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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
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「ねぇ、あなた?」


「む?」


 盛り上がっていたアリシアとミーシャを無視して考え事に耽っていたロディマスは、唐突にアリシアに呼ばれて振り向いた。


 ロディマスは窓辺で黄昏れ気が緩んでいたからか、今の呼びかけはなんだか新婚夫婦っぽかったなと、少し甘酸っぱいことを連想してしまった。


 見た目だけならばアリシアは金髪紅眼の美少女である。そして彼女の母親であるカリンが実に己好みの美女なので、アリシアもこのまま病気が治れば将来はそうなるだろう。

 そんな事を考えていたので、つい不埒な事を考えてしまったのである。

 ただし、ロディマスはさすがに12歳は圏外だと言う認識はあるので、冗談の類ではあった。


 しかし、目を細めたミーシャと目が合い、頭を振ってその意識を吹き飛ばした。

 知られたら何をされるか分からないという悪寒が走ったからである。



「あなたは何故、身体を鍛えているの?」


 そして振り向いたロディマスに向けたアリシアの言葉が、これであった。

 唐突な質問のようだが、良く見れば彼女も窓の外、正確にはアボート家の庭がある所を見ているようだった。

 ならば答えは簡単だと、ロディマスはアリシアに言った。


「死なぬ為だ」


「そ、そうなの?」


「ああ、必要だ。必要不可欠だ。そのために、俺は」


 努力する、と言う最後の言葉を、ロディマスは飲み込んだ。

 その言葉は、不敵なロディマスらしくないと思ったからである。


 未来の自分を卑下しなくなった今、あれもあれで味があったとロディマスが考えているからでもある。

 格好を付けるのも悪くない。

 だから、努力などと言う言葉を使う必要はない。男が示すべきは結果だろう、と。

 前世のうだつが上がらなかったダメリーマン的には耳が痛い話であったが、ロディマスは、これはこれ、の精神で乗り切った。


 しかしそんな思いも、アリシアの前では形無しであった。



「ああ、そうね。あなた、すぐポックリいっちゃいそうだし、当然よね」


「なんだと?」


 確かにその通りではあるが、だからと言って言われて愉快にはならない台詞である。

 当然のようにロディマスは目じりが上がっていき、つい強い口調へと戻っていく。

 ロディマスが溜め込んでいたフラストレーションを爆発させてやろうかと、今後の事も考えずに暴走しかけたその時、ミーシャが割って入った。

 絶妙なタイミングで、ロディマスを貶めた。


「その通りです。放っておくとすぐポックリいきそうになります。しかし、私やライル様がいる限り、そう簡単にポックリとはいかせません」


「さすがミーシャ!!従者の(かがみ)ね!!」


「それほどでもありません」


「ヲイ・・・・・・。まぁ、いい」


 お陰でロディマスは気が抜けてしまった。


 そうやって自分を出汁にアリシアとミーシャが仲良く話している姿に、年頃の娘らしくていいのかと、ロディマスはアリシアとミーシャの暴言を、見守る父のような気持ちで軽く流す事にした。



