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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
37/130

34


 ロディマスたちが議論を終えてエントランスに戻ってくると、丁度奥からエリスが現れた。


「お姉ちゃん、ケガが無くてよかったね」


「ああ、ありがとよ。ほらいつも通り、アタイは無事に帰ってきただろう?」


「うん、ほんとだね!」


 ベリスに駆け寄り抱きつくエリスは、歳相応の少女で、そしてベリスが傭兵だった頃は普段からそうしていたのだろう。

 いつも通りと言ったベリスの言葉通りに、毎度そのような事をしていたのだと分かるその光景に、ロディマスはケガをさせる事なく無事に戻ってこれたと安堵し、心を和ませかけた。

 しかし何故か内緒にしていたパン工房の制服をエリスが着用していたので、一気に機嫌が悪くなった。



 何故エリスが隠していた制服を着ているのか?

 そう思ったロディマスだが、続いて奥から現れた人物を見て納得した。


「メイド長、貴様の仕業か」


「メリトランデ殿、まさかあなたがこのような暴挙に出るとは思いも寄りませなんだ」


 メイド長、ないしはメリトランデと呼ばれたそのふくよかな女性は、アボート家の従者の中でも双璧の一人と言われているほどの立場ある人物であった。

 40を過ぎ、子供を四人も産んでいる身でありながらまだまだ現役で働いており、以前は王宮に勤めていたほどの経験と実績を積んでいる人物でもある。


 なお、元貴族ではあるが場末の男爵家出身であり、そのお家が財政難で取り壊された為に王宮を追い出され、そこをアボート家に拾われたという経緯がある。

 アボート家に対して大きな恩義を感じている為に、従者の中でもロディマスを毛嫌いしていない貴重な人物でもある。


 ただし元貴族ゆえか、時折このように非常識な行動に出る場合もある。

 対貴族にはうってつけの人物ではあるが、あまり外の庶民とは関わらせたくない人物でもあった。


 そんな彼女が、仕出かした。



「貴様、その服をどこで手に入れた」


「あの、その。名前と共に、その、お坊ちゃまの衣装棚の中にありましたので、その、洗わせて頂いたのですが」


「・・・、そうか」



 新品未使用の制服を何故洗おうと思ったのかは理解に苦しむが、メイド長なりの理由でもあったのだろう。無駄を嫌い効率化を図るアボート家の流儀は、彼女も承知している。

 そうなると、律儀にそれぞれに名札をつけてクローゼットに仕舞っていた自分も悪かったのかと思った。


 貴族や大商会の家では、クローゼットは個人の秘密の小箱ではない。

 仕舞われている服が汚れていたり修繕が必要であれば、従者たちは率先してそれを発見し、洗濯あるいは修繕を行なわなければらない。

 だからメイド長であるメリトランデが己のクローゼットを見た事も、そこで制服を発見した事も、何も不思議ではないかとロディマスは納得しかけた。


 だが、それを洗濯したまでは分かったものの、それがどうして最終的に名前の本人の手に渡ったのかが理解できなかった。

 何故、元の場所に戻さなかったのか。



 するとライルも同じ疑問に至ったのか、それを口にしていた。


「メリトランデ殿。それはそれとして理解が出来ます。しかし、では何故その服を今、エリスが着ているのでしょうか」


「あ、これねー。えへへー。ロディ君からのプレゼントなんだー」



「・・・、は?」


「・・・、はい?」


「ドウイウコトデショウカ」


「ヒッ!?」


 ライルがメリトランデに質問をしたら、エリスが答え、それをロディマスはライルと共に呆然と間抜けな声で返したら、何故か隣でミーシャが切れていた。


 何が起こっているのかさっぱり分からない。

 ロディマスはそう混乱する頭で、しかしそれでも思考を放棄する事無く考えた。


 エリスが服を着ている。

 服は着るものだ。裸であれば大問題である。

 なら、着ていて問題は無い。

 以上、終了。



 結局の所、大した頭を持っていないと自負するロディマスは、今ある情報だけでこれ以上を推理する事など出来るはずがないと早々に諦めて、メイド長、メリトランデに説明を求めることにした。




「メリト・・・メイド長よ。何があったか白状しろ」


「は、はい。お坊ちゃま。でも、その、怒らないで頂けますか?」


「坊ちゃん、俺の名前だけじゃなくメリトランデさんの名前も覚えてないのかぁ」


「事と次第による。もっとも」


「も、もっとも?」


 途中、余計な口を挟んできたアンダーソンを無視して、ロディマスは会話の間に溜めを作った。


 勝手をされた一番の被害者であるロディマスの怒りは一周しており、勢い余って既に鎮火してしまっている。エリスも喜んでいるし、もうそれでいいよと投げやりな気分でもあった。

