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「この、うんこちゃんが!!」
夜中にも関わらず、ロディマスは大声を上げていた。
それと言うのも、先ほどの自称神との邂逅を終え、今は自身を取り巻く環境や状況を把握する為に考え込んでいた時だ。
やるべき事は多いと一つ一つをメモに取り吟味している最中に、あの自称神の加護を与えると言う言葉を思い出し【ステータス】を実行したからだ。
空中に大きな青枠と小さな黒枠が現れ、様々な情報を表示し始めた。
まるで旧世代のパソコンのようだと、その起動の遅さにげんなりした頃、ようやく情報が開示された。
そこにはロディマスが思い描いていたゲーム的なステータス画面はなく、肩透かしを食らったロディマスは憤慨した。
「あのうんこちゃん神は何がしたかったんだ」
神を排泄物呼ばわりした男の誕生の瞬間でもあった。
【ステータス】
名前:ロディマス=アボート
年齢:10
性別:男
血縁:非表示(on/off)
技能:未、未、未、未、未・・・
魔法:基礎、未、未・・・
加護:【魔王の卵】、【ステータス】(【神信奉】)
称号:
賞罰:(自死)
なんで自分しか見れない【ステータス】に年齢や性別と言うどうでもいい情報を表示させるのか。
ロディマスは純粋にそう疑問に思ったが、一番の問題はそこではなかったので深く考えない事にした。
『未』と言う文字も、恐らく習得できるであろう才能を表示しているのだと思うし、この体が既に魔法を扱える事は記憶の中で判明していた話だったので、そこもスルーした。
だが、加護の欄はどうあっても見過ごせなかった。
【魔王の卵】
読みは「まおうのたまご」とも「ワールドサクリファイス」とも言うそうだ。
どちらも不吉であった。
しかも注釈に気になる一文が書いてあった。
「汝、口外する事なかれ、とはまた大仰な話だな」
反骨精神旺盛なロディマスは、試しに魔王の卵、あるいはワールドサクリファイスと口に出そうとした。
しかし、なぜか声が出なかった。
魔王のみ、サクリファイスのみは大丈夫だが、加護を意識するとその単語が途端にNGとなる仕組みのようだと何度も実験を行ないロディマスはそう結論を出した。
「魔法は不思議な現象と言う程度だったが、加護は摩訶不思議だな。理解の範疇を超えているぞ」
何がどう判定しているのかは分からないが、少なくとも超常の存在が見張っているように思えて、ロディマスは考えるのをやめた。
この加護、と言うよりも呪いだろう、を持っている事を人に言ってはいけない。書くのもダメ。
最低限それさえ覚えていれば問題ないと、ロディマスは問題を先送りにした。
しかし、そこでふと気付いた。
「未来の俺も同じように、誰にも言えなかったのだろうか」
言えないならば、誰にも頼れない。
ならばあからさまに暗い未来を招くであろう【魔王の卵】を力でねじ伏せようと思ってしまうのは無理らしからぬ事で、その結果があの未来の記憶の結末ならば、あれも仕方が無かったのかもしれない。
ロディマスは、思ったよりも自分が頑張っていたのではと言う事実に、少しだけ安堵した。
「頑張ってアレでは報われないがな」
結局の所、そこに行き着いたロディマスだったが、しかし希望が全くない訳ではなかったと考えた。
予備知識が全く無い未来の自分でさえも、勇者パーティと対峙出来る程度の戦力や状況を作り出せたのだ。
ならばかなりの情報を有する今世の自分は、それを上回る事も可能だ。
そう、自分はあの未来を覆せる可能性を秘めている。
あの自称神の言葉の全てを信じた訳ではないが、それでも可能性自体は残っているとロディマスは本能で察していた。
そうとなれば前世の記憶が訴えかけるところの、情報収集に重点を置いた対策を練っていく必要があるとロディマスは感じた。
何せ未来の記憶を見ても、今の自分からしても、戦闘面では弱者に分類されるべきひ弱な存在だろうとの自己分析の結果も出ている。
ロディマスはため息を吐きながら、それでも出来る事を一つ一つ行ない、それを積み重ねていく事が大事だと心に強く刻んだ。
絶望に負けないために。
手始めにと、【魔王の卵】の概要を見ようとした。
すると、少し意識するだけで詳細が現れた。
この辺りはさすがに神が与えたスキルだけありかなり操作性がいいようだと、初めてあの自称神を見直した瞬間だった。
しかしそれで加護の中身が変わる訳でもない。読み方から察するにロクでもない加護なのは確かだ。
そう呆れながらもロディマスは覚悟を決めて詳細を読めば、出てきた情報に頭を抱えるほかなかった。
「何が生まれた時からの宿命だ、バカたれ」
誰に聞かせるでもない愚痴だが、それでも口から出る言葉はつい汚くなった。
それと言うのもこの加護は、簡単に言えば己の命を引き換えにした【ハイパーブースター】だったのである。
その威力は、生きた年月に比例する、と注釈されていた。
なるほど、生まれた時からと言うのはそう言う事かと、ロディマスはあきれ果てた。
「俺の命は蓄電池か!!」
魔力や生命力の余剰分を蓄積するのではなく、命そのものを燃料にするろくでもないこのスキルは、使った結果として魔王召還の為のゲートとなる酷い加護だった。
そしてその加護を与えたのは他ならぬ神だと明確に記載されていた。
ただしその神と言う存在が、自分と接触してきた自称神と同一なのかは定かではない。どうやらこの世界にも複数の神がいるようだと、前世の八百万の神々と言う概念を思い出してロディマスは自分に接触してきた神以外の可能性も考えた。
