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「こう言う時、近いのはいいものだ」
「左様で御座いますね」
街を出て、馬を走らせること10分。
目と鼻の先にあったバンディエゴ村に到着した一同は、早速中央の広間に村人を集めて事情説明を開始しようとしていた。
しかしその直前、ライルがマニカを呼び寄せて何かを依頼していた。
何を話していたのかは分からないが、ライルのする事なので間違いはないだろうとロディマスは口を挟まずに、改めて村人たちに向き直った。
するとライルはマニカと話が終わったのか、まるでそれが当然であるかのようにロディマスの隣に立ち、怪訝な顔をする主をよそにいきなり事情説明を始めた。
一同の中では二番目に身分が高いのでそれはそれで間違いではないのだが、何でもかんでもライルはやりたがる。
特にミーシャが側にいる時ほどやりたがるので、もしかして孫にいい所を見せたいお爺ちゃん気分でミーシャにアピールしているのかとロディマスは勘繰った。
しかしそれが大きな問題になるでもないと判断し、最近特に積極的な老執事にロディマスは任せることにした。
簡潔かつ明瞭なライルの話に、村人は事の次第を理解し、そして理解したが為に不穏な空気も流れ始めた。
ロディマスの説明ではこうもいかなかっただろう。
彼らはロディマスを信用しすぎている。だからこのような剣呑な空気にはならず、ロディマス様に任せておけば大丈夫だと、安心し切ってしまっただろう。
それを察知したロディマスは、己がライルに頼り切っている事を棚に上げて、これは問題ありだなと今後この村に有事以外は近寄らないようすべきだと判断した。
続く話でライルが村人たちに指示を出していたので、ロディマスは思考を切り替えた。
「ですが、幸いにも私めが知る限り、ケガ人はおりませんでした。そこで皆様には不審な者がいないか、数日ほど気を配って頂きたいのです」
「不審な者ですか。それはそこの男のように、ですかな?」
ライルから工場の惨状を聞き、怒りを露にした村民を余所に、さすが長たる村長は可能な限り冷静に対処をしているようだった。
しかし額に青筋が浮かんでいるのを見るに割れる寸前の風船のようだと、あまりこの老人を刺激しないようロディマスは心がけた。
「そうだな。この男のような者だ。だが、全てを疑えという訳ではない。そもそも重要なのは、貴様らの安全だ。逆に言えば、貴様らが安全なら犯人を見つける必要はない。身の危険を感じたならば、皆で逃げればいい。家財なども捨ておけ。今は俺が全て保証してやる」
「私どもの安全ですか?それに家財の保証など、さすがに恐れ多いですよ」
「いいから従え。金ならある。それと残る犯人は二人。そちらも目星は付いている。だから貴様は余計な気を回すな。どの道すぐに解決する話だ」
「なんと、そこまで話が進んでいるのですか。さすがです、さすがロディマス様です」
村長がそうロディマスを持ち上げると、自慢げに頷く従者たち。
情報を集め犯人の一人を捕縛したライル、ミーシャの両名はいざ知らず、ベリスどころかアンダーソンまでもが自慢げに頷いており、何だか宗教のようで気持ち悪いと感じてしまったのは、ロディマスが小心者故だろう。それに、神様と言う存在が嫌いなのも遠因ではあった。
そしてそもそも人の上に立つような人柄ではないし、もしそれほどまでの求心力があるのであれば、前世では冴えないサラリーマンなどしていなかった。根性だけはあったが、頭の方は今ひとつだったのだ。こんな事をされても対応に困るだけだ。
そんな自虐気味なロディマスの心境を余所に、話は進む。
「バンディナエ村に、残る犯人はおります。しかし、万が一逃走する恐れもあるので警戒をなさって頂ければと、私共はこの場にロディマス様の共として参上した次第です。ご理解いただけたでしょうか?」
そう言ってライルがバンディエゴ村の面々に、最終確認を行なった所、背後から声が聞こえた。
「おや、説明は終わってしまったのかい?」
○○○
「キース殿。これは丁度良いタイミングで」
ロディマス一同は、唐突に背後と言う意外な場所から声が届き驚いた。
だが、そんな一同の中において、振り向く事無くその人物を言い当てたのは、やはりライルであった。
ライルのその言葉を聞き、背後に人がいるのを察した一同が振り返れば、キースと呼ばれた男は、にこやかな笑みを浮かべていた。
