42
「子宮?それってその・・・え?」
魔力が集まりすぎて引き起こされる魔過症の原因となる患部。その第二候補としてロディマスはそれが『子宮』だとアリシアに告げた。
その反応が、これである。
その最もな反応に、しかしロディマスは全く動揺することなく続きを述べる。
「簡単に言えば、子供を作る器官だ。そこが心臓に次いで二番目に魔力が溜まり易い場所でもある。これは『黒の英雄』が書いた本以外にも載っていた、確かな情報だ」
「ええ!?で、でもそんなの、どうするの?」
さすがに12歳で、しかも公爵家のご令嬢だけはあり、その手の教育は施されているようである。ロディマスが述べた名前も知っており、しかも位置をほぼ正確に掴んでいるようでもある。
しかしその知識により話がスムーズに進むと見るべきか、こじれそうだと見るべきか、そこまでは読めなかった。よってロディマスは、アリシアの反応を注意深く観察しながら説明を続けた。
「心臓にしても直接触る必要はなかった。だから今度も腹の上から手を当てるだけだ」
彼女が最も聞きたかった内容を、ロディマスは勿体ぶらず早々に告げた。
小心者な彼女相手であれば、先々に手を打って不安を取り除かねば、色々と面倒くさい事になると考えたからである。
ロディマスはアリシアの事をかなり面倒くさい女だと評価し、こんなやつと結婚する羽目になるヤツは不幸だなと見知らぬ誰かに同情した。
「そ、そうなの。それなら、まぁ」
「もう随分と無駄話で時間を食っている。だから早く腹を出せ」
そして、これを伝えてからある事に気付いた為、ロディマスは焦った。
とてもすごく、焦っていた。
まずアリシアが今後、様々に反発するであろう事が予想されたからである。何せ面倒くさい女なのである。面倒くさいことが、この先も目白押しであろう。
そんな面倒くさい女が、嫌いな人間に下腹部を見られ、しかも触られるのだ。自分もアリシアと同じ立場ならば、抵抗はしないまでも口による抗議は行なうだろう。同類だけに分かってしまうのが悔しいとロディマスは心の中だけでぼやいた。
そして次に、先の言葉通り思ったよりも時間がかかっている。このままではアリシアの家の従者か、あるいは母であるカリンが乱入してくる可能性がある。
その時に、アリシアをベッドに寝かせて下腹部を触っているその現場を見られたら、いくら優しいベルナント家の面々でも見逃してはもらえないだろう。そうなれば己は打ち首獄門である。
急がねばならない。
己の命が、アリシア以上に儚い事になっている。
ロディマスは焦る気持ちを抑えつつ、アリシアがベッドに寝転がりペロンと上着をめくり腹を出した所で、断りもなく即座に腹に手を当てた。
焦る心は、全く抑えきれていなかった。
「ヒッ!冷たいし!!何か言ってよ!!早い男は嫌われるわよ!!」
「意味も知らずに妙な事を口走るな、む・・・」
ロディマスは、アリシアがともすればエロワードにも聞こえる言葉を口走った事につい突っ込みを入れつつ、腹に手を当てながら、魔過症の原因となっている過剰な魔力を探っていった。
するとアリシアの体内に、先ほど胸に手を当てていた時には感じ取れなかった魔力の大きなうねりを感じた。しかし、探査に使っていたロディマスが己の魔力をその根源目指して進ませていると、何かに阻まれて掻き消えるような感覚に襲われた。
「俺の魔力が消されているな。これは一体・・・」
「何?分からなかったの?あとやっぱりムズムズするわ・・・」
「不快感は、我慢しろ。しかし、おおよその位置は掴んだが、今の位置からでは遠い。もう少し下を見せろ。これも、治療だ」
「え?下を見せろって・・・あなた、私の事何だと思ってるのよ。う、うう・・・分かったわよ!!」
ロディマスが何やら色気づいた事を言い出したアリシアに冷たい目線を注げば、アリシアは観念したのかうなだれた。
そしてスカートに手をかけて、限界ギリギリまでスカートを下ろした。チラリと見えたおパンツを、賢明なロディマスは己で触れずに、ミーシャにずらしてもらう事にした。
「ミーシャ、この邪魔な布をもっと下げろ。全部を見る必要はないが、このままでは邪魔だ」
「え!?ちょっと待ってよ!!」
「承りました。アリシア様、お覚悟を」
「ひぇーー、やめてミーシャ、やめてぇええ」
