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「調子はどうだ?アリシアよ」
「すごいわ。今までのだるさが嘘のよう。・・・ちょっと待ってて」
「窓辺になぞ向かって、何をする気だ?」
「窓を開けてっと。・・・、とうっ」
「はぁ!?飛び降りただと!?」
アリシアの魔過症を治して10分後、ロディマスはアリシアの様子を確認し無事に施術が終わったことに安堵した。
そうしたらアリシアが部屋の窓からアイキャンフライした。
訳が、分からなかった。
俺はタミ〇ルなど処方していないぞ!!と混乱しつつ、ロディマスは窓へと駆け寄った。
「何をやっているのだ、貴様は!!」
「やっほー。ねぇ、心配した?心配した?」
「き、貴様は・・・」
ロディマスが窓から下を覗き込めば、1階の窓から出ているひさしの上に屈んでいたアリシアが手を振っていた。
そして立ち上がると、ロディマスの手が届く範囲まで伸びてきた。
「ねぇ、引っ張り上げて?」
「ミーシャ・・・、やってやれ・・・・・・。はぁ、このうんこちゃんが」
「ご主人様は軟弱なので私が。アリシア様、行きます」
「何だと!?」
「ありがと、ミーシャ!!ロディマスはダメね。女の子一人持ち上げれらないなんて情けないとは思わないのかしら、ふふふ」
本当に好き勝手言うなと、もはや呆れる以外の選択肢が取れないロディマスは、彼女らの暴言についてはスルーしようと普通に思った。先ほどの言動から見てもわかる通り、構えば構うほど調子に乗るようである。奇行は無視するのが一番だと、なんだかやつれてしまった自分の頬に手を当ててため息を漏らした。
しかしロディマスは、それはそれの精神でアリシアに伝えなければならない事があると心を切り替える。
あまり良い情報ではないが、今のアリシアなら素直に聞き入れてくれそうなのでさほど緊張はしなかった。
「アリシアよ。貴様の病が完璧に治ったとは保証できん。だから、無茶をするな」
「そうなの?」
そう言って肩をグルグルと回すアリシアの姿に、また何か企んでいるのかと、このお転婆お嬢様に向かって今度は隠さず盛大にため息を吐いた。
それは一体何の準備運動だと突っ込みたかったし、もう関わりたくないと気弱な考えも過ぎっていた。
しかし折角治療したのであれば、最後まで面倒を見るべきだ。
前世の猫を拾った時の感覚でそう思い、真面目な話なのでロディマスは姿勢を正した。
「いいか、アリシアよ。よく聞け」
「はい」
「魔過症は、説明した通り魔力が過剰となって起こるもので外的な要因は少ない。つまり、貴様が無理をすると再発する危険がある」
ロディマスの言葉に、アリシアは下腹部を押さえながら渋い顔をした。
返事はなかったが、自由になった高揚感よりも病気の再発のほうが嫌らしいと分かっただけでも良しとした。
これなら少し脅せば自重してくれるだろうと、ロディマスは安心した。
「だが、これから2週間、貴様が大人しくしてれば再発はしないかもしれん」
「ほんと!?」
「あ、ああ、そうだ。アリシア、近いぞ。あと、腕を掴むな、折れる。なんてバカ力だ・・・、まったく油断も隙も無い。いいか?貴様ら剣士はただ歩くだけでも魔力を使う。そして使えば使うほど、再発しやすくなる。だが・・・」
「だ、だが?何なの?」
「だから離せ!!それ以上力を込められたらもげるわ!!・・・・・・、前例が少ないので断言は出来んが、およそ2週間経てば体内の魔力循環が正常化されて再発しなくなるようだ」
そう告げれば、アリシアは感極まった様子でロディマスに抱き着いていた。
「ほ、本当に!!やった、やったわ!!」
「ぬぉぉぉおおおお!?」
見た目だけなら可憐なアリシアであるが、腕力のほどはクマ並みである。当然のようにロディマスは今、サバ折り状態だった。
そしてそこに追い打ちをかけてくる存在もいた。
「やりましたね、アリシア様。おめでとうございます」
「ええ、ありがとう、ミーシャ!!」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
ロディマスの後ろからミーシャが抱き着いていた。
絵面的には美少女二人にサンドイッチされているロディマスだが、前はクマ、後ろは虎である。
嬉しいなどと微塵も思わない。
それどころか、この状況で命の危険を感じている。
