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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
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 忌まわしき【ステータス】事件から明けて翌日、昨日またも隣の館でアリシアが倒れたと聞き、さすがにこれ以上の引き伸ばしは不可能だと感じたロディマスは、現在、ベルナント公爵家別宅に来ていた。

 とは言っても隣家なので、自分の家の門から歩いて1分もかからない。


「ようこそいらっしゃいました、ロディマス君。今日はロディマス君が直々に来られるなんて、一体どのような用件なのかしら?」


「ごきげんよう、マダム・ベルナント、カリン様。カリン様に今日はとても良い商品をお持ちいたしました」


 ロディマスがそう慇懃に挨拶をすれば、出迎えに出てきていた妙齢の婦人は大げさにお辞儀をしていた。


「まぁ、まぁまぁ。いつもすいません、本当に」


「お家のご事情は理解しておりますので、どうかご遠慮なく」


「本当にありがとうね。あなた方のような隣人を持てて、私たちは幸せです」


 いつもは使いを寄越すのみのロディマスが訪ねれば、出てきたその女性は公爵家第一夫人でありアリシアの母でもある、カリン=フォン=ベルナント。しかしベルナント公爵の奥さんはこの人一人なので、第一も何もないのだが、とロディマスは自分で自分に突っ込んだ。


 しかし、これは破格の待遇だとロディマスは内心では驚きを隠せないでいた。

 それと言うのも、公爵夫人自らと言う貴族的には最大級の出迎えである。

 しかも従者一同は誰も口を挟まず、不満を漏らすことも、そう言う視線を感じることもなかった。


「ようこそお越し下さいました。こちらへどうぞ」


「分かりました」


 ごく自然な笑顔でベルナント家の執事らしき男も応対してくれている。

 いくら大商会の息子と言えども平民相手にやりすぎかと思えるほどだ。

 しかも後を継ぐ長男ではなく、次男相手にである。


「こちらにおかけ下さい。今、お茶を用意させます」


「ご好意、承ります」


「遠慮なんてしないでね。あなたのおうちの物よりも、劣るかもしれませんが・・・」


「頂けるものであれば小石でも喜ぶ。それが、商人と言うものです。お気遣いなく」


 なお、これは嘘ではない。

 何せ公爵家からの贈り物だとなれば、その名に関わった物として相応の価値が付く。

 最も、この没落寸前な公爵家の名にそれほどの価値はないのが少しばかり残念だと、ロディマスは貴族相手なのに投資さえ気後れしてしまうこの家の惨状を心の内で嘆いた。


 都合はよかったが、それでも領地を持つ大貴族である以上、もっとしっかりするべきではないだろうか。

 ロディマスはそう考えたが、人には向き不向きもあるし仕方がないのかと、現公爵の甲斐性のなさにうんざりとしつつも諦めた。


 そうしてお茶を従者が入れている中、一呼吸置いた後にカリンは口を開いた。


「ロディマス君は、元気そうね」


「はい、毎日が充実しております」


「そうね。子供は元気なのが一番ね」


「はい」


 そして夫人は夫人で切り出しにこの話題とは、何と言う事だろうか。

 ロディマスは、カリンのそのチョイスに大層戦いた。

 普通に返せた自分を褒めたくなったほどである。


 昨日そっちの娘が倒れたというのに、そんな事を聞くのか?おい。


 思わずそう言い返しそうになったロディマスだが、どうにもカリンが今の言葉に含んだ意味は、単に羨ましいと言うだけだったようである。

 その内面を示すかのように目を細めて弱弱しく笑う姿は、子を心配する親と言う姿がありありと浮かんでいた。

 その姿に人として好感は持てるものの、貴族としては落第だろうとロディマスは評価した。

 両親揃ってこれでは、確かに未来のアリシアはその身をゲスな他の公爵家に売るハメにもなろうものである。


 とは言え、ロディマスは己の目的に沿うそれがありがたいとも思っている。


 ロディマスは、いかにして穏便にアリシアと接触するかを考えた末に、当人ではなく周囲から埋めていく作戦を選んだ。

 それは、アリシアの母であるカリンに、三日に一度ほどの頻度で贈り物をする作戦であった。

 そして同時に、ベルナント家の従者たちにも細々とした贈り物をしていた。大半は食事関係であったが、実に好評でしたとは、いつも届けに行っているアンダーソンとライルから聞いている。


 このように、ベルナント家には付け入る隙が山ほどあるのである。

 最近のロディマスは心に若干の余裕が生まれたとは言え、それでもこなしたい案件は山ほどある。

 だからこの家の事であまり悩まずに済むのは非常に助かっている。


 そして、このチョロ(・・・)ナント家の為に今回用意したのは、例の新型パンである。

 結局の所、この家の人間は主従問わず餌付けが可能(・・・・・・)であると、今までの贈り物から判断したからであった。



「まず、大変に申し訳ありませんが、お茶を頂くよりも先にこちらを贈らせて下さい」


 そう言って付いて来ていたアンダーソンとライルに持たせていた大量のバスケットのうちの一つを、テーブルの上に置いた。ミーシャはそれとは違うカバンを持って待機している。


