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「ご苦労だった、ベリス」
「ああ。アタイは結局、何もしていないけどな」
元傭兵の占拠するバンディナエ村のごく一部の者の工場襲撃を無事に解決し、ロディマス一同はアボート商会本部であるロディマスの自宅へと戻ってきた。
そこでロディマスはベリスに労いの言葉をかけたが、ベリスは否定をした。
さすがは仕事熱心で生真面目なベリスだと、その謙虚な姿をロディマスは心の中で褒めた。
あの連中にも見習って欲しいものだと、胸を張って闊歩しているライルとミーシャを横目で眺めつつ、ため息を吐いた。
「ふぅ。まぁ、貴様のような名の売れた者がいれば、それだけでけん制になる。十分な成果だ」
「そりゃどうも。しかし、アタイは傭兵家業も3年足らずに引退してんだ。名前の方はむしろ兄貴のモンだな」
ロディマスはそう返され、そこでベリスの兄であるアグリスについて考えた。
知名度に関しては当然彼女の兄であるアグリスの方が上であろう。
何と言っても、現時点で三度に渡る超がつくほど危険な前線で戦った経験があり、それのみならず、四度もの魔物の森探索の経験もある。純粋な戦闘力のみならず、未来の記憶でもそうだが、生存能力がずば抜けている。しかもそれは己個人を生かすのみではなく、部隊そのものを生かすものである。
ただしそれは自分の部隊のみだがと、ロディマスは未来でかの狂犬と共闘した光景を思い出す。
その男の戦いぶりはまさに狂犬が如き有様で、戦場のどこを問わずに進撃し突破する。相手が他国の騎士であろうと、沸いて出た魔物であろうと、防御の薄いと感じた場所へ身体を無理やりねじ込ませ、相手の喉笛を噛み千切る。
そうして空いたスペースに自軍もろとも突っ込み、包囲網を抜け出してそのまま逃げ切る。
自国の他の部隊を置き去りにして。
その未来の様子を、全力で敵中突破を果たしたアグリスの部隊が、そのまま反転せずに平然と立ち去った事を思い出し、その中に混じり必死に逃げる己がいたことを、恥じた。
分かっている。そうする以外に生きる道はなかった。
未来の自分を卑下しなくなったが、今のロディマスはそれを恥じるだけの人間性を獲得していた。そんな道しか選べなかった事を悔やみ、今世では絶対に繰り返させないと、ロディマスは固く心に誓う。
そうして今感じた思いを心に仕舞い、ロディマスはベリスにもう一度告げた。
「それでもだ。貴様であって、良かった」
「そっか」
そんな含みのあるロディマスの物言いにも、ベリスはそれを問いただすことはなかった。
それは傭兵としての経験からなのか、あるいは女の勘なのか。
とにかくロディマスは、そんな大人の対応を取ったベリスに心の中で感謝をした。
今の気持ちや感じたものを説明しろと言われても、ロディマスには上手く説明する自信もなく、知られたくないと言う小さな自尊心も働いたからである。
ロディマスは、相変わらず浅ましい自分ではあるが、それでも胸を張って生きていきたいと、先ほど魔王の如き手腕でバンディナエ村の元傭兵たちを恐怖のどん底に叩き落していた事を綺麗さっぱり忘れていた。
○○○
そして一同は、明後日に迫っていたパン工房オープンの為の最終打ち合わせの為に、再度集合をしていた。場所はアボート商会の館、そのエントランスホールから右手に入った広間である。
会議室や面談室などにも利用される、多目的な大部屋を利用しての事であり、ロディマスがその場を選んだ理由も機密性の高さ故であった。
若干、少しだけ、いやかなり広すぎるが、と他に適当な部屋のない実家に嘆息しつつ、ロディマスは面々を眺めた。
新型パンの事情を知るベリスに、先ほど工場の警備を終えて一時的に帰ってきたアンダーソン。