か弱い悲鳴を上げるその姿は確かに令嬢っぽいが、アリシアが暴れた拍子に手が当たったと思った瞬間には吹き飛んでいた己を考えると、まるでライオンかクマの類に近いとあきれた。ロディマスは、見た目に惑わされるなと己を叱咤して、アリシアの下腹部を観察した。
ロディマスは、そこで気が付いた。
「俺の魔力が散った正体は、これか」
「な、なに?早くして!恥ずかしいし、ちょっと寒いわ!!」
恥ずかしさのあまり枕で顔を隠したアリシアは、くぐもった声を出していた。顔を隠して見ないようにしていた為に今、自分の下腹部の何それをロディマスが視界に入れている事に気が付かなかった。
そしてロディマスもロディマスで、12歳だからと完全に子ども扱いしていた為に、その辺りの配慮が全くなされていなかった。
「確かにこの年齢ならありえるが、しかしこれは・・・」
「剃りますか?」
「ぬ?あ、ああ・・・、少し待て」
的確にいい所でミーシャがロディマスの望む回答を持ち出してきたが、それをいきなりやるのも憚られる状況だった。
その為にロディマスは、順序を守り、まずはそのまま、ありのままのアリシアの腹に手を当てて、魔法を発動させた。
そしてやはり、予想通りに魔力が散っていくのを感じた。
その様子を腕を掻きながら見ていたミーシャが、いつの間に用意したのかよく切れそうなナイフと洗面器らしき受け皿を用意していた。
こちらはいつでも準備おーけーです、と言わんばかりのドヤ顔で待機していた。
ミーシャも何が原因でロディマスの闇の魔力が阻害されているのか分かっているのだろう。
スタンバイ、レディ?と聞いてきそうなミーシャをロディマスは視界から外して考える。
12歳の女子であればそう、早い子ならあるもの。
下腹部のソレは、髪の毛と同じで本人の魔力をわずかに溜め、他者の魔力を弾くもの。
口に出す事は憚られるが、それでも対処しなければ治療が出来ない。
ロディマスは、意を決してアリシアの耳元で告げた。
「アリシアよ。よく、よく、冷静に聞いて欲しい」
「え?なに?」
「場所は判明した。直ぐにでも治療に取り掛かりたい。しかし、それには後もう一手、貴様の協力が必要だ」
神妙に、それでいて優しい声色、と本人がそう思っているだけでいつも以上に硬くて震えたロディマスのその声を聞いて、アリシアは、しかし、何の事かは分かっていなかったのか首を傾げただけだった。
その現場を見ないように枕で顔を覆っていたが故ではあるが、しかしわずかに見えたミーシャの手にあるナイフから、アリシアは悪い予想をしたのか、顔が引きつっていた。
「え?まさかお腹を切るの・・・?」
「違う、それは違う。傷つけはしない。身体は、傷つかない」
「そうなのね。え?身体は!?」
「ぬぅ」
思ったよりも鋭いアリシアに、顔を引きつらせながらもロディマスは必死に考えた。
どう言おう、どう言おうとロディマスは悩み、徐々に近寄ってくるミーシャが暴走する前に、アリシアに素直に教えればいいんだ、もう後はどうにでもなれと決心した。
「貴様の下腹部に生えているソレにより、魔力が散っている。治療をするにはその、剃らねばならん」
「は?」
アリシアは、先ほどまでの不安げなしおらしい姿が吹き飛んだ、真顔である。
そして徐々に羞恥の色に、ではなく憤怒の表情になっていく。
「つまりあなた、それは、つまり。私の大人の証を剃れと?」
「あ、ああ。そう言う言い方もあるが、そうだな。協力してもらわねばならん」
予想通りの怒りと、予想外の静かな言動に、ロディマスの精神はいっぱいいっぱいだった。
それはもう、いっぱいいっぱいだった。
そんな様子のロディマスに、アリシアはロディマスの想定外の事を聞いてきた。
「以前の子は?」
てっきり、見たことを責められると思っていた。
剃ることも詰られると思っていた。
しかしそんなネガティブな想像を一蹴するかのような至極真面目な質問に、ロディマスも真面目な調子で答えた。
「あれは心臓だったからそのような真似は、していない」
「ふーん。そうなの」
「ああ。それに、実際のそのアレコレする作業はミーシャにやらせるから大丈夫だ俺はみない最中もないそこで丸まっている終わったら呼べ」
「ふーーーーーん」
