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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
57/130

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「ふむ。さすがに緊張するな」


 ロディマスは無意識に口から零れ落ちたその言葉に、自分もまだまだだと自覚させられた。


 現在位置はベルナント領から入って地図上では左、方角では北西に位置する第二の街アーカイン。その領主の館の応接室に陣取っている。

 なお、アリシアの実家がある領都ベルナントは北東に位置しており、実質的にはお隣である。本気でこの国の領地は狭いのだと、ロディマスは益体もないことを考えていた。


 そんな狭い領地の中でアーカイン男爵が治めるこの地は、広大な森林が広がっているので面積がかなり大きい。

 そして以前に資料で読んだ通り、木材として加工するには固く、弾性もないので木工職人からも嫌厭(けんえん)されている不遇の木材の宝庫である。

 当代随一の木工職人を自称するバイバラも、「この木はダメっす。燃やすしかないっす」と言うほどである。彼の実力は信用に値するので、よほど酷いのだろう。


「お坊ちゃま。すでに話は通しておりますので、本日は承諾を得るだけかと思います」


「お坊ちゃまよせ。絶対によせ。アイツに会ったら絶対に言うな」


「畏まりました、ロディマス様」


 本当に分かっているのかどうか疑わしいライルをジト目で睨みつつ、ロディマスはこの館の主であり領主であるアーカイン男爵を待った。

 そしてその待つ間に、ロディマスは前世の記憶を漁った。


 前世でも堅木(かたぎ)は世界中で扱いが難しいと嫌厭されていた木材であった。加工が困難と言うだけではなく、温度や湿度で歪めば取り返しが付かない等の難点も多い。

 確かに建材として使うのは難しいだろう。大量の木材を使うなど建材として利用する他ないので、この領地に金が入ってこないのは当然の話だった。


 ただし、磨いて手入れをすれば美しくなるのも特徴であり、細工に使われることも少なくない。

 だが、今回頼った情報は、薪などの燃料にするならよく長持ちするので非常に優秀であると言う内容であった。

 奇しくもそれがバイバラと同意見であったのには笑うしかなかったが。


 そんな事をロディマスが考えていると、部屋にノックの音が響いた。


「失礼いたします」


 そう言って返事を聞くことなく入ってきたのは、(くだん)の男爵であった。

 ただし本来なら平民相手であればノックすら必要ない。それなのに行なったのは、立場の上で許される最大限の礼儀を行ない、軽んじてはいないと示したかったのだと伺える。

 そんな低姿勢な男爵を、ロディマスは部屋に迎え入れ観察した。


「申し訳ない、ロディマス殿。妻はすぐ参りますので」


 そして、ドアが閉まり関係者のみが残されたのを確認してから、ロディマスは口を開いた。


「・・・、気にする必要はない。こちらは商談と、少しの野暮用に来ただけだ」


 アーカイン男爵はその口調に対して特に気を悪くした風はなく、むしろ申し訳なさそうに眉を寄せていた。

 そこで、ロディマスは先制をした。


「我が家が貴様の妻にした仕打ちを、俺も忘れてはいない。だから、気にするな」


「ご理解、感謝します」


 そう言って頭を深々と下げてきたアーカイン男爵に、ロディマスは単刀直入に問いかけた。


「それで、商談に応じると言う事でいいのだな?」


 商談、それが目的で今回ロディマスがわざわざ訪ねて来ているのである。当然、ロディマスは『YES』以外の答えを必要としていない。

 そんな空気を読んだのか、アーカイン男爵が渋い顔を作り、絞り出すように声を出していた。


「ご支援のお話、感謝致します。しかし、例の件についてはこちらも納得がいかない点が多く、納得致しかねております」


「ほう」


 ロディマスはそう威圧するように小さく漏らし、目の前のアーカイン男爵を見た。


 年は30。やせ細った身体に目の下のクマ。明らかな苦労人面をしている。

 それもそのはずで、先代が亡くなり5年ほど前に男爵位を引き継いだが、状況は変わらず民と共に苦しい生活を続けているのである。


 そんな、断崖絶壁に追い込まれているはずの彼が、ロディマスからの甘い罠に掛からなかった。

 ここで承諾していれば、ロディマスはやりたい放題だった。

 それこそ、ここの経済を全て乗っ取る気満々でもあった。

 しかし、苦渋の表情を浮かべるこの男は、それを察知したのか、とにかく蹴ったのである。


