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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
55/130

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 エリスとベリスの実の兄であり、傭兵業界で『狂犬』と恐れられていたアグリスとの遭遇から五日後。

 ロディマスは予定通りベルナント領へ向けて出発する為に、いつもの朝練は行なわずに早朝から準備を行っていた。

 旅支度そのものは既に執事であるライルが済ませていたので、細かな忘れ物がないかチェックしているのみであった。よって、確認作業はすんなりと終了した。


「よし、問題ない」


「坊主、気ぃ付けて行くんだぞ」


 ロディマスが前世からの習慣で指差し確認を終えたそのタイミングで声をかけてきた男は、アグリスだった。

 伸びっぱなしだった茶色の髪を刈って整えオールバックにし、無精ひげも全て剃っているので印象がガラリと変わっているが、剣呑な目つきとにじみ出る強者のオーラは健在で、見間違うことはなかった。


 そのアグリスとロディマスは、あの出来事の後に書類での契約を終え、アグリスは正式に部下となった。


 しかし、契約内容は傭兵の引退までを盛り込んでいた為に、若干もめることとなった。

 アグリス曰く


「坊主にそこまで背負わせられネェヨ!!」


 である。


 それと言うのも、傭兵の引退とは傭兵ギルドからの脱退であり、脱退には身元引受人が必須だからである。

 その身元引受人には傭兵ギルドによる厳正な審査が必要であり、また、今後は私兵扱いとなるので国からの認可も必要と、かなりの手間とリスクが存在する。

 そして当然の事ながら、知名度の高い傭兵ほど気軽に引退できない。貴族たちが実力者を囲い込むために存在する、実にイヤらしいシステムである。


 だがロディマスには抜かりがなく、既にギルドにも国にも根回しを終えていたので強引に決定した。

 ライルの案だったのは秘密にしたが、結果としてアグリスは感動して男泣きに加えて抱き着いてきた。

 その時に、アリシアと違い手加減の出来る器用な男であると、ロディマスは発見したのだった。



「ライルとミーシャがいる限り問題はない。貴様こそ、俺の顔に泥を塗るなよ?」


「ハッ。誰にモノ言ってんだ。・・・、留守中は任せとけ」


「そうか。妹たちからの信頼を取り戻す為にも精々励め。ダメンズよ」


「んな!?ひでーぜ坊主。そこを突いてくるたーよぉ・・・。ホント、いい性格してんぜ。それとダメンズって、なんだァ?」


 そう言って首をかしげるお気楽そうなアグリスではあるが、そんな彼に待ち構えていた最初の試練は、妹たちの冷たい視線と、冷たすぎる対応であった。

 あの騒動に加え、街中でのロディマスへの暴行事件までベリスに露呈したアグリスは、妹たちが住まうロディマス小屋へは入れてもらえなかった。 

 それどころか、彼女たちが以前に住んでいたオンボロ小屋へと押し込められていた。仕事が工場周辺からバンディエゴ村までの広範囲に渡る警備であるにも関わらず、である。あの小屋から工場までは、町から工場と同じだけ離れている。


 さすがに非効率だとロディマスは訴えたが、当然、破却された。


 あれから5日も経っているので今は多少機嫌が直っているが、それでもまだ一緒に食事を取ってもらえないらしい。自業自得ではあるが、実に悲しい現実である。


「ま、あいつらも来たがってたんだが、アレやってっからよ。わりぃな」


「仕事を振っているのは俺だ。貴様が気にするようなことではない」


「ああ、んだな。テメーはそういうヤツだった。こりゃエリスもスフィアも苦労すんなぁ」


「それも今回の遠征で楽にさせてやれるはずだ。しばらくは目をつぶれ」


「そういう意味じゃ、ねーんだけど・・・ま、いいか!!」


 アグリスが何を納得したの良く分からなかったロディマスは、どうせアグリスの事なので大したことではないと考えるのをやめた。


 ちなみにベリスの事を「スフィア」と呼んでいるアグリスだが、幼少期は皆がそう呼んでいたらしい。本名がベリスフィアであり、その愛称の付け方もありふれたものだった。

 それが傭兵家業を続けていたら頭の方から取って「ベリス」呼びになったのだと本人が言っていた。


 なので一度だけロディマスは「スフィア」と呼んだが、鉄拳が飛んできたので二度と言わないと固く心に誓った。


「ロディマス様。ご準備はよろしいでしょうか」


「ライルにミーシャか。こちらは問題ない」


「左様でございますか。さすがはお坊ちゃま」


「お坊ちゃまはよせ。では、行くか」



 そのロディマスの合図と共に三人は馬へと乗り、後ろで手を大きく振っているアグリスに見送られ、ベルナント領へ向けて進み出した。

 


