36
「そう言えば貴様、歳はいくつだ?」
「女に歳聞くたぁ、ロデ坊ちゃんもいい度胸だな」
仮眠から目覚めて最初にロディマスが見たのは、ベリスだった。
ベリスはあれから一度、制服をもらいにメイドたちに会いに行き、その後はここに戻ってきてからずっとロディマスの部屋にいたとの事である。
椅子に腰掛けて外を物憂げに眺めていたらしい。
なんでもやる事もないし、妹の側にいたから待つのは慣れたとの事。
目覚めるまで待ってもいいかと思い、今もそうしているだけなのだと。
こいつはなんて乙女チックなのだ。
これで見た目さえゴリゴリしていなければ、周りが放っておかないほどのいい女なのだが。
とは言えずに、ロディマスは寝起きの頭で違う質問を投げかけてしまったのである。
もちろん、今の質問には理由もあったし、元々聞く予定でもあった話でもある。
だが、最大の理由は、先ほどから妙に繰り上がっていく己の予定を、もうこうなったらいっそ全力で繰り上げてしまえと開き直ったが為である。
決して乙女しているベリスとの間が持たなかった訳ではない。
予め用意していた言い訳をベリスに告げる。
「貴様ら従業員の福利厚生も、俺の仕事の一環だ」
「話が繋がんないんだが、それとアタイの歳と何の関係があるんだい?」
「貴様が、そうだな。もし仮に子を成するべき年齢であるのであれば、伴侶を見繕う。無論、強制ではない。だが、俺の元で働く以上は、真っ当な人生とやらを送らせる。覚悟しておけ」
「あ、うん。それってすっごい嬉しい話なんだろうけど、なんでロディ君が言うとそんなに怖い話になるの?脅してる?」
「知らん。脅してなどおらん。そもそも貴様はいつ来たのだ?」
「今さっきだよー」
いきなり会話に割り込んで朗らかに笑うエリスに対して、ロディマスはベッドから降りつつ睨み付けた。
「貴様ら姉妹は揃って話に割り込むな。全く。そしてエリス、入室前にはノックをしろ」
「えー、いいじゃなーい、そもそもドア、開いてたしー」
あくまで気軽に、気楽に物を言うエリスに、ベッドに腰掛けつつ嘆息したロディマスは、部屋の片隅に無言で待機をしていたある人物に目をやった。
その人物は、そっと気配を消しエリスの背後に近寄りこう囁いていた。
「良くはありません。あなたには徹底した教育が必要なようですね」
「ひぇ~~!!ミ、ミーシャちゃん!!いたの!?」
「ええ、いつもおりますとも。それが私の職務ですから」
「あわわわわ」
怯え、慌てふためくエリスの襟首をがっしりと掴んだミーシャは、そのままエリスを引きずってどこぞへと立ち去っていった。
「ミーシャに服の感想を言う暇もなかったな」
「ああ、そうだね。似合ってたし、あんなに可愛いモンが着れるなんてうらやましいよ」
エリスを引きずりながら肩を怒らせて蟹股で歩くミーシャを二人で見送りながら、ロディマスはポツリとそんな事を言ったベリスの言葉に食いついた。
「ほう?うらやましい、とな?」
「え?ちょっとロデ坊ちゃん、そのイヤらしい笑みはやめてくんないかなぁ。こ、怖いよ?」
「そのような顔をした覚えはない。だが、そうか。それなら張り切った甲斐があるな」
割と己の趣味全開のメイド服だが、常識人であり世辞をあまり言わないベリスがそう評価するのであれば、それはきっと正しい。
つまりアレは、誰が見ても可愛いのだろう。
ミーシャも口を開かなければ西洋人形のような美しさを持っている。
先ほどは少々、いやかなり酷い有様で退出したが、見た目だけはいいのである、見た目だけは。
ロディマスはそんな事を考えた後で、ひとまず先に疑問に思っていたベリスへと水を向けた。
「それはそうと、貴様はあの制服を渡されてはいないのか?」
「パン工房のヤツかい?ありゃサイズが合わなくて無理だったよ。今、手直ししてもらってんのさ」
え?あれでも無理だったの?と成人男性サイズでさえ無理だったのかと余計な事を口にする事無く、ロディマスは制服の何がダメだったのかを聞いた。
「具体的にどう合わなかったのだ?」
「え?ああ。胸だよ胸。エリスならともかく、アタイみたいなのにゃあの服はちょいと無理だね。作業服なのに一つサイズが上のを着るのも怖いしね。だから多分、他の子たちも着れないかもよ」