 その苦し気な表情を見れば、この男に才能がない訳ではないのが十分に読み取れた。断ったが故に起こる弊害も合わせ考え、賢明にもそう決断したのである。

 追い込まれているこの状況で、中々出来ることではなった。

 そして、この男爵がただ利用されるだけの愚物ではないと言う事実に、ロディマスは大いに喜んだ。


「なるほど。では納得のいかない点を述べよ」


「え?」


「どうした?すり合わせを行なおうと言うのだ。さっさと疑問点を挙げろ」


「あ、いえ。そうですね・・・」


 恐らくは蹴った時点で、商談が流れてしまったと考えたのだろう。

 しかしロディマスにはそんな気は全くなかった。

 むしろこのわずかなやり取りで、新しく使える手駒が増えそうだと喜びさえしていたのである。



 そうして始まった話し合いではあるが、ロディマスは彼に対して腹芸を見せるつもりはなかった。

 正直にこれをする、あれをする、だからこうなると包み隠さずに説明を行なった。

 この手の男はきっと臆病かつ慎重なので、逆に深読みをするだろうと思っての事だった。


 そして案の定深読みして、男爵がドツボに嵌まっていたその時、ドアが再びノックされた。


「む?誰だ?」


「ゼフィラで、ございます」


 ロディマスがつい自分の家のように振る舞い問いかければ、ドア越しに震える声で返事をした人物は、男爵の妻ゼフィラであった。

 そしてこのゼフィラこそが、ロディマスと因縁深い人物でもあった。


「男爵よ。少しばかり、いいか?」


「はい。ゼフィラ、入って来なさい」


「はい、あなた」


 そう言って入ってきたのは、美しい20代の女性。

 現男爵夫人であり、そして、かつてアボート家に従者として仕えていた人物であった。

 今はとても青白い顔をしており、体も小刻みに震えていた。正直、見ていて気分のいいものではなかった。

 しかしこちらから声をかけなければならないと、ロディマスは決意して怯えるゼフィラに声をかけた。


「久しいな、ゼフィラよ」


「は、ぃ。ロディマス様もお元気そうで何よりでございます」


「フン。心にもないことを言うな」


「!?」


 彼女には父バッカスが慰み者にした挙句、母カラルに情事を見られてしまい殺されそうだった過去がある。

 それを偶々己が「殺すよりも面白い事」と言って、街中にて裸で鞭打ちと言う過酷な刑に処した上に、この地へと追放したのである。

 本当にろくでもない家系で、ろくでもない自分であった。


 しかし彼女はこの地へ来て、この男爵に見初められ無事に結婚した。

 人生何があるか分からないと言う見本のような人物であった。

 そしてロディマスは、かつての己だった者の清算の為に、自らこの地を訪れると決めていた。

 それが今日なのは全く予想だにしていなかったが、物のついでで終わるのであれば悪くないと考えての行動だった。


「ゼフィラよ。許せなど言わぬ。こちらも謝りはせぬ。当時は、それが仕事であった。そうだろう?」


「はい・・・」


「だが、そうだな。それでも貴様に言えることがあるのであれば、ふむ」


 中々に言い出しにくい話ではあるが、ロディマスは息を深く吸ってから、彼女に告げた。


「遅くなったが、結婚、おめでとう」


「!?そ、それは・・・そんな・・・」


「祝儀を持ってきている。それを、受け取ってもらおう」


 ロディマスが祝儀と言う名の詫びの品の数々をライルに取り出させる。

 宝石、金貨、様々な高価な品の中にある、書類。


「泣く必要はないし、遠慮をする必要もない。貴様は、あのアボート家に誠心誠意尽くしたのだ。ならばこのくらいあっても、バチは当たるまい」


「ロディマス殿、あなたは・・・」


「皆まで言うな、男爵よ。これは祝いの品だ。黙って貴様らは祝われればいい」


「うっ・・・ううっ・・・・・・・あなた!あなた!!」


「ああ、愛しい僕のゼフィラ・・・良かったね、本当に良かったね」


 抱き合い、何度もお互いを慰めあい、泣きあって笑いあう幸の薄そうな顔をしたこの夫婦に、ロディマスは何一つ文句を言うことなく待った。

 そもそも文句を言う資格などないと考えての事だった。

 男爵も彼女の忌まわしき過去を聞いていたのだろう。それが今、清算されたとはっきりと認識しているはずである。

 野暮な物言いはすべきでないと、ロディマスの中のロディマスも、告げていた。



 そして三十分ほどが経過した後、やっと夫婦して落ち着いたようで、席を外すと言って出て行ってしまった。


「効果がてき面すぎたな」


「左様でございますね。しかし、お見事でございました」


「もう少し穏便に済ませたかったのだがな」