まるでプレス機に挟まれたかのような絶望感を味わいながら、ロディマスはその圧力に屈して意識を失った。
〇〇〇
「俺は来週、ベルナント領に行く。帰るのは早くて三週間後だ。だからそれまでは大人しくしていろ。いいな!」
「分かったわよ。そんなに怒らなくてもいいじゃない。むしろ私たち二人の間にいたんだからラッキーくらいに思いなさいよ」
「殺されかけたのにそんなもの思えるか!」
「分かったわ。もう少し身体、鍛えなさいよね」
「貴様におもちゃにされる為に鍛えている訳ではないぞ」
ロディマスの胃は限界に達しようとしていた。
あの後、気絶したロディマスを無理やり起こした二人は、さすがに謝ってきた。
しかし、それだけだった。
殊勝な態度を取るでもなく、恐縮している訳でもない。
腹が立つが、この年頃の少女などこんなものだと諦めて、ロディマスは注意事項を伝えていった。
「アリシアよ。まず体を動かすのは禁止だ。歩くのも家の中だけにしろ。少しでも遠いなら馬車か乗り合いで馬を使え。それでも長時間はやめておけ、体に障る。それと、言わずとも分かるだろうが魔法は受けるのも使うのも厳禁だ。あと、ポーションの類も使うな。だからケガもするな」
「う、うん。多いけど、分かったわ。今まで窮屈だったんだもの。2週間くらいなら訳ないわ」
「どの口が言うのだ」
「アリシア様。私もロディマス様と共に行ってまいりますので、ご無理はなさらないで下さい」
「ええ、分かってるわ。あなたを悲しませたりしたくないからね」
そうやってアリシアとミーシャが話している姿は、まるで旧来の友人のようである。
ロディマスは、こいつらなんでここまで仲がいいのかと訝しみ、考えても分からないので聞いてみた。
「貴様らはずいぶん仲がいいようだが、なぜだ?」
「はぁ?ミーシャ、かわいいじゃない。仲良くなるのにこれ以上の理由がいるの?」
「ありがとうございます。でも、アリシア様のほうがお可愛いですよ」
「私はまだこれからよ。これから、そう!美を取り戻すの!!」
「頑張って下さい。今度、アボート商会で扱っている化粧品の試供品をお持ちします。あれならタダですし、公爵家ご令嬢ご用達ともなれば良い宣伝にもなります。うぃんうぃんです」
「ほんと!?あなたってかわいいだけじゃなくて商才もあるのね!!ありがとう!!正直、タダと言うのは助かるわ・・・」
本当になんでこんなにも仲がいいの?とロディマスは思ったが、彼女たちはこれ以上語るつもりはないようで、ロディマスをのけ者にしてまたも二人だけで雑談に花を咲かせ始めた。
そしてそんな最中に、先ほどのミーシャの手口は俺そっくりだったなと、意外な発見が出来た事に驚いた。
ミーシャの成長は喜ばしいが、ロディマスを真似た悪徳商人ルートはやめたほうがいいんじゃないかと、つい自分の事は棚上げして考えてしまった。
暗殺者にメイド、一流の料理人に悪徳商人。最近は秘書としての腕も上がってきている。しかも珍しい銀髪に、獣人。
ミーシャは一体どれだけ属性を盛れば気が済むのだろうか。
そんなミーシャはどこへ向かっているのだろうか。
分からない、とすっかりミーシャ関連の未来の記憶がアテにならなくなっていた事を不安に思い、悩んでいる自分をよそに二人して楽しそうな会話を繰り広げていたのを見て、ロディマスはついイラついてしまった。
「貴様らはピーチクパーチクと、小鳥ちゃんか」
思わずそうぼやいたロディマスの言葉を聞いたアリシアが機敏な反応を見せた。
何事かとロディマスは顔を上げたが、アリシアとミーシャは目を逸らしてヒソヒソと話し始めた。
「ねぇ、ロディマスが小鳥ちゃんだなんて言い出したんだけど、どうなの?」
「あの方は、時折ああ言ったかわいらしい物言いをなさるのです。少しだけかわいいです」
「かわいいと言うよりも意外だわ。あの男の口からそんな言葉が出るなんて」
「どうでしょうか。実際に可愛いものが好きなのかもしれません。エリスも可愛いし、アリシア様も可愛いですから」
「エリスって子は知らないけど、あなたは確かに可愛いわね。専属にしているだけの事はあるわ」
「いえ、私など」
「おい貴様ら。そう言うのはもっと小声でやるか、本人のいないところでやれ」
アリシアとミーシャのガールズトークは、声の調子が抑えられているだけで、音量がさほど抑えられていなかった。全然ひそひそ話ではなかった。
その為に全てロディマスに筒抜けであり、内容からしても敢えて聞かせている風だった。
