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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
38/130

35


 ロディマスの犠牲により、その場は円満に解決したかと思われたが、心配したという態でメリトランデ以外の全員が付いてきたので、ロディマスは恥をかき損であったと気が付いた。


「それでは、あとは若い方々にお任せしましょうか。僕はこれで失礼しますよ。報告は、後ほど上げさせますので今は休んで下さいね」


「あ、ああ。そうだな?ん?」


 ベッドに寝かされ布団を掛けられ、そのまま上からポンポンまでされてしまったロディマスは、そう生返事をしつつ、先ほどからロディマスを睨み続けているミーシャの視線から逃れようとした。


 しかし、回り込まれてしまった。


 ボス戦からは(のが)れられない。


 ロディマスは観念し、移動する最中に思いついた言葉を口にする為に上半身を起こした。



「エリスの服は、仕事着、あるいは制服と呼べる代物だ」


「ソウデスカ」


 硬い調子のミーシャに戦きつつ、己の部屋を漁っているエリスベリスのポートマン姉妹をけん制しようかと悩んで、ロディマスは物色する姉妹の方を諦めた。

 大事な書類も多く、さすがに姉妹に見られて困るようなものは表に出してはいないものの、それでもあまり愉快な状況ではなかったが、それでも諦めざるを得なかった。


 何せ、ミーシャが怖すぎるのである。他事を考えていては、命がいくつあっても足りない。

 先ほどまでとは打って変わり、無表情でロディマスの顔面を捉えて離さない様を見ると、近づいたら目からビームでも出して迎撃しそうな謎の迫力も感じられる。


 そんな、まるで猛獣かガードロボットが側にいるかのような錯覚を覚えつつ、ロディマスは温存してあった一つの物を、ミーシャに提供する事にした。

 これで機嫌が直るとは思えず、精々が気を逸らせたらいいな程度の代物だが、無いよりはマシ精神で使ってみる事にした。


 しかしそれは今、己の手元にはなかった。エリスの制服同様に、この部屋の中にはあるのだが、そちらは従者であるミーシャでさえも容易に触れられない場所に仕舞いこんである。

 力押しで木製の机など簡単に破壊できる人間が多いこの世界で意味があるかは分からないが、一応鍵もかけてある。


 すぐさま取り出したいが、己は今、ベッドの上である。そしてベッドとそのブツのある隠し場所の間には、ミーシャが仁王立ちしていた。

 だが、それを手に入れるのに丁度いい位置にいる人物の姿は見えたので、ロディマスはその者に代理で取ってこさせる事にした。



「おい、ベリス。俺の机の一番下、この鍵を使って中の物を取り出せ」


 そう言って、丁度ロディマスが資料を山積みにしている机の側にいたベリスに、鍵を投げて寄越した。

 しかし、鍵を目だけで追うミーシャが恐ろしすぎて、ついロディマスは早口となった。


「いいか ベリス 一番下だ それだ さっさとそこに入っている袋を寄越せ 今すぐにだ いいか今すぐだ 遅れるな 遅れたら貴様をどうにかしてやる 結婚させてやるから覚悟しろ」


「え?何?良く聞こえないんだが・・・でも最後の一文だけはときめくよ。なんだい、プロポーズかい?」


「いいから早くしろ 余計な事を言うな 一番下の引き出しだ 全力で挑め 手を抜くな プロポーズではない ふざけるな これ以上余計な口を叩くな 命が危ない」


「あった。これかい?妙にでっかいねぇ。中にあるのは、布?服かねぇ」


 自分が気になるワードだけを聞き取っていたように見えたベリスだが、それでもきちんと必要なワードも聞き取り、きちんと言われた事はこなしたようで、目当ての袋を机の引き出しから引っ張り出していた。


 ロディマスはそれを見て、それが欲しかったと心の中で叫びつつ、ベリスに訴えかけた。


「YO・KO・SE」


「あ、ああ。はい、ってちょっとミーシャ、どきな」


「オコトワリシマス」


「ええ!?」


 上手い具合に遮るような位置に陣取っていたミーシャがベリスに声をかけられ、拒否していた。

 そして狂犬の妹も真っ青な狂犬・・・狂猫っぷりに一同がドン引きしていた。

 しかしそれを全く意に介していないミーシャには何を言っても無駄だとロディマスは諦め、返事をした所を見るに、理性は残っているから手を伸ばしても噛まれないだろうと判断して、ベリスに向かい手を伸ばした。


「いいから寄越せ。それで恐らく、解決する」


「まぁ、いいけど。アタイへのプレゼントかい?それ?」


 この姉妹はもういいから黙っていてくれ、とロディマスは絶叫した。

 心の中で。


 口に出す程の勇気が持てず、燻るロディマスの心に溜まったフラストレーションは、塵が積もってそろそろ倒れるほどになっていた。以前もそうやって闇に飲まれそうになったが、今回のはまだ原因が見えているだけマシだと、己を励ました。