「あら、これは・・・パン?しかし、長いのね」


 今回、新型のパンを作るにあたってロディマスが最大限考慮したのは、ボリュームである。

 この国では、最低単位が銅貨であり、1銅貨1枚は前世に置き換えると200円程度である。

 それ以下の貨幣は現在庶民の間では使われておらず、端数は物々交換が基本となっている為、銅貨でキリ良く支払える分量に重点を置いて商品開発を行なったのである。


 その結果が、フランスパン状のパンであった。

 ただし本家のフランスパンの半分程度、コッペパンよりは大きいくらいなので、味気ないが成人男性だとそれ1つで一食賄えると言う量にも調整してある。


 具体的には長さ30cm程度、子供であるロディマスやエリスの手の平を広げて小指と親指までの長さの2倍を目安にしてある。

 他におかずがある家食の場合であれば、2個で一家族4人の一食分は賄える量でもある。


「それなりに量があり、また、うちで挽いている小麦を使っているので見た目よりもずっと食いでがあるパンを作る事が出来ました」


「そうなのね。あら、ごめんなさいね。いつもの通りだと、もう少し変わったものが出てくると思っていたの」


「今のパンの見た目のみで考えれば、それほど奇抜なものではないですね」


 カリンの指摘通り、これだけだとインパクトは微妙である。

 庶民が買えるパンと言う物珍しさに一度は買う者がいても、定期的に購入してくれるかは怪しい所だった。


 そこで今後食堂を開いた際には、二分割して半分の長さにした上で、更に切り込みを入れてそこに具材を挟むホットサンドに似たものを出す予定である。

 ホットではないただのサンドイッチも売りに出すが、ホットサンドであれば加熱をするので、その場で食べる理由も生まれる。そして材料に火を通せるので具材の選別が楽になり、品管理や在庫処分の手間が大幅に減る。

 そしてこの辺りはライルと料理長の両方に意見をもらっているので確かだと、ロディマスは自信を持っていた。

 いずれはピザも作らせたいと考えているが、トマトケチャップとチーズの大量購入先の目処が立っていないので現在保留中である。


「でも、形は変わっているのね。これは、その、少し食べづらいかしら?」


「手間はかかりますが、本来は切ってからお出しして、それから召し上がって頂くものです。ただし、この状態であればパンが乾燥しにくいのです。朝に買ってもこの状態なら、晩まではおいしく、翌朝も既存のものとは別格のおいしさを保証できます」


「そうだったの。色々と考えられているのね」


 ライルや料理長の話に聞いていた通り、この形状は一般的ではなかったようだが、それでもパンと言うものに何某か感じるところはないように思えた。

 しかしカリンや遠めから眺めていた従者たちが、話を聞いている間に疑問を持った顔となっていた。


 本当にこんなものをわざわざロディマス本人が持って来たのか?と言う顔である。


 それもまた計画通りだとロディマスは喜び、食いついた魚を逃がさぬように少しばかり竿を引っ張った。


「これは、貧困層の者達がよく口にする果物が混ぜ物として入っているので、カリン様には相応しくはないかもしれません」


「そうなの?」


「はい。変わっているのは外見ではなく中身なのです。そしてその中身の為に、非常に安く作れるようになりました」


「パンを安く!?」


「ええ、そうです。しかし、食べ物に貴賎はないと我々商人は考えますが、お貴族様の中にはご不快になられる方もおられるでしょう。しかし、カリン様であればこれを皆様にお配りするのも快く受けて頂けるかもしれぬと思い、今回は私自ら馳せ参じた次第にございます」