 その旅は非常に快適なものであった。

 それと言うのも、多忙だった先代ベルナント公爵が、自身の快適な帰郷の為だけに街道と宿場町を整備していたからである。水たまりが出来やすい場所には石畳が、そして歩けば半日毎に宿場町がある。

 もっとも、今回馬車を使っていないロディマスの旅程は、ベルナント領へはたったの一日半しかかからない。馬に負担をかけない速度でこれである。伯爵家領と公爵家領と言う大貴族の領地なのにと、ロディマスは最初聞いたときは大いに戸惑った。


 元々領地が現代日本で言う町規模の大きさしかないこの国では、移動に馬を用いればそれほど困ることもない。

 王都が現在住まう街から遠いのも、この国が左右に長いからであり、その右端と左端に近い位置関係故である。


「しかし、進めども何も変わらん風景だな。未だに春が来ないとはいえ、ただの荒れ地が広がるばかりとは」


 前世日本では考えられないほどみすぼらしい光景であるし、こうやって土地を遊ばせているのも不可解でもあった。

 確かに魔物と言う脅威があり、外壁内で暮らしたい気持ちは分かる。

 しかしその脅威に対抗する力を、この世界の人は携えている。

 自分の工場がそうであるように、ある程度の実力者が警備に当たれば平野部はまだ安全なのである。


「ペントラル伯爵領は開発をせずともお金が入ってくるので、無理はないでしょう」


「そうか。確かに、そうだったな」


 アボート商会の本拠地であるロディマスの実家を抱えるペントラル領の税収は、王都に匹敵するとさえ言われている。

 それも他貴族の反感を買う理由にもなっているが、つまりはそう言う事なのであった。


「無理せずに、そして働かずに暮らしていけるなら、そうするか」


「ええ、全くでございます。ロディマス様のお考えとは真逆でございますな」


「そうでもない」


 そして、俺も楽して生きたいんだが、と言いかけて、やめた。

 己がライルの言葉を否定したと同時に、ジト目で睨むミーシャと目が合ったのである。

 その目は「どの口がそんな事を言うのですか?」と訴えかけてくるかのようであった。


 現在、様々に事業展開を目論むロディマスは多忙を極めている。正直、前世のリーマンの方がまだ健康的な生活を送っていたと確信できるほどであった。

 何せ朝は日の出前より活動し、夜は日をまたぐことも多い。

 それを、最も近くで見ているミーシャは何度も諫め休むよう進言していたが、当然のように却下した。

 【ヒール】さえあればかなりの無茶が可能なので、徹夜していないだけマシだと思って欲しいとそれとなく言った事もあった。


 その結末が、コレであった。


「どの口がそのような事を仰られるのでしょうか」


「目で訴えかけてくるだけでなく、口に出しただと!?」


 なお、今はロディマスの風魔法【ウィスパーチャット】を用いて会話を行なっている。

 この魔法は、近くであればこのように雑音を無視して会話が出来る便利魔法である。

 とても簡単な魔法で、しかも実用的で、騎士や傭兵の多くはこれを扱える。

 そんなごくありふれた、一般的な魔法である。


 パカッパカッと蹄の鳴る音も無視してそう会話をしていたら、前方に何かが見え始めた。

 ロディマスはそれを注視して、呟いた。


「む、もう最初の街が見えたか。しかし、小さいな」


 少しだけ小高くなった丘から見下ろすと、500mほど先に宿場町が見えた。

 見えたが、何もないのは事前情報で掴んでいるのでスルーする街である。街中の光景を見ても特に何か感じるでもなく、そのまま通り抜けるだけだった。

 途中でめぼしい何かがある訳でもなく、ただ街中は馬から降りて移動しなければならなかったのが面倒だったと言う印象しか残らなかった。


「よくあれで街として機能しているな」


「ロディマス様がお察しした通り、状況は苦しいようです」


「そうか」


 特産品も特になく、ただそこに街があるだけだった。

 前世で言う、高速道路のパーキングエリアみたいだったとロディマスは考え、それなら仕方がないのかと割り切った。



 続く二番目の街で昼飯をと考えていたロディマスは、二番目も期待外れだったと肩を落とした。

 前世も含めた人生初の旅なのに完全に肩透かしを食らい、結局昼は馬だけを街中で食事させ、自分たちは手持ちの保存食を移動中に食べることにした。



 モシャモシャと馬上で携行食である干し肉と干し野菜を食べながら、ロディマスは次の街について聞いた。


「次の街はここよりは大きいです。しかし、そこも状況はさほど変わらないようです」


「ふむ、そうか。つまり、貧乏人ばかりなのか」


「左様にございます」


 今は己と周囲の事で一杯一杯なロディマスは、しかしそうと分かっていてもつい考えてしまった。