 しかし、胃が痛い。


 ごく普通にストレスを感じているロディマスが、それを我慢して袋を開き中身を確認した。

 そしてそれを完全に取り出して、その黒と白の二色で作られた服をミーシャに突きつけた。


「受け取れ、ミーシャ。これが貴様の新しい制服だ」


「新しい、制服?」


 そう呟くミーシャに制服を無理やり持たせて、受け取ってもらえた事に安堵した。



 現在のミーシャの服は、一般的な従者の服装である。

 若干上等な平民が着る少し地厚な、それでいてデザイン性のない普通の服に、エプロンを付けているだけ。

 見た目からすると、前世で言う臨時雇いの野暮ったいお手伝いさん風だと、ロディマスは密かに不満を持っていた。


 そして、今回新たにパン工房用の制服を作ると考えた際に、ならばミーシャの服も作ってしまえとなったのである。


 しかしそれでも本件の本題は、そんなものではなかった。

 むしろこれは、ロディマスの趣味が8割方の、悪い見方をするならば、ただのセクハラでもある。

 だが、本題の為に、敢えて分かりやすい見た目のインパクトで衝撃を与えておきたかったのだと、ロディマスは己が考えていた計画を思い出しそう言い訳しつつ、受け取ったまま呆然とするミーシャを見て、やはり予定通りに行っていない現実を黙って受け入れた。


 もう少し、何らかのリアクションがあると思っており、それに応じて対応を変えたいと思っていたのである。

 その計画が、本題に入る前準備でいきなり瓦解した。



 もう、これはどう転ぶか分からない。

 ならば己はせめて、最善を尽くしたいと、そう考えた。


 ロディマスは腹に力を込めて、ミーシャを見据える。


「今後は、俺が貴様の正式な雇い主だ。給与もその他の支給も、全て俺の金で支払う事になる。今までは父上に払ってもらっていたが、工場が本格的に利益を上げる目処が立った今、立て替えてもらう理由もなくなったのでな。つまり、名実ともに貴様は俺のものとなった。これは、その証だ」


「・・・、え?」


「貴様に拒否権は、それほどは多くない」



「そこは『無い』って断言してあげてよ!!ミーシャちゃん、かわいそうじゃん!!」


「やかましい。そもそもこのタイミングで渡す事が想定外なのだ、貴様の所為でな」


 そう言ってロディマスは睨むが、いつまでもベッドの上の人なので今ひとつ締まらず、エリスも全く怯まずに近寄ってきて、あまつさえベッドに上がりこんできた。


「でも、このベッド、いつ乗ってもおっきいよねぇ。でもさ、なんで私のせいなの?私、何かしちゃったかなぁ」


「しているな、それも現在進行形で」


「ええ!?何もしてないよ!?何かしてるなら言ってよ、ってヘブッ!?」


 ベッドに上がり四つん這いになってロディマスににじり寄っていたエリスが突然視界から消えた。


 前にもこの部屋で似たようなコトがあったなとロディマスが現実逃避し始めた頃、今回の犯人であるミーシャがベッドから落ちたエリスの襟首を掴みながら話しかけてきた。



「少し、宜しいでしょうか」


「キュ~・・・」


 先ほどの衝撃で完全に目を回しているエリスを手に、ミーシャは無表情で佇んでいる。

 割と猟奇的な光景だと他人事のように眺めつつ、珍しくミーシャが何か自己主張したそうなので頷き、ロディマスはミーシャが口を開くのを待った。


 お礼の言葉などまず聞けないと思うが、もしかしたら色が気に入ったくらいは聞けるかもしれない。

 そんな風にロディマスはミーシャの行動を予想したが、エリスと比べて奴隷生活ですっかりスれてしまったミーシャの今後の行動が読める訳がないと切って捨てた。自分が悩み考えるほど、悪い方向に向かうのを承知しての適切な判断であった。

 そもそもにおいて、そう言う前向きな話が聞けるのであれば、今ほどの圧迫感は感じないだろうと、新たな威圧感をかもし出し始めたミーシャを新たな気持ちで恐れた。


 ロディマスがそんな心境の中、ミーシャは、耳をかすかに動かしながらロディマスに質問を投げてきた。



「この服のお話を、聞かせて頂けますか?」


「あ、ああ?ああ。何を聞きたいのか分からんが、その制服は貴様用に仕立てていたものだ」


「私用、ですか?」


「そ、そうだ。それに、予備は他に3着用意してある。そして古くなれば新しく作らせるから遠慮をするな。事情は先の通りだ。早まったのは予定外だが、元から明日渡す予定だったのだ。だからそれはそれで問題は無い、だろう?」