そしてお茶を入れる為に一時的に退出しているミーシャと、資料を取りにロディマスの部屋へと行っているライルが主なメンバーである。
今回集まったのは、工場再開の目処、パン工房の開店日の調整、そして酵母について話をする為である。
ロディマスはそう状況を整理して、次に何を話すべきか考えた。
工場については、壊されたのが外壁の一部だったので明日から再開できるだろう。
パン工房も、このままであれば予定通り明日、開店出来るだろう。
ただし、己が知る情報だけでそれを決定べきではないと、ロディマスは学習していた。
他の者にも意見を聞き、その上で多角的に判断をする。
そして今いるメンバーから、確認できるのは工場についてだと考えて、アンダーソンに尋ねた。
「アンダー・・・、おい、貴様、工場の方はあれからどうだ?報告しろ」
「坊ちゃん、アンダーソンです。惜しいです。その調子で覚えて欲しいです」
「善処はしよう。それで、破損の具合と周囲に不審者の影がなかったか。そして獣や魔物もいなかったか。警備はどのようなシフトで組んだか、報告しろ」
「ハッ。報告させて頂きます。破損については二番倉庫の外壁が拳大ほどに破損しておりますが、内壁に異常は見られず、中の荷物も全て無事でした。これが確認した倉庫の目録になります」
「寄越せ。・・・、ふむ、問題は無いようだな」
「一番、三番倉庫に関しても同様に無事です。そちらの目録に併せて記載をさせて頂いております」
「これか。ふむ。・・・なるほど」
ペラリペラリとロディマスが半分殴り書きのようなメモを見て、頷く。清書をされていない殴り書き程度で怒ることはないと、信用されての事だろう。ロディマスをそれを感じて、それには触れなかった。
そして、詳細な数は今ライルが資料を持ってきているが、ざっと目を通して違和感を感じるかどうかくらいは自分でも出来る。
基本的な能力が低く人に頼る事が多くとも、出来る事は自分でやるべきだと考えたロディマスは、あくまで自分が無理をしない、あるいは勝手な判断をしない程度のレベルで仕事をこなしていた。
「おおよそ問題は無い。詳細はライルと詰めるが、工場の被害については分かった。拳大ほどであれば半日も掛からず直るだろう」
「次いで不審者の捜索及び周囲の安全についてですが、今朝方から先ほどまでにかけては危険なものは見られませんでした」
「そうだな。犯人ももう捕まっている。表面上、この事件は解決している」
「ハッ。その通りです。しかし他に犯行に及んでいた者や背後に何かがいる可能性も考えたロディマス様のご判断は正しいと考えます」
「そうか。本件に対して、不服を申し出る兵はいなかったか?」
「おりません。。それどころか皆が皆、やる気に満ちております」
「それは良いニュースだ。やる気のある者は引き続き警備に当たらせろ」
「ハッ」
豹変したと言う言葉がこれほど似合う事態はないと断言出来るほどの変わり身で、アンダーソンは的確に報告をこなしていく。
その姿に、やはりこの男は油断がならないなと呆れ半分、感心半分でアンダーソンを評価しつつ、ロディマスはドアがノックされた音を聞き返事をした。
「誰だ?」
「お坊ちゃま、ライルに御座います」
「お坊ちゃまはよせ。・・・、入れ」
「失礼致します」
「失礼致します。お茶のご用意が出来ました」
ロディマスが入室を促すと、ライルと共に入室して、ロディマスに声をかけてきたのはミーシャであった。
ミーシャはカートを押しており、その上には暖かなお茶を入れる用意が整っているのが、部屋の奥に座っているロディマスからでも見て取れた。
「ふむ。一度休憩を挟む。その間に、ライル」
「はい、なんで御座いましょう」