最初は無視していたが、いい加減我慢の限界だったのでつい会話に割り込んでしまった。
しかしそれが失敗だったとロディマスが気づいたのは、アリシアとミーシャがニヤリと笑った直後だった。
「じゃぁご本人に直接聞くわねー。どうなの?かわいいのが好きなの?」
「かわいいアリシア様は好きなのですか?」
「貴様ら、息が合っているのかいないのか、はっきりしろ・・・」
「やだーもう、ミーシャったら。ならかわいいミーシャが好きなのか聞くのが先じゃない?」
「あ、そう言うのはいいです」
「ヲイ」
和気藹々とした雰囲気から一転して、真顔となり完全否定の構えを取ったミーシャに思わず突っ込んだロディマスだが、直後に浮かんだミーシャの笑顔を見てそれが冗談だと気付き、それ以上その話題を突かない様にした。
「まぁ、どうでもいい。とにかく俺は戻る。ミーシャも行くぞ。パン工房に顔出しに行く」
「はい、ロディマス様」
「え、もう行っちゃうの?」
まるで年頃の少女のような、名残惜しさを感じさせる声を出したアリシアを半眼で見つめつつ、どうして今まで俺をからかっていたのにそんな事が言えるのかと、ロディマスは呆れた。
「2時間近くもいたのだ。そろそろカリン様か貴様の所の従者が呼びに来るだろう」
「そんなに長い時間、いたのね」
「そうだ。だから俺は行く」
「ちょ、ちょっと待って!!ねぇ!!」
「・・・、なんだ?」
立ち上がりすでに帰る気だったロディマスを引き留めたアリシアは、真っすぐに見つめた後でこう尋ねてきた。
「そのパン工房にはどうやって行くの?移動手段、何?」
「貴様は突然何を聞いてくるのだ」
「馬です」
「ミーシャ、貴様はまた勝手に・・・まぁいい。ミーシャの言う通り、馬だ。馬で30分程度だ。馬車は使わん」
「そうなの。あなたも馬に乗るの?」
「そうだが、なんだ?言っておくが、乗れるぞ」
「ふーん。ねぇ?」
「な、なんだ?」
ニヤリと、まるでいたずらっ子のような笑顔を浮かべたアリシアが、ロディマスにしな垂れかかってきた。
何を言い出すのか戦々恐々としていた所に、クマが寄りかかってきた。
そんな得体のしれない新手の恐怖を感じながら、ロディマスはアリシアの言葉を待った。
アリシアは、ロディマスの左手を取って腕を組んでこう言い放った。
「私も連れて行きなさい!!」
「却下だ、おバカちん」
「おバカちん!?なんでよ!!」
「なんで、ではないわ!!貴様、自分がまだ病人だという自覚はあるのか!!」
「あるわよ!!歩いたり走ったりしちゃダメなんでしょ?だから、乗せてって!!」
「き、貴様は・・・」
子供か!と叫びそうになり、そう言えばまだ子供だった!!と己でまたも突っ込んだ。
そうである。
ませた言葉と理知的な会話から勘違いしていたが、彼女は見た目通り12歳の子供である。
ちょっとだけ大人な所も身体的にはあったが、それでも中身は子供である。
そんな彼女に中身がアラフォー男と混じった自分が怒鳴り散らすのも良くないと考え、かろうじて堪える事に成功した。
「・・・はぁ。貴様の治療をしたのは、ここにいる面々しか知らん話だ。だからまず、カリン様が貴様の外出を許しはしまい」
「あ、ママー!!病気、治っちゃったーー!!」
「貴様ああああああ!?」
己の腕をホールドしていたアリシアが、いつの間にかドアを開けて廊下に飛び出していた。そして階段まで出向き階下に向かって叫んでいた。
治療の件は一切秘密だと言ったはずなのに、何を考えているのかと思って廊下に様子を見に出たロディマスだが、駆け付けたカリンと抱き合うアリシアの姿を見て、野暮なことは出来ないとさすがに思い、静かに見守ることにした。
どの道、実際に魔法を行使して見せたのはアリシアだけである。
ならば言い訳も利くだろうと判断したからでもあった。
「本当に?本当に治ったの?アリスちゃん」
「うん、ママ!治ったよ!!」
そんな会話をしている親子に、アリシアの愛称がアリスだったんだなーと呑気に見守るロディマスだったが、気が付けばアリシアの周りに10人程度の人だかりが出来ていて驚いた。
まるでこの館にいる全員が集合したかのようなその光景を見て、ずいぶんと慕われているんだなと、改めてベルナント家の人徳を垣間見て、本人はともかく、この連中の為になったのだから無理して治療をした甲斐があったとロディマスは思った。




