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ロディマスがバンディナエ村、工場襲撃犯がいる村を、武力により制圧すると宣言した。
それに対して真っ先に反応を示したのは、やはりその村の住人である犯人Aであった。
「モガァ!?ボゴブ!?」
「そうですね。実のところ、彼らの人数、実力であれば私とミーシャで十分です。そこにロディマス様が加われば、過剰戦力と言っても差し支えありません。ですが、念の為にベリスにも出動して頂ければ万事滞りなく解決すると思います」
「動かないように、へし折りますよ?」
次いで、ライル、そして犯人Aが動いた為に頭を叩いたミーシャの、全員がそれぞれに反応を示した。
ミーシャの反応は自分が思っていたのと違うのだが、と気が逸れかけて、慌ててロディマスは本題に意識を戻した。
そしてライルの言葉を考えた。
ロディマスが加われば、の部分が明らかにお世辞だろうと理解しているロディマスは、ため息を付きつつも名の挙がったもう一人について、憂慮した。
「ベリスか」
ベリス。
伝説級の傭兵、狂犬アグリスの妹で、病気だったエリスの姉。
つい先日、その妹の難病の治療をしたが為に、その感謝をロディマスに捧げ、今は忠実な僕としてロディマスの元で働いている妙齢の女性である。
確かに腕っ節の方は問題がないだろう。あの鍛え上げられたスプリンターの様なしなやかな肉体を見れば、傭兵を引退しているとは言え、そこを疑う余地はない。
それもナエ村の連中のようなドロップアウト組ではない真っ当な人間である。
未だに身体を鍛えているからか、家の傭兵たちとも互角に戦え、しかも家事全般が得意と言う逸材でもある。
そして何よりもロディマスに忠実で、秘密も必ず守る。
まるで日本犬のようだなと、ベリスフィア=ポートマンを、ロディマスはそう的確に評価していた。
腕も立ち信頼も置けるとなれば、本件で共にするにはうってつけの人選に思えたが、しかしロディマスはそれに待ったをかけた。
「明後日から本格的にパン工房もスタートするのだ。今、ヤツにケガをされては溜まらんぞ」
その懸念は最もであった。
待ちに待った明後日からのパン工房の開店に、最も期待を寄せているのはロディマスである。
そこに水を差すような真似を自らしたくはなかった。
しかも、現状、例のパン工房で雇える人員がエリスとベリス、そして一時的に2週間ほど通ってくれる料理長だけである。
そんな中で、ベリスがケガをしたらパン工房には実質的にエリスだけとなる。そうなってしまえば開店即休業と言う憂き目に会いかねない。
しかしライルはそんな心配は必要ないと、平然と答えた。
「まずあの者であれば、ケガを追う事さえないでしょう。それに万が一怪我をしても、ベリスも剣士であれば、おおよそのケガは三日もせずに完治します。その間はミーシャや他のメイドを当面の代役に立てれば大丈夫です」
相変わらず剣士の規格外の再生能力に呻きそうになったロディマスは、続く言葉に聞いたミーシャと言う単語に敏感に反応した。
他のメイドたちは、一部は料理を習得しているが、ミーシャは料理とは全く無縁の存在だったはずである。
料理をするとなれば、当然厨房に立ち入らなければならない。
しかし貴族や大商会と言った人を雇う側の人間は、毒殺を恐れて信頼の置ける者しか厨房に立ち入らせない。当然、アボート商会もその中の一つである。
そしてそんな事情を知る厨房の面々も、余計な人員を厨房には入れない。
まして奴隷であり、この国でも忌み嫌われている獣人であるミーシャを入れるはずが無い。
以前、新型パンの為に酵母の検証を行なった際も、それとなく同行させなかった。
それなのに、ミーシャは料理が出来るとライルは言った。
疑問が、ロディマスの口から漏れた。
「何?ミーシャが?・・・、こやつは、そもそも料理が出来たのか?」
「それはもう。嫁に出しても、宮廷料理を作らせても恥ずかしくない程に鍛えてございます」
「宮廷料理はともかく、嫁に?そんな予定でもあるのか?」
「いえ、ございません。ですがメリトランデ、メイド長が真面目なミーシャを教育中に、俄然やる気を見せまして、そのような形となりました」
