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ロディマスはパン工房を目指して、アリシアを後ろに乗せて馬を歩かせていた。
はた目から見れば金髪美少女との相乗り状態であり、護衛についたアンダーソンも羨ましそうな顔をして見ていた。
アリシアは身長が己と同じ150cmほどあり、寝込んでいた割には年齢以上の大きさだろう。おそらく前衛系技能の補正力だろうが、同年齢のエリスがロディマスでも抱えられる程の大きさなのに、大した差である。
なんにしても不思議な世界だとロディマスは率直に思った。
そうして年相応以上の身体のアリシアは、色白でやや痩せたその姿から、深窓のお嬢様と言った風体である。
そんな彼女を後ろに乗せていた己は、街を行く最中でも相当に注目を浴びていた。
「どうしてこうなった」
「何よ?文句あるの?」
「あるに決まっているだろうが」
ロディマスはアンダーソンと、羨ましそうに見ていたやじ馬たちに物申したかった。
クマが後ろに乗っているのに、貴様らは平然としていられるのか?と。
しかも相手は彼女でも恋人でも、妻でもないのである。
いや、妻でクマとか恐ろしすぎるがとボケつつも、それでもロディマスの気分は冴えない。色々な意味で、様々な見地からして、それはもう不満しかなかったからである。
そしてそんな気持ちを抑えきれず、外壁を超えた所でロディマスはアリシアに話しかけてしまった。
「俺は仕事に行くのだ。貴様のように暇ではない。そもそも貴様は病人なのだ。今日くらいは大人しく寝ていろ」
「いいじゃない。ママも許してくれたし」
「カリン様も、どうして許してしまったのだ・・・」
そうぼやいてため息を吐いて、ロディマスは左前を見た。
そこには、お嬢様のお世話をするのです、と申し出てきた見慣れない女騎士が二人と、男の騎士が一人いた。アリシアの護衛である。
さすがに公爵家ご令嬢をロディマスに任せっきりには出来ずカリンが手配したのであるが、ならそいつらの後ろに乗れとロディマスは何度も言った。
騎士たちにも言った。
「それに、なんで貴様はヤツらの後ろに乗らんのだ」
「何度も言ったじゃない。護衛なのよ?なら彼らには自由に動いて守ってもらうのが一番効率的よ。それに護衛対象は一所に集まっているのが最も守りやすいの。商人なのにそんなことも分からないの?」
「き、貴様は減らず口を。それを言うなら病弱なご令嬢は家で大人しくしておくべきだと思うがな」
「そうね。でも、いいじゃない!!あー、外って気持ちいい!!本当は自分で馬を操りたかったけど、今日はこれで我慢するわ!!フフフッ」
楽しそうにそんな事を言うアリシアに呆れてものも言えないロディマスは、今度は騎士から視線を外して反対側の右を見た。
そこにはロディマスを見つめる、いや、睨み付けるミーシャの姿があった。
「ミーシャよ。何度も言うが、言いたいことは言え」
「何もありません。ただアリシア様が心配なだけです」
「その割には俺の顔を凝視してるようだが?」
「その顔面が、直視に耐えられる造形をしておられるとでも?」
「なん・・・だと・・・!?」
ミーシャはミーシャでコレである。
ロディマスが何かを言う度に酷い物言いで返してくる。
機嫌が悪いのは誰が見ても明らかで、その為かアンダーソンもミーシャから離れている。
耳が時折ぴくぴくと周囲を探るように動いている所から、護衛としては手を抜いていないようでも、明らかにトゲのあるミーシャはとにかく不審だった。
「私もね、本当はミーシャの後ろがよかったのよ。でも、護衛の手を煩わせる訳にはいかないから我慢しているの」
「貴様も貴様で、なんて言いぐさだ。ならば俺の手も煩わせるな」
「ふふーん。いいじゃない」
そう言って、ギュムっとロディマスに強く抱き着いてくるが、そこにかわいさなど微塵も感じられなかった。背中に当たる感触なども一切ないのである。
最も、己もアリシアも皮鎧を纏っているのでどうあっても堅い感触しかないのだがと、この世界の過酷を嘆いた。元々ぺったんこなアリシアであるが、それでもなお役得などどこにもないと、ロディマスは心の中で叫んだ。