「これが現在の倉庫の目録だ。目を通し、昨日の資料を照らし合わせて不符号が出ないか確認しろ。そこで座って作業して、報告を簡単にまとめておけ。後で父上に報告に上がる為だ」
「了解致しました」
執事であるライルは、頑なにロディマスと共にお茶をしようとはしない。
食事は共にする事があるものの、お茶と言うものは一種の高貴なステータスだと考えているライルが頑なに拒否をするのである。まるで晩餐会に己が参加するようだと謙遜して、給仕こそが我が役目だと逆に張り切ってしまうのである。
そこで敢えて今、ライルに仕事を振り、ライルにも着席をさせる。
これで見かけ上は全員着席してお茶をしているように見えると、ロディマスは妙な気苦労を感じた。
平和的な悩みで贅沢なのは分かっているが、もう少し素直に言う事を聞いて欲しい。
ロディマスはそう思い、最近は素直に言う事を聞くようになったミーシャを嬉しく思ったのであった。
○○○
「そうか。夜の警備室の常駐人数を二人から四人に増加させ、一人を連絡役にするか。それは合理的だ」
「キース団長のご判断になります。そして日中にも四人を常駐させ、日に二部体制で警備を行ないます」
「二部体制では日に12時間となるが、大丈夫なのか?」
「アタイでも、そいつぁちょっと心配になるね。寝不足で肝心な時に力が出なかったじゃ、良くないねえ」
ロディマスは、前世の、あるいは己の魔法使いの肉体的にそんな常識的な心配をした。そしてそれにベリスも同調し、いかに優れた肉体を持つ剣士でもその手の無茶は利かないのかと少しだけ安堵した。
しかし、そんな心配は無用であると、アンダーソンは胸を張って答えてみせた。
まるで主の不安を取り除こうとする騎士のようであると、この男の場違い感に思わず苦笑いを浮かべていた。
「ハッ。問題はありません。一人は予備員として、実質的な警備は三人で行なう予定です。その一人を仮眠に当て、警備に就く者の負担を軽減したいとキース団長は仰っておいででした」
「ますます合理的で、父上や俺好みの判断だ。よし、俺が許可する」
「ハッ。了解しました」
『餅は餅屋』を心がけるロディマスだが、この采配はハマりすぎだと、最初に指示を出した本人が最も驚いていた。
アンダーソンもキースも、さすがあのバッカスが雇い入れただけの事はあると、彼らだけではなく、そんな有能な彼らを見抜いたバッカスの慧眼にもまた、畏敬の念を抱いた。
すると、アンダーソンとの会話が一段落したと判断したのか、ライルがロディマスに声をかけた。
「ロディマス様。倉庫の検証は終えました。問題はございません」
「分かった。それならば、収めようもあるな」
「左様に御座います」
彼らバンディナエの犯人三人組が本当にただ工場に嫌がらせをしたかっただけだと裏が取れたので、反省をさせる為に自分にご奉仕させる。
ロディマスは父への報告の筋道をそう考え、その中から必要とされる情報が揃っているのを確認してから、頷いた。
「父上と話をするのは、俺が連中を見逃す代わりに奉仕と言う対価で弁償させ寛大な処置を取ったと見せかける。そしてそれを元手に、父上に今回の件をもみ消してもらう。この2点に重点を置く。これで、どうだ。丸く収まるか?」
「悪くはないけど、寛大だったのは事実じゃないか?ご奉仕と言ってもお給金は支払うんだしさ。あと、ちょっと魔王っぽかったな。ああ言うのは、時々なら格好いいんじゃないかってアタイは思うけど」
「その通り、ロディマス様はいつでも寛大で寛容、そして格好いいのです。しかし、ロディマス様を魔王如きと比較されるのは納得出来かねる」
「いや、執事さん。そこは論点とは違くないですかねえ?しっかも魔王を如きって。でも、聞いた限りじゃ坊ちゃんにも利がある取り引きだったみたいだし、持ちつ持たれつなのではないでしょうかねぇ?」