「貴様らは一体何をやっているのだ」
放っておくと際限なくミーシャに詰め込んでいそうなアボート商会の従者たちに、ロディマスは心底呆れた。
しかも本気で方向性、ミーシャの行く末が分からないと、もはやどう制御して良いのか分からなくなったミーシャの将来を思い、ついため息が漏れたのも仕方が無い事であった。
ソルジャー的な方向での強化でなかっただけマシであろう。ならば自分にとっては吉報である。
ロディマスはそう解釈し、そちらの問題を先送りにして本題に戻った。
「それで、ベリスとミーシャの方は納得した。ならば、アンパンマンは連れて行かないのか?」
「アンパンマン?・・・、ええ、アンパンマンは他の兵たちと共に工場周辺の警備に当たらせます」
「いや執事サン!? 疑問に思ったのにそのままスルーしちゃだめじゃないですかねぇ!俺、アンダーソンですってば」
「存じております」
「存じていてその対応なんですか!!ひどいですよぉ」
「いいから、黙れ。大事な話をしている。貴様は愛と勇気の為に働いていればいいのだ。それで、エゴ村の方は誰が付く?」
「愛と勇気・・・」
そのフレーズに感動した様子で簡単に絆されているアンダーソンを視界の外に追いやり、ロディマスはバンディエゴ村の警護について、ライルに尋ねた。
万が一にもないだろうが、人員を割いていないのであれば問題だからである。
やはりと言うべきか、有能執事はこの主の思惑を見抜いており、既に手を打っていたのである。
ロディマスは完全に心配のし損であった。
「そちらについても我らが兵の一部を回す算段が立っております。数人程度しか割けませんが、団長であるキース殿自ら名乗り出て下さったので、任せても大丈夫でしょう」
「何?父上がもう帰ってきているのか。今度も随分とお早いお帰りだな。しかし、父上の耳には」
「報告させて頂いた上で、任せる、とのお言葉を頂戴しております」
「そうか、それは良いニュースだ。そして父上が帰ってきたのであればあの男もしばらくは自由に動けるのか。ならばそちらも問題ないな。ならいい。よくやった」
「当然の事でありますれば、お褒めの言葉を頂戴するまでもございません。全てはロディマス様の計画があればこそにございます」
そう言って大げさにも恭しく頭を垂れるライルに、本当に敵わないなとロディマスは何手も先を見据え、こちらの不足を補ってくれる老執事に心の中で再度、感謝をした。
今の態度も、この出来る男の主が自分であるとアピールする目的があり、それは犯人Aに見せ付ける為のものだろうと言うのが、目を見開いて呆然としている犯人Aを見ればよく分かる。
今後の交渉に、この犯人Aを引っ張り出す為だろうとも分かった。
自分の全くの想定の埒外であった父への報告の件も含め、ライルがここまで考慮して行動してくれていなければ、ここまですんなりとは行かなかっただろうし、今後の展開も苦しいものになっただろう。
一瞬、余計な手間が増えたと考えた自分が愚かに思えたが、そんな自分でも付いてきてくれると言うのなら、精々虚勢を張るかと、ロディマスは鷹揚に頷いてライルの心意気に態度で答えた。
そして更に、後顧の憂いは絶たれ、利用しやすい奴隷同然の戦力が増える事に喜んだ。
「ではまず、エゴ村に赴いて再度、被害状況の確認。それからナエ村で捕り物と、交渉だ。行くぞ」
「はい」
「かしこまりました」
「アンダーソンですよー?俺、アンダーソンですよー?」
「俺は父上にご挨拶に上がる。貴様らは直ぐに出れるよう準備をしておけ。いくぞ、ミーシャ」
「はい、ご主人様」
「・・・、ロディマスと呼べ」
「畏まりました、ロディマス様」
「!?・・・、うむ、行くぞ」
「はい」
そうして各々準備に取り掛かるべく、一度解散をした。
「アンダーソンですよー?るーるるー・・・」
□□□
ロディマスは玄関に足を踏み入れた。
するとメインフロアたるその広間は、贅の限りを尽くされた煌びやかな空間であった。
右手を見れば誰それが作ったと言う青と緑、赤と黄色の鮮やかな文様が入った壷。
左手を見ればどこどこの名産と言う、これも原色を散りばめた色鮮やかな布がかけられている。
