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プロローグから数えて、ちょうど50話目になります。
「それでは、第一回パン工房反省会を行なう」
そうロディマスが告げれば、夕日が差し込んできた食堂内に緊張感が走った。
一時期は騒然としたパン工房も、現在は販売のみをエゴ村の人間に任せて、焼きのほうは終了して一段落している。
そして来客の対応が終わり、一家の晩の準備も済ませてきた料理長バーンズが今は必死になって明日の仕込みをしている所である。
主要メンバーの手が空いたこのタイミングで、状況整理と以後の対策を練るべくロディマスはこの会を開いたのだった。
「ライルがいないので俺がすべて仕切る。皆、疲れているだろうがあと少しだけ付き合え」
「分かったよ、ロデ坊ちゃん」
「そうか、それは頼もしいなベリス料理長よ」
「へへ、任せておくれよ」
「な、なんだかお姉ちゃんとロディ君の仲が急接近だよ。アリシアちゃん、私たち、ピンチだよ!!ううううう」
そう唸っているエリスは無視した。いつの間にか「ちゃん呼び」するほど仲が良くなっていたアリシアとエリスに呆れつつ、何をアリシアに伝えようとしているのか怪訝に思ったものの、ロディマスはどうせ考えても分からないからと、彼女らに思考を割くのをやめた。
なお、アリシアはすでに帰らせてある。
さすがにこの時間まで付き合うわけにもいかず、さらにこの会議に参加させられもしない。
契約を交わした以上、彼女がロディマスの不利になるような事を口走るとは思えないが、それでも念には念を入れたかったのである。
幸いにも護衛のほうから帰宅を催促してくれたので、さほど手間はかからなかったのが救いであろう。
「ではまず、今回の問題点を洗い出す。各員は考えをまとめておけ」
そう言って始まった会議だが、驚くほどスムーズに事が進んでいった。
それと言うのも、問題点がはっきりとしていたからである。
「なるほど。それは予想外だったな」
「ああ、それもあいつらは金持ってる上に、食う以外の趣味がないからな。開店前から並んでいたくらいだ。明日も絶対に来るさ。それ聞いてヒヤっとしたもんさ」
「そうか。それは嬉しい悲鳴と言うべきだが・・・」
ロディマスの予想外の展開とは、元傭兵や元騎士の食いつきっぷりだった。
なんでもベリスが街に住む彼らに声をかけていたそうだが、それは数人程度であった。
彼女本人にしても、何日かして興味を持ってくれたらラッキー程度の感覚で、それほど期待はしていなかったそうである。
しかしその期待は大きく外れ、声をかけた以上の元傭兵や元騎士が集まっていたのである。
「しかもあいつら、エリスの事をどこで聞きつけたのか、元気になったエリスを見たいだとかぬかしやがって。ったく、イヤになるね」
「やはり、前日に話し合ってエリスを接客要員にしなかったのは正解だったな。もし表に出ていたら余計に長引いただろう。英断だったと言わざるを得んな」
見た目が単純な美少女よりもやや素朴と言った、ごくありふれた上等な村人風のエリスは思った以上に人気があったようで、時折厨房から見える姿にほっこりしている連中が多かったようである。
それは外で接客をしていたバンディエゴ村の人間からも聞いている。一目だけ見たいと何度も言われ、こっそりと見せていたのだとか。
「アグリスの知名度を舐めていたのも原因だろう。今回は不埒な輩がいなかったが、今後は警備も強化する必要があるか?」
「あ、それなら問題ないと思いますよぉ。彼ら、ウチの団の人たちと一緒に警備してくれてましたから」
「そうなのか?アンダソン」
「はい、アンダーソンです。もうちょい伸ばしてもらえると助かりますぅ。それに明日も来て、子供たちを守るんだって張り切っていましたからねぇ。卒業組はお気楽で、羨ましいっすよ」
「卒業組?なんだそれは」
アンダーソンと話していると、なんだかその元傭兵、元騎士がロリコンに見えてくるから不思議だった。本当なら感謝しなければならないのに、ロディマスは謎の不快感が纏わりつくような気がして顔をしかめていた。
しかし会話の中にあった聞きなれない、あるいは前世で聞きなれた言葉が出てきた事により、気がそれた。
首をかしげるロディマスのその様子を見たベリスが察して補足した。
「卒業組ってのは、前線での兵役を終えた連中の事さ。傭兵でも騎士でも、契約した上で5年間、死なずに前線を維持出来たらご卒業。あとは年金暮らしの気ままな毎日って訳さ」
「ほう。そうなのか。む?ならばナエ村の連中は一体どうしたというのだ?連中も前線にいたのだろう?」