 そう言って慇懃に事の次第を説明したロディマスだが、その心配は無用だったかと、今にも涎をたらしそうな目の前の公爵夫人を見て思った。

 そして『思ったよりも庶民に近い接しやすい貴族』と言う印象を修正した。

 新しいカリンのキーワードは、『思いっきり庶民的な変わった人』であった。



 しかし、そう言う印象を受ける人であっても、当然、この家にもパン職人はいる。貴族の家には最低でも一人、子爵以上なら二人は職人がいるものである。

 貴族である以上、パンの善し悪しは分かっているはずだと、ロディマスはそこに期待をしていた。



 ロディマスは次の話題として、その中身についての説明をしようとミーシャに目配せを送った。

 それを察したミーシャが、あの名も無きベリーの入った袋を大き目のカバンから取り出して手渡してきた。

 ロディマスはそれを受け取り、袋を空けて手の平にいくつかの粒を落としてカリンに見せた。


「これは何なのかしら?ブルーベリーでもクランベリーでもないようね」


「これが、このパンに入っているものです。当然、食べられますが・・・そこの方、よろしいですか?」


「自分でありましょうか」


 そう言ってロディマスは、近くに控えていた男性を呼んだ。


 20代後半くらいに思われる男性で、この家の従者の一人。先ほどの執事ではないが、こうして控えている以上はそれなりの地位にはいるはずだと思い声をかけた。

 そしてその彼を前に、まずは名も無きベリーをカリンとその男に見せた後で、ロディマスはその実を口に含んだ。

 二度三度咀嚼して、飲み込んでから男性の従者に名も無きベリーを薦めた。


「この通り、普通に食べられるものです。ただ、このままでは味もせず栄養もほとんどありません。さあ、あなたもどうぞ」


「奥様、よろしいでしょうか?」


「え、ええ。本当なら私が食べてみたいのだけど」


「そ、それはなりませぬ。ではロディマス殿、失礼します」


 そう言って一粒手に取り、躊躇する事無く口に含み、かみ締めた。

 しかし男の表情は、不思議な物を食べたという表情で、常にクエスチョンマークが浮かんでいた。


「これは・・・、本当に何も味がしないですね。ほのかに青臭いような、そうでもないような?」


 それを見て、にっこりと笑ったロディマスはサプライズが成功したと少しだけ喜び、話が順調に進んでいると確信した。


「ええ。それは味がなく、そしてその為か誰も食べたがらないので名前が無いのです。」


「そんなものが、あったのですか。ロディマス殿は博識でいらっしゃる」


「それほどでもありません。そしてその実ですが、庶民の中でも最底辺に位置する村出身の者達は、それを食す事で一時の飢えを凌ぐそうです」


 そう言って適当に話をすれば、何故かベルモント家の面々は「飢えを凌ぐ」に妙に反応していた。

 しかし突っ込むのは野暮かと、ロディマスはスルーした。


「そしてそれをある加工を施し練った小麦に混ぜ込んでみたのです。そうして出来上がったこのパンが、思ったよりも良い出来だったので、感想を聞きに参ったのです」


「あら、そうだったのね」


「味としては、何かのアクセントになるかと思ったのですが、元の味が無いからかパンとしての味しかしません。見た目はこのとおり出来の良いものなのですが、とにかく様々な人に食べて感想を聞きたくて、知る者全てに食べて頂きたいと思いました。その為に、今回厚かましくもお願いに上がったのです」


「そう、そうだったの。いえ、本当に、ありがとうね」


「私は私の目的の為に、です、奥様。ですから、お顔を上げてください」


 この家は元々領地が貧しい上に、今はアリシアの治療やら何やらで大量に金を消費している。ぶっちゃけドが付くほどの貧乏である。ロディマスの商人的な嗅覚を用いるでもなく、金の臭いなど微塵も感じない。


 当然、従者たちも碌なものを食べていないようで、今差し出したパンを輝くような目で見ている。

 この連中なら、あの名も無きベリーにも忌諱感を示す事無く、パンをありがたがって食すだろう。

 そして公爵家の面々が食べたとなれば、対庶民における宣伝効果は抜群だ。しかも同時に好印象を与えられ、アリシアと楽に接触できる可能性が高まる。

 ロディマスが思わずこの作戦を立案してしまったほどに、ベルナント家はおあつらえ向きな存在だった。



「これは明日、この街から歩いて30分も掛からぬ所にある私の工場、その一角に併設したパン屋が開店する際に、一番に提供出来る商品です。本来は1つ銅貨10枚ですが、このお宅のお方々であれば、我が従業員と同額の銅貨5枚でご提供させていただきたいのです。最も、このパンをお気に召しましたら、と言う話ではございますが」


「これがたったの銅貨10枚!!しかも半額の5枚で!?」


「ウッ、ウウッ。本当に、何から何まで」


 叫んだほうが先ほど名も無きベリーを食べた従者で、先ほどから泣いているのがアリシアの母である。

 これは困った事態だぞ、と思ったよりもはるかに強い反応のあった二人を見てロディマスは怯んでしまった。


 銅貨5枚は決して安い金額ではない。

 庶民であれば節制すれば丸一日を過ごせるからだ。

 しかしさすがは落ちぶれても元上流家庭である。銅貨単位であれば気にする必要はない程度には財力が残っているらしい。

 ロディマスはその事に若干安堵しつつも、それでもいくらなんでも反応が大げさ過ぎるだろうと戸惑った。


 さすがに何かがおかしい。

 そう思ったロディマスだが、今更止めるわけにもいかず話を続けた。


「と、当然の事ながら、一日に買い付ける数に限りを設けさせて頂きます。生産性を上げる努力はしておりますが、恐らくベルナント様であっても一日に10個しか提供できないやもしれません」


「10個全て購入します!!」


「あ、はい。毎度ありがとう御座いました」


 アリシアの母、カリン、即答であった。

 そんなに飢えていたのかと公爵家の散々足る有様を垣間見て呆れながら、それでもロディマスは固定客が付いた事に喜んだ。


「10・・・まさか全員毎食パンにありつけるようになるなんて・・・」


 従者の男性の呟きに、この家は思っている以上に危ない状況だったのだなと改めて認識させられたロディマスだった。




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