 まさか大の大人二人が目の前で大泣きするとは思わなかったので、ロディマスは多少面食らってしまった。

 しかしその成果はあっただろう。再びノックをして入ってきた二人の顔は、実に晴れやかなものであった。



「お話し中、大変に失礼をしました、ロディマス殿」


「申し訳ありません、ロディマス様」


「気にする必要はない。それほど喜んでもらえたのなら、送った甲斐もあると言うものだ」


「ええ、本当に。大した贈り物でした。僕はこの日を一生忘れないでしょう」


「・・・、そうか」


 あまりに仰々しすぎる感謝の意に、照れ隠しで突っぱねようとしたロディマスだが、未だに目を赤くはらしたまま、それでも笑顔のゼフィラを見て言うのを辞めた。

 こういうのも、偶にはいいかとガラにもないことを思いながら、ロディマスは、今度は相手から切り出してくるのを待った。


「正直な所を申し上げますと、私と会いたいとロディマス様がおっしゃられた。そう聞いたときは生きた心地が致しませんでした」


 笑顔から一転して、俯き暗い表情で当時の心境を語るゼフィラだが、それもすぐさま解消された。


「しかし、まさかこのような事をお考えだったとは。今までのご無礼を、どうかお許しください」


「貴様の警戒は最もだ。そして、そもそも俺が勝手に貴様を祝いに来たのだ。貴様が気にする必要も、気に病む必要もない。これは、俺のわがままだ」


「ふふっ、そうですね。そうやって以前の時も私を助けて下さったのですね」


 完全に勘違いである。

 当時のロディマスは本気でアレが楽しい事だと思っていたのだ。


 しかし、以前のミーシャに対する罰をライルに提案された際に、鞭打ちに相当な嫌悪感を抱いていたのはその記憶故なのかもしれない。

 たぶん、やっては見たがあまりにも恐ろしかったのだろう。だから被害者である彼女をライルに頼んで追放処分にしたのかもしれない。


 結局、以前の己が鬼畜だったと言う結論だけが出て、何も考えが進展しなかったので、それ以上は考えずに捨て置いた。


「父上の困ったクセは、最近鳴りを潜めている。まだ油断は出来んが、少なくとももう貴様に何か害が及ぶことはない」


「はいっ!!」


「だからもう手を離せ、ゼフィラ」


「はいっ!!」


「だから離せと言うのに・・・」


 気が付けばテーブルの上に置いていた己の手をゼフィラが笑顔で握っていた。

 彼女は、ついうっかりバッカスが手を出してしまうほどの美人である。

 茶色に赤が差した鈍い赤髪ではあるが、顔立ちは目元すっきり鼻が高いと典型的な欧州美人。

 今はさらに男爵夫人だからか、気品と言うものも纏っている。

 思わず見とれそうにもなるが、鉄の意思で阻止をした。


「そしてミーシャも、肩を掴むのをよせ。もげる」


「シツレイシマシタ」


 相変わらず肉体言語を駆使するミーシャに呆れながら、なんとかゼフィラからの拘束を解いて、男爵に向き直った。


「それで、再度問おう、モンタナ=フォン=アーカイン男爵よ。俺のこの話を、受ける気はあるか?」


 そう言って、悪く微笑むロディマスに、男爵はこう告げた。


「いいえ、まだ不明な点が残っているのでもう少しお話をお聞かせください」


「何故だ!?」


 思わず素で叫んだロディマスを、微笑ましく男爵は見守っていた。

 今ので落ちないとはやる男だと思い、そして今までとは異なり否定的な意味での対話継続ではないと察して、ロディマスは冷静になった。


 この状況でなお、彼が即断しないと言う事は、ロディマスが見逃している物の中に、ロディマスにとって不利になる条件があると言う事だろう。


「いや、そうだな。つまり、貴様の側に何か問題があると言う事か」


「ええ、そうです。それは現場を見ていただければ分かると思います。詳しくは道すがら、お話しさせて下さい」


「分かった。その他の条件に問題がないのであれば、そうしよう」


「はい。強いて言えば、こちらに利がありすぎる所でしょうか」


「それは問題にはならない。それ以上の利を、俺は掴んでいる」


「なるほど。それはつまり、ご融資もいずれ増額されると考えてもよろしいのでしょうか?」


「・・・、抜け目がないヤツめ。それは、貴様らの働き次第だ」


 本当になんでこんな男が今まで燻っていたのかと言いたくなるほど、アーカイン男爵はデキる男であった。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

伏線の回収が少しずつですが出来てきたので最近ほっとしております。(^^;A

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