「あいつらは途中脱退さ。任期である5年をこなせなきゃ年金も何も、もらえない。腕でも足でも無くなったって、前線じゃぁやることはあるらしい。それなのに逃げ帰った連中だからね。っと、ミーシャ、ありがとよ」
「いえ。皆さま、お茶が入りました」
「そうか。ならばひとまず茶を飲むぞ」
そうしてミーシャが入れた茶を飲みながら、名も無きベリーを栽培中のバンディナエ村の面々を思い出す。
手や足、あるいは目などが欠損していてまともに働けそうにない者たち。
元々のプライドだけは高く、武力面でキースが、精神面でロディマスが鼻っ柱をへし折らなければ増長し続け、いずれ犯罪者集団になる危険性もあった、そんな連中である。
人に歴史ありと言うが、彼らの歴史は思った以上に単純だったようである。
「ま、あいつらも5年間踏ん張りゃ体の大半は治してもらえてたんだ。こればっかりは自業自得さ。前線に行ってないアタイが言うのもなんだけどね」
「強力な光魔法の使い手であれば欠損程度は治せるのだったな。連中が真面目に働くのであれば融通してもいいが・・・。むしろ、あのままの方が制御しやすくていいのか?」
「そうさね。自由にしたらまた何しでかすか分からん連中だから、あのままでいいんじゃないか?」
元傭兵のベリスにそう言われたのでこの話題は終わりにして、ロディマスは次の問題に移ることにした。
「では人員の補強だが、しばらくはエゴ村からの増員で賄う。どの道食堂が正式に開けば働かせる予定だったのだ。予行として手伝わせるのは都合がいい状況だろう。村長よ、明日から働ける者を毎日10名、用意しろ」
「はい。お任せくださいロディマス様。皆、張り切っております。むしろ張り切りすぎて誰が行くかもめそうですの・・・」
「先に告げた5種類の人選で、午前と午後の10名だ。各員銅貨2枚と賄い付きで、うまく回せ」
ざっくり計算で、人件費が銅貨20枚と賄いが全体で銅貨3枚。
合計銅貨23枚の出費であるが、今日一日だけで新型パンが千以上も売れている。
毎日がこの数ではないにせよ、パンの原価はほぼ小麦と人件費に依存しており、ベリスとエリスの給与である銅貨20枚ずつに孤児院の子供らが銅貨10枚なのを加えても、100個売れば1個辺り銅貨0.2枚となる。
今日はさらにその10倍も売れているので、原価が銅貨0.02枚である。
小麦粉を仲介せずに直接自分たちで挽いて使っているのも安く上がっている理由だろう。
そして臨時で駆け付けた者たちに、今日は銅貨10枚に賄い付きと大盤振る舞いをしたが、それでも売り上げだけで金貨1枚に達した今日の儲けはとんでもない事になっていた。
つまり、多少人員を増やし、賄いも出した所で、ぼろ儲けなのであった。
最も、工場の増築や新型石臼装置については借金なので、その分を差し引けば当たり前程度の儲けしかない。しかしそこはロディマスのやり繰りでどうにかしている。
バッカスがアイデアを買ってくれたアレコレで十分に埋め合わせが出来る範囲であった。
「賄い付き!?あの賄いが毎日でございますか!?」
「作り方は教えた通りだ。明日からは有償でジュースを販売するから、今日の通りに明日も材料はそこから使え」
「了解しました。これでますます競争率が上がるわい」
「やる気があるのは良い事だ。ああ、あと今日に限らず儲けの一部はプールする」
「プール?」
「ああ、簡単に言えば金を貯めておくのだ。そしてある程度貯まったら、バンディエゴ村の開拓を行う」
「我が村をですか!?」
これはロディマスが前々から考えていた事である。
あの寒村を丸ごと抱き込むついでに整備も行おうと思っていたのだが、思ったよりもはるかに従順だったので、そこまでする必要が無くなった為に先送りにしていた案である。
だが、彼らはロディマスの予想を大きく裏切り、まさに身を削るほどの献身ぶりを見せてくれている。
これに応えなければ大商会の御曹司としては良くないだろうと感じたのである。
「アボートの名に傷をつけるわけにはいかん。忠実なる部下には適切な褒美を。これが我が家のモットーだ」
「お、おお。ロディマス様・・・神よ・・・」
その村長の呟きにイラっとしつつも、ロディマスは軌道修正した一番の理由を思い起こす。
それは、儲けの一部と言っても短期間で必要な額まで貯まらないだろうと予想していたからである。
しかし今回のように固定客が出来て、今後も食堂がオープンと、様々に事業展開をするので、より一層客が増える。
そうなると自然と儲けも増えるので、もしかすると一か月程度あれば従業員たちの家を全部建て替えられるほどの金額が貯まるかもしれない。
そう考えたからである。
「ここは俺の工場で、俺の工房だ。そしてここで働いている貴様らも、俺の従業員だ。俺が、俺のものに金をかける。理由など、それだけだ」