そして、まるでコルセットのように腹を締め付けてくるアリシアの腕力に、ついロディマスは声を荒げてしまう。
「絞まっているぞ、アリシア!!」
「あ、あら?ごめんなさいね。手加減がまだうまくできなくって」
「グッ。そう素直に謝られると怒るに怒れん。この、うんこちゃんめ」
「うんこちゃんって・・・あなたね、私、これでもレディですのよ?」
「フンッ」
あまりの扱いと酷い自己主張に鼻を鳴らして抗議を唱えるも、アリシアは怒った様子もなく、それどころか笑うだけだった。
確かに、昨日も魔過症で倒れたと聞いているし、それより前も倒れたと聞いた。体調がずっと不安定だったのだろう。その為に部屋にこもりっぱなしの日が続いていた。
そんな彼女が体を蝕むあの症状から解放されたのであれば、この程度の無茶で済んだと思うべきなのかもしれない。
そしてロディマスは治った直後に2階の窓から飛び出したアリシアを思い出し、本当に厄介なヤツと縁を持ってしまったものだと後悔し始めていた。
今もなお、何かに興味が湧いたら馬上から飛び降りてしまうのではないかと気が気ではなかった。
「ねぇ」
「なんだ?」
「私って、邪魔かな?」
邪魔だ、と断言しようとして、ロディマスはしかし、躊躇してしまった。
そう強く言って、本気で降りられても困るからでもあったし、それ以外の理由もあった。
押せば押し、引いても押し込んでくるアリシアらしくないその気弱な声色と言葉に、つい尻込みしてしまったのである。
「ほら、私ってさ、お嬢様じゃない?」
「は?」
そしていきなり自画自賛し始めたので思わず素で返してしまったロディマスは、しかし腹に回されている手に力が篭もっていなかったので、その力ない様子に戸惑ってしまった。
「そ、それでね。部屋にもずっといたし、その、ね?あれよあれ、あれなの」
「き、貴様はなんだ?健忘症なのか?アレやアレなど、指示語や代名詞を多用されても分からん」
「ロディマス様もよくアレアレ言いますよね?アレ取ってこいと。当然、私は従者ですので汲み取れますが、ええ、私は、汲み取れます」
「ミーシャ!?貴様いつの間にこんなに近くに・・・。そして、どうしてそんな事を強調する?」
「気のせいです。アリシア様、大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫よ。でもミーシャ、ついでのように心配するのはやめて?」
「気のせいです」
並んで歩いている馬同士が怪訝な表情になるほど近いのに、気のせいであるはずがなかった。
そしてアリシアが過敏に空気を察してしまうほど、ミーシャの様子はおかしかった。
しかもそれらが何一つ解決しないまま、ロディマスは製粉工場についていた。
解放されたと考えるべきか、問題を先送りにしてしまったと見るべきかと悩み始めた頃、ロディマスは異変に気が付いた。
パン工房には想像をはるかに超える人だかりが出来ており、店先にまで溢れかえっていた。
そして、傭兵の一人がその辺りで右往左往していた。
危険はないようだが、どうしたものかと途方に暮れているようにも見えるその姿と、予想だにしない人数にロディマスは思わず叫んでいた。
「何だと!?」
「ロディマス様、これは予想外です。念の為に側を離れないで下さい」
「あ、ああ。頼んだぞ、サーターアンダギー」
「アンダーソンっす・・・」
キリっと決めていたのにそう言われて落ち込むアンダーソンに先導されて、一同はパン工房の反対側にある厩舎へと向かった。
「おい、アンダーソンよ、どうしたってんだ。今日は当番じゃないだろ?って、あれ?坊ちゃんも一緒か?後ろの子は誰だ?もしかして、坊ちゃんの彼女か!!」
「え?何?本当だ、かわいい子だな」
「あら、ありがとうございます」
「しかも、しっかりしてんなー。坊ちゃんもやるもんだ。おいほら、お前ら手を貸せ」
「はいよ」
ワラワラと傭兵たちが集まってきて、あれやこれやと世話を焼いてもらった為にすんなりと現地入りを果たしたロディマスは、傭兵たちのボケに突っ込むことなく急ぎミーシャと接触した。
「ミーシャ、これは異常事態だ。貴様も手伝いにいけ。今は貴様が頼りだ」
