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一同は馬を歩かせ、すぐ近くにあると聞くバンディナエ村へと向かっていた。
道中、下草がまばらに生える道と呼ぶには難しい平野部を進み、目的地へと進んでいった。
その様子からも、この辺りに商隊どころか商人すらまともに来ていない事を察した一同は、思ったよりも村は悪い状況ではないかと危惧し始めた。
そして木々が増えていき、平野部から森林部へと景色が移りゆく中、もうまもなく村の入り口に差し掛かろうとした時、人の気配に気が付いた。
それも一人二人ではなく、複数人。ざわめきと言うか、何やら低く長い声のようなものが耳に届く。
ロディマスが気になって馬の上から村の様子を眺めてみれば、村の入り口には村人らしきボロボロの者達と、それを取り囲むようにアボート商会で雇っている『暁の旋風』の傭兵たちがいるのが見えた。
どうやら先回りしていた傭兵たちが、既に話をつけていたようだった。
「やはりキース殿は、先にこちらへ赴かれていたようですね」
「そう言う事か、あの優男め」
先ほど、偶然のタイミングを装ってバンディエゴ村に来て声をかけてきたキースが、事前にこの荒くれ者が集うバンディナエ村で一暴れしたのだろう。
村人が自主的に集まってきたのではない様子が見て取れた。
あちらこちらに呻く住人が倒れており、その治療を傭兵たちがしているようだった。
「ここまでやるのか、あの兄さんは」
「あいつはああ見えて、いや、見ての通り元騎士だからな。この手の連中は好かんのだ」
正道から外れた獣には一切容赦をしない男、キース。
そのキースが、子供であるロディマスとミーシャを憂い、先回りして手を打った。
その光景に元傭兵のベリスが反応し、それは仕方がないとロディマスが宥めた。
しかしロディマスにとっても、本心としてはあまり仕方がないで済ませたくない状況ではあった。
惨状が、目の前に広がっている。
地に伏し呻くその姿に、未来での惨劇を重ねたロディマスは顔をしかめたが、同時にその未来よりは随分とマシだと割り切って考える事にした。
彼らはほぼ全員が、手なしは足、もしくは両方に欠損が見られる。
それは恐らく彼らが傭兵を引退するに至った理由であろう。失った部位には傷口などなく、すでに塞がって傷跡となっていた。
そもそもあのキースが、外道とは言え弱者にそこまでの制裁を加えるはずがないのでその心配は元より不要だったなと、ロディマスは地に伏した人々を冷静に観察していた。
「元傭兵とは、こんなものか」
「そうだね。アタイも元傭兵だけど、こいつらはきっと兄貴みたいに前線で戦ってたんだろうね」
「そうか。だが、キースであれば手加減もしたのだろう。こいつらの傷は元々のものだな」
「ああ、そうだね。昨日今日出来た傷じゃない。古い傷だよ」
「団長ならそりゃこんな連中、片手だけでポポイって出来ちゃいますからね。むしろこれ、素手でやったんじゃないでしょうかね」
「そうだな。あいつなら指先一つでダウンさせていそうだな。触りたくないと言い出して」
「俺、実際に団長に指先で突かれただけで気絶したことあります・・・」
ベリス、アンダーソンとそんな会話を交わしながら、無意識にキースを信用しているロディマスは惨状を容認した。
そして次に、彼ら元傭兵の村人の様子、何を考えているかを探った。
彼らの大半に反抗的な意思は感じ取れない所から察するに、先に振るわれた暴力への恐怖以外にも、この村から犯罪者が出た事も知らされているのだろう。
誰も彼もが黙って、ロディマス一行を見上げている。
そして怯えている。
最初ロディマスは、今後雇う予定の農夫に何をしてくれたのかと憤ったが、これは好都合であると瞬時に頭を切り替えた。
まさに悪魔のような笑みを称えたロディマスは、口の両端を吊り上げて微笑んだ。
一部の村人が、ビクリと身体を震わせ、まるで魔王でも見るかのような恐怖と絶望に歪んだ顔をしていた。
その顔、その視線を受けてなお、ロディマスは不敵に笑った。
残念だが、俺は魔王ではない。
だが、だからと言って俺の工場を壊した貴様らには容赦などしない。
そう強く意思を持って、ロディマスは彼らと相対した。
「これで、全員か?」
「はい、そうです。ロディマスお坊ちゃん」
