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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
56/130

53


「一匹だけ、いえ、やはり二匹でしょうか」


 そう呟きながらミーシャは周囲を警戒しているが、ロディマスには一匹しかいないように感じられた。

 しかし獣人であるミーシャの聴力は人の2倍近い。

 己とは違い、何か感じ取れるものがあったのだろう。

 ロディマスはその頼もしいミーシャの背中を固唾を飲んで見守っていた。


「ゴガグルルルゥゥ」


 一方、こちらに敵対する形で低い姿勢を取り唸りを上げた狼型のナニカは、首をゴキョリゴキョリと鳴らせ(ひね)りながら、奇妙にユラユラと揺れていた。


「あの魔物、フレキでしょう。つまり恐らく、番がいるかと思われます。弱い魔物ではありますが、ロディマス様、ご注意を」


 フレキ。

 前世の世界の北欧神話に伝わる狼の一匹。

 たしかゲリと言う名前の狼と番で、神オーディンから食べ物を施されて生きているだけで、特に何もしなかったと言うロクでもない連中だったかと、ロディマスは前世の記憶を引っ張り出した。

 そんなニートな狼でも神話中では神の眷属と言う神獣扱いだったが、ライルの言い方からするとこの世界では一般的な魔物のようである。


「解せぬ」


 ロディマスがそう呟くのも無理はなく、このままの調子で魔物と会えば『フェンリル』や『ケルベロス』、『オルトロス』と言った伝説上は一体しかいないとされる神々の子供たちにも魔物として頻繁に出会うかもしれないのである。

 この世界に北欧神話などある訳がないのに、ごく自然にそう名付けられている。まるでゲームの世界のようであると、ロディマスは頭を抱えた。


「左様でございます。あの街の者は何をしておるのでしょうか」


「そうではないが、まぁいい。弱いのであればとっとと片づけるぞ」


「ハッ。畏まりました。もう一匹の所在も分かりましたので、行って参ります」


 そう言った直後に馬から華麗に飛び降りたライルが、茂った草葉のさらに裏側へ向けて石を放っていた。


「ギャウン!?」


 ライルの見事なアンダースローの一撃は、物陰に潜んでいた相手に命中したらしい。

 ロディマスはその腕に感心しつつ、何故ライルが馬上から降りなかったのかを今頃になって理解した。


 ゲームのような世界ではあるが、決して人の能力は万能ではない。

 【索敵】と言うそれ関連の技能は、資料を読んだ中にあったので実在するのだろう。だが、それをすべての者が所有している訳ではない。


 つまり大半の者たちはライルやミーシャのように、耳で聞き、目で探し、肌で感じたものを元に敵を探すのである。

 そして、それならば高所からの方が探しやすい。

 ライルが行なったのは、ただそれだけの事だった。


「都合がいい世界なのか、不自由な世界なのか。本当に分からん妙な世界だな、ここは」


 そうぼやいた後でロディマスはミーシャを見た。


 ミーシャは短剣を持つ両手をスっと降ろし、自然体となった直後に駆けていた。


「シッ!!」


 短い呼吸音の後に左へ小さく回り込み、フレキの腹部に向けて蹴りを放っていた。

 その動きはロディマスにも十分に目で追える範囲であったが、それでもフレキは回避することなくまともに喰らっていた。


「ギャウン!!ギャ、ギャググギギガガガ」


 蹴られたフレキは二度三度と回転し、そのまま四つ足で着地して、おそよ生物とは思えない奇妙な声を発していた。

 しかしその時すでにミーシャは動いており、今度は先ほどを凌駕する速度でフレキの背後に回っていた。


「取ったか!!」


 ロディマスが興奮して思わずそう叫んだが、フレキはサイドステップで背面から迫っていた短剣を避けていた。


「クッ!!さすがに魔物は勘が鋭いですね」


「グゴゴギギギゲゲアガガガガガガガガ」


 すでに生物を辞めてしまっているフレキは、曲がってはいけない方向に関節を捻じ曲げながらミーシャを威嚇している。声も気持ち悪さが増している。

 その一人と一匹が対峙する中、ロディマスは気が付いた。


 なんで己は高みの見物をしているのだ?と。


 慌てて腰からトンファーを引き抜いて、右手に構える。

 長手方向を手に持った杖スタイルで、魔法を行使する。


「【ウォームブロウ】!!」


 使った魔法は、温風の魔法。

 攻撃力皆無の、この寒空の下であれば心地よい春風をお届けしているだろう生活魔法のようなもの。

 それをミーシャと向かい合う為に反転し、ロディマスに背後を晒していたフレキのお尻にぶちかました。

 尻尾がピンと立っていたので、ロディマスは丸見えなフレキのそのお穴に向かって直接温風をお見舞いしたのである。


「ゴガ!?ゴゴ!?ゲゲゲゲゲゲゲ!?」


 まるで「やめてくれー」と叫ぶように奇怪な声を上げながら身もだえし始め間抜けなフレキの姿に対して、初めは目を点にしてその様子を見ていたミーシャだが、直ぐに我に返ってその隙だらけのフレキの首元に短剣を突き刺し、そして一気に掻き切った。