「なんだと?」
「あれって、本来は男モンじゃないのかい?女ってのは、男が思っているよりも遥かに凹凸が多いからねえ。ただ、エプロンは生地が変わってるね。ありゃぁ水弾く、みたいなのかい?」」
ベリスがスラスラと述べているその内容に、ロディマスは二重の意味で驚いた。
きちんとデザインしていたはずの制服が、実は女性が着れないものになっていた事。
そしてしっかりと女視点で物を語れるベリスの、堂々とした態度に、驚愕した。
「野暮な服ばかり着ているから、貴様はその手の話に疎いと思っていたのだが」
「ブッ!!そりゃアタイら庶民は服なんて最低限着れりゃいいんだからさ。そんなのアタイだけじゃないって。でもほら、アタイも一応女だし」
「そうか。それにしても、エプロンのコーティングを見抜かれるとは思わなかったぞ。それも庶民ゆえか?」
「ああー、あれな。あれって、皮鎧の手入れ用のワックスだろ?昔使ってたから分かるんだよ」
「なんだと?」
「あれ?坊ちゃん、知らなかったのかい。まー、アタイもアレをあんなふうに使うとは思わなかったからねぇ。さすが坊ちゃんだな」
「そ、そうか」
確かに一般的な素材だとは聞いていたが、普通に皮鎧の整備用ワックスだったとは知らずに大量購入したロディマスは、阿呆だった。
そんなものは家の倉庫に山ほどある訳で、それをありがたがっていたのだから、自分が情けなくなってくる。バイバラが戸惑っていたのも無理のない話であった。
ロディマスは大層落ち込んだ。
「ただいまー、ってあれ?ロディ君どうしたの?痛いの?またミーシャちゃんにいぢめられたの?」
「いじめてはおりません。そのような過去もありません」
「うっそだー。ミーシャちゃん、いぢめっ子だもん。あ、あれだねー、好きな子にはつい、いぢわるしちゃうんだー」
「ですから、ありません」
そう喧しく言い合いをしながら戻ってきたのは、エリスとミーシャであった。
先ほどまでとは打って変わり仲がいいなとロディマスは呆然と眺め、いつの間にか問題が解決していた事に安堵した。
時間と言うモノは、案外優しいのかもしれない。
タイムリミット付きの己の今世に焦っていたロディマスは、『何もしない』と言う選択肢も己は使えるのだと知った。
そして次に、時間ではどうにも解決してくれそうにない、あの大量に買った樹液をどう処理しようか悩んだ。
するとベリスが、何故か己を犠牲にするかのような質問を投げてきた。
「そ、そうだ!!ロデ坊ちゃん、アタイの年齢、当ててみなよ?そしたら何でも言う事聞いてやるよ」
何でも言う事を聞く。
女性に言われるのであれば、人生で一度は言われて見たい台詞ではある。
しかし相手は筋肉質なベリスである。
手を繋いで歩くだけで粉砕骨折してきかねないベリスが相手ではさほど嬉しいとは思えなかったロディマスだが、意識の切り替えには丁度いいかと、ベリスの話に乗ることにした。
そして、即答。
「17」
「すごいロディ君、大当たりだよ!!なんで分かったの?あ、もしかして知ってたんだー、ずるっこだー」
そう言って軽く首を絞めてくるエリスをあしらい、・・・あしらおうとして思ったよりも力が強くてもがきながらなんとか脱出し、ロディマスは不機嫌な表情のまま二人に答えた。
「知っていて聞く訳がなかろう」
「え?そうなのかい?ロデ坊ちゃんだから、わざと聞いていたのかと思ったよ。ならなんで、分かったんだい?」
「勘だ」
「・・・、勘?」
「勘だ」
二度、そう断言すれば、周囲の目は、半眼だった。
「嘘だ」
「嘘だね」
「嘘、ではないように思えますが、しかし・・・」
最後のミーシャだけが疑問系だが、エリスたちポートマン姉妹は完全にロディマスを疑っていた。
その扱いに、ロディマスはため息は吐き出しつつ答えた。
「ふぅぅぅ。アグリスが22でエリスが12。そして傭兵暦が3年。そして前線経験がないのであれば、その辺りが妥当だと考えただけだ」
計算上、最年少の13から傭兵を開始して、辞めたのが16。そして今が17かとアタリをつけただけである。
可能性として一番高かった21歳を最初に除外したのは、乙女を気取るこのベリスなら低めに見積もったほうが好印象だろうと言う打算からであった。
