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「トゥレントだと!?あの、樹木の魔物か?」
現在、馬車の中であるロディマスは、その聞きなれた魔物の名前がアーカイン領の領主であるモンタナ男爵の口から出たことに驚いた。
「はい、その魔物です。例年春先になると突如森の中に現れるのです。それから次の冬に入るまで、不定期に現れます。現れると言うよりも、元あった木がトゥレントに変わると言った方が正確でしょうか。とにかくその為に、ロディマス様の仰る定期的な伐採による林業の展開が極めて困難なのです」
説明を聞いて、そう言えばここはそう言う世界だったと、ロディマスは道中魔物に襲われた事を思い出していた。
ロディマスの中にもこの世界の常識と言うものはあるが、それはあくまで幼い上に世界が狭かったかつてのロディマスの見聞きした情報に過ぎない。
だから前世の知識を活かせないかと前世の感覚で動くと、意識してこの世界に合わせ情報を得ようとしていたのが一時的に解除されてしまい、時々周囲と己にこう言った齟齬が生じる。
あまり前世の自分に頼りすぎるのは良くないのだと、改めて痛感した。
「そうか。しかし連中の素材はそれなりに使えるものだと思ったが?」
「そうですね。本来であればそうなのですが、おや。着いたようですね。続きは降りてから致しましょう」
「ミーシャ・・・一人で降りられるから下から手を差し伸べてくるな」
「大丈夫です」
馬車とは別に馬で移動をしていたミーシャが、馬車の出口で待ち構えていた。
もうテコでも動きませんと吊り上がったミーシャの眉が雄弁に告げていたので、ロディマスは諦めてその手を取った。
「それで、男爵よ。そのトゥレントの問題とはなんだ?」
「ええ、それは見て頂けば分かります」
「モンだナ様。ようごぞお越ずくだぜぇまずだ」
「ガッタス、大事なお客様がいらしているから彼を呼んできてもらえるかな?」
「あいざ」
そう言って駆けていったのは、獣人だった。
「ほう、貴様は獣人を雇っているのか」
「ええ、彼らは、こう言っては失礼ですが、力もあり安く雇われてくれるので我が領では重宝しております」
苦笑するその姿からは、獣人に対する悪感情など一切見当たらなかった。
抱き込むには丁度いい人物だと改めて感じたが、先ほどから話をしていると、思ったよりもクセのある男だったので手綱はしっかりと握っておきたいとも思ってしまう。
融資の件、今回の新事業の件、ゼフィラの件に続くもう一手、ダメ出しが欲しかった。贅沢を言うのなら、この男が逃げられないように更に保険のもう一手。
つまり、ロディマスは今よりも二手、彼を縛る恩が欲しかった。
「お待たせ致しました。モンタナ様、お客様」
「紹介させて頂きましょう。こちら、我が領地に融資を考えて下さっている商会の若き会長、ロディマス様です」
「うむ。よきにはからえ」
「は、はい。俺・・・いえ、私はこの森の管理責任者であるペッテルスです」
「それでペッテルス。アレは持ってきてくれたかい?」
「はい、こちらです」
ペッテルスが差し出して来たのは、黒檀のような木の棒。
ツヤツヤで光が当たると反射して微妙に色が変わる謎の円柱である。
「これは、こちらで発生するトゥレントの枝です」
「ほう、確かに変わっているな。触らせろ」
バイバラが様々にトンファーの素材を研究している都合上、ロディマスも多くのトゥレントの枝を見ている。
だが、そのどれもが基本的には茶色である。赤茶や茶緑のような色は見た事があるが、今回のような真っ黒な枝は初めて見る。
「それが、これがまた厄介なものでして、これをご覧になってからお渡しします」
「何だ?」
ロディマスがそう短く威圧すると、モンタナはその木の棒を地面に叩き付けた。
すると、パリーンと言う音と共にその棒は砕け散った。
辺りに舞い散る破片が粒子となり消えていく様は幻想的ではあるが、未加工の魔物素材は大きく破損すればこのようになるのは常識である。
しかし、それはそれとして、実に奇妙な光景でもあった。
「木の枝が何故ガラスのような壊れ方をするのだ?」
「それが、それこそがトゥレントの問題なのです。どうぞ、お気を付けてお触り下さい」
「あ、ああ」
