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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
42/130

39


 アリシアの家族であるベルナント家、そしてその従者たちを懐柔する策には腹案がいくつもあった。

 しかしそのどれもがいきなり木っ端微塵に砕かれた。


 そんな事する必要、なかった。


 ここ何日も悩まされ続けたアリシアとの接触の問題が、実は何の意味もなかったのだと思い知らされた。

 そんなロディマスは今、アリシアと対面していた。


「こうして向かい合っては初めてだな。アリシアよ」


「ジャァ!?」


「なんだ・・・と!?」


 部屋を案内してくれた執事が退出し、扉が閉まり人気(ひとけ)がなくなったのを確認したロディマスが挨拶するや否や、アリシアは女の子があげてはいけない類の奇声と共に襲い掛かってきた。

 そしてそれを済んでのところで押し留めたのは、ミーシャだった。


 ミーシャはアリシアの腕を軽く捻り、床に押し倒した。

 アリシアの金髪が床に広がり、絨毯の赤色と相まって幻想的な光景となっていた。

 しかし銀髪の少女に組み伏せられ暴れているそのアリシアの姿は、さながら猛獣のようである。

 色合いとは別に行なわれているその惨状に神々しさなど微塵も感じなかったロディマスはミーシャへと顔を向け、次に床に這ったアリシアを半眼で眺めた。


「ふう。助かったぞミーシャ。おいアリシア。貴様、何のつもりだ?」


 するとアリシアは無理やり顔を起こしてロディマスを睨みつけ、叫んだ。


「ふざけないで!!なんであなた、ここにいるの!!」


 その疑問に対して、ロディマスはまたもため息と共に答えた。


「はぁ。何故だろうな。全く、忌々しい」


「くっ。そこの、え?獣人?なんで?あ、いいからちょっと放して!!」


「ご主人様に危害を加えるお方を放ってはおけません」


「しない!もう、しないから!!」


「はい、分かりました」


 え?


 アリシアの主張に、何故か素直に従い彼女の拘束を解いたミーシャは、続いてササッとアリシアとロディマスの間から去った。


 なぜだ!?


 そう叫ぶ間もなくロディマスはいきなりアリシアに組み伏せられ、肩をガッチリと掴まれた。

 その上で、アリシアはロディマスの眼前まで顔を近づけ、オデコとオデコが接触した。

 怨敵でも見るかのような目で睨み続けるアリシアを、ちょっと唇伸ばせば届くな、などと意味不明な現実逃避をしたロディマスは呆然と眺めた。

 しかし現実逃避している暇はなかったと、差し迫った危機に恥も外聞もなくミーシャに助けを求めた。


「フー、フー」


「おい、ミーシャ。この危険物をどうにかしろ」


「大丈夫です」


 大丈夫じゃないだろ!!と既にカヤの外を貫いているミーシャに心の中で訴えつつ、目の前のアリシアがどういう行動に出るか待った。

 命の危機が差し迫っている状況なので、悪い意味で目が放せなかったからである。


 それからアリシアはぽつり、と呟いた。


「ママに、何したの?」


 ママとは一体、と意外にも可愛らしいことを言い出したこの猛獣の言葉に疑問を抱くが、すぐに察した。

 そもそも彼女の母親(ママ)は一人しかいない。心の中で猛獣扱いしていたので、あの優しげなカリンと一致しなかっただけである。


「ああ、カリン様か。俺としてはごく普通の近所付き合いだ。それの何が問題だ?」


「ふざけないで!!」


「うぬぅぅぅ!!」


 圧し掛かり、強引に力をこめた為に肩の骨が外れそうなロディマスは呻き、そして助けを求めるようにミーシャを見た。

 ミーシャは、爪の間に入ったゴミを取っていた。


 ミーシャああああああああ!!!!??