そしてそのアリシアの態度を了解と判断したのか、ロディマスと入れ替わるようにミーシャが動き出した。
まるで盲腸の手術のように、必要な部位のソレをゾリゾリと遠慮なく剃っていくミーシャに、お前がいてよかった、心底良かったとロディマスは何度も心の中で感謝し、目も耳も塞いで殺気が溢れるアリシアから逃れた。
〇〇〇
「これで治らなかったら、あなた・・・」
「言うな、皆まで言うな。これはお互い、不幸な事故だ」
「お互いって、あ・な・た・ねぇ~」
「貴様は早くその殺気を引っ込めろ。治療に集中できなくなる」
「ふーん。まぁ、いいわ」
何度も険悪な視線をぶつけてくるアリシアに、もはや泣きそうなロディマスは家に帰りたくてたまらなかった。
しかしここまで来た以上、後には引けないと、ロディマスは静かに準備に取り掛かることにした。
前回のエリスの治療の反省点から、まず杖を用意した。
ただし普通の杖ではなく、バイバラ作のトンファーである。使い慣れたものを用意しただけだが、アリシアはその形状が不思議だったのか殺気を引っ込めて眺めていた。
そのトンファーを1本使い、今回は魔力を制御する。
アリシアから抜き出した魔力を放出する所までは以前と同様だが、トンファーで増幅した自分の魔力で放出した過剰魔力を相殺、あるいは足りなければアリシアの魔力を吸い出してぶつけ相殺するのが新しい試みである。
念の為に試運転は行なったが、人体実験は行なっていない。
だから結果的に部屋が滅茶苦茶になる危険性もあるが、その時は諦めようとロディマスは開き直った。
最初は実家に招いての治療を考えていたが、この後に冷静になったアリシアと向き合った上で治療を施すだけの勇気がもてなかったのである。
仕方がない、仕方がないんだと何度も己に言い訳しつつ、ロディマスは治療を開始する。
「行くぞアリシア。貴様は、元気になったら何がしたい?」
「え?いきなり、何なの?」
「そう言うイメージが大切なのだ。この魔法を受け入れ、そして未来を望む。そのような意思が」
これは実際に治療を受けたエリスも言っていたが、そう思い魔法を受け入れると途端に体が軽くなったらしい。
実際の効果はどうか分からないが、プラセボ効果でも構わないのでやれるだけのことはやろうと思ったから伝えてみたのである。
「・・・、そう、そうね」
「ああ、なんだ。もし俺が手伝える範疇であれば、手伝わんでもない」
前向きになればなるほど、ロディマスを受け入れれば受け入れるほど治療の成功率は上がる。
そのためにロディマスは迂闊なことを言ってしまった。
「信じていいの?」
「俺に二言はない」
「そ、そうなの」
そう言って沈黙したアリシアを見て、ロディマスは本格的に治療を行うために【ドレイン】の魔法を使った。
初級の魔法であれば、適正のあるものは無詠唱で発動できる。
よってロディマスは、アリシアがこれ以上警戒心を募らせないように、そっと静かに魔法を使った。
じんわりとアリシアから魔力が吸い出される中、アリシアは呟いた。
「お嫁さん」
「ぬ?もう一度頼む。聞こえなかった」
「え!?いえ、なんでもないわ!!」
「そうか」
「え、ええ。そそそうね、夢ね。・・・、領地が豊かになるのが、いいわね」
何故か焦った調子のアリシアに、あまり動揺してくれるなと魔法の失敗を懸念したロディマスだが、想定よりも順調な魔法の発動に、己の考えすぎだったと安堵した。
そしてアリシアの呟きに適した回答を持っていたことに思わず心の中でガッツポーズを取った。
「なんとも貴族的な模範回答だ。だが、それは心配無用だ」
「そうなの?」
「俺が近々貴様の領へと出向き、特産品とやらを作る。それをウチへと卸させるつもりだ。貴様のところの領民共に、今よりはマシな生活を提供してやる」
かなり前から計画していたベルナント領の商業開拓について、やっと財務卿から許可が下りたのである。
そのためにロディマスも本格的に自分の商会を立ち上げた。名前もすでに父バッカスに伝えてあり、あとは商業権の認可証をもらうばかりである。
最も、その商会の名前を聞いたバッカスは目を見開いていたので、あのバッカスでも素で驚くのかと思ったものである。
「そんな事が、出来るの?言っちゃなんだけど、貧乏よ?何もないのよ?」