 しかし隣にいるライルの憤怒の炎と、それ以上の業火を纏ったミーシャの鋭すぎる視線は、まだまだ継続中である。特にミーシャがメルトランデではなく己に向いている事に、解せぬと言いたかったが、堪えた


 そして、事と次第によっては今抱えている感情を破壊活動へと昇華させかねない危険物師弟コンビを落ち着かせるためにも、頼むから周りは好き勝手に余計な事を言うんじゃないぞと心の中で祈りつつ、メリトランデに答えた。


「いずれ渡す予定だったものだ。それが早まっただけとも言える。つまり、そもそもが大きな問題ではない。だから正直に話、っせ!?」



「やっぱりー!!さっすがロディ君」


「ドウイウコト、デスカ!?」



 そして今のロディマスの発言に食いついたのはメイド長メリトランデではなく、エリスとミーシャであった。

 エリスは喜び姉から離れたと同時にロディマスに抱きついていて、ミーシャは傍目からでも分かるほどに激怒し、謎のオーラを発していた。


 赤黒い怒気を発するミーシャに面食らった一同は、ロディマスとエリスを見捨てて遠巻きに眺める事にしたようである。

 ロディマスは、この薄情者共め、と心の中でなじりつつ、引いていった面々の見守るような視線を受けつつ、怒りながら考えた。



 プレゼントをもらったと錯覚しているエリスの心理ならともかく、ミーシャが何故怒っているのかは分からないのだ!!

 そんなミーシャに、どうやって答えればいいのか、誰か教えろ、頼む!!間に合わなくなっても知らんぞ!!

 俺の、(タマ)が!!

 ロディマスは、そう必死に考え、悩んだ。



 何せ相手はあのすぐに手が出るミーシャである。

 先の件でも散々に犯人Aを弄っていたし、犯人Cを咄嗟にビンタするほどの反射神経も見せていた。

 猫耳らしく猫の習性でもあるのか、獲物をいたぶる趣味でもあるんじゃないかと、ロディマスは恐れた。


 そしてそんな彼女は、既に鉄パイプくらいなら楽に折り曲げられるほどの腕力を有している。彼女にとってはほんの些細な一撃でも、ロディマスには致命傷になりかねない。首がポッキリ折れかねない。

 未来の自分はそれを何発ももらいながら生きながらえていたが、今の自分にそれを耐え切る自信は無い。

 よって、現状ではやはりミーシャの動向に気を配るべきだと結論を出し、いかに機嫌を取るかを最大限、ロディマスは考えた。


 しかし普段通り、特に良い案など出るはずも無く、結果として少しばかりの沈黙が流れた。



 そしてここの絶体絶命の状況に救いの手を差し伸べたのは、キースだった。


「おや、お坊ちゃん、お帰りなさい。お早いお帰りでしたね」


「む、キースか。貴様も帰ってきたのか」


 これぞ地獄に仏だと、その優しげな中年の顔を見て安堵し、一先ずの問題を脇に置く事にした。


 先ほどの孤児院の件を話すのに、今は都合がいいのではないだろうか。

 ロディマスはそう思いこみ、それが第一だと言い聞かせてキースに話しかけた。


 問題の先送りである。



「キースよ。貴様の拾ってきた連中を俺が使おうと思うが、異論はないか?」


「え?ありますよ」


「何故だ」


「何故と言われましても、ねぇアンダーソン君。一体何事なのかな?」


「あ、えーと」


 説明を端折りすぎて唐突に妙な事を言い出したロディマスから詳細を聞くのを早々(はやばや)と諦めたキースが、自分の部下であるアンダーソンに事情説明を求めていた。

 そしてそれは的確な判断で、アンダーソンの口から先ほど決まった孤児院の子供たちに教育を施し、新しい事業であるパン工房で働かせると言う案を教えていた。


「と言う訳でして。これからヴァネッサさんにも報告に伺おうかと思ってんですが、この有様でして」


「なるほどなるほど、ふんふん。でもパン工房か」


「何か問題、ありましたっけ?」


「あの子達、そんなパンに囲まれた中で、我慢できるのかな」


「何?」


「いえね。俺も寄付しているし、ここも援助しているのは知っているんですが、それでも彼らは普段からそれほど裕福ではないんですよ」


「そうだな」


「そんな彼らが、まるで夢の城のようなその環境に耐えられるのかな、と思いまして。俺はどれだけ教育しても、誰か我慢ができない子が出てくるんじゃないかなって思うのですよ」