 もし、ここの領主の子供として生きていたのなら、行動したかもしれない。だからこそ、ここについてはそいつらがやるべきだ。

 ロディマスは路上で乞食をしていた子供をやり過ごしつつ、それとなく横目で観察し、ため息を漏らした。


「間違ってもキースには見せられん光景だな。全く、忌々しい」


「そうですな。戦力となるのも数年後でしょうから、今新しい孤児を抱え込むのは無理でしょう」


「それこそ孤児院をこの街にでも増やさん限りは不可能だ。そしてその院長を務めるべき都合の良い人材は、いない」


 ここに来て、結局人材不足と言う結論にたどり着いたロディマスは、己の手の足りなさを痛感した。


 人間、手は二つしかないのである。

 助けられる相手も、利用する相手も、一人で多くは選べない。

 今回のベルナント領訪問も、街にロディマスが残り、ライルがベルナント領で先にアポイントを付けに単身で向かってくれなければ、もっと時間はかかっただろう。


 そして工場についても、キース不在と言うロディマスが予期していなかったタイミングでのアグリス登場である。

 以前に襲撃があったので警備を厳重にしているが、それも父バッカスが雇い入れている傭兵たちを無理に斡旋してもらっている不安定な状態である。

 いずれは今回のキースのように、唐突にバッカスが必要として、工場の警備がなくなってしまう恐れもあった。

 その懸念が、アグリスの登場により解消されたが、それこそタイミングは完全に偶然であった。


「だが、アグリスは本当に良いタイミングで帰ってきたものだ。妹たちに毛嫌いされてしまったのは、想定外だが」


「ご主人様の、相変わらずの想定外ですね」


「ミーシャ・・・、ふぅ。全くその通りだな。だが、アレは誰も予想できなかった。違うか?」


「そうでしょうか?私は、過程はともかく、結果はああなるのではないかと思っておりました」


「なんだと!?どういう理由でそう思ったのだ!?」


「こればかりはご主人様とは言え、秘密です。彼女たちの心にまつわるお話ですのでご容赦下さい」


 意味深なことを言ったミーシャに、しかしロディマスの感想はこうだった。


 ミーシャが饒舌(じょうぜつ)、だと!?


 普段よりも遠慮がないし、普段よりも毒舌度が低い。

 まるで友人と話しているかのような気軽さを今、ロディマスは感じている。


 どうにも旅路と言うこの開放的な状況で、ミーシャは心も開放的となったようであるとロディマスは結論を出し、嬉しくなった。


「そうか。女の秘密を暴くと碌なことにはならんのは、歴史が度々証明している。聞くのはよそう」


「賢明なご判断です」


 そんなやり取りを聞いていたライルが何か言いたげだったが、ロディマスは黙殺した。

 最近、やはり気のせいではなくミーシャとの心の距離が近いと感じる。

 ただし、宿に入ればきっと己の見ていない所でミーシャはお説教されるだろう。

 ただ、ミーシャもそれが分かっている上でこのように話しかけてくるのだから、中々に悪くない関係が築けていると、ロディマスはまさかのその展開に感動した。


 これが、運命を変えそうな者なのか・・・。


「うむ。ライルよ。晩飯は豪華に行くぞ。ミーシャも遠慮するな。しっかりと食って英気を養え。明日からが本番だ」


 そうしてロディマスは声をかけたが、返ってきたのは、無言。

 ミーシャはともかくライルまで返事がないので、すぐに異常事態であると気が付いた。


 二人を見れば、わずかに張り詰めた表情をしていた。

 そして二人の視線の先を追ってみれば、ロディマスにもようやく分かった。


「賊か?魔物か?ただの獣か?」


「魔物、かと思われます。しかし何故このような街に近い所に・・・」


「迎撃します」


 ライルが疑問を口にしている間に、ミーシャが宣言してから馬から飛び降りた。そして両腰に差していた短剣を抜き放つ。

 しかしミーシャが戦闘態勢を取ったのに対して、彼女の師匠であるライルはその場から動かず、馬から降りることはなかった。

 そしてその様子を見て、ロディマスも馬上で待機することにした。


 ライルの態度は、ミーシャ一人でも十分に対処が可能だと判断したからだろう。

 ならば己は黙ってそれに従うのみである。

 何せ己は弱いのだからと、ロディマスはその情けなさに心の中で涙しつつ、ミーシャを見守った。


 そして平原の中でも草が生い茂っているいかにも(・・・・)な場所にミーシャが石を投げ入れれば、中から現れたのは、魔物特有のギラつく赤黒い目を持った狼型のナニカだった。




ここまでお読みいただきありがとうございました。

次回から徐々に戦闘が増えていきます。乞うご期待。

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