あいも変わらず無駄に爽やかな男だと、ロディマスは気配を殺して近づいてきたその男を眺めた。
そして、大方、俺たちを驚かせたかっただけだろうと、無駄な事にも全力を出すその男に対して肩を竦めて見せた。
その間に男の情報を思い出す。
皮鎧を来た軽装の傭兵、キース。
優男で、ハンサム。高身長で金髪。堀が深く、目元が優しい。年齢も30半ばと、今最も油が乗っている年齢である。
絵に描いたような、それこそ姫の側にでもいそうなほど素晴らしいルックスに、剣の腕も超一流。
優秀な剣士である父バッカスでさえも、全く敵わないと言わせるほどの人物、キース団長。
元、帝国の騎士と言う経歴を持つに相応しいルックスと性格と実力を兼ね備えた類稀なる人物。
今は『暁の旋風』と言う40人規模の傭兵団の団長。
そしてその男は、見た目通りに真っ直ぐで優しい男である。
それ故に国を追われたのだが、この男の性根はそんな事で曲がることはなく、未来においてもそれは変わらず、多くの民を救い、大体どの未来でも最後は人類では太刀打ち出来ないと言われている、成熟しきった巨大な悪魔と一騎打ちの末に相打ちとなっている。
今後来る戦乱の時代において乱立する英雄の中でも飛び切りの大物。まさに未来の大英雄と呼べるほどの傑物。
そしてそのような状況の未来でさえ、最後までロディマスとは表立って対立しなかった人物。将来における敵か味方か、未だに掴みきれていない謎多き人物。
そんな男が今、ロディマスに気さくに話しかけてきた。
「これはお坊ちゃん。奇遇ですね。ささ、帰りましょう」
唐突に偶然を装いそう言うや、いきなりロディマスを肩に担ぎ上げた。そしてそのまま近くにある犯人護送用の馬車に放り込もうとするキース。
そんな行動に面々は唖然とし、ロディマスとライルだけが対処をしていた。
「キース。いい加減にガキ扱いはやめろ。あとそれは犯罪者の護送用だ、だから俺を放り込もうとするな。おいやめろ」
「子ども扱いもしますよ。見た目は大きくなってきていても、まだそう言う歳じゃないですか。ほら、帰りましょう。ここは僕らにお任せ下さい」
「いいから、離せ。このスットコドッコイのうんこちゃんが」
「あはははは。大丈夫ですよ、怖くないから。ほら、馬、怖くないでしょう?つぶらな目がかわいいでしょう?もうそろそろ馬にも馴れて頂きたいのですが」
「そもそもロディマス様は馬に乗ってきたのですし・・・」
あまりのキースの暴走っぷりに、普段は無口で通しているミーシャもポツリと突っ込まざるを得なかった。
しかしその声を聞いたキースは、まるで新たな獲物を見つけたかのような俊敏さでミーシャに近寄っていた。
「おや、ミーシャ。君も一緒かね。なら共に帰ろう。それならばお坊ちゃんも寂しくないから、ね」
そう言って、キースは空いた手でミーシャの手を掴み歩き始めた。
全く話を聞かない強引と言う言葉でさえ生ぬるいキースの行動に一同が呆れる中、やはりライルだけは動いた。
そっとキースの手首に自分の手を添えて、呟く。
「キース殿は相変わらず子供がお好きなご様子」
「ええ、子供は国の、いえ、世界の宝です。僕が守らねばならない存在です」
「それには私めも同意させて頂きます。ならばほら、マニカ殿、こちらへ」
「はい。ライル様に頼まれた時は何事かと思ったけど、コレだったんですね」
「はい、コレです」
何故だか通じ合っている様子のライルと村唯一の子供マニカの二人を見ながら、ロディマスはこの場を切り抜ける上手い言い訳を思いつかないか頭をフル回転させた。
こうなる事は予想できていたはずだ。
ただ、ほんの少しばかりキースの到着が早かった。
誤算。誤算である。
そんな単語がロディマスの頭を過ぎった。
そしていつも通りの誤算であったと気付き、しかも妙案など浮かばないロディマスは二重三重の意味でぐったりとした。
その最中、キースは駆け寄ってきたマニカを抱き止める為か、ロディマスを地面にそっと足から下ろした。
その隙にと、同じく手を離されたミーシャの手を取り、ロディマスはライルに駆け寄って陰に隠れた。
「おや、君は誰かな?マニカ、と呼ばれていたけど。お菓子食べるかい?」
「お菓子!!食べる!!食べます!!」
「はっはっは、子供は元気が一番。はいどうぞ」
「やった!!もぐもぐもぐ」
「はぁ」
全くこいつはいつもいつも、とキースの普段通りの様子に、キースを知る面々からため息が漏れた。