「それで、結婚適齢期の貴様には、恋人などいるのか?」
「え?いや、いないけど・・・」
「そうか」
そう言って、話は終わったのである。
「え!?ちょっと、今のって、『なら俺がもらってやる。ありがたく思え』ってシチュエーションじゃないのかい!?」
「何だその妄想は。そう言うのが貴様の趣味ならば、ここではなく、余所でやれ」
「な、なんでさ!!」
「ちょっとお姉ちゃん!!どう言う事!?」
「ご主人様、少しお話が」
「ああ、ミーシャ。ふむ、悪くないな。動きは阻害されないか?」
「え?はい、大丈夫、ですけど」
「ならいい」
先ほどのパン工房の制服の失敗から、ミーシャのメイド服までも失敗したのかと不安になったロディマスは、騒ぐエリスらポートマン姉妹を完全に無視してミーシャを見つめた。
そして見つめられたミーシャは、クルリとその場で回って背中を向けた。
ミーシャの猫のような尻尾が、ゆらゆらと揺れていた。
これは好都合とロディマスは腰掛けていたベッドを離れ、ミーシャの後姿を、そのメイド服の具合を確認していた。
「ふむ、尻尾の穴も問題はないか。その辺りはメイドに任せていたからな」
「あう、大丈夫です」
「リボンの位置は、もう少し高い方がいいか?」
「え、ええと、大丈夫、です」
「そうか、窮屈なら言え」
「はい・・・」
そう言って俯いたミーシャに、そんなに話しかけられたくなかったの?と思わず女子高生の娘に久しぶりに声をかけたのに嫌がられた父のような気分となり、ロディマスはちょっとだけ落ち込んだ。
そしてトボトボとミーシャの側を離れ、自分が愛用している机の席に座った。
そのまま執務を再開しようとして、ロディマスは全員の視線に晒されている事に気が付いた。
「なんだ?」
その返事に素早く反応したのは、エリスだった。
「なんだ?じゃ、ないよ!!なんで放っておくの!!」
一体何の話だと疑問を持ったロディマスだが、すぐに気が付いた。
「これから仕事だ。出て行け」
「それ、ちっがーーーう!!」
プリプリと突然怒り出したエリスに、本気で何の事か分からないロディマスは視線を外して考えた。
そして視線を揺らしていたその先に、泣きそうな顔をしているベリスと目が合った。
「貴様、妹に泣かされたのか?」
「え、いや、違うけど」
「本当か?エリスは知っての通り、人との会話に難を抱えている。あまり本気で受け取るな」
「え?いや何を言ってんのかわかんないけど、多分、ロデ坊ちゃんが思っているのは違うよ」
「そうか?」
「違うって言ってるじゃん!!なんでロディ君、そんな、その、そんななの!!」
「意味が分からん。具体的に言え」
「んもーーー!!」
年頃の娘が癇癪を起こす理由も、何もなくても泣ける理由も、何もかも分からない。
ロディマスは中年のオッサンが如き思考回路で、彼女らの心情を読み取る事を諦めていた。
「だから!!さっきのだよ!!ロディ君、お姉ちゃんと結婚するの?」
「何の話だ?そんなものはしない」
「なんで!?」
エリスがロディマスの側まで寄って、肩を左右に揺らし始めた。
その衝撃に思わず意識を失いそうになり、ミーシャに救いの目を向けた。
ミーシャは、目が合った直後に、半眼で目を逸らした。
解せぬ。
主のピンチにいつだって良くも悪くも駆けつけていたミーシャに放置された。
そのあまりの展開についていけず、ロディマスは成すがままになっていた。
それを止めたのは、ベリスであった。
「エリス!!それ以上やったら、坊ちゃん壊れるぞ」
「え?あ、う、そっか。ごめん」
「あ、ああ。ああ」
「ほんと、ごめんね?」
「いや、良い。良く分からんが、俺が悪いのだろう?だが、それが良く分からん」
「う、うん・・・、うん?」
ロディマスが素直に答えて、エリスが納得、・・・納得していなかった。
「いや、だってロディ君、さっきプロポーズしてたよね?」
「していない」
「ほ、ほら!!ロデ坊ちゃんはその、ほら、遊びってヤツだよ、きっと」
「人聞きの悪い事を言うな。そもそも俺はまだ10歳だ。結婚など当面先の話だぞ」
ロディマスはそう平然と答えるが、舞い降りるのは、沈黙。
そして数秒の後に、部屋中に彼女たちの声が響き渡ったのだった。
「「え、えええええ!!!」」




