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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
52/130

49


「ロディ君!!あれ!!あれ見てみようよ!!」


「む?あれは、バイバラの工房ではないか」


「ええ!!そうなの!?」


「興味があるなら入るか?」


「うん!!」


 パン工房の休業日を決めてから五日目。

 本日はその休業日で、ロディマスはエリスと街を歩いていた。エリスに請われたからであり、健闘賞として連れて行って欲しいとベリスにも頼まれたからである。


 現在、彼女らポートマン姉妹が住むのはロディマスの工場内の小屋である。小屋と言っても並みの平民の家など凌駕する二階建ての建物だが、それ以前の家にしても、結局は街の外であった。

 病気だったこともありエリスは街に馴染みなどなく、どうしても見に行きたいと頼まれたからである。


 そして手を繋いで歩く姿は兄妹のようで、道行く人の表情は微笑ましいものを見る顔であった。


 しかしごく一部の身なりのいい連中にとっては愉快な場面ではなかったようで、時折すれ違うと露骨な舌打ちをしてくる輩もいた。絡んでこないのが幸いではあるが、相変わらず街中はロディマスにとってはアウェーだった。


 だがそんな様子にもエリスは全く怯まなかった。

 それを中々の胆力だと心の中で褒めつつ、ロディマスたちはバイバラ工房へと入った。



「わぁー!!すごい!!ゴミがいっぱいだよ!!すごいすごい!!」


「そこを『すごい』と言って驚き喜ぶのか。相変わらず掴めん感性だ」


 バイバラの工房は相変わらず木屑や木片が散乱していた。しかし店主であるバイバラの姿は見えず、作業の音も聞こえなかった。


「随分と不用心だねー。あ、これ可愛いかも!!」


「なんだ?腕輪か。む、それはもしかすると俺が作らせているものやもしれん」


「そうなの?」


 エリスが腕輪を見ながら首をかしげていると、店の奥から歩く音と、何か堅い物同士が当たる音が響いてきた。

 そして音と共に顔を出したのは、やはりバイバラであった。


「おや、ロディマスお坊ちゃん。今日はエリス嬢を連れてどうしたっすか?」


「見学だ」


「デートだよ!!えへへー」


「・・・、だ、そうだ」


「ほほう、お坊ちゃんも隅に置けないっすね。あ、それ、その腕輪はお坊ちゃんのっすよ」


「さっきロディ君も言ってたけど、やっぱりそうなんだー。腕輪を何に使うのかな」


 そう言いながら先ほどから腕輪を上下右左と回しながら眺めている姿は、明らかにそれが欲しいと訴えていた。

 しかしその気持ちを言葉にすることなく、ただ目を輝かせるだけだった。


「バイバラ。こいつの加工はこれで終わりか?」


「あと細部を整えてニス塗って、っすね。あと30分もすれば完成するっすよ」


「そうか。ならこれを最優先でやれ。エリスに渡す」


「え、ええ!?そんなの、悪いよぅ」


「物欲しそうな顔をしておいて何を言う。貴様は先ほどから何を見ても『すごい』としか言わず、食い物にしても頑なにおごらせようとはせんだろう。それでは商人としてのメンツが立たん。いいから黙って受け取れ」


 そう言って、受け取れと言いつつもエリスの手から腕輪を取り上げ、バイバラに渡した。


「お坊ちゃん、言ってることとやってることがアベコベっすね。でもいいっすよ。これも試作品だったっすからね。ほらこれ、今日入った新しい木材っす。こっちの方が古くて丈夫なんで、こっちで新しく作ろうと思ってたっすよ」