 そろそろ緊張もほぐれて人の話も聞くようになったと判断して、改めてアリシアに向き直った。

 そしてその雰囲気を察したのか、先ほどまでとは違う緊張感を纏ったアリシアが、ミーシャを後ろに従わせてロディマスに向いた。

 アリシアのその小さな赤い唇が言葉を放った。


「ロディマス。私は、治るの?」


「当然だ」


「そう、そうなんだ・・・」


 やはり不安だったのだろう。

 そう呟いて両手を胸の前で抱きしめる姿は、やはり12歳の少女のソレであり、貴族的な傲慢さも生来の意地悪さも生意気さもなく、ただただ純粋であった。

 ロディマスはそう感じ取り、当然のように即答したが、それで彼女の不安を拭えたかは分からなかった。


 そこで、エリスの一件と言う前例を引き合いに出してみようと考えた。

 元々作業手順を伝える際に言う予定ではあったが、思ったよりも堪えていたアリシアに気を使って言わなかったのである。


 しかしようやく己の言葉を受け入れる気になったと判断したロディマスは、以前の治療について教えた。


「俺は、貴様よりも以前に、同じ魔過症の患者を治療している」


「え!?ほんと!!」


「だから、『黒の英雄』の理論はすでに実証済みだ。患者も完治していて・・・、元気だ」


 患者を不安にさせないように、出来る限り私情を挟まず淡々と申し述べていたロディマスが、最後で失敗した。


「何なの、そこで言い澱むなんて。何を隠しているの?」


「ああ、いや、そうだな」


 『小心者』のアリシアが当然のように喰い付いたが、確かにこれは俺が言われてもそう返すと、同類のその反応に困ってしまった。

 しかし、時は戻らない。

 ここからどうにか挽回して不安を取り除かねばならないと、ロディマスは頭を悩ませた。


 だが、それはミーシャによりあっさりと解決した。


「エリスは元気すぎていつもロディマス様を困らせていますから」


 会話に割り込んできたミーシャの放った「エリス」と言う単語を聞き、アリシアは首を傾げていた。


「エリス?どなたかしら?」


「ロディマス様が治療した少女です。現在はアボート商会の従業員です」


「へー、そうなんだ。・・・・・・、少女?」


 アリシアは少女と言う部分に今度は疑問を持ったようだが、エリスと言う名前の男など早々いないだろう。

 そこに疑問を持つ理由が分からないと、ロディマスはそんなどうでもいい事を考え始めていたが、すぐに頭を振って本題に戻る事にした。


「その子も奴隷なの?まさかあなた、治療の対価として女の子を奴隷にする趣味でもあるの!?その子は可愛いの!?」


「そんな訳がなかろう。それにヤツは従業員であって、従者ではない。かわいいかどうかは知らん。元気すぎるだけだ」


 そう言って本題の治療とは全く関係のない質問が飛び交う中、アリシアのした奇妙な質問にロディマスは少しばかり考える事になった。


「従業員と従者って。それ、何の違いがあるの?」


「ふむ。アボート商会にとって従業員とは商会所属で、主に販売や流通に携わるだけだ。従者は個人付きで、販売以外にも秘書や執事なども兼ねる場合が多い。ミーシャが最も分かりやすい例だ」


「へー、そうなのね」


「優秀でなければ勤まらん。それゆえに、多少強引な手で抱き込んだ者も少なくはない」


「強引にって。その一人が、ミーシャなの?」


 エリスの話題からミーシャの話題へと移ったが、本当に必要なのはお前の話題だとアリシアに言って聞かせたいロディマスは、またもイラつき始めていた。

 外面は幾分かマシになったとはいえ、こらえ性がなく短気なのはあまり改善されていなかった。

 ロディマスもその点は自覚しているので、出来る限り淡々と話す様心がけている。


「こいつは違う。こいつは、そうだな。俺も良く分からんが、優秀なのは間違いない」


「ええ、そうね。ミーシャは優秀ね」


「だから、やらんぞ」


「グッ!!こっちが先に言いたかったのに!!」


「全く。これで実績がある事も分かっただろう?バカな事を言っていないで、治療を始めるぞ。ベッドに座れ」


「分かったわ。でも痛いのはイヤよ」


「実証済みだ。痛くはない」


 この期に及んでまだそんな事を聞くのかと、アリシアは本当に小心者だなと呆れつつ、ロディマスは治療の為にポーションをミーシャに用意させた。

 ポーションを不思議そうに見ているアリシアだが、さすがに今までの説明で自分の病気用のポーションではないと察して、その上で首を傾げていた。


「ポーションは何に使うの?」


「む?治療用だ」


「ポーションにその、闇魔法が掛かっているの?」


「闇属性の混ぜ物がしてあるのは確かだが、違う」


 そう言ってミーシャが準備を終えたかと見てみれば、何故かポーションの入った瓶を、なんだか汚いものを触るかのように摘んでいた。


「おい、それは貴重なものだ。丁重に扱え」


「分かっております。しかし、以前も感じましたが、このポーションは不快な感じがします」


「何?」


 ミーシャが眉を寄せて本気で困った様子だったので、ロディマスも気になりポーションを受け取った。

 しかしロディマスは持った段階では何も感じず、フタを空けて手で仰ぎ臭いも嗅いだが、至って普通だった。


「ふむ、良く分からんが痛んではいない」


「え、どれどれ?・・・うぇ!?何これぇ」


「貴様は本当に公爵家の令嬢なのか?礼節と言うものが全く見当たらんな。人の肩越しに覗き込むばかりか、耳元で嘔吐(えず)くとはな」


 そう言うかどうかのタイミングでアリシアはロディマスの背中から退いたが、振り向いたロディマスは本気で困った様子のアリシアに、なんでそこまで嫌がっているのか不思議に思った。

