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「『黒の英雄』ね。そんな人が私の病気の研究を・・・」
その後、ロディマスの予想通りに説明を求めたアリシアに、エリスの時と同じく『黒の英雄』の話を持ち出して説明を行なった。
その結果、以前のエリスたちと同様にすんなりと納得してもらえたので、ロディマスは心の中で『黒の英雄』に感謝した。
「そうだ。そしてこれはある適性を持つ者のみが行なえる治療法でしか、現状では治せない」
「そう、そうなの。それで、治療はいつ、どこで、誰がやるの?」
しかし例えそうだとしても、あまりに順調に行き過ぎているとロディマスは警戒していた。
未来の記憶にあるような狂戦士じみたアリシアとは違うのだろうが、それでもこの素直さが不気味だった。
そして、若干焦っているように見えるのは、己の気のせいではないだろう。
ロディマスは、難しいことは考えず先の通りに畳み掛ける戦略で突き進むことにした。
軌道修正は、逐次その都度行なえばいいだろうとの判断である。
「今、ここで、俺が執り行う」
「嘘でしょ!?」
そう言ってまたも立ち上がったアリシアは、少しの間を置いてから、そのまま座った。
「・・・それで、どうするの?」
「なんなのだ、貴様は」
「なんでもいいじゃない。それと、もうあなたの主人には乱暴しないってば」
「はい」
先ほどから落ち着きが全く無いアリシアに呆れた調子のロディマスは、アリシアの視線の先に気が付いて呻いた。
「ミーシャか。良くやったと言うべきか、何と言うべきか」
どうにもアリシアの挙動不審ぶりは、ミーシャのけん制によるものだったと理解できたロディマスだが、この二人、実は仲が良いんじゃないかとも思い始めていた。
先ほどアリシアの言う事を聞いたミーシャもそうだが、ミーシャに対して気さくに接しているアリシアが奇妙に思える。
ロディマスは、このアリシアの反応から察するに、普段から獣人に対して普通に接していなければこうは出来ないと推測した。獣人を毛嫌いしているのであれば、まず間違いなく触れられた時点で発狂寸前となり、このようにまともな対応など期待できないからである。
それこそがロディマスがミーシャを奴隷から解放できない理由でもあるが、今はどうでもいいと己の感情にフタをした。
アリシアは、見てのとおり直情型で、とてもではないが腹に何かを抱えて平然と出来るようなタイプではない。
それはつまり、彼女には獣人に対する忌諱感がないと言う事だった。
そこで思い切って、聞いてみた。
「アリシアよ。治療にはさほど関係はないが質問だ。貴様には獣人についての偏見は、ないのか?」
「・・・。うちの領地では獣人も人間も一緒に暮らしているわ。その、貧しいから協力し合わないと、その、暮らしていけないのよ!!悪い!!」
そう言って真っ赤な顔でがなり立てるアリシアに対して、それは意外だったと思い、ロディマスは素直な感想を述べた。
「そうか、それは悪くないな。獣人は力もある。それに、奴隷と言う点を差し引いても真面目な者が多いように見える。労働力と言う意味では破格だ。実に、理に適っている」
「でしょ!!それなのに他の領地なんて、奴隷じゃない奴隷!!しかも碌な仕事も与えないで!!本当に・・・、って、そう言えばその子も、奴隷よね?随分とお洒落な格好をしていてステキだけど」
そう言ってアリシアがその事実に気付いてロディマスを睨むが、その後にミーシャに視線を向けてメイド服を褒めつつも、首を捻っていた。
それに対して、やましいことなどそれほどないロディマスは平然と答えた。
少し程度のやましさなら既に腹の内に収められる程度の胆力は得ているが、今回ばかりは誰憚ることもなかった。
「俺専属であり、同時にアボート商会の従者でもある。制服はその証拠だ。身分は奴隷だが、扱いは平民のそれとなんら代わらん」
「むしろ優遇されていますね」
「うそ!?この男が優遇を!?」
「何!?ミーシャ、貴様・・・」
「何か?」
まさかミーシャがそんな認識をしていたとは全く思っていなかったロディマスの方が驚き、それを言ったミーシャの方は平然としていた。
この男呼ばわりしたアリシアの言葉など吹き飛ぶほどの衝撃に、ロディマスは目を見開いて固まってしまった。
そしてその様子に真実を垣間見たのか、アリシアが笑っていた。
「あ、あはは!!何よあなた。見た目よりは良いヤツそうじゃない!!」
そう言ってアリシアは右手でロディマスの肩を叩いた。
先ほど外れて筋を痛めたほうの、肩を。
「ぬぅぅぅぅぅぅl!?」
「あ、あら?ご、ごめんあそばせぇ。でも弱いあなたが悪いのよー?」
何なのだこの女は!!!