「そうか。だがそんなことを今言う必要はなかっただろうが・・・」


 ロディマスが半眼で睨めば、バイバラはおでこを叩いてコミカルな反応を見せていた。


「あちゃー、そうっすね。無神経だったっすよ。すまないっす、エリス嬢」


「ううん、いいの!!えへへー、嬉しいなぁ」


「フン。最初から遠慮せずにいればいいのだ。今までも、これからも貴様には頑張ってもらわねばならんのだからな」


 その言葉にエリスとバイバラは顔を見合わせ、半眼でロディマスを見つめていた。まるで非難するかのようであった。


「それを言う必要は、なかったっすね」


「ロディ君って色々出来る人だけど、こういうとこが、ちょっと残念だよねー」


「なんだと!?しかも何故当人の目の前でそのような会話をするのだ。まったくもって理解できんぞ!?」


 以前もそうだが、少なくとも自分の周りの人間は、内緒話を堂々と本人のいる前で、それも聞こえる声で行なう習性があるようである。

 かつて日本人だった感性からすれば、あり得ないとロディマスは叫びたかった。

 しかし直後に指摘された内容に、その意見を引っ込めざるを得なかった。


「ここはほら、仮にもデートだったんで、『いつも頑張ってくれている君に』とか言っちゃうべきだったすよ」


「あ、それいいです!!バイバラさん、すごくいいですよ、それ!!」


「・・・、イツモガンバッテクレテイルキミニ」


 全身に鳥肌が立ちながらも言い切れば、今度は肩を寄せ合って話し始めるエリスとバイバラ。


「あれはないっすね。無理やり言わされた感が半端ないっす」


「でもでも、ロディ君だからあれ以上は期待できないよぅ。言ってくれただけ、いいんだよぅ」


 我慢して言ってみたのにこの様である。

 まさに自業自得ではあるが、己にはこういう歯が浮くようなセリフは似合わないなとオッサンなロディマスは嘆息した。


「バイバラよ。今日はもう帰らねばならん。出来上がった物は傭兵に取りに来させる」


「分かったっすよ。それまでに仕上げておくっすよ」


「うむ。では行くぞ、エリス」


「はーい。お邪魔しましたー」


「はいはいっす。気を付けて帰るっすよ」


 そうやってバイバラの工房から出て、ロディマスはエリスと共に歩き出した。

 するとエリスが手を繋いできて、こう言った。


「今日は、ありがとうね!!忙しいのに、本当に、ありがとう!!」


「・・・、気にする必要はない。また来たくなれば言え」


「え?またデートしてくれるの!?」


「ミーシャに案内させる。俺は忙しいのでな」


「あー・・・、だからロディ君は残念君なんだよー」


「誰が残念君だ!!」


 ロディマスがそう騒げば、エリスは笑いながらロディマスとつないだ手を大きく振っていた。

 その楽しそうな姿を、元気になって良かったなと、見守る兄の視線で心穏やかに見てから、前を向いた。

 すると、突然エリスの手が止まり、次いで足も止まった。


「あのね。ロディ君。本当にありがとうね」


「何度も聞いた。それ以上言う必要はない」


「何度だって言うよ!!だって、ロディ君は、私を助けてくれた!!お姉ちゃんも助けてくれたんだもの!!」


「・・・、利用価値があっただけだ」


「・・・、残念君。でも、うん、いいの」


 そう言って、テンションを下げた所から更に一層の深さを見せたエリスの表情に、さすがのロディマスも身構えた。

 陽気で明るいエリスに対する警戒心は殆どないとは言え、彼女もまた、ロディマスの言うところの『うんこちゃんズ』の一員なのである。

 一体どんな爆弾発言を繰り出すのかと思ってみれば、意外な過去を暴露されたのだった。


「あのね。私ね、味方なんて家族以外はいないと思ってたんだ」


 言われてみれば、初めて会った当初は辛辣な言葉を投げかけられていた。

 それは、病気で寝込みがちだった割にはしっかりしているな、と言うのがロディマスの印象だった。

 しかし彼女は、それは違うと言い出した。


「あの時、ロディ君たちが来た時は、本当に敵かって思ったんだ。また私たちを追い出すんじゃないかって」


「追い出す・・・いや、『また』、だと!?」


「うん。私ね。実は王都に住んでたんだ。親戚なんていなかったけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんはお仕事頑張っていたからね。これでもハイソな王都民だったんだよ?」


