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「今のはエゴ村の婆だ。それはともかく、貴様の昼飯を作る。少し待て」
そう言ってロディマスは新たに冷蔵庫から出したバナナもどきを練り潰してジュースに混ぜ込んだ。
それをエリスに差し出して、厨房へと戻っていく。
決して半眼で睨む、普段とは真逆の冷たい視線を突き刺してくるエリスから逃れたわけではないとロディマスは心の中で言い訳をした。
「火を使うのはナシだ。幸いにも今日は暖かいから影響も少ないだろう。だとすれば、そうだな・・・」
隣のパン工房と似たような石窯もこちらの厨房にはあるが、熱が回りきるまで使えない。しかも火を使うには薪を積まなければならず、小型の窯とは言え燃料の消費もバカにならない。
付属する形で竈も作らせてあるが、こちらも掃除などの手間を考えればやはり避けたい。
湯なら隣のパン工房でも沸かせるが、今が最も忙しいタイミングな上に、中の人間が増えているから手狭となっている。
彼女らを労う為に昼食を用意すると言うのに、懸命に働いている彼女らの邪魔をしては本末転倒である。
そうなると呟いた通りに自然と火を通さずに食べられるものに限定されるので、前世の記憶を漁りサンドイッチを作ることにした。
材料には、干し肉と野菜くずを使う。
干し肉はまず薄く削り出す。小さくすると食べやすいが、その分だけ肉を食った感が出せないのは残念ではある。しかし細かくする事で旨みを満遍なく頂けるようにする配慮であるので、今回は賄いということもありそれで我慢をした。
そして先ほど剥いていた野菜の皮をかき集めて置いておいたものを、さらに選別していく。ヘタや傷の入った部分を除外して、食べやすい部分のみにしていく。
意外に量がありロディマスは苦戦していたが、その様子を見ていた賄い調理担当が手伝い始め、あっという間に終わる。
そして綺麗にしたソレを食べやすい大きさに切り、ロディマスは種類別に並べていく。
切り方に配慮をしてみたが、結局薄い細切りがいくつも出来上がったのは、元が根野菜中心だったからだろう。それだけでは味気ないと感じ、仕方がないので新しいレタスもどきを冷蔵庫から取り出して、本来は歯ごたえが強いので捨てるであろう外側を剥いで、一口サイズに千切っていく。
「膨らみが甘くて売りには出せずに弾いたパンがある。それを使うから取ってこい」
「分かりましたですじゃ」
先ほどからてきぱきと動くご老人たちに指示を出して、中々やるもんだと、今後のこの食堂に採用するかどうか悩みながらロディマスは次の作業に移った。
野菜の搾りカスを解して、塩とお酢と水を入れる。使うお酢は、いわゆるワインビネガーであり、日本の酢、ライスビネガーと比べると元となった果物の香りが強くて火を通さずに料理に使うと果物の匂いが鼻につきやすい。
しかし、前世ではドレッシングの素材としては逸品だったというのを、ロディマスは思い出していた。
今回はあっさりサラダ風サンドイッチなので気にせずそのお酢を使い、その上で塩を多目に入れ濃い目の味付けにする。そこにレモンの搾り汁を加えて味の調整をして、さらにレモンとオレンジの皮を細かくみじん切りにして混ぜ込み、苦みのアクセントも加える。
本当ならここに植物油も混ぜたいが、今ある油が牛脂のようなもので火を通さないと液状にはならないし、臭いもきつい。おそらくそのまま香辛料も使わずに混ぜれば、ワインビネガーの匂いと混ざって悪臭になるだろう。
従って、そこは諦めて干し肉の脂身部分を寄って限界まで刻む。干し肉は一度塩漬けしてあるので、ある程度の肉臭さが取れているからである。
それを投入してから再度搾りカスを追加してよくかき混ぜて、野菜たっぷり風ドロドロドレッシングの完成である。
「よし、これでいい。あとは具材とこのドレッシングをパンに挟み込んで完成だ」
「すごいですじゃ。これは、すごいものですじゃ」
「使っている材料もパンもほぼ余りものだ。干し肉にしてもあまり使ってはいない。原価もパンの代金を抜けば銅貨1枚で20食分は優に作れる」
ここにいる全員分でも銅貨3枚以内に収まる費用である。しかも廃棄予定のものばかりなのでゴミを捨てる手間も減る。まさにエコであるとロディマスは心の中でふんぞり返っていた。