受け取った木の棒を触れば、ツルツルと言った感触が返ってくる。まさにガラスの棒である。
デコピンの要領で軽くはじくが、キンキンと言う音が返ってくる。これもガラスっぽい。
「これは、ガラスなのか?」
ガラスであれば、熱すれば溶けるし、それなら加工のしようもあるだろう。
しかしロディマスのその問いかけに、モンタナは静かに首を横に振った。
「残念ながら、それらしいと言うだけです。そのトゥレントは非常に火に強く、その枝もまた熱に強いのです。最初は我々もガラスの代用品に出来ないかと頑張ってみたのですが・・・」
ロディマスも、その後の言葉は容易に想像がついた。
つまり、熱では溶けず、加工もできなかったと言う事だろう。
「それは厄介なブツだな。そのトゥレントの数は多いのか?」
「はい、年間で千は超えます」
「千なら少ないようだが?」
「討伐できるのがその程度までなのです。何せ並みのトゥレントと異なり熱に強いので、討伐にもかなりの時間がかかりますし、被害もそれなりに出ます」
なるほど、確かにそれは非常に厄介な話だとロディマスは思った。
普通、トゥレントは燃やすと当たり前に燃え、そして消滅する。すると何故かそこに戦利品である枝などが残る。バイバラから聞いた話であるが、そう言う事情から多くが狩られ、素材も安く手に入ると言う認識だった。
「しかし、惜しいな。これは面白い素材ではあるぞ」
「そうですね。もし加工方法が分かれば、増収につながるのですが」
「その際はうちを介してもらわんとな」
「勿論です」
ちょっとしたけん制のつもりだったが、いともあっさりと承諾したモンタナに驚いたロディマスは、思わずモンタナ顔を見てしまった。
モンタナはごく自然な笑顔であり、何かを取り繕ったり隠したりする様子がなかった。
「恐らく、この加工方法を発見するのはロディマス様以外にはいないと、僕は考えています」
「・・・、世辞はいらん。俺は専門知識に関しては強くない」
「いえ、世辞ではなく現実的なお話です。今、我が領ではこの研究を進める余裕などないのです。そしてここで新たな事業を行なう以上、残る権利もロディマス様のものです。そうなれば、考えられるのはロディマス様ただお一人だけなのです」
「なるほど、そういう理由か」
逆に言えば、収益を上げるためにそっちで費用全持ちで研究しろと言う話であった。
その事に気づいたロディマスは、大げさにため息を吐いた。
「全く、食えん男だ」
そうしてロディマスがモンタナへの評価を上方修正している中、すぐ近くが騒がしくなった。
何事かとモンタナが近くの者を呼び付けると、どうにも異常事態が発生したようだと分かった。
叫び声から察するに、唐突にトゥレントが発生したようである。
「モンタナ様!!お客様!!お逃げください!!!!」
「ヤツら、いつもより早く出やがったんです!!どうか逃げて下さい!!」
「普段はもっと暖かくなってからなのに・・・畜生・・・」
口々に叫び、慌ただしく走り回る獣人たちを見ながら、騒ぎの中心が見える位置まで移動した。
「あぶねでっず。お下がりぐだぜ」
「ガッタスと言ったか?それは分かっている。だが無用な心配だ。ふむ、あれか、トゥレントは。黒いな・・・」
ロディマスの視線の先には、根っこが地面に埋まったまま枝を振り回す奇妙な黒い木があった。
幹の太さは下で戦っている獣人の胴の二倍くらいで、高さも二倍はある。木としては並みの大きさだろう。
そして葉はなく枝のみで、どうやらトゥレントは落葉樹だったらしいと、ロディマスは意味もなく前世の知識を引っ張り出していた。
「ふむ。斧とは言え、刃があまり通っていないようだな。魔法もダメなのか」
「そうです。アレは素材として落ちる枝よりもはるかに強靭で、討伐には一苦労させられているのです」
「男爵か。確かにあれでは屈強な獣人の剣士がいくらいても人手が足りないか」
「ええ。お陰で間引きした普通の木も、その辺りに放置している有様です」
今ロディマスが乗っているのも、その切り出したまま放置されている丸太とすら呼べない倒木の上である。
偶然丁度いい位置にあり、丁度いい高さを提供してくれるのでつい乗って戦闘を観察していたのである。
「ふむ、しかし中々に手慣れているな。徐々に根本近くが削れ始めている」