「ご主人様は謙虚なのか傲慢なのか、図りかねますね」
「ぐっ!?」
今のロディマスの作戦を様々な角度から評価する従者の中で、的確に急所を突いてくるミーシャの発言に思わずロディマスは仰け反った。
それは今話題にすべき内容とは違うし、何故今そのような事を言うのか分からないとロディマスはミーシャを見たが、彼女は食器類を片付けており、既に退出する準備を整えていた。
ロディマスは、言い逃げする気かと半眼でミーシャを睨むが、ミーシャは顔を背けたまま退出していった。
逃 げ や が っ た 。
ロディマスはミーシャの子供っぽいその行動に呆れたものの、子供だからより強く感じる部分もあったのではないかとも推測した。
そして、そんな彼女の残していった言葉に思う所が、と言うよりも心当たりが多すぎたロディマスは、それもまた意見の一つだと仕方なく受け入れ、後々に改善できるようになればいいなと未来の自分に託した。
「問題が無ければ、これで行く。残る議題は警備のシフトと、パン工房、そして酵母についてだ」
「お坊ちゃま。警備のシフトに関しては私とキース殿にお任せください」
「分かった。それとお坊ちゃまはよせ」
「畏まりました。それとパン工房については、食堂開店を延期し、しばらくはパン工房のみに専念する他ないでしょう」
「そうだな。昨日今日と工事が遅れている上に、第二倉庫の修理もある。当面はパン工房からの持ち帰りのみになるが、人員確保の時間が出来たと思えばそう悪い話でもないか」
そう言ってロディマスは、食堂の店員候補を数名頭に浮かべた。
名前は知らないが、一人は13歳ほどのメイドの少女。
確か最初にミーシャを助けに地下牢へと赴いた際に、同行していた少女であったはずである。
彼女はこの周辺ではない田舎の村で、その身を売って家族の生計を立てる為に奴隷落ちしそうになっていた所をアボート商会が買い取った、非常に稀有な存在である。
その為に、アボート商会に不満を持つ他の従者よりも信用できると、そうライルが判断して紹介された人物である。
あちらは当然のようにロディマスを知っていたが、ロディマスは彼女の事を全く覚えておらず、誰だ貴様は、と思わず言ってしまった。それを聞いた彼女は大層落ち込んでいたが、ロディマスはそれを気にしなかった。
あの頃は若かったと無駄に老成した感性で覚えていなかった事を全く恥じた様子のなかったロディマスではあるが、それが却って彼女に好印象だったのでは、と意外にもその後も好印象だった少女の様子からそう感じていた。
バイバラと言い、自分に無関心な方が良いと言う変わった人間だと、ロディマスはその少女をそう分析した。
そして他にも、例の工場で働く面々が暮らすバンディエゴ村の女性を六名ほど当てにしている。
ただしうち二名は老人なので、どこまで働けるか分からない上に、あの制服が似合うかどうかも分からない。
一種の賭けになるが、必要な人数がこれ以上集まらないので、当面はこれで乗り切るしかないのが現状であった。
それに、人員の意味では、パンを焼くエリスとベリスのポートマン姉妹の方が悲惨である。
現状で、パンを焼けるのは彼女たち以外にいない。
代役としてミーシャとメイド長などはいるものの、彼女たちには彼女たちの仕事がある。
そこで手を取られていては本末転倒なので、これも早急に信用できる人員を確保しなければならない。
ロディマスは顔を伏せ、両手を組みながら呻いた。
「人手不足が、深刻だ」
「そうだね。どうするんだい?」
「どうにもならん」
「そ、そうかい。ま、アタイとエリスがガンバりゃいいんだよ」
そう言って胸を叩くベリスは頼もしいが、病み上がりなエリスも巻き込んでやる気を見せるなとロディマスは言いたくなった。しかし、こうやって己が無理をさせている自覚もあるので黙ることにした。