 そこまで言われてはと、ロディマスは少し考えた。

 そして、キースが想像する懸念に少しばかり心当たりがあったと、当時を思い起こした。


 それは、初めてのミーシャとの食事の時である。

 確かに奴隷には、必要最低限の食事を与えている。

 しかしそれでも、ミーシャは常に空腹であった。

 そしてあの時、共に食事をした際の、最初は遠慮していたものの許可を出したらがっつき始めたミーシャの姿が脳裏に映り、その時己が何を感じたのかを思い出した。


 幼い子供を苦しめて、この家の者達は一体何をしているのか。



 孤児は別段アボート家が苦しめている訳ではないが、満たされない日々を送る彼ら孤児の心境はどうだろうか。

 かつての自己中心的で唯我独尊な己が、遠目から見るだけでも悦に浸るほどである。全員がそうでないとしても一部には厄介な者も混じっているかもしれない。劣悪な環境は、人を歪ませる。


 人は、劣悪でも、恵まれすぎても、歪む。



 そう考えると、雇う際のリスクが途端に目に付いてしまい、ロディマスは思わず顔をしかめた。


「確かに、いかにあのヴァネッサとは言え、連中全てに教育を施せているとは思えんな」


「そうですね。団長に指摘されるまで気が付きませんでしたが、これって、ある意味子供たちにとっては拷問みたいなもんですよね。パンは目の前にあって、焼き立てで、おいしい匂いはするのに食べられないって。俺ならグレますよ、そんなの」


「そう、だな」


 アンダーソンが述べた事は、確かにその通りだったとロディマスも同意出来るほど当たり前の話だった。

 これは確かに、飢えた子供たちにとっては酷な労働環境である。


 最初は、この国の元騎士であり片目を失ったが為に引退した所をアボート商会に誘われたヴァネッサが上手く教育しているから、少しこちらで接客などを勉強させれば大丈夫だと楽観視していた。


 ヴァネッサは、キースと似たような性格をしており、清廉潔白で規律を重んじる精神を持ちながら、優しくも厳しく、力も強く子供に舐められることがない。

 まさに孤児院の院長をするに相応しい人物である彼女だが、孤児院をたった一人で運営しているので、当然のように行き届いていない者達もいるだろう。


 そして、いかにライルと言えどもその者達全てに短期間で必要な教育を施し、時に改心させられるとは思えなかった。

 働ける者達全員を一度に雇わなければ不平不満は一層膨らむだろうし、そこまではロディマスも考慮したが、教育や労働環境については見通しが甘かったと言わざるを得なかった。


「ええ、ですから彼らを雇うのはしばらく待ってください」


「そうだな。・・・何?」


 キースが言ったとおりその案を一度凍結し、数年後に再開と言う長いスパンで物を考えようと意見を受け入れたロディマスに、キースはにこやかに告げていた。

 しばらく、待って欲しいと。


「俺が、教育しますから」


「貴様がか?」


「ええ、いけませんか?」


 ロディマスが思わず疑問を即座に投げかけたのも、無理はなかった。


 キースはそもそもアボート商会と言うよりも、会長のバッカス個人に雇われている護衛のような存在である。団を率いているクセに、団の運営にはほとんど関わっていない。大半が参謀かアンダーソンに丸投げしている程である。

 そして様々な都市へと自ら赴く忙しすぎるバッカスの護衛なので、バッカスに付いていくキースもまた多忙なのである。

 そんな男が、孤児たちに今から教育を施すと言う。


「無茶だな。貴様が二人いればともかく、その身は一つだ。例の件も目処はついたからこれ以上エゴ村に貴様がいる必要もない。貴様は貴様のその一つしかない身で、父上を守れ」