「ああやって何度となく切り付ければ、いずれ自重で折れるのです。その点だけは並みのトゥレントよりは楽ですね。普通のものは、完全に切り倒すまで抵抗しますから」
「なるほどな。しかし、急に現れたと言う話だが、現れるのに何か条件はあるのか?」
「暖かくなると出始めるのは分かるのですが・・・」
そう言うモンタナの姿を見ながら、ロディマスも考えた。
暖かくなって出てくるとは、土筆、ゼンマイ、ふきのとう、タラの芽と、春の野草・山菜の数々である。食い物ばかりなのは前世のおっさん故のご愛敬であった。
いやそうではないと、ロディマスは改めて考えたが、それでも可能性は一つしか思いつかなかった。
「偶々、日当たりが良かったから、か?」
「・・・!?」
そう、その暴れているトゥレントの上空だけ太陽の光が差し込んでいたのである。
もっともそれは少し前の話で今は陰っているが、もしそれが朝から日光を浴びていたのであれば、トゥレントは体が温まってしまい春と勘違いして暴れ出したのではないだろうか。
「まるで花粉症、いや花粉をまき散らす杉だな。忌々しい」
「花粉症ですか?聞いたことのない病気ですね」
「・・・、忘れろ。大した病気ではない」
思わず前世で花粉症だった事を思い出して、鼻をすする。しかし特に反応はない。
今世では下の出口も、鼻も至って健康だった。
それだけでも、転生した甲斐はあったとロディマスは改めて思ったのだった。
「しかしそうなると、暖かくなったから目覚めたのであれば、その逆は?いや、まさかな」
ロディマスは、ここである金属を思い出していた。
工場内に作られた『ジム』の機材に多数使われた、熱に強く堅いと言うあの金属『アポイタカラ』である。
その金属の加工法はとても特殊で、ドミンゴが言うには、なんと冷やして溶かすのである。
『アポイタカラ』や『ヒヒイロカネ』は、加熱に強く冷却に弱い特性があり、冷やすほど結合力が弱まって柔らかくなり、現状で最も温度を下げた状態ならば液状にまでなるらしい。
まさしく己が考えていた通りの物理法則完全無視のファンタジー素材であるが、もしかするとこの特殊な黒いトゥレントにも当てはまるのかもしれない。
そう思ったら、ロディマスは少し実験したくなってきた。
手元にある黒トゥレントの枝を握りしめ、少しだけ魔法を使う。
そして変わる手ごたえに、ロディマスは確信した。
あとはどの木がトゥレントなのかを見極める必要があるが、唐突に湧いていると思っているこの領地の連中に見分けさせるのは無理だろうと、ロディマスは考えた。
「おい、ミーシャ、ライル、来い・・・って、近いわ!!」
「大丈夫です」
「大丈夫にございます」
「密着するほど近寄れとは言っていない!!いいから離れろ!!」
そう言ってロディマスは、ピッタリと体を寄せてくる二人から無理に脱出して、それから真面目な顔で聞いてみた。
「アレと戦うとなったら、ライルは一人で勝てそうか?」
「替えの短剣が10ほど必要ですが、一体だけであれば可能です」
「よし。ミーシャよ、貴様は一人ならどの程度持つ?」
「はい、近くで攻撃を避けるだけなら30分は持たせます。倒すのは、あれよりもう一回り小さければ可能です」
獣人が10人がかりで対応しているトゥレントに対してこの戦力差である。
頼もしすぎる二人の従者の返答に、ロディマスはしっかりと頷いて応えた。
「なら、これからトゥレントになりそうな木を探す。ついてこい」
「え!?ロディマス様!?一体何をなさろうとするのですか!!」
「男爵よ。少し待っていろ。俺が今、貴様に一生かけても返せない恩を付けてやる」
そう言うや、ロディマスは手頃な木から次々に接触して確かめてみる。
手触りで分かるならここの連中がすでに見極めているだろう。
よって、ロディマスが行なうのは、魔法。
「【トーチ】、・・・、【トーチ】、・・・、【トーチ】、・・・」
そうして火の初級魔法【トーチ】の小さな火を当てていたうちの一本に、わずかな振動が見られた。
やはり、トゥレントは唐突に発生するのではなかった。
その事実にたどり着き、ニヤリと笑って従者二人にこう告げた。
「アレを倒す作戦がある。一匹、こちらで処理するぞ。それは・・・」
そうして、ロディマスの黒いトゥレント攻略が始まった。