「ハイソ・・・上流階級?貴族だったのか?」


「違うよ、今のは冗談。うん、ごめん。真面目な話だったのに変なことを言って」


「いや、構わんが・・・ひとまずあそこで休むか」


「うん」


 ロディマスが連れて行ったのは、喫茶店のような店である。

 ジュース類を販売するほか、軽食もある店で、それなりに値が張る。

 テーブルと椅子があるのでそこに決めただけだったが、結果的に落ち着いた店内だったのでエリスの様子からもここにして正解だったとロディマスは安堵した。


「おい、ミーシャ。さすがに近くに来い。エリスも、いいな?」


「うん。ごめんね、ミーシャちゃん。仲間外れにするようなことして」


「いいえ、何ら問題ありません」


 警護の為に数歩下がって追従していたミーシャを合流させて、三人でジュースを頼み、席に座る。

 そして届いたジュースを一口飲み、それからエリスはポツリポツリと語り始めた。


 「私はね。最初は家に一人だったの。でも周りは元傭兵の人の家で親切な人ばかりだったし、お姉ちゃんも三日に一度は帰ってくるから寂しくもなかったんだ。それでね、最初の頃はみんな私を心配して気にかけてくれていたの。でも、そんなある日、私は倒れちゃって、二日くらい寝込んじゃったの。そうしたら」


 一度区切り、溜めを作って、それから意を決したようにエリスは続きを語る。


「皆が、少し余所余所しくなったの」


 まるで絞り出すような声に、ミーシャが絶句していた。

 ただしロディマスは冷静に、普段と変わらない様子で聞いていた。


「それから私はどんどん体調が悪くなって、それで周囲の人も気味が悪かったのかな?段々と疎遠になっていってね。お姉ちゃん、だから傭兵引退したんだ」


「そうか」


「それで、結局街にもいられなくなって、ここに来たの。それでもお姉ちゃんが、街中には、人とは接したくないって言いだして。今思えば、あれも全部私の所為なんだよね」


「違うな」


 話を聞いていて、ある一つの可能性を考えたロディマスは、そのエリスの暗い考えを即座に否定した。

 ただし、エリスが求める答えとは違う事を考えていたので、改めて彼女用の答えを急ぎ考えた。


「え?」


「貴様の為、だ。そこを履き違えるな。ヤツは貴様の為であれば命など惜しくないとさえ考えている。それは、貴様の兄アグリスとて同じだろう」


 ベリスはエリスを大層可愛がっている。ほとんど寝たきりの妹に、仕事を辞めてまで付きっ切りになるほどである。それどころか、合間に治療法について調べるのも怠っていない。

 このような姉妹愛など魔物の餌にでもなってしまうようなこの過酷な世界で、彼女らはそれを貫いた。その姿は、何よりも美しかったとロディマスは感じた。


 無論、そんな恥ずかしいことを言う根性も甲斐性もないロディマスは、決して口には出さない。


 すると、ロディマスの指摘に、エリスが噛みついた。

 その剣幕は普段の彼女からは程遠い、強い意志を感じさせるもので、それが確かに本心だと雄弁に物語っていた。


「そんなの、迷惑、だよ!!だって二人とも、私のことなんて放っておいて、好きに生きて欲しかったのに!!」


「そうか、そうだな。親しい者の幸せを願うのは、当然だ。だが、エリスよ。いいか?」


「う、うぐっ。な、なに?」


 もうすでに泣いているエリスに対して、12歳の子供がこんなことを考える世の中は間違っていると、どこか遠い世界を見るような気持ちになりながらも、エリスを見つめて答えた。


「それは貴様とて、同じだろう?あの二人の為ならば、貴様は命だって惜しくはないと思っていたはずだ。それは今、俺に語って聞かせた通りだろう?」


「・・・、え?」


「つまり貴様らは、どうあがいても同類で、どうあっても兄妹と言う訳だ。なら、何も恐れることはない。心配することもない。互いが互いを思い合っている限り、不幸になんぞなりはしない」


 その思いは、かつてのロディマスの記憶から来るものである。


 過去の記憶。前世。

 両親に旅立たれ、天涯孤独となったあの日。気ままな独身を貫き、恐らく誰に看取られることもなく死んだ自分。


 未来の記憶。

 増長して敵を増やし、両親の死後は惨めな裏稼業。友なぞおらず、味方でもない宛がわれただけの部下たち。そして幼い頃に散々いたぶったミーシャに固執し、人との繋がりを求め、孤独のうちに死んでいった違う自分。