「ロディマス様、セリフが臭いです」
「やかましい」
演説した自分も臭いと思っていただけに、ミーシャのいつも通り的確な突っ込みは少々応えたが、そのミーシャが珍しく少しだけ笑っていたので気を取り直した。
「それと孤児院の連中だが、仕事はどこまで出来る?今日見たところ、接客と焼きに関しては問題ないように見えたが」
そう言って参加者を見回すが、回答できる者がいない事に気が付いた。
「代表者がいない以上、明日も同等の者が2名来ると考えるか。まぁ、今日の連中にはこの仕事は好評だったようだから、もしかすると増えるかもしれんが」
「あー、坊ちゃんの予想はたぶん大当たりすると思うぞ。それどころか当たりすぎて人数が。なぁ、エリス?」
「なんだ、ベリス?何か人員についての心当たりでもあるのか?エリスも、なんだ?」
「あのね、ロディ君。あの子たち、賄いのサンドイッチを食べてね」
そう言えば、あの後マッチョメンズに薪割りを指導したりで食堂にしばらく立ち寄っていなかったなと思い出し、ロディマスは当時の様子を聞くことにした。
「泣いちゃったの。おいしい、おいしいって」
「当然だ。俺が作ったのだからな」
「う、うん。そうなんだけど、それだけじゃなくてね。材料を聞いたらすごくびっくりしててね」
「材料?食えない物は入れていないし、捨てるような余りものばかりだったはずだが・・・」
野菜の搾りカスに、剥いた皮に、干し肉も賄い用として本来は食べずに捨てる堅い部分ばかりを使っている。レモンやオレンジの皮にしても、そう珍しいものではない。八百屋的なものが、干した皮を山盛り銅貨1枚で売ってるくらいには見覚えのあるものである。
しかし、そんなロディマスの疑問を投げ捨てるかのように、エリスは言った。
「うん。捨てるはずのものがこんなにもおいしいなんてって。『これは革命です!!』ってハンナちゃんが叫びだして・・・」
「なん・・・だと・・・!?」
そもそもなんでそんな言葉を知っているのだ!!と叫びそうになったが、会議中なので堪えた。前世のサラリーマンの感覚で自重したのである。
そして子供たちの言葉の意味を考えて、それから孤児院へと戻ってから起こるであろう喧騒を想像した。
「なるほど。それは孤児院が一段と荒れそうな話題だな」
「そうなの。ニコラちゃんもそう言ってたんだけど、ハンナちゃんがみんなに伝えなきゃって」
「それはあれだ。今孤児院で何が起こっているのか容易に想像がつく展開だ」
「そうなの。だからたぶん、明日はかなりの人数で来ると思うんだ」
かなりの人数と言っても、孤児院自体は働ける者が10名程度しかいない。その全員に、引率のヴァネッサ院長が来ても11人である。それに働けない者も連れてきても、今日ほどの人数で済むだろう。
ならば先行投資と割り切って、彼らにも賄いを振る舞うのも悪くないかもしれない。
「ならば来た連中全員に賄いを出せ。ただし、店で働いていない者は半分の量にしろ。ヴァネッサとキースがしっかりと教育した連中ならば、それで文句は言うまい。表に立てないヤツでも、ここの掃除くらいは出来るだろうからな」
今日にしても、掃除やゴミ捨て等の雑務は山盛り残してある。食堂など、まだオープンしていないからと適当に片づけただけで、そこかしこに汚れが目立っている。このままでは確かにまずかったので、もし大勢で来るとしたら渡りに船である。
実に、都合がいいが、同時に懸念もあった。
「一体何が裏で手を引いているのやら」
そう呟くが、幸いにも誰の耳にも届いてなかったようで、誰もがロディマスの器の大きさを褒め称えているのみだった。
しかし、それでも迂闊であったとロディマスは反省し、神々に関する事を口外しないように己をきつく戒め、頭を切り替えた。
店の今後を考えるためである。
「日々変化する状況だが、俺は来週からベルナント領へと行かねばならん。可能な限り問題は排除していく。些細なことでも何かあれば伝えろ、いいな?」
「はい!!」
そうして会議は終了し、自宅へと戻ったロディマスは、夕飯を食べ、風呂に入り、残る事務作業を終えて、ベッドへと横になっていた。
ロディマスの長かった一日は、終わりを告げようとしていた。
「そう言えば、俺は昼を食べてなかったな・・・」
彼らが旨い旨いと言っていた自作のサンドイッチを食べ損ねていた事に、ロディマスは寝る直前で気付いた。
「気づかなければこのまま寝れたのに・・・」
そう言って、微妙な空腹感と不満を抱えたまま、ロディマスは眠りについた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。感謝、感謝です。