「!?はい、畏まりました!」
「あ、ああ。頼むぞ」
「お任せください!!」
ミーシャは普段の無口で大人しくて、それでいて口を開けば毒舌な様子からは想像もつかないほど張り切って、着替えるためにロディマス小屋へと向かっていった。
ロディマス小屋とは、エリスとべリスの新居用に開放した例のご休憩小屋である。父バッカスと執事ライルが暴走した結果建てられた、あの小屋である。
その一角に更衣室も設けてあるので、ミーシャはそこへと駆け込んでいた。
その様子を見送りながら、アリシアが疑問をロディマスに投げていた。
「あら?どうしたの?」
「貴様に構っている暇はなくなった。おい護衛ども。そこのお嬢さんを守ってろ。俺は仕事に行く」
「それが我らの仕事ゆえ、ご心配は無用です。ロディマス様はどうぞ、ご自身の仕事をなさってください」
「そうか、実に優秀だな。話が早い。さすがカリン様が手配しただけの事はある」
「ちょっと、忙しいのは分かるけど無視しないでよ」
「お嬢様。ロディマス様はお忙しいのです。さぁ、こちらへ」
平民であるロディマスの失礼な物言いにも一切動じず、淡々と事務的に会話をこなすアリシアの護衛たちに、ロディマスの好感度はうなぎ登りであった。しかもあのアリシアをなだめて大人しくさせている姿は、まさに出来る騎士である。
いつもこれくらいビジネスライクに事が進めばいいのにと思ってしまうほどに、年頃の少女たちに散々振り回されていたロディマスのオッサンな心は荒んでいた。
「アンダー・・・ソン?俺たちも行くぞ。エリスとべリス、そして孤児院の連中の様子を見る。しかし、誰も列整理をしていないのか?」
「えっと、それで合ってますがどうして言い淀んだんですかね。それと、列整理、ですか?」
「そうだ。おい貴様、そうだ、貴様だ。貴様は入店に制限を設け、外で2列に並ぶよう誘導しろ」
「まるで王都の門番みたいな仕事ですね。何かお考えが?」
「ある。だから向こうにいた警邏中のヤツと合流してさっさと取り掛かれ」
「了解しました」
「貴様は急ぎエゴ村へ行き、応援要請をかけろ。人手を増やすのだ。やることは難しくない、そして賃金は出すと伝えろ。緊急だ、払いは弾むとも言っておけ」
「了解です、お坊ちゃん」
「お坊ちゃんは、いや、時間が惜しい。行け!!」
「ハッ!!」
本当に普段からこうやって真面目に言うことを聞いてほしいのだが、とロディマスは呆れ、傭兵なら仕方がないのかと考えた。
堅苦しいのが好みなら、領主の許可を得て騎士を雇えばいいのであって、融通の利く彼ら傭兵を雇っている以上、そこに文句を言うのは筋違いである。
それに、鍛錬時の気のいい兄貴と言う態もそれほど嫌いではないし、なぜか敵が多い実家内での数少ない味方でもある。
だからこのモヤモヤは己の気分の問題であると心を落ち着かせ、それから打てる手を様々に考えた。
ひとまずは自分も厨房に行き、状況確認をしなければならないと、ミーシャが出た後のロディマス小屋に入り、自分も着替えた。
そして裏口から厨房に入れば、慌ただしく人員が動き回っていた。
「ミーシャ、そっちのを出しておくれ」
「はい、ここに置きます」
「ミーシャちゃん、助かるよぅ。うう、忙し忙し。あ、これ仕上がったよ。焼きに入れてー」
「はい、では入れてきます」
「タイマーは25分ねー。うう、残りまだまだあるよぅ。お客さん、減らないねぇ」
「繁盛してるのはいいこった。エリス、ハンナ、ニコラ、無理せずに頑張るんだ。倒れたら坊ちゃんが泣くからね。ミーシャも悪いけど、頼むよ」
厨房はさながら戦場のようである。
それぞれが小麦を捏ね、それを寝かせたものを管理し、焼きを行い、接客を行っている。
しかし、ほぼ一部門に一人しかいないからか時折手が足らずに互いを手伝っては、結果他の手が遅れるという有様だったようである。
あと何日かして客が落ち着き、そして彼女らも慣れてくればこの程度は捌けるだろうが、初日でここまで繁盛するとはロディマスも思っておらず、寄らない予定だったのを急遽変えて正解だったと安堵した。
「最悪の事態は回避できそうだな」