「はー、ウチの団長。すっごく情けない姿、晒しちゃってますね」
「フゥ。私、あの人、苦手です」
「一応アレでもこの国で有数の剣士だ。余計な事を言うとヘソを曲げるし、融通は利くが、与えるべき対価が問題すぎる。それはとにかく、今は無駄口を叩くな。アレの機嫌もそうだが、村人も不安がる」
コソコソとアンダーソンとロディマスが会話をする中、すっかり意気投合したキースとマニカが手を取って遊んでいた。
そして気付いた。
なるほど、これがライルが事前にマニカに頼んでいた依頼内容かと、対キースの囮にライルが密かにマニカを用意していた事を知った。
そしてその用意周到さに脱帽し、また、これも一つ勉強になったとロディマスは前向きに考えた。
「村長よ」
「は、はぁ」
「アレはああ見えて、そうだな。どう言えば良いか。とにかく強い剣士だ。今日明日は、あれと数名をここに配備する。村の警護に使え」
「だ、大丈夫なのでしょうか?」
「仕事に関しては問題が無い。そしてあいつが対処出来ない問題であれば、街も共に滅ぶほどだ。その時は、諦めろ」
「それほどまでなのですか!?」
「それほどまで、だ。まだ見ぬ勇者ではないにせよ、勇者と同等の力を持っていると思えばいい」
「そ、そんなお方をこの村に。ああ、神よ」
未来の記憶を頼りに多少盛ったキースの強さを伝えれば、村長は感涙していた。
そして村長の祈りを捧げ呟く姿に、ヒクリ、と頬を引きつらせながら、ロディマスは一先ずこの場が収まった事に安堵し、次の行動に移る事にした。
「キースよ、話は聞いているな?この村と住人、ついでにマニカを守れ。絶対に、厳守だ」
「お坊ちゃん、分かりましたよ。あと、この子、持って帰ってもいいですか?」
「そいつは痩せているが孤児ではない。ダメだ」
「ダメですか。ならまた今度、遊びに来てもいいですかね?」
「俺に聞くな、ソイツに聞け。貴様の休息日であれば好きにしろ。馬を貸してやってもいい。とにかく今は時間が惜しいのだ、俺は行く」
「了解しました、お坊ちゃん。それではベリスフィア君、ライル殿。お坊ちゃんたちをよろしく頼みますよ」
「あ、ああ。・・・、キースさん、アンタ、すごい人だったんだな。いろいろと」
「勿論にございます」
何やら含むところがあるベリスと、全くのいつも通りのライルがそれぞれキースに答える。
ベリスの含みはロディマスの思う所でもあるが、今はそれを話し合う状況ではない。
あまり遅くなれば、バンディナエ村にいるであろう犯人が不審がり逃亡してしまう危険もある為である。
この過酷溢れる世界において、犯罪者の居場所など最下層の奴隷しかありえない。
その奴隷にしても、ミーシャの両親であるレバノン商会の元会長夫妻のような鉱山送りと言う最悪の状況から、今のミーシャのように3食を満足に与えられ、しかも武器まで扱わせてもらえるほぼ一般人と変わらない待遇と、まさにピンキリである。
状況的には、元傭兵と言う力ある存在が、無辜の民を襲ったのである。
言い訳無用で即鉱山送りであろう。
しかしここでふと、ロディマスは余計な事を考えた。
この世界にはキリストがいなかったので10を表すキリと言う言葉はないな、とロディマスは前世の事を思い出し、今世にそんな救世主がいたのなら、世界はもう少しマシだったのではないだろうかと嘆息した。
しかし現実逃避をしていても始まらない。
救世主はいなくとも、勇者と魔王はいるのである。
ロディマスは気を引き締めなおして、再度状況を確認した。
状況は、悪くない。
今現在だけを考えれば、己が想定していた以上の事態であろう。まさに絶好の機会、と言うものである。
この世の神々を呪った身ではあるが、案外今世も捨てたものではないのかもしれない。
久しぶりに前向きに考えられる今回の事件に、ロディマスは勘違いをしたまま前を向いて歩き出した。
自社工場が襲撃されるなどそもそもが大事件であり、それ自体が不幸であったとも気付かずに。
かくして、キースの説得に成功したと思い込んだロディマスは、鼻を鳴らして悪態を吐いた。
「ふん、最初から黙って従えばいいのだ。貴様ら、行くぞ」
「はい、ご主人様」
「ロディマスと呼べ、ミーシャ」
「はい・・・、ロ、ご主人様」
「・・・、行くぞ」
何故ミーシャが言い淀んだのか考えるのが怖くなったロディマスは、それを聞かなかった事にして自分の馬へ乗り、次の村へ向けて進ませたのだった。