そして未来の記憶の中で追い詰められたロディマスが口走っていた言葉がこの【ワールドサクリファイス】と言うスキルなのだろう。
ただし未来の自分は【ステータス】と言うスキルは持っていないから、どこかのタイミングで自力でこの加護を知ったのだろう。命を削って一発逆転を狙ったことも多数あると未来の記憶を思い出した。
しかし結果がアレなら、未来の己は完全にただのピエロだったと、己をピエロに仕立て上げた世界を呪った。
その様を見ている神とやらは、さぞ愉快な思いをしているだろうなと、ロディマスは軽く中空を睨んだ。
同時に、未来の自分にそのろくでもないスキルを教えた犯人を捜さなければならないと、ロディマスは考えた。
「魔王について俺よりも詳しいヤツがいる」
未来の記憶を探っても、声が再生されないのでいつどこで情報を入手したのかは分からないが、それでも絶対に未来の自分を唆した犯人がいる。
そいつはロディマスよりもこの状況に詳しい。
ならば、絶対にその犯人の下へと辿り着かねばならない。
しかし情報が少ないので考えても分からないことはひとまず保留しなければ話が進まない。
そう割り切ってロディマスは、過剰に憤りかけていた心にフタをして、他の内容を吟味する事にした。
冷静になれと何度も過去の残滓が訴えかけてくる。
確かに今考えても仕方がない事があまりにも多く、未来は不透明だから仕方がないと諦めた。
過去の残滓のそんな訴えにロディマスは共感し、ひとつ深呼吸を行なった。
夜間の冷たい空気が肺腑に染み渡り、途端にむせた。
どうやら長い間まともに息を吸っていなかったのだと気付き、荒くなった呼吸を静めるべく何度も深呼吸を繰り返した。
心身ともに落ち着いた事を確認した後、改めて【魔王の卵】の詳細を見た。
しかしロディマスは先ほどとは異なり、今ひとつ要領を掴めない内容に変化していたのに驚いた。
よって、一旦現状を整理する事にした。
混乱した際は落ち着いて、もう一度頭から考えるのが大事だと、己の過去がそう教えてくれている。
まるで自分が二人も三人もいるようだと、かつての自分に、未来の自分に感謝しつつロディマスは思考を加速させる。
落ち着いたロディマスが情報を整理した結果として分かったのは、【魔王の卵】とは、なんぞの神に与えられた事、命と引き換えにした増幅魔法である事。
明確なのはこの二点だけだった。
その内容から察するに、【魔王の卵】とも【ワールドサクリファイス】とも言えない別モノのように思える。
しかしこの【魔王の卵】と言う加護により、最終的にロディマスはあの結末のように魔王と成り果ててしまうのだろう事は、未来の記憶で分かっていた。
つまり、この魔法を使えば魔王となってしまうからこの名前なのだろうと仮に定義した。ならばこの加護は回避不可能なものなのだろうかと考え、即座に否定した。
「なるほど、コレがヤツの言っていた想定外の未来を掴む、か」
【ステータス】の中で気になっていた括弧のものは、どうやら既に削除されたもののようだ。いずれ時間と共に消えると(【神信奉】)の加護に、追加の説明が添えられていた。
つまり、最大限うまく立ち回れば【魔王の卵】の加護も消える、と言う事なのだろう。
「しかし、この未来の記憶、これはもはや呪いだな。常に最後が己の死とは、忌々しい」
そうぼやくが、しかし意識はしっかり前を捉えていた。
「未来の結末が見える事そのものは、今の自分にとっては有用だ。バッドエンドオンリーのその映像に耐えられるならば、これほど心強い情報もない」
そう自分を励ましてから、記憶の中の映像の一つを再度思い出す。
様々な自分の末路が見え、その中には明らかに今の自分とは異なる加護を持っているような姿がある事に、ロディマスは気が付いた。
その中で特に気になったのが、その魔王召還に抵抗を試みたロディマスだった。
左手に黒い包帯を巻いた、例えるなら邪気眼モードの自分。
あるいは左目に黒い眼帯をつけた厨二モードの自分。
もしくは、何故か光るトンファーを持った自分。
魔王の下僕として世界に災厄をもたらしていた自分。
そんなイメージ通りの姿と、それ以外の異なる姿を何度も見直していると、不意に映像に過ぎない彼らと目があった気がして、ロディマスは硬直した。
そんなこちらを無視して、彼らは一言、まるでこちらに投げかけるように言葉を放っていた。
「こんな所で、死んでたまるか!!」
この映像に音声は記録されていない。そもそも霞がかかった感じなのではっきりとは見えていない。それなのに、そうと叫んだその顔、その姿は妙にはっきりとロディマスの目に映り、その声は間違いなく耳に届いた。
それが未来の自分の魂の叫びなのだと、ロディマスははっきりと感じた。
その全てのロディマスは、生きたいと、ただただそう訴えかけていた。
「はっ、ソフティアンどもめ」
思わずそんな言葉を突っ返したが、即座にしかめっ面となった。
「ソフティアンだと・・・!?」
軟弱者だと言おうとしたら、何故か言葉がソフティアンになった。
ソフト人。
そう言う人種かと思ったが、明らかに違っていた。
「この世界の翻訳機能がうまく働いていないのだが、どうなっているのだ」
先ほど神を侮蔑しようとした言葉も、何故か「うんこちゃん」だった。
その前も「クソが」と言おうとしたら、出た言葉は「うんこちゃんが」だった。
「一体この身に何が起こっているのだ」
ロディマスは、新たに芽生えたしょうもない問題に頭を抱える羽目になったのであった。