「お坊ちゃんはよせ」
そう話を切り出したが直後、いきなりのお坊ちゃん呼ばわりにさすがに空気読めよと、ロディマスはその返事をした傭兵を睨んだ。
しかしさすがは現役の傭兵であり、あのキースを団長と慕う者である。ロディマスの一睨みなど意に介さず、淡々と報告をこなした。
「現在、この村には14名の者が住んでおります。うち13名は確保済みであります。なお、例の襲撃犯はそちらの2名になります」
「こちらです」
「そうか」
想定外にキビキビとした、まるで前世の軍隊か警察かを思わせるほど理知的で統率の取れた彼らの態度に、ロディマスは内心舌を巻いた。
普段、家で見るような、気のいい兄貴と言った態を完全に隠している。
最初に話しかけた者など、訓練場で屁を垂れて皆から蹴りを入れられ、ケツを掻き、「彼女欲しいなー」などとボヤいていた冴えない男とは思えないほどである。
次に返事をした男も、最近彼女に振られたとミーシャに愚痴って慰められていた男である。そんな男が屈強な男二人を取り押さえていた。
一人で二人を取り押さえるなど、この世界でもかなりの高等技術だが、それを真顔で平然と行なっている。
そんなギャップしか感じられない二人の姿に思わず吹き出しそうになったが、空気を読み辛うじてロディマスは堪えた。
その結果、上手く沈黙を演出できたのだろう。
ロディマスは犯人を睨んだまま立ち止まると言う、絶妙な圧迫をかけることが出来た。
「お、俺たちに何をするんだよ!!」
そして沈黙が降りていた中、その空気に耐えられず犯人Bがそう叫んだ。
しめた、とロディマスは思った。
話す切っ掛けを欲していた所に、向こうから無防備にも飛び込んできたのである。
そしてその隙だらけの格好のタイミングを逃すロディマスではなかった。
ロディマスは目を細め、叫んだ男、犯人Bに告げる。
「黙れゲテモノめ。貴様が俺の工場を襲撃したのは知っている」
「な!?」
「ゲテモノ。そうだな、貴様はゲテモノだ。それは見た目ではなく、性根の話だがな」
「あ・・・、な・・・なんだ・・・トッ!!!」
「ロディマス様がお話しているので、大人しくしていて下さい」
再度叫ぼうとした犯人Bを、ミーシャが思い切り打った。
その為に最後まで言い切れず、犯人Bはただ睨むに留まった。
しかし今のミーシャの攻撃を耐え切るとは、こういう場でなければスカウトしたいほどの逸材だな。悪魔用の囮や壁に使いたい。
ロディマスの冷静な部分がそう考えたが、それもいずれ向こうから買って出てくるように仕向ければいいかと、考えるのをやめた。
そしてロディマスは、彼らに死の宣告を放つ。
「さて、貴様らも周知のとおり、そいつ含めた3人は、あろう事か俺の工場を襲い、機材などを破壊した。それが、どう言う事か分からぬとは言わせんぞ、元傭兵共よ」
「やったのは俺らだけだ!!村の連中は、関係ない!!頼む、俺らだけなんだ」
明らかに含みを持たせたロディマスの物言いに、利害に関しては敏感な元傭兵である村人たちがざわめく。
そんな中で、いつの間にか猿轡を外されていた犯人Aが叫んでいた。
予想通り、ライルが犯人Aを叫ばせていた。
全く持って、この執事は有能すぎるとライルを褒めちぎりつつ、ロディマスは不敵に笑い犯人Aを否定する。
「ほう。関係がない、と?なるほど。全く持って理解不能だな」
「なんだと!?」
ロディマスは関係がないと言う意見を切って捨てた。
すると、短気だと思われる犯人Bが今度は食い付いた。
犯人Cは観念したのかうな垂れたままである。
実に想定どおりの展開だと、この順調な流れに思わずロディマスは楽しくなっていた。
「貴様らは村に所属しているのだ。ならば、その責任は貴様ら当人と、その村全体に及ぶ。当然であろう?同じ村人なのだ。貴様らが止めていれば起こっていない話だからな」
「そ、そんなの無茶苦茶だ!!」
「それに、事が小さければもみ消してしまうのも、無関係だと言うのも悪くはなかろう。だが、今回は違う」
「な、何が、何が違うってんだ!!」
「お、おい。待てジャリク。それモゴ!!モゴゴ!?」
「俺はアボートだ。このアボートに逆らって、貴様らが無事に済むなど、片腹痛い」
「な!?も、元はと言えばお前らがおかしな事を言い出したんだろうが!!!あのクズ飯を沢山作れって、ふざけてんのか!!!」