 護衛として同行させたはずなのに、その護衛が仕事を唐突に放棄した。

 何故、どうして今自分はこんな事になっているとロディマスは心の中で混乱した。

 そもそもこいつ、本当に病人なのだろうか。エリスとは全くの真逆ではないか。


 様々な思いがロディマスの中で蠢いた。


 そして響く、ゴキリ、と言う音。


「あ」


 それは誰の声だったのだろうか。

 音は間違いなくロディマスの肩から響いており、確かにロディマスが危惧していた通り、肩の骨は外れていた。


「ぬぅぅぅぅぅ!?」


「しまった、やりすぎちゃったわ・・・」


 そうぼやいてアリシアはロディマスを解放したが、ロディマスはこの急展開についていけず、床に倒れたまま呻くのみだった。


「大丈夫です。ご主人様、行きます」


 そしてミーシャは、最近特に外れやすくなっている主の左肩に手を添えて、一気に肩を入れた。手加減などない無慈悲な一撃であった。


「ぬぅぅぅ!?ぬぅうううう!!」


「はい、これで戻りました」


「ぬぅぅぅぅ、ぬぅぅぅぅ」


「ご主人様、また変な声、出てますよ」


 訓練時によくミーシャに外されていた肩が、いつも通りミーシャの手によって入った。


「ぬぅ!?ふぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁ。全く、この乱暴者共は」


 痛みを堪え、深呼吸を行ないどうにか話せるレベルにまで回復したロディマスは、少し気まずげな表情のアリシアを見た。

 そして全く悪びれない護衛のミーシャを冷ややかな目で流しつつ、ロディマスは口を開いた。


「随分な歓迎だな」


 するとアリシアは、困ったような、それでいて引けないような苦渋の顔でロディマスを見ていた。

 その上目遣いの威力はかなりのもので、見た目だけ(・・)ならまさに公爵家のご令嬢のアリシアの、しかしご令嬢がしてはいけない鋭すぎる目つきにドン引きしつつ、ロディマスは尋ねた。


「なんだ?言いたい事があるなら口で言え。貴様らはいちいち肉体で語ろうとするな」


「ふ、ふん!!普段から鍛えてるようだから試したんじゃない!!あんなに脆いとは思わなかったのよ!!」


 いきなり押し付けがましい身勝手な主張を並べ立てるアリシアに、ロディマス以上の暴君がいたのかと、比較対象に上げたロディマス本人が一番びっくりした。


「それに、だって、おかしいじゃない!!ママ、あんなお洒落して、ご飯だって最近おいしいし」


 こちらの方が本音だったのだろう。

 貴族界隈では悪名の高いアボート家がそうやって母親に接触しているのが気に喰わなかったようである。

 しかし、それは今まで贈っていた物の成果だなと、アリシアの言葉を元に推察した。

 そしてそれなら返しようがあると、安心した。


「試作品のモニター、と言えば分かるか?要は貴族様に向けた商品のいくつかを試して頂いているのだ。その代わり、その試作品は差し上げている。一部には庶民向けのものもあるが、それだけだ。差し上げているというよりも、試して貰う為の対価として金を取っていないだけだがな」


「な、なんで、ママなの?」


「近いからに決まってる、と言いたいが、一つはカリン様が気さくだから、だな。庶民向けの物でも快く試して頂いている。ありがたい事だ」


 商人的にありがたいのは本心である。

 街中には男爵や子爵と言った面々も住んでいるが、コネクションもない上にアボート商会に対していい印象を抱いていない。ぶっちゃけ、恨まれていると言ってもいいと、ロディマスは出会う貴族全員に睨まれたのを思い出して肩を竦めた。

 自分たちの親分である伯爵家と繋がって裏で手を引いているのであれば、当然なのである。

 しかもこの領地の貴族達は腹芸が苦手らしく、敵意をむき出しにしてくるので交渉の余地がないのであった。



「他にもいくつかあるが、その内の一つは、貴様と会うためだ。アリシアよ」


「な、なんで私に・・・!?」


「別に、俺の話を聞く気がないのであればそれでいい」


 ロディマス的にはここまで来て一度退くのは精神的にも時間的にも良くはないが、押せば押し返してくるこの小娘に対しては、押して引くのが効果的だと考えた。


 そしてその予想通りに、アリシアは引いたロディマスに興味を持った。


「何?何なの?良く分からないけど、私に話があるのね」


「そうだ。正直言って俺にはあまりメリットの無い話だが」


 ミーシャに目配せをして、あるものをカバンから取り出させる。

 そして最近のアイコンタクト成功率に、ロディマスはそのミーシャの急成長ぶりと、それなのに何故か途中で放棄した護衛任務についての疑問を抱きつつ、今はアリシアを最優先にしようと肩の痛みに耐えながらソレをアリシアに差し出した。