当然絨毯も同様に高級品で、真っ赤な色合いと隙間無く埋め尽くされたその様は、まるでどこぞの王宮かと思わせるほどである。
しかし、その調和が見事で嫌味を感じない。
これらのデザインは全て母カラルの手によるものであり、父バッカスと共に商会を支える女傑に相応しい居城の有り様を、彼女は示していた。
出来る女、「ザマス」と言う言葉が似合いそうな母カラルもまた、ロディマスが追い抜きたい背中の一つでもあった。
「実家とは言え、いつ見ても凄まじい」
何度も出入りしているその正面玄関でさえこれである。
さらに中央には踊り場が付いた階段があり、それが左右に分かれる様はまるでどこぞの貴族の屋敷のような気品を感じる。
最も、その裏には左右の二階を直接繋ぐ通行用の渡り廊下がこっそり設置されているので、そこはやはり効率重視のバッカスの影響もあるのだなと、家人しか知らないその廊下にロディマスは安心感を覚えた。
中央の階段を登り、右へと続く廊下を進み、階段から二つ目の部屋の前で立ち止まりノックをする。
「父上、ロディマスです」
相変わらず返事を返される前に名乗りを上げるロディマスに、しかし父バッカスは気にするでもなく部屋の中から鷹揚に答えた。
「入れ」
「はい、失礼します」
「大旦那様、失礼致します」
そう言ってロディマスたちはバッカスと面談した。
とは言っても、単に例の事件についての簡単な報告と、これから解決に向かう旨を伝えるのみである。
いくら「任せる」とライルづてに聞いていても、挨拶もなしに出る事は出来ない。
むしろ、そう聞いてしまったからこそ無碍には出来ないと、ロディマスは前世日本の久しぶりのそんな感性に素直に従ったのである。
「ロディマス。今日までの売り上げだ。ついでに持って行くがいい」
「はい。・・・・・・、??」
話も終わろうとか言うそのタイミングで、バッカスは硬貨が入っていると思わしき皮袋を机の上に置いた。
それを、疑問符を浮かべたまま受け取ったロディマスは、その重さにまたも金貨かと驚いた。
「父上、これは?」
「それは以前の美容薬、ハンドクリームの売り上げだ。作成に時間がかかったので、売り上げ計上が今になったのだ。遠慮なく受け取るが良い。あれも、まだまだ売れる商品だ。良くやった」
それで父バッカスが何故王都に向かったのか、ロディマスはようやく理解した。
それと同時に、最後、父に褒められた事で一気に心が軽くなった。
そうか。
こんな俺でも、多少は親の贔屓目があろうとも、あの大商会の会長たるバッカスに認めてもらえたのか。
ロディマスは出そうな涙を堪えつつ、父に礼をした。
「ありがとうございます」
「それはロディマス、お前の成果だ。私を気にする必要はない。それと」
「はいっ」
「気をつけて、いけ」
「・・・っ、はい!!」
□□□
ロディマスは、元々うちの親子は仲がいいと思っていた。それは己が目覚める前の、ロディマスだった少年の記憶からもそう感じていた。
しかし先のバッカスの対応を見て、考えさせられていた。
もしかすると、今まではそれほど仲が良くはなかったのではないだろうか。
考えても見れば、己は父に息子らしいことなどしていない。
単に甘え、縋っていただけである。
それは過去においても同様だった。
普通の親子であればそれで十分なのだろうが、この家は普通とは程遠いのである。
大商会の御曹司として、己は今まで相応しかったのか。
そしてそれを、父バッカスは、効率優先のあの男はどう見ていたのか。
その瞬間、確かに父の深い愛を感じた。
前世の頃の自分よりも若いバッカスに、頭が下がる思いだった。
「分かってはいたが、まだまだ背中は遠いな」
そうぼやくロディマスだが、その顔には今までのような無表情でも、最近の苦悶の表情でもなかった。
晴れ晴れとした、ミーシャが見惚れてしまうほどの笑顔であった。
「うむ。よしミーシャ、これを持て」
「はいっ、ロディマス様」
そして両手で抱えていた金貨の入った袋をミーシャに手渡し、ミーシャが片手で軽く持った事に、ロディマスは結局落ち込んでしまったのであった。
そして一同は途中でベリスを加え、アンダーソンが犯人Aを馬車に乗せたのを合図に、バンディエゴ村に向かって馬を進ませた。




