気のないロディマスはその通りに動いた。

 そんないつも通りのロディマスの姿に、端正な顔立ちと視線だけで人を殺せそうなほど険しい目をした父バッカスと、釣り目でメガネをかけたいかにも秘書然とした母カラルは挨拶を返した。


「ああ、おはよう」


「おはよう、ロディマスちゃん」


 それは、シンプルだが愛情の篭った声だったと、ロディマスは両親からの愛を確かに感じ取った。

 ろくでもないロディマスではあるが、両親からの愛情はきちんと受けていた。だからこそかつてのロディマスも、大事な商談があればワガママは言わない程度の分別は持っていた。


 お互いがお互いを尊重しあう。

 つまり、はたから見れば典型的な仲の良い商人家族である。

 しかしこれらの気遣いが家族以外に向かないのがアボート家だった。



 この一家団欒を見守る使用人達の目は冷たい。

 彼らはアボート家が行なった数々の悪行を知っている。そして自分達もかなり強引に、時に不当な理由により使用人へとなっている事もある。いい感情を持つはずが無かった。


 そういった複雑な感情が、今のロディマスに様々な感情を乗せた視線として刺さっていく。

 その視線に居心地の悪さを感じつつもほぼ別人化しているのがバレたくないロディマスは、注目するなと言う視線を返して使用人たちを黙殺していく。

 その結果、使用人たちはロディマスを見つめるのをやめた。その代わりに、チラ見する事にしたようであった。


 そんな使用人たちの行動に、思わず怒鳴り散らしそうになったロディマスだが、大事な話をこれからするのでその衝動を抑えきった。


 全ては、自分が生き延びる為に。



 額に青筋を浮かべながらも、顔は笑顔でニッコリ心は雷雨の状態でロディマスは話をし始めた。


「父上、早速で恐縮ですが、昨日の奴隷を僕に下さい」


「ほう、何故だ?」


「新しいおもちゃにしたいのです」


 使用人たちの目に、明らかに失望の色が見えるが、それを無視してロディマスは話を進める。


「奴隷だから、好きに使ってもいいですよね?」


 さりげなく言質を取り、本当に『好きに使える』ようにする為に言葉を繋ぐロディマスに、一瞬だけ目を細めて眼光を鋭くした父バッカスは、すぐさま視線を緩めて答えた。


「分かった。後で書類を持って来させよう。おい、そこのお前。聞いていたな。用意しろ」


 そう言って近くの男に声をかけたバッカスは、その後は興味がないといわんばかりに食事に集中し始めた。


 かなりあっさりと決まった奴隷譲渡の話に、ロディマスは内心肩透かしを食らった。

 それと言うのも、奴隷は決して安くない財産である。

 しかも奴隷そのものは国が管理しているので、おいそれと譲渡など出来ないものである。


 それなのにあっさりと決断し息子に譲るとは、やはりバッカスはどこかズれていると、ロディマスはその予想出来ないバッカスの考えに慄いた。


「あ、ありがとうございます」


「うむ」


 辛うじて返事を返したものの、バッカスがどんな思いで決心したのかが分からず、ロディマスは疑問が頭の中を回り始めた。

 だが、どれだけ考えようとも手だれの大商人であるバッカスの思考はまったく分からなかった。


 いくら前世の記憶があり、未来の記憶まであるロディマスでも中身は日本人の元おっさんサラリーマンである。

 取引先の社長の考えが一目で分かるようなら平社員で(くすぶ)っていなかったと、過去の己の不甲斐なさに呆れつつも、それはそれで仕方がないと思う事にした。


 つまり、バッカスに思惑があろうともそれに乗るしかないと諦めたのだ。

 自分には、物語の主人公のような知識や技能がない。あるいは、単に中身のスペック不足で使いこなせていない。

 それを痛感したロディマスは、今ここで変なリアクションを取れば話を引っ込められてしまいかねないと危惧し、その感情を表に出す事なく終始笑顔で対応して奴隷書を父から譲り受けて再契約を行なった。


「これであの奴隷は俺のなのですね」


「そうだ。処分する際は言え。こちらで対処する」


「はい、嬉しいな」



 なお、奴隷契約そのものは奴隷書に所有者の情報を移すだけで簡単に行なえる。指定の場所に血判をして終了であった。

 本来は役所に対して小難しい手続きが必要だが、そこはさすがに大商会だけあって領主に顔が利く強みを用いてその場で契約が完了したのだった。

 そしてそれを新しいおもちゃを買ってもらった子供のように喜んで、ロディマスは忙しい両親に別れを告げる。


 そうして食堂から出ようとした際に、近くの使用人に声をかけた。



「おい貴様。今のは他言無用だ。死ぬまでしゃべるな」


「え?」


「え、ではない。死にたいのか?復唱しろ。『今見た出来事は口外しません』」


「あ、は、はひぃぃ!!『今見た出来事は口外しません』!!」


「他の連中にも言い含めろ、いいな?舐めた真似をしたら貴様の家族が野外ツアーをする羽目になるぞ」


「野外、ツアー・・・?」


「・・・、野外ツアーは忘れろ。とにかく酷い目に逢う、いいな?」


「は、はぁ・・・」


 間抜け顔を晒す使用人の男を放置して、時折来るこの翻訳機能の誤変換は一体なんなのかと首をかしげながらロディマスは己の部屋へと向かった。


 食堂を出た先で待機していたライルと共に部屋へと向かい、道すがらミーシャの体型に合う上下の服と下着を数着、それと新しいミーシャの部屋を用意するように、ロディマスはライルに言いつけた。

 それに加え、待遇についても並みの使用人と同じにするよう伝えた。


「今後は奴隷としてではなく同じ使用人として扱え。部屋も同じレベルの部屋を宛がえ。贅沢などさせる必要はないが、俺の側にいる以上は他の連中と同等に扱え」


「畏まりました。お急ぎですか?」


「ああ、急ぎだ。頼むぞ」


「はい、それでは御前(おんまえ)、失礼致します」


 ライルはそんな急な話にも冷静に応対して、すぐさま準備に取り掛かるべくロディマスに背を向け歩き出した。

 その背中を見送りながら、ロディマスは今後を考える前にまず自分が寝起きのトイレに行っていなかった事に気付いてトイレを目指すのだった。



3/15 表現を若干変え、余計な文を一部省きました。ストーリーに変更はありません。

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