「まず一つは、これを返却しにきた」


「あ、これって・・・」


「ああ、貴様が俺にくれた空飛ぶ贈り物(・・・・・・)だ」


「うっ」


 小さく呻き、目を逸らすアリシアにため息が漏れたが、それを突き出したまま受け取るまでロディマスは待った。

 それは、以前ロディマスを襲ったモアイ像のような顔面のみの木像であった。


 その当時の腹部に当たった感触も、そして全身を襲ったあの痛みも、その時感じた屈辱も、ロディマスは決して忘れてはいない。

 だが、ロディマスは今、平然とした顔をしている。威圧感など皆無で、ただ本当に何の遺恨も無くそれを返しに来ただけだという態度を徹底していた。


 そうしていたら、アリシアはおずおずと、眉をひそめ困った調子で受け取った。

 ロディマスはそれを確認した後で、何事もなかったように言った。


「それにどれほどの価値があるのかは分からんが、思い入れのある品であればと思い返却しに来たのだ」


「別に、パパが病避けに買ってきただけだからそんな思い入れとか、ないんだけど」


「そうか」


 そう言って目を瞑る。

 アリシアの言葉自体はどうでもいいと言わんばかりの、ただ己が返したかっただけだと言う態度で沈黙した。


 俺は寛大である、とアピールする為である。


 煮えくり返っている(はらわた)など微塵も感じさせず、前世サラリーマンのような良い外面を保ったまま、ロディマスは呟いた。


「それならば、良い」


 そう言ってまたも引くロディマスに、押せば押し、引いても押してくるアリシアは、押した。


「いいわ、聞くわ。まず一つ、って言ってたし、他にもあるんでしょ?ママもみんなも世話になってるし、ちょっとだけなら良いわ」


「そうか、今の言葉、(たが)えるなよ?」


「な、なによ!?」


 ここで若干押したロディマスの態度に怪訝な表情を浮かべたアリシアだが、時既に遅かった。

 ロディマスは心の中で思った。


 俺のターン!!ドロー!!次も俺のターン!!と。


「貴様にはまず、契約を交わしてもらう。無論、商人である俺の契約だ。反故にする事は許さんが、どちらかが一方的に不利になるような内容ではない」


 そう言ってミーシャに目くばせをして、エリスの際にも用いた例の契約書を取り出させる。

 契約書を受け取り、アリシアの前に置いて、ロディマスは不敵に微笑んだ。



「い、いきなり何なの」


「聞け。俺は貴様の病気の治し方を知っている」


「なんですって!!」


「いいから、聞け。揃いも揃って女子連中は(やかま)しいが、貴様は特に喧しい。いいから黙って聞け。貴様にとっては得しかない話だ」


「な、なんなのよ、もう」


 防衛戦から一転して攻勢に出たロディマスは、アリシアがちょっとビビっている間に蹴りをつけようと一気に押し込んだ。

 するとその勢いに押されたのか、アリシアは歳相応の態度となっていた。

 そしてそれを見逃さないロディマスは、冷静に告げる。


「この契約に同意しサインをするなら、貴様を治してやる」


「・・・、え?」


「交渉成立だな。まず内容を説明する」


 そう言って、相手が曖昧な態度である内に強引に約束したと言い張り、ロディマスはエリス姉妹に行なったものと同様の契約を行なった。

 ただし従業員になどするつもりはないので、領地へ赴いた際に領内を自由に移動させて欲しいとだけ書かれている。


「この最後の、私じゃ確約できないけど、いいの?」


「構わん。それはただの気持ちだ」


 嘘である。

 今後ベルナント領への進出を見越して、寂れた場所くらいなら自由に出入りさせてもいいと言わせる為の文言(もんごん)である。

 今後の予定も見据えた上で、『娘のお願い』と言う優しすぎる現公爵では断れない、でもこのくらいならいいかと言わせる為の、そんな狡猾な下準備であった。


「そ、そう。気持ちなのね。でも、嫌に私寄りの内容ね」


「事実を知れば、貴様とてそうは思わんだろう」


「そう、なのね。ふーん。何の目的があってかは知らないけど、いいわ!!」


 そう言って立ち上がり、ロディマスを指差してアリシアは宣言した。


「あなたに、私を治させてあげるわ!!感謝しなさい!!」


「・・・、感謝するのは貴様だろう」



 さすがの暴論に、今まで大人の対応をしていたロディマスも一言申さずにはいられなかった。

 どうやらずっと俺のターンだというのは、ロディマスの勘違いだったようである。

 この手ごわい小娘に、次はどう話を進めようか、またもロディマスは頭を悩ませるのだった。





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