しかし、そこに何か妙案があったのか、アンダーソンが挙手をしていた。
「なんだ、言いたい事があるのなら言え」
「はい。あのー、そのですね、孤児院の子らを使うのは、どうですか?」
「何?」
孤児院の子とは、その名の通り孤児である。
ただしその子らは普通に寄り集まった子供たちではない。全員、あのキースが拾ってきた子供たちである。
奴隷にもなれず、親にも先立たれたか逃げられ、街外の村にさえ居場所がない子供たち。
そう言った子供たちを保護して、キースは孤児院に預けている。
「俺はそいつらに会った事がないから、判断がつかん。保留だ」
「いや坊ちゃん会った事あるでしょ!?」
「む、どこでだ?」
「どこって・・・、ここじゃないですか」
そう言って床を指差すアンダーソンに、ロディマスはある事を連想して睨みつけた。
「まさか貴様、地下牢に・・・」
「ち、違いますよ!!ここ、ここです。アボート商会ですよ!!」
アンダーソンに地面の下と言うキーワードからミーシャを思い出したロディマスは、己の勘違いに気付いた。
気付いたが、紛らわしいアンダーソンが悪いとふてぶてしく開き直り、それから先ほどの言葉の意味を考えた。
そして、年端も行かぬ子供たちが数名ほど働きに来ている事を思い出した。
その子らは小間使いであり、雑用係である。
庭の雑草をむしったり、落ち葉などを拾ったりして景観を良くする為に働いている。
あるいは玄関先からの道を綺麗に掃いたりと、とにかく誰でも出来そうなゴミ拾いが主な仕事だったはずである。
そして何故、そのような雑事をアボート商会が子供たちにさせているのかと思えば、原因は己だった。
「そう言えば、俺が父上に頼んだのだったな」
「そうですよ!!忘れてたんですかぁ!?あの子達、いつかロディマス様にお礼を言うんだって張り切ってたのに・・・」
忘れていたも何も、それは以前の自殺したロディマスの実績である。そう言った記憶はあれども、その当時の指示は今のロディマスのものではないし、ある意味で忌まわしい因縁の過去でもあった。
しかし、何故忌まわしいのか。
それと言うのも、己が働かない中で必死に働く子供を見て、悦に浸りたかったと言う実にゲスな理由であったが為であった。
そんな理由だったので胸を張っては言えず、ロディマスは今の今までその事を思い出さないようにしていた。
だがしかし、である。
昔のヤンチャな自分の行ないとは言え、結果的には偶然にも善行に結びついている。
ならばこれは利用しない手はないと、ロディマスはすぐさま計算し始めた。
「あそこは13歳までの子供ばかりだな。13歳なら、エリスが12歳なのを考えれば、十分に働けるか。いや、むしろ俺と同い年の10歳を基準に考えれば・・・。・・・、ライルよ」
「お任せください。数日で最低限の給仕に当たれるよう、教育してご覧に入れます」
「頼んだ。それと」
「はい。その中より数名、ロディマス様の配下として洗脳、いえパン工房の料理人として教育を施します」
「今洗脳って言ったのか、この爺さんは!?」
「申してはおらぬ。ベリス、そのような事をお坊ちゃまの前で言われては困るな」
「ヒェッ!?爺さん、殺気を出すな殺気を!!こえーよ、もうっ」
「何をやっているのだ、貴様らは」
ライルの失言に突っ込みを入れたベリスがライルに脅迫されている。
それに呆れつつも、ロディマスはむしろその手以外に方法がない事を気に病んだ。
子供を利用する。
ロディマスは己も身体だけは十分に子供だがと自虐しつつ、それでも前世的に忌諱していたこの案に乗ろうか考えていた。
アボート商会に正式に所属できるとなれば、彼らの未来も明るいものになるかもしれない。
少なくとも現時点の会長であるバッカスは、利となるなら孤児でも構わずに引き入れるだろう。