心の中でロディマスがそう叫んだのは、致し方のない事である。
そしてアリシアがほんのわずかに、気まずげな表情をしたのを読み取ってしまい、本当に偶然だったのかとロディマスは許すしかなかったのであった。
そしてロディマスは続く説明を行ない、アリシアが思っていた以上に知識があった為、すんなりと話は進んだ。
「闇属性、ね」
「そうだ。それ故に、内密にせねばならん。絶対にだ」
「なら、私がそれをお父様に言えばいいのね?」
しかし、これから治療をすると言うのに、いざ詳細を説明した途端にこの有様である。
ロディマスが最初に警戒していた通り、一筋縄ではいかなかった。
だが、それも予想していたからと大人の対応を取っていたが、こう何度も繰り返されては短気なロディマスの精神には、この無駄なやり取りが非常に堪えた。
いい加減、この性悪に付き合う気もなくなり、淡々と事務的に話を進めたいと思っていた。だが、なまじっか知識と理解がある為か、このようにチョイチョイとこちらが触れて欲しくないキーワードに触れてくる。
だから無視出来なくて性質が悪いと、ロディマスは頭の片隅で地団太を踏んでいた。
「貴様にとって、契約と言う言葉がそれほど安い言葉だったとはな。話はこれまでだ」
「あら?本当に、お父様に、言っても、いいの、ね?」
「勝手にしろ。どの道今はまだ、口でそう言っているだけに過ぎん。証拠も何もない」
アリシアを警戒して、痛む肩に【ヒール】を使っていないロディマスは、正直、かなりイライラしていた。痛いし、話は進んだようで後退して時間を大幅にロスしているし、ロディマスにとってはまさに踏んだり蹴ったりである。
そしてもう限界だと、そう思い席を立とうとすると、アリシアが服を掴んで引きとめる。先ほどから、これの繰り返しである。
あれからもう30分ほど経過しているが、ロディマスは根気良く彼女に付き合っている。
だが、治療をしようかと声をかける直前になると、このように邪魔をしてくる。
その真意が分からないと、ロディマスは頭を悩ませていた。
「そうね、契約したわね。失礼したわ」
一体何がしたいのだ、この女は。
訳が分からないアリシアの行動に、ロディマスは振り回されている自覚はあるものの、それはまるで見えない迷路のようで出口が見えず困惑していた。
どうすればこの迷路を脱出できるのかも分からぬまま、力では全く敵わないアリシアに成すがままにされているので、ロディマスは苛立たしげに鼻を鳴らした。
「ふん」
「あら、続きは?」
そして人に嫌がらせをしておいて、先を促してくる。言わなければ言わないで、催促してくる。
まるで子供だなと考え、そしてまだ12歳で子供だったと気が付いて冷静になった。
12歳、エリスと同い年である。
しかしエリスは見た目が年下みたいで、性格も純粋だった。最初こそ警戒していたが、話が通った途端にある意味で12歳らしくないとも言えるほど素直になった。
そんな彼女と比べても意味はなかったし、エリスと言う前例があったからこそ、ロディマスは何かを見落としたのかと考えた。
そして、よくよく考えてみれば小学5年か6年くらいの少女は、このくらいナマイキなのではないだろうか。
つまり、アリシアの方こそ歳相応の態度では、ないのだろうか。
そう考えれば腹も立たないかとロディマスは思い至り、冷静になったので改めてアリシアを眺めてみた。
するとわずかに不安げな表情を覗かせていた事に気が付いた。
少しだけ眉を寄せ、顔色も部屋に入った当初よりも悪いかもしれない。
あの時ロディマスは顔面ドアップでアリシアを見ているので、気のせいではないだろう。
まさか。
しかし、そう思ったロディマスだが、そう考えれば納得がいくと改めてアリシアを見つめた。
最初は気が強いアリシアらしく、目に力を入れて見つめ返していた。
ロディマスがそれをそのまま真正面から受け、さらに見つめれば、アリシアは耐え切れずに視線を逸らした。
少しだけ震える唇から、見つめられて照れているのではなく、そうではない別の感情によるものだと分かった。
そのアリシアの一連の行動を見て、確信に至った。
アリシアの情報に、『強気』の他に、『見栄っ張り』、『小心者』と付け加えた。