「そちらのお婆様のおっしゃる通り、あなたはすごいのね。反り返って自己主張しているのは頂けないけど、あなたはもしかして商人ではなくて料理人だったの?」
「誰が何を言っているのかと思えば、アリシアか。早かったな。だが、切って混ぜるだけで料理人になれるのであれば、貴様を除いたここにいる全員は料理人だ」
どうやら内心が表に出ていたようで、腰に当てていた手を離して元の姿勢に戻ったロディマスは、唐突に会話に割り込んできたアリシアに向かって嫌味を言った。
そして、さすがお嬢様は料理の『り』の字も分からないのかと護衛の女騎士に目配せをしたら、目を逸らされた。
「おい、まさか貴様の所の騎士は・・・」
「み、皆まで言わないで下さい。ロディマス様」
主従揃って料理が出来ないようである。
しかし、騎士も末端とは言え一応貴族ではある。
それも公爵家を護衛しているのであれば、子爵か男爵のご令嬢であろう。そんな彼女が料理を出来ないのは当然なのかもしれない。
ロディマスがそう思っていたら、もう一人の女騎士が現れた。
「ヘレンは料理が出来ないので、それ以上いじめないであげてください」
「レア殿!?そのような妙なことを今言わずとも良いではないですか」
「妙ではないです。私があれだけずっと料理をしなさいというのに、この子は『どのような物でも火を通せば食べられますから』と頑なに」
「レア殿おおおお!!」
「やかましいぞ」
「はい、同僚が失礼しました」
そう謝ってくるレアと呼ばれた女騎士から視線を外して、ロディマスは小さくため息を漏らした。
本当に、女というのは姦しい、と。
そして、そんな感想と共に思い出してしまった。
本当なら姦しい筆頭であるエリスが、沈黙を保ったままである事を。
一瞬だけ、人見知りだから黙っているのかと期待してチラ見をすれば、まるで猫の目のように目を見開きただ一点を見つめていた。
あまりの不気味さに視線を逸らし、エリスが見つめていた先を見やれば、アリシアがいた。
そう言えば先ほど不穏な事を聞いてきたなと考え、エリスがどんな思いであの発言をして、どういう気持ちなのかを考えた。
分かる訳が、なかった。
時間を無駄に食ったロディマスは、ひとまずエリスに食事を与え誤魔化すことにした。
「エリスよ。これが賄いだ。食べて休憩したら、また仕事に戻ってもらう。だから、食え」
パンを半分に切り、さらに縦に切り込みを入れたものを左右に開いて、そこに具材とドレッシングを交互に投入したサンドイッチを、エリスの目の前に置いた。
木製の皿がコン、と小さく音を立ててテーブルに乗り、その音に合わせてエリスが返事をした。
「うん・・・」
「お、俺が初めて作った料理だ。食わないとは言わせん」
物静かなエリスに対する恐怖心で若干ドモったロディマスだが、そのまま強気の姿勢で押し通した。
するとエリスは静かに顔を上げて、大きく息を吸った。
そして先ほどとは違う感じで目を見開いていた。
「・・・、え?ええ!?初めて!?嘘だよね!?」
「こ、こんなくだらん事で嘘を言うか」
今世では、と言う条件付きではあるものの、それは人に語って聞かせられないので言わなかった。
そして正確には新型パンの試作で料理には携わっているので初めてではないが、人に出す物と言う意味では初めてには違いがなかった。
「そっかぁ。初めてなんだ。私が、ロディ君の初めて、もらっちゃうんだぁ」
「おい、エリス。妙なことを口走っていないで早く・・・なんだ、アリシア?肩を掴むな」
「ねぇ、その子がエリスなの?」
「そうだが、なんだ?こいつは今休憩中だ。午後の効率を考えれば、しっかりと休憩させねばならん。余計な手出しをするな。あと、寄りかかるな。肩に顎を乗せるな」
「いいじゃない、ちょっとお話がしたいだけよ。いいわよね?」
「え?う、うん・・・」
「ほらね!じゃぁあなた、あっち行ってなさい」
「グッ。ヌヌヌヌヌ、ふぅ。エリスよ、きちんと休め。そいつが邪魔なら言え、いいな?」
「あ。・・・、うん。分かったよロディ君」
元気のないエリスを置いていく不安はあるが、ほかにも問題が山積みなのである。
ロディマスは渋々と言った調子で次の策へと取り掛かった。
賄い担当のジジババに向かい、こう告げる。
「貴様らは今のサンドイッチを作ってもらう。それが貴様らの昼飯にもなる。ただし、絶対に外のお客様にサンドイッチは見せるな。いいな!!」