そのくらいの懐の深さは、ある。
自分の父をそう分析し、後は己の心を納得させるだけだと気付いたロディマスは、ふと感じた視線に振り向いた。
そこには、ミーシャが立っていた。
いつの間に帰っていたのか、彼女は無言でロディマスより数メートル離れた位置に立っていた。
平然としたいつもの顔で、しかし、ほんのわずかに前掛けにシワが寄っていた事に、ロディマスは気付いた。
ずっとミーシャを見てきたロディマスだからこそ、気付けた。ミーシャがわずかに手に力を入れていた事に。
それは緊張の為か、あるいは不安の為か。
いずれにせよ負の感情が垣間見えるその姿に、ロディマスは決意をした。
「アンダー・・・、の意見を採用する。アンダー・・・はキースと孤児院の院長に話を通しておけ」
「あ、はい。アンダーソンです。もうちょっとなんですけどねぇ。キース団長とヴァネッサさんには必ず伝えます。あの人たちならまず反対はしないでしょう」
「そうだな。それと、爺。洗脳はなしだ。いいな?」
「勿論に御座います。そもそも彼らがロディマス様を直接知れば、自ずから全てを差し出す事でしょう。私など出る幕も御座いません」
「そう言う意味ではないが、まぁいい。エリスの負担も気になる。早々に使える人員を確保しろ、いいな?」
「承りました」
「ロデ坊ちゃんは相変わらず優しいね。姉としちゃ嬉しいけど、ちょいと嫉妬しちゃうよ」
「ふん。貴様も倒れられては困るが、エリスよりは頑丈だろう。もう少しだけ、無理をしろ。・・・・・・、無理をした分には、必ず応える」
「あいよ!!」
ただ文句を言ってみたかっただけのベリスが軽く返事をしたのを流して、ロディマスは最後にミーシャに向き直った。
「ミーシャよ」
「はい」
「笑え」
「・・・、え?」
「貴様にも後輩が出来る。そいつらの為にも、笑え。ここは、良い場所であると」
「笑う・・・、良い場所・・・」
「そうだ。貴様が笑って仕事をすれば、それは他の者にも伝わる。ここは、とても良い場所なのだとな」
表情筋が戻ってきたとは言え、相変わらず仏頂面がデフォルトなロディマスが言うと説得力も何もない。しかも突然笑えとは無茶苦茶であるが、それでもロディマスはミーシャに笑って欲しかった。
今よりももっと幼い頃に家が破産し、奴隷に身を落としたミーシャが、我が家に来た事を思う。
ここ以外に行く場所も、帰る場所もないミーシャ。
そんな彼女は、孤児に己の姿を重ねたのだろう。
『孤児』と言うキーワードが出る度に、心を震わせていたのだろう。
今まで強気な態度でいたのも、もしかしたら、その不安の裏返しによる諦めに似た感情が起こしていたものかもしれない。
ロディマスはそう感じた。
だから、彼女の不安を取り除きたかった。
その行き着く先は、破滅だと知っていたから。
己の破滅だと、知っていたから。
ロディマスは相変わらず自分優先ではあるが、ミーシャも心配をしていないわけではない。
むしろ、最近では己の現在よりも、ミーシャの未来を優先しつつあるようにも思えてくる。
本来止めなければならないような特殊な訓練の数々も、ミーシャの将来に役立つからと敢えて黙認した。
自分を貶めるような発言も特に咎めてはいない。
それは何故なのか。
最近のミーシャは楽しそうだと、ロディマスも感じ始めていた。
口答えする様も、悪態を吐く様も、最初の頃に比べれば愛嬌があると言えるかもしれない。
そう思えてくる。
そして、ロディマスは、思い出した。
最初に、自分は何故一緒に食事をしようと考えたのか。
一緒に食事を取り、共にいれば、情が移るかもしれない。
そう考えたのは、誰だったのか。
「情が移ったのは、俺の方か」
ロディマスは誰に言うでもなく、そう呟いたのだった。