次いで犯人Bが食い付き、いつの間にか真実を知る犯人Aがまた猿轡をされ黙らされた。
そして興奮したままの犯人Bは叫び、勢いに任せて自白した。
その叫びを聞き、言質取ったどー、とロディマスは心の中で拳を振り上げた。
やはりライルの予想通り、あのベリーの栽培に不満があったと言うのが彼らの口から直接聞けた。そして同時に、これで犯人に自分たちがやったのだと自白もさせられた。
そしてそれに気付いた村人の何人かが、気まずげに視線を下げた。
畳み掛けるならここだと、ロディマスは敏感に察知して宣告した。
「貴族が相手であれば、一族郎党皆殺しなど至って当たり前の処罰だ。そして俺はアボートの名のみならず、ここの領主、デルモンテ伯爵とも懇意にしている。そして隣のベルナント公爵ともな」
そこで一度言葉を切り、周囲を見渡す。
ゴクリ、と生唾が呑む音がアチコチから聞こえ、緊張感が高まっていく中、ロディマスは静かに告げる。
「そんな彼らが、俺が危害を加えられたと知れば、どう動くか。そうなれば、貴様らの末路がどのようになるのかなど、見えているだろう?」
「ヒッ!!?ま、まさか!!」
「そんな・・・おいガルド、貴様らなんて事をしてくれたんだ!!」
「お、お仕舞いだ」
「ナンデこんな目に、ナンデコンナメニ」
それぞれ口々に騒ぐ元傭兵の村人を見て、アボートの名前よりも貴族の方がまだまだ威力が高いと知り、ロディマスは少しだけ驚いた。
国を牛耳るほどの大商会よりも、貴族の方が怖い。
これは少しばかり封建社会を甘く見ていたと、ロディマスは自分が知らなかったこの世界の情報を得て内心、ご満悦であった。
そしてそれは、少しばかり外に漏れていたようで、阿鼻叫喚な最中、それを眺めて笑うロディマスは、傍から見るとまるで魔王のようであった。
「ロデ坊ちゃんは、えぐいな。まるで魔王だ。エリスには見せらんない姿だぜ、こりゃ」
「素晴らしい、さすがロディマス様でございます。むしろ、魔王すら凌駕されておいでです」
「ライル様のそれには、さすがに賛同いたしかねます。でも魔王っぽいのは、そうですね」
従者連中も口々にロディマスを評価しており、それを聞いたロディマスは、魔王プレイをやめた。
そちらのルートは俺の望むところではないと、我に返ったからである。
○○○
未だに騒ぐ村人に向けて、注目させるべくロディマスは拍手を放った。
パーン、と小気味良い音と共に、静寂が訪れた。
そこですかさず、ロディマスは優しく、心の隙間に入り込むようにゆっくりと語りかける。
「俺が貴族ではなくて、良かったな」
先ほどまで盛大に権力を笠に着ていたロディマスが、突然先の言葉を撤回するようなことを言い出した。
どの口で言うのかと突っ込む者はおらず、その発言内容に疑問、そしてある者は希望を見出して、一様にロディマスの続きの言葉を待ち静かになった。
場を完璧に制御している己の行動に、良い傾向だが、本気で宗教じみていると振り返り、げんなりしつつもロディマスは話を続けた。
「俺は権力を振りかざすだけの貴族ではなく、交渉が可能な商人だ」
そう言うや、まさか、そんなと再び小さくざわめき始める村人に、ロディマスは再度悪魔のような笑顔で語った。
「さぁ、取引を始めるか。貴様らが、罪を購えるほどの何かを、俺に提示しろ。そうすれば」
そこで一旦言葉を切り、溜めを作る。
緊張感が高まる中、地べたに座り込み不安げに揺れる数々の瞳を見返しながら、ロディマスは、告げた。
「許してやらんでも、ない」
「結局、商人から魔王に戻っちゃってるな、ロデ坊ちゃん」
「実際の魔王はもっと凶悪だと聞いています。だから、まだ魔王ではないのではないでしょうか」
「お坊ちゃん、そりゃないんじゃねえんですかね」
「ロディマス様、ああ、なんと神々しい」
その後の交渉と言う名の脅迫はスムーズに進み、今回の件を黙認する代わりに、以後、彼らからは定期的に酵母用のベリーを格安で調達する事が出来るようになった。
当然秘密の厳守もしっかりと約束させた上でなので、この結果は望外だったとロディマスは一人ほくそ笑んだのだった。
-ロディマスは技能【脅迫】を得ました-
-ロディマスは称号【脅迫する者(無自覚)】を得ました-
-ロディマスは加護【トリックスター】を与えられました-