「はいですじゃ」
「それと、午後勤の連中には先に用意してやれ。ついでに今工場にいる午前勤の連中に声をかけさせろ。賄いをやるとな」
「おお。さすがロディマス様ですじゃ。太っ腹ですじゃ」
「当然だ」
賄いを提供すると宣言した以上は徹底的に行なう。商人は信用第一である。折角己を慕い集まってくれたのであれば、それ相応の振る舞いで対応するのがここのオーナーたる自分が成すべきことだろう。
それを実践している父の背中を思い出しながら、ロディマスはこれで少しでも近づけたかと目を細め感慨に耽った。10歳なのに、完全にオッサンの思考であった。
しかし、これで賄いの件は解決したと安心し、次にロディマスはパン工房の厨房を覗いた。
エリスが抜けて慌ただしくなっていたが、それでもなんとか回っているようであった。
接客要員を増員したので中に割く人数も増えた影響もあるだろう。
なんとかやり繰り出来ていると、安堵した。
「どうやら乗り切れそうだな。しかし、どうしてこんな事になったのだ?」
「あ、ロデ坊ちゃん。エリスはどうだい?」
「元気がないから、休憩後もダメそうなら今日は早上がりだ。幸いにも人手は増えた。今日の所はどうにでもなる。問題は、明日だ」
「そうだね、ああ。どうするんだい?」
「後で原因の調査を行なう。休憩中に貴様らには、俺が来るまでにあった事を聞く。そして対策を考えるのは店が閉まった後だ」
「ああ、分かったよ。っと、よし、次出来たよ、入れとくれ」
「分かりました、ベリス料理長」
「料理長はよせってば。ほら、頼むよ」
「はい」
料理長と呼ばれたベリスは照れて頬を掻いていたが、その様子を見ていたロディマスと目が合うとはにかんだ。
「坊ちゃんが良く、『お坊ちゃんと呼ぶな』って言ってる気持ち、ちょっと分かるねぇ。なんだかこそばゆいよ」
「だったら何故、今、貴様は俺を『坊ちゃん』と呼んだのだ」
「そこはそれさぁ。坊ちゃんは坊ちゃんだよ」
「そうか。今日の所は見逃してやるぞ、ベリス料理長よ」
「ちょっと、やめとくれよ!料理長なんてガラじゃないよ!!そもそも自分たちの飯くらいしか作れないんだ。そりゃ憧れる立場だけど、そんな腕ないからね」
そう言ってまたも照れるベリスを視界から外して、そして考えた。
今の言葉にあった単語に違和感を覚えたからである。
そして、思い至った。
「おい、うちの料理長はどこへ行った?」
「ああ。なんでも午後から急な来客があるからってさ。それでも無理して朝だけ手伝ってくれたんだよ」
「そうか・・・分かった。詳細は後で聞く。いいな?」
そう告げて、ロディマスはしばし考えに耽った。
料理長は元々短期のヘルパーであり、しかもあまり自由のない、立場のある人間である。
ロディマスに秘密事が多いので協力してもらう人間を限っている都合、彼しか融通が利かなかったのだが、まさか初日からそんなアクシデントに見舞われるとは思いもよらなかった。
相変わらず予定通りに事が進んでいないのにも慣れては来たが、今回は己のみならず周囲も巻き込んでしまっている。
「気を引き締めなおさねばならんか」
そう呟いて食堂へと戻ったら、筋肉がいた。
それも4つ。とても、筋肉だった。
「ガハハ!!ロディマス殿、水臭いですぞ!!」
そして筋肉が様々にポーズを取り、話しかけてきた。
「パックか。貴様、工場はどうした・・・ああ、昼休憩中か」
「そうですぞ、ガハハハ!!」
そう言って構えを解き、ロディマスと対面した彼らは、少しばかり引き締まった顔つきをしていた。
そして、普段ならばこの時間は飯を食べてすぐに『ジム』へと向かっている彼らが、どうしてここにいるのか疑問に思った。
「貴様らは何故ここにいる?」
「ガハハ!!先ほどまでアリシア様にご挨拶をさせて頂いていたのです。そして、此度の危機に、我らも手伝おうと思ったのですよ」
「なんだと?貴様らは午後も仕事があるのだ、こんな所で油を売ってないで・・・」
「ロデ坊ちゃん!!薪が足んないよ!!悪いけど誰か人を回せないかい!?」
「・・・」
なんという神の差配だろうか。マッチョメンズの介入を拒否したかったタイミングで筋肉が必要になってしまった。
ロディマスは思わず天を仰ぎ見て、己を振り回す悪神に、
神の、バカヤロー!!
と心の中で叫んだ。