 本当ならサプライズで渡して、驚いた顔でも引き出せたらと思っていたのは、秘密である。

 それを今言えば、確実にイヤそうな顔で気持ち悪いと言われるだろう。

 ロディマスにはそんな確信があった。


「はい。それでその、エリスの服については?」


 しかし今の己の言葉を聞いたミーシャは、今までとは雰囲気の異なるように見えるとロディマスは目を細め、ミーシャを観察した。

 無表情とは一転して、眉を寄せて軽く困っているような姿は、まるで普通の少女のようである。頬にもわずかに赤みが差しているようにも見えるのは、目の錯覚ではないのかもしれない。


 そんな乙女なミーシャの反応に戸惑いつつ、ロディマスは答える。



「あれは今後オープンする工場併設の食堂用の制服だ。当然、ベリスの分も用意してある。そして今後そこの食堂で働く者には一律で同じデザインの制服を支給する予定だ」


 そこまで言って、ロディマスはある事に気がついた。


 ミーシャの制服は、フレンチメイド調の短めのスカートに見せパン代わりのドロワーズを組み合わせた、活発なミーシャ専用と言ってもいいデザインである。

 ただし前世の趣味なのか、スカートにフリルが付いていたり、エプロンの端がレースになっていたりと、本来は可憐な見た目のミーシャに合わせた作りとなっており、なおかつライルからの注文で複数の道具を仕舞えるような細工も施されている。その為に、量産性は皆無である。

 メイドの一人が三日三晩かけて1着作るような代物であった。


 それに対してエリスの制服は、シンプルなシャツと堅い生地の丈夫なロングスカートに、前掛けのカフェエプロンを着用するタイプである。飾り気も、エプロンが青と白のチェック柄である事と、左胸とエプロン上部に「パン工房」と刺繍を縫ってあるのみ。ミーシャのメイド服と見比べれば気合の入り具合が一目瞭然で違って見える程、露骨に差があった。


 しかしその気合はミーシャのものではない。己の、しかも前世のものである。

 もしかすると、ミーシャは簡素でチェック柄のエプロンがついたプチお洒落なパン工房の制服の方が気に入ったのかもしれない。


 そう考えたロディマスは、急ぎミーシャの制服も用意する事を決意する。



「ライル、そう言えば貴様、ミーシャがパン工房で働けるように仕向けたと言っていたな」


「はい。教育を施したのもバーンズ料理長とメリトランデメイド長なので実力は確かです」


「そうか・・・」


 そう言ってロディマスは、一瞬だけ考えるフリをする。


 しかし先の通りロディマスの腹は既に決まっていたので、悩むフリだけである。

 あたかも渋々、と言った態を取り、あくまで本意でないかのように見せかけ自分への責任を回避する。

 姑息な手であったが、ミーシャが心底怖いので仕方のない対応なのだとロディマスは心中で言い訳をした。


「なら、念の為にメイドたちにミーシャの制服も用意させろ。量産させているからサイズが合うものがあればそれを渡せ」


「畏まりました」


 そんな主の意図を汲んだのか汲んでいないのか、ライルは言葉少なにその命令を受諾し、早速取り掛かるべく出口へと向かった。


「ミーシャ。エリスは任せてあなたは着替えてきなさい。新しい姿を、ロディマス様にお見せするのです」


「え?あ、はい。その、分かりました。ライル様」


 なんとなく出づらい雰囲気となっていたミーシャに声をかけ行動を促しつつ、エリスへのフォローを忘れないライルは執事の鑑だと、己が至らぬところに手を打ってくれるこの有能執事を心の中だけで褒めた。

 口に出すと調子に乗るから、あくまで心の中だけである。

 ロディマスは、実に困った老人だと、己の事を棚上げして肩を竦めたのだった。


「では、俺は仮眠を取る。1時間経ったら、起こせ」


「はぁ!?」


「ベリスも制服を受け取って来い。姉妹で揃いの制服にしなければならんだろう」


「アタイのもあるってのかい!?」


 制服と言うものは、規格として統一されているものなのでこいつは一体何を驚いているのだろうか。

 先ほどまでそれを要求していたのは自分だったのに、と言う思いを込めてロディマスはベリスを半眼で睨んだが、ベリスは呆然とするだけで何の反応も返さなかった。


 この世界の女共は、服を渡すと大抵こんな反応しか示さないのか?


 ロディマスはそれをつまらんなと思いつつ、服関連のサプライズが何一つ成功しなかった腹いせに本格的に不貞寝する事にした。


「当然だ、では寝る」


「ちょっと、え!?本当にもう寝ちまったよ・・・」


 そう呟くベリスを無視して、ロディマスは現実逃避と言う仮眠を取ったのだった。



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