 そして何故か引っかかりを覚えた。


 これは放置していい問題ではない。

 頭を巡らせろ。ヒントは既に、得ているのだから。


 そんな内なる声に導かれるかのようにロディマスは思考し、二人の共通点を洗い出していた。

 女、人族、子供、そして、光属性。


「そうか」


 『黒の英雄』の本の一つにあった、闇属性に関する情報。

 その中に、何故か強調されていた光属性についての項目を思い出す。


「光属性は、闇属性を嫌う性質があるのか」


 そうなると、エリスは光属性を有していなかった事になる。

 この件が治療に影響しなければいいがとロディマスは懸念し、それでも受け入れてもらう他ないとアリシアに向き直った。


「よく聞け、アリシア」


「何?」


「闇魔法、いや闇魔法と貴様は、相性が悪い」


「そうな、の?」


 切り出し方を完全に間違えた、とロディマスは不安そうに揺れるアリシアの瞳を見て後悔した。

 このうんこちゃんめと己を叱咤したくなった。

 しかし言ってしまったものは撤回しようもないので、ロディマスは腹を括って話す事にした。


「だが、貴様が、そうだな。俺を受け入れてくれるのであれば、必ず成功させる」


「・・・、え?」


「え!?」


 静かに反応したアリシアと、何故か強く反応したミーシャの二人を見て、再度伝えた。


「必ず、治してみせる」


 そして沈黙が舞い降り、顔を真っ赤にしたアリシアとミーシャの二人が落ち着くまでロディマスは待つ羽目になったのであった。



□□□



「それで、私の患部はどこなの?」


「以前の患者、エリスは心臓だった」


 あの後、結局納得したアリシアが素直に応じるまでに10分少々の時間を有した。

 しかし以前よりも引き締まった表情をしていたので、なんとか受け入れる覚悟は出来たのかとロディマスは安堵した。

 そして、何故か背後から鋭い視線を投げて寄越すミーシャを見ないフリをした。


「そう、それで?」


「だから、今から貴様の胸元に触る。そして患部を探ると同時に適正を見る。魔法を受け入れられないようであれば、そもそも治療できないからな」


「そう。分かったわ」


 そう言って素直に服の胸元を開く。

 ロディマスの背後に移動したミーシャが視界内に収まっているからか、アリシアは素直にボタンを外していた。

 その姿に、最初からこうだったらよかったのにと思ったが、口に出す愚は冒さなかった。


 しかし、戻ったら書類仕事を片付ける予定だったが、パン工房にエリスとベリスの様子を見に行く気にはなっていた。

 エリスは素直だった。あれほど優しい患者もないだろうと、アリシアとは大違いだった友人を心の中で褒めた。


 そんな事を余計な事を考えながら、ロディマスは左手に力をこめた。

 そしていざ接触しようとアリシアの身体を見れば、今回も出てきたのはアバラの浮いた身体であった。


 同じ12歳でもエリスと比べて背が高く、ロディマスと同じ身長のアリシアのお胸が、ペッタンコであった。

 それに対してわずかに気落ちしながら、それでもロディマスは規定路線であったかのように振舞った。


 己の趣味趣向で変に事を荒立てたくないというのもあるが、それ以上に不安げなアリシアの顔を見て、ロディマスは無理やり余計な言葉を飲み込んだ。


「では、触るぞ」


「え、ええ。でもなんだか、落ち込んでない?」


「大丈夫だ。全ては順調で想定どおりだ」


 そう嘘八百を並べ立ててからアリシアの胸部に手を触れたが、予想通りその場所に魔力の塊はなかった。


 しかし闇属性を受け入れられるかどうかの適正も同時に見るので、胸に手を当てたまま闇の魔法を発動させる。

 骨と皮しか感じてくれない左手が少しだけ暗く光り、それがアリシアの身体に吸い込まれて消える。


 警戒していたような拒否反応は出なかった。


「ふう。問題は、ないな。アリシアよ、よくぞ受け入れた」


「え?ええ。なんだかすごくムズムズするわ、あなたの手」


「そうなのか?」


「はい。ロディマス様は存在自体がムズムズします」


「存在自体が!?」


 いきなり割り込んできた暴言に、思わずロディマスは叫んでしまった。

 しかしそれを二人はスルーして、身体を擦っていた。


「この辺りに、鳥肌が。見てミーシャ、鳥肌」


「私もここに、よく鳥肌が出来ます」


「き、貴様ら」


 絶対に許さんぞ、と叫びかけて、その台詞はないと我に返った。

 ジワジワと治療してやる気ではあるが、なぶり殺しにするつもりはないのである。

 むしろこのままだとなぶり殺しにされるのは自分なので、さっさと治療を終えてパン工房で働く友人、素直なエリスとベリスのポートマン姉妹に癒されたい気分である。


 ロディマスは精神的に、かなり疲れていた。


「次は患部の特定だが、これには一つ心当たりがある」


「そうなの。それで、どこなの?」


 そこで一度溜めて、アリシアが受け入れられるように時間を作る。

 その気遣いに気付いたのかどうなのか、アリシアは深呼吸をし始めた。

 終わるのを見計らい、ロディマスは告げた。


「腹。それも下腹部が最も可能性が高い」


「その根拠は、何ですの?」


 その質問が来ると分かっていたロディマスは、苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

 絶対に、反発に合うと分かっていても、答えざるを得なかった。


「心臓の次に魔力が溜まりやすいのが、子宮だからだ」



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