『強気』なクセに『見栄っ張り』で『小心者』は、完全にロディマスと被っていた。
こいつもかー、と頭の中でだけ頭を抱えたロディマスは、そのご同類への対応を変える事にした。
「ミーシャよ」
「はい」
「アリシアを、抱きしめておけ」
「はい」
ロディマスは、こちらの意を汲んでくれるようになったミーシャの態度に喜びつつ、アリシアの反応を見た。
先ほど護衛してくれなかった件は、忘れた。
「え?ちょっと、何なんなの!!大事なお話じゃなかったのですわねぇの!?」
「言葉遣いが滅茶苦茶だな。だが、気にするな。そのまま話をする」
「あなたの言っていることが滅茶苦茶だからじゃない!!」
そうしてグダグダ言うアリシアを無視してそのまま話し始めれば、最初は抵抗をしていたが、すぐに抵抗を辞めて大人しく話を聞くようになった。
その態度を見て、自分の予感が正しかったと安堵した。
アリシアは、不安だったのだろう。
12歳で余命10年もないと言われたのであれば、当然だった。当たり前だった。
元々病気で自分の身体が弱っているのを知っている上に、そんな死の宣告を受けて平然としていられる訳がなかった。
大の大人でも失意の底に叩きつけられるほどの宣告を、12歳の少女が受け入れている事自体が異常だった。
しかもそれだけではなく、ロディマスが大きく失敗したと思ったのは、エリスの時と同じ状況を作ったと勘違いをした点である。
エリスには、血を分けた実の姉が一緒にいた。
そしてチョイチョイと会話に割り込んで、エリスを安心させていた。当時はウザいと思った行動だが、今にして思えば必要だったのだとわかる。
「ちょっとミーシャ。ふふふっ、くすぐったいわ」
「ダメです。命令です。命令には従わないといけません」
「そ、そこをつかんじゃダメよ」
話すのをやめて、目の前の彼女たちを見た。
アリシアは今、一人である。
こちらの秘密厳守と言う契約に従い、誰も呼んでいない。
ならば、12歳の少女が不安がるのも無理は無い話であった。
それを生来の強気さと、そして公爵家令嬢としての気高い精神で無理やり押さえ込んでいたのだろう。
それに今頃気付いた元アラフォーは、己の傲慢さを恥じた。
少し考えれば分かる話だった。訳が分からないはずが、なかったと。
表面に現れている気の強さに目がいって、彼女の内面を全く考慮していなかった。
女の心が分かるかどうか以前に、人として理解しなければならない点でさえ、分かっていなかった。
そう反省し、フォローをミーシャに任せたのである。
「アリシア様。そこはダメです。服が脱げます」
「へぇ、ここ、こんな風になってるのね。あらこっちは、あらあらー?そうなのぅ」
「ダメです。脱げます。それ以上はいけません」
「あら?本当にスカートが脱げそうね」
「それ以上はダメです、ううっ」
ロディマスは盛り上がっている少女二人を無視して、すっかり冷めているお茶を飲んでいた。
椅子も部屋の中央から窓際まで移動させて、昨日のベリスのように外を物憂げに眺めた。
ロディマスが下に目を向ければ、なるほど自分の館の庭が見えるなと、例の木像の投擲場所がここだった事を改めて知った。
「うふふ、あら?ドロワーズ?可愛い服の下は野暮ったいのね。でもその下にも何か・・・、あら、可愛い」
「アリシア様!?」
「冗談よ。ほら、ちゃんと元に戻して、ね?スカートの紐も結んでおいたから」
「既に脱がされた後では、冗談ではないように思うのですが」
「大丈夫よ、可愛かったから。それにあの人、興味ないみたいだし」
「ムッ」
普段どおり人に丸投げした結果は、とても良好だったようだとロディマスは安心していた。
ロディマスの才能は、高くない。
自分ひとりで全てを満たすことなど出来はしない。
だからこそ、相手に気を使い、そして部下を有効に使わなければならなかったのだと、ロディマスは反省した。
そしてまたもじゃれ合い始めた二人に場の雰囲気を任せ、ロディマスは今後の説明の軌道修正を頭の中で行なうのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