「ギョボ!?」


 そしてあっけなくフレキは絶命し、血を出すことなくその場で消滅し始めた。


「ロディマス様、助かりました」


「気にするな」


 深々とお辞儀をするミーシャに対して、むしろロディマスは馬上からで申し訳がないくらいであった。

 そしてミーシャが戦闘態勢を解いていたので、ライルの方も終わったのだと理解した。


「ミーシャよ。戦利品はどうだ?」


 そう声をかけながら、馬から降りようとする。

 鐙があることもそうだが、身体能力で劣るロディマスは、二人のように華麗に飛び降りることができない。

 無理をして己と馬に負担をかける訳にもいかず、ゆっくりと降りる。


「どっこいせっと。ウィ~。ふむ、ミーシャ、それが魔石か」


「・・・、はい」


 何やらロディマスの降りる際の掛け声に思うところがあったのか、ミーシャが先ほどのやり遂げた笑顔から一転して、耳をヒクつかせながら冷たく半眼で見ているのを不思議に思いつつもスルーして、先ほどの魔物の目と同じ色をした小さな石を受け取った。


 赤黒い半透明で歪な球体である魔石。

 一つ一つは大した力がなくとも、集めればそれなりの力となるらしい。

 一部の上流階級は魔道具などと呼ばれている道具に燃料として使うそうで、国が強制的に買い取りをしている。


「こちらは何もありませんでした」


「そうか」


 ライルが若干申し訳なさそうに伝えてくるが、魔物の戦利品に関しては完全に運である。

 魔石もそうであるし、皮や牙、爪と言った類も残るかは不明。残りやすいのは魔力が大きい魔物で、つまり強い魔物ほど何かを残すが、今回のような雑魚が相手ではこうなるのも仕方がない事であった。


「一つ出ただけでもいいだろう。土産話にはなる」


 このレベルの魔石では銅貨1枚にもならない。かと言って提出しなければ罰せられる。

 だから今回の場合は、単純な金銭などではなく、このような場所で魔物と出くわしたと言うレアケースだったのを帰ってから皆に語って聞かせればいい。孤児院の連中ならさぞ食いつくだろうと、ロディマスは軽く考えていた。


「そうでございますね。このような場所に魔物がいたとなれば、あの街の代表者はきっと処罰は免れますまい」


 ライルが、己と全く違う事を考えていた。

 何その不穏な感じ、何その不敵な笑顔?とロディマスは怪しく笑うライルに恐れ慄いた。


 そして思わずそのライルを見なかったことにして、視線を外した。

 外した先は、魔物が潜伏していたと思わしき草むらであるが、そこが問題だった。


「な、なんだと!?左目が、うずく!?くそっ、静まれ!!」


 目を閉じることを決して許さない謎の意思によって、無理やり体を動かされている。そんな違和感を、ロディマスは左目から感じていた。

 そして世界が半分だけ赤く反転した時、ロディマスは視た。


「ぬぅ!?草むらが赤く光っている、だと!?」


「ロディマス様!?大丈夫でございますか!!」


「ッ!?ロ、ロディマス様・・・ギリィッ」


 心配するライルと、何故か歯ぎしりしているちょっと怖い感じのミーシャを放って、ロディマスはトンファーを左手に持ち替えて草むらに近寄る。

 そして、軽く闇の魔法を発動させてから、トンファーを草むらに向かって左から右へと一閃した。まるでそう導かれていたかのように、ごく自然な動作でそれは行われた。


 バサササ、とトンファーが草を撫でる音が響き、そして次の瞬間、何かが霧散した。

 そこに漂っていた魔力的な何かは消え去り、同時に草もなくなっていた。


「なんだと!?」


 やった本人が間違いなく一番驚いていた。


 振り向いてライルに意見を尋ねようとしたが、「さすがロディマス様でございます」と目をつぶりウンウンと頷くばかりだった。

 そしてその隣にいたミーシャと目が合えば、まるで宿敵を睨むかのような目で見られていた。

 しかし唇を噛みしめ、さらには左手で右手を抑えるように握り込んでいた姿には、表情とは裏腹に敵意が感じられなかった。


「ど、どうしたのだ、ミーシャ?」


 思わず動揺してドモったロディマスに対して、ばつが悪そうな顔で目を背けたミーシャの不審すぎる態度に戦々恐々とした。


「あの、ご主人様。目が・・・」


 そう言いながらミーシャは馬へと駆け寄り、馬の両側に吊り下げられていた鞄から手鏡を取り出して、見せてきた。

 そしてそこに写ったのは、左目が赤黒く染まった己の顔であった。


 右目は普段通りの青目、左目は何故か変色して赤黒い。

 厨二心くすぐられる青と赤のオッドアイだが、ロディマスは肝心のその色に戦慄した。


「魔物と同じ色の、瞳だと!?」


 己の身に一体何が起こっているというのか。

 そう考え、急に震えが止まらなくなってきた。

 また、【魔王の卵】の影響なのか?