 そう言うと、キースは目を見開き、まじまじと顔を見つめ出した。

 そればかりか、ロディマスの周囲を回り始めた。

 ついでに未だに抱きついていたエリスと、徐々に近寄り威圧感を強めていたミーシャをロディマスから引き離して、腕を組み思案していた。


 こうもあからさまに人に観察されれば不快感は言いがたいほどで、短気な性分であるロディマスはつい強い口調でキースに言い放った。


「一体何なのだ貴様は!!」


「え?いえね。うーん」


「何だ!言いたいことははっきりと言え!!!」


「この辺は普通にお坊ちゃんなんだけどなぁ」


 そう言って首を捻り疑問を浮かべていたキースが、手をポンと打っていた。


「まぁ、いっか」


「何だが!!」


「まぁまぁまぁ、俺の気の所為ですよ。それと」


 そう言って結局何も語らずごまかしたキースは、改めた調子でロディマスに向き直り、帝国騎士の簡易礼である左拳を身体の中央、胸の辺りに寄せてロディマスに厳かに言った。


「『暁の旋風』、団長キースは、本日これより10日間、ロディマス様に従うようバッカス様よりご指示を賜っております。何なりとご命令下さい」


「はぁ?」


 傭兵たちは切り替えが早いと言うか、豹変する事は多いが、まさかあのキースまで冗談のようなタイミングでおかしな事を仕出かすとは思っていなかったロディマスは、間抜けな顔となっていた。


「て、訳ですよ。だから俺が責任を持って、あの子達を教育します。任せて下さい」


「あ、ああ。ああ?」


「よし、そうとなれば詳しい話を聞かせてもらえませんか?」


 そうして、一杯食わせてやったと言う表情でキースは爽やかに笑い、振り回されたロディマスは、エリスとミーシャの件がなぁなぁになったからいいかとキースの奇行を見ない事にした。




□□□



 なぁなぁになったなんて、そんな事はなかった。


 ロディマスの心の汗は、未だに止まる事がなかった。

 その後、またも広間に戻った一同は、キースに詳細を打ち明けた。

 しかしロディマスはその間もミーシャに睨まれ、内心で悶え苦しむ事になった。


 そしておおよその説明が終われば極当たり前に秘密は必ず守ると誓ったキースに、ロディマスは最初からこいつに話を通しておけばよかったなと嘆息した。


 思ったよりもすんなりといった事情説明に一安心し、ふとそこでロディマスはキースに一言申しておかねばならない事があったのを思い出した。


「そう言えば貴様、ナエ村に先回りしていたようだな」


「ええ、そうですね。何か問題が?」


 まるでそうするのが当然だったという態度を取る傭兵団団長に、ロディマスは釘を刺した。


「貴様らはアボート家の私兵だ。あまり勝手にうろつくな。兵士など、制御出来なければ魔物となんら変わらん。心しろ」


「そうですね。ついあの手の連中を見ますと血が騒ぐと申しますか」


「何度も言われているだろうが、貴様は騎士ではない。だからそれは、つい、では済まされん事だ。詰まらん真似などせず、俺に報告しろ。・・・、だがしかし、今回については、良くやった」


 悪びれない様子の人間最終兵器に呆れつつ、それでも結果としては大満足だったので、素直に褒めた。

 ベリスを余計な危険に晒さずに済んだ事も、想像以上にすんなりと行った交渉も、全てその先回りがあっての事であると、ロディマスは認めていた。

 だからこそ、その言葉はロディマスが内心で驚いてしまったほど、自然に出たものであった。



 するとキースはそれを聞き、またも驚き目を見張り、ついでロディマスのデコに手を当ててきた。


「んー?やっぱり今日は変ですね。熱は、ないですね。でも念の為に、もう今日は休みましょう。そうしましょう」


 そう言って、キースはひょいっとロディマスを肩に担ぎ上げた。


「俺は小麦の入った袋ではない。何度言えば分かる。降ろせ。あと俺は正常だ」


「人は、大丈夫じゃない時ほど大丈夫と言うものですよ、ねぇ?」


 そう言ってキースはメルトランデも含めた全員に同意を求めた所、満場一致で「その通り」との結論が出たようであり、全く同じタイミングで頷いていた。



「解せぬ」


 確かに先の台詞は自分のガラではなかったが、何もメルトランデまで俺を大丈夫じゃないと言う事はないんじゃないのかと、落ち込んだ。


 しかしライルはメルトランデと顔を向き合わせ、お互いが困ったような笑顔をしている。つまり、このどさくさに紛れて彼らの和解は済んだのだろう。

 ミーシャにしても、苦手なキースが暴走していたからか、すっかり先の制服の一件を忘れているようだった。


 先ほどまでの緊迫した空気が霧散したのは良い事だが、己を生贄にしたこの結果に「納得がいかん」とロディマスはぼやき、しかしそれは誰の耳にも届かずにそのまま3階の自室まで運搬されていったのであった。

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