「あ、ああ。出来る。目処も立っている」
隣領再生の第一弾と第二弾の手筈はすでに整っている。
第一弾である酪農についてはすでに話がついていて、これは視察を行うだけで済む。来月からは質の良いバターが少量だが手に入る。それ以降はバターの量産と、チーズ生産の予定もすでに組んである。
それが本格的に稼働すれば、今までの比ではない量の売買が約束されている。それによりまず領外との交流で金をベルナント領に呼び込む事になっている。
だがもう一つの林業を利用する話については、ロディマスの人手不足も相まって、これからの話となっている。
そちらについても根回し自体はすでに終わっているので概ね問題はないが、そこの男爵家とは少々因縁があるのがどう転ぶか分からない為、ロディマス自ら赴いて交渉する予定となっている。
「あなたって、意外とすごい人なのね」
「意外、は!余計だ。俺、はアボートだ、ぞ・・・」
「・・?ねえちょっとあなた?具合でも悪いの?」
「問題、なぃ。ぬうううぅ」
問題ないと言いながら呻いているので全く説得力のないロディマスに、さすがに慌てたアリシアが声をかけ続ける。
「ちょっと!?どういうことなの!!なんでそんな、あなた苦しんでいるの!!」
「今は、黙って、いろ。治療の邪魔だ」
そう言ってロディマスは、限界に達しつつあった左手の手首の上に右手で持っていたトンファーを当てた。
トンファーと接触した部位に、しびれるような痛みが断続的に発生し、ロディマスはたまらず声を漏らした。
「ぐぬぅ!!ぅぅぅ」
「ちょっと!!あなた腕から煙が出てるわよ!!!」
「だ、まれ、こ、れが、治療、だ!!」
エリスの時よりもはるかに楽になっているとはいえ、相変わらず内と外の両方からロディマスを襲ってくる魔力の流れにたまらず膝をついた。
「アリシア様。今ロディマス様はアリシア様の中に溜まっている悪い魔力を吸い取っているのです」
「そう言えば、そんな説明を聞いたわね」
「その吸い出した魔力は、その、ロディマス様では制御できないのです」
「なんですって!!それじゃあどうなるの!!危ないんじゃないの!?」
「見てのとおり、その身を犠牲にして打ち消します」
「そんな、犠牲だなんて・・・」
「惜しい方を亡くしました」
苦しんでいるロディマスをよそに、好き勝手に言い合う二人の、そんな漫才のような様子に呆れながらも、ロディマスは己が成すべきことをやりきっていた。
そして、さすがに言った。
「かって、に・・・ころす・・・な」
「ロディマス様、大丈夫ですか?」
どの口が言うのかと、先ほどまで亡き者にしようとしていたミーシャがしれっと答えていた。
しかしその言葉とは裏腹に、ミーシャの潤んで揺れていた青い瞳と目が合い、思わずロディマスは文句を飲み込んだ。
もしかして、ミーシャは口で言うほど俺を毛嫌いしていないのか?という疑問へと変わったからである。
だが、今気にすべきはアリシアなのでその思いを振り払い、痛みにこらえ絞り出すようにポーションを要求した。
「ぬうぅぅ、ミーシャ、ポーションだ」
「はい。前回よりは被害が少ないですね」
「ああ。ドミンゴが魔法にも詳しくて助かった。あいつが相殺の話をしてくれなければ今頃は、大惨事だった」
「え?ええ?これで被害が少ないの!?あなた、腕から煙が出ていたのに・・・」
初めてこの光景を目の当たりにしたアリシアはさすがに驚いていたが、ロディマスはそれよりも自分自身の心配をして欲しかった。
「ミーシャ、アリシアの服を整えてやれ。アリシアはアリシアで、自分の身を案じていろ。病人のくせに余計な気を回すな。もう治っているだろうが、それでも油断だけはするな。俺は少し休憩する」
「もう終わったの?って、何よこの恰好!?あなたこんなので治療って、治療って・・・もうお嫁にいけない・・・」
「無事に終わると信じていましたが、それでもお疲れ様でした、ご主人様。アリシア様はお任せください」
「・・・!?あ、ああ」
いつもないがしろにされているからか、そんなほんの些細な一言で救われた気分となったロディマスは、実は自分は不憫なのではないかと思わず疑ってしまった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