 そのすべてが一方的な思い込みの末に、己の勘違いの末に起こった、悲劇。


 今ならそれが、悲劇であったと分かる。

 あの当時から、あるいはこれから先に起こっていたはずの将来も、すべてどこかの何かにより、演出されていたのかもしれない。

 被害妄想であろうとも、ロディマスはその思いを決して忘れはしない。


 だからこそ、お互いを尊重し、最善を尽くそうとするポートマン姉妹の助けになりたいと思ったのだろう。


 だからこそ、今世では口汚くなろうとも、人を尊重し、人を遠ざけないのだろう。


「笑え、エリス。貴様がそうであるように、貴様の兄姉(きょうだい)もまた、貴様の幸せが第一なのだ。ならば、自分の為に、そして奴らの為にも、笑え」


「どこかで聞いたセリフですね」


「・・・コホン」


「う、うう、ロディ君ーー!!ミーシャッチャン!!」


 冷たい表情で 冷たい視線を寄越し 冷たく突っ込むミーシャを咳払いして無視して、大泣きし始めたエリスにハンカチを渡す。

 エリスは差し出されたハンカチを受け取り、それを目に当てて、何度も泣いて、隣に座っていたミーシャに抱き着いた。

 そのタイミングでロディマスは一度席を立ち、店員にチップを握らせた。


「騒いた詫びだ。あれもじきに落ち着く。他の者にも何か振る舞うか、奢ってやってくれ」


「畏まりました」



 そうして一時的に店内は騒がしくなったものの、誰も文句を言うことはなかった。



〇〇〇


「うぐっ、ごべんね、ありがどうねっ」


「まさかエリスがここまで泣き虫だったとは想定外だ」


「ロディマス様の想定内に収まった事の方が少ないです」


「ミーシャ!?」


 何てことを言うんだと抗議したかったが、心当たりが多すぎたのでロディマスは黙らざるを得なかった。

 そしてそんな様子を見て、エリスが少し笑っていたのでロディマスは安心した。


「時には泣くのも大事だ。溜め込みすぎては体に毒だ」


「ロディマス様がそう仰いますか」


「ふふっ、ロディ君はいつだってそうだよね。ぐすっ」


 解せぬ。


 そう思いながらもロディマスは、今日エリスと共に街を歩けて良かったと思った。



 先のエリスの話、周囲の者が徐々に疎遠になったという話だが、ロディマスにはある一つの心当たりがあった。

 それは、魔過症の原因である。


 魔過症は、ある二つの属性のどちらかを持つ者にしか発症しない。

 それは、光と、闇。

 光属性の患者がアリシアで、恐らく闇属性の患者が、エリス。


 エリスが周囲に嫌われていたのは、己と同じ闇属性を持っていたからだと思われる。

 ミーシャやアリシアが己を嫌うのも、内面や外面だけではなく、この属性の相性によるものも大きいと思っている。


 ただし今もエリスが闇属性を扱えるかは疑問がある。

 それと言うのも、光属性であるアリシアやミーシャと、とても仲がいいからである。

 二人にしても多少は隠すこともあるだろうが、近くにいると不快感があると言っていた以上、今のように抱き着かれたらミーシャは一瞬でもイヤな顔をするはずである。

 それが、なかった。


 理由は分からないが、恐らくエリスの『魔系の加護』が失われているのだろう。

 ならば彼女はもう魔過症を再発しない。

 闇属性については相変わらず分からない事だらけだが、その事実さえ分かれば、今はそれでいいだろう。



 そう思い、エリスに向き直ろうとしたら、ロディマスの身体が宙に浮き、途中で固定された。

 丸太のような太い腕が、ロディマスの胸倉を掴み、持ち上げていた。


 ロディマスは締まる気道をなんとか確保しつつ、己をリフトアップしている主の顔を見た。

 その顔は見覚えがあり、記憶の中のソレよりも幾分か若い男であった。


 無精ひげとざんばらな髪、野暮ったい鎧をまとった傭兵風の男。


 持ち上げたロディマスを自分の眼前に持っていき、首を捻りながらガンを飛ばして、その男は叫んだ。



「てめぇ!!俺の妹をナニ泣かせてんだ!!ヤンのか、アァ!?」


「アグ・・・リス・・・っ!!」


「お兄ちゃん!?なんでここに!?」


「ロディマス様!!!」



 ロディマスを片腕で持ち上げた男は、狂犬と呼ばれた伝説の傭兵であり、エリスの実の兄であるアグリスだった。





やっとシスコンアグリスの登場です。

早いうちから名前が出ていたにも関わらず、登場が今になってしまいました。

でも、本当は20話以内に登場する予定だったんです。

あれ?オカシイナ・・・?

( ^ω^)・・・

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