 そう思った次の瞬間、ロディマスはミーシャに抱きしめられていた。


「ご主人様は、ご主人様です!!」


 そう言って、ロディマスをきつく抱きしめたミーシャもまた、震えていた。


 見た目、己と比べてもすでに頭半分程度の差しかない、年齢の割にものすごく大きいミーシャであるが、これでも8歳なのである。

 どう見ても中学生くらいだが、まだ生まれて8歳の子供に抱きしめ慰められる中身40のおっさん。


 情けない。情けなさすぎる。


 そんな思いが頭を過ぎり、ロディマスは腹に力を入れた。

 そして、何度も収まれ、静まれと念じ、ミーシャが持っていた手鏡を受け取って己の顔を見た。


「ぬ、ぬぅ、ふう。ミーシャよ。戻ったぞ」


「あ、え?そ、そうでごじゃいましゅか・・・」


 ロディマスにそう言われ、そっと離れたミーシャであったが、噛み噛みであった。

 そんなミーシャの頭をロディマスは優しく撫でつつ、礼を言った。


「助かったぞ。まさかあのような事態になるとは思ってもいなかったのでな」


「ロ、ロディマス様。お身体は大丈夫なのですか?」


「爺か、ああ。大丈夫なようだ。手も足も、目もなんともない」


 そう言って顔を見せ、手足をグリングリンと回すロディマスに、ライルは安堵していた。

 安堵していたが、ロディマスはそのライルに体中をまさぐられた。 


「おい、爺。何をしている。よせ、やめろ、やめろと言うのに、おいこら、くっ、力では勝てん!!」


「見えない所は分かりませぬ。それにロディマス様はご無理をなさるので自己申告は信用できかねます。ミーシャも手伝いなさい」


「はい!!ライル様!!ではロディマス様、失礼致します」


「おいこら!!二人がかりで脱がそうとするな!!いや、脱げている!!脱げているぞ!!しかも何故二人ともそのような笑顔なのだ!!解せぬぅぅぅぅぅ」


「ミーシャ、こちらを持ちなさい」


「はい、ライル様」


 そう言ってテキパキと、天下の往来である街道で次々とロディマスの服を脱がしていく従者二名。そして即座にまた着せられていく。ロディマスは成すがままにされ、その様子を見守るしかなかった。

 その早業はわずか三分で終了し、全身を検められたロディマスは地べたにへたり込んでいた。


「貴様ら・・・覚えていろよ」


「大丈夫でございます。異常は見当たりませんでした」


「何が大丈夫だ。そもそも魔物がいたこんな危険な場所で油を売っている場合ではないだろうが!!このポンコツめ!!」


「そ、そうでございました・・・。大変に申し訳ございません」


 本気でライルはロディマスに対する不安が絡むと碌でもない。

 普段は実に有能な執事だけに、それが残念だと頭を抱えつつ、ロディマスは指示を出した。


「何をするにせよ、早く街に入るぞ。魔物があれだけとは限らんのだ、いいな!!異論は一切認めん!!」


「はい、畏まりましたご主人様。それでは失礼します」


「な、なぜ俺を持ち上げるのだ、ミーシャ!?」


「馬にお乗せしようと思いまして」


「自分で乗れるわ!!よせ!やめろ!!」


「はい、大丈夫です。どうぞ」


「クッ!!き、貴様ら・・・」


 8歳の少女、見た目は中学生ぐらいだが、に担ぎ上げられて馬に強制的に乗せられる。その行為はかなり屈辱的だったが、ライルは頷くだけだった。ライル的にはアリだったらしい。


 初の魔物との戦闘を終えたが、ほとんど戦っていないのにも関わらずロディマスは精神的に大いに疲れていた。

 そして入った街もそれほど賑わっていなかったので、余計にげんなりしつつも、宣言通りにその街では比較的豪華な食事をしてから、体を拭いて寝たのであった。


 なお、従者二人は晩の守を担当し、それぞれが半分程度しか睡眠を取っていないが、剣士であれば問題ないとの回答をいただき、ロディマスは世の理不尽さを嘆き、神々に対して一層の恨みつらみを募らせたのだった。





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