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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
32/130

29



  一夜明けて翌日。



「それで、下手人を捕らえた、と?」


「左様で御座います」


「ございます」


「ございます、ではないだろう。貴様らは」


 何と言うスピード解決であろうか。

 ライルに被害の確認と犯人の足跡を調査させる為に現地へ向かうよう指示をしたその二日目、何故かライルとミーシャは犯人の男を縛り上げて、館の前庭に陣取っていた。


 ロディマスは、頭が痛くなった。

 そのあまりの無茶苦茶さに、いくつか記憶が飛んでしまうほどの衝撃を受けた。

 まさか徹夜で犯人探しをしていたとは知らず、己はなんとのんきに寝ていたのかと、少しだけの罪悪感と共に、微妙に困った感じで彼らをにらみつけた。


 彼ら、ライルとミーシャは、ドヤ顔だった。


「うぬぅ。そうか。よく・・・、ああ、そうだな。よくやった」


「当然でございます」


「ございます」


 頼みもしないのに、と言葉を紡ぎかけて、慌ててそれを引っ込める。

 昨晩、犯人の事が気になってロディマスも寝不足気味なのである。その為に睡眠が浅く、彼らほどではないものの、ロディマスも気が急っていた。

 そんな主の懸念を真っ先に解決したのだから、これ以上追求するものではない。むしろ褒めておくべきだ、そうだ、それでいい。

 そう己に言い聞かせ、唐突な従者たちの暴走には目を瞑り、目の前の本題にかかる事にした。



 縛り上げられたその男は頭部に毛髪が無く、所々に焼け爛れた跡があった。

 そして右腕が、無かった。

 その男を見て、ロディマスは顔をしかめつつ考えを巡らせ、言葉を発した。


「この男、元傭兵か、あるいは元騎士か。このような場所にもいたとはな。しかし貴様、一体何の真似だ?」


「も、もご、もごご」


「おい、猿轡(さるぐつわ)を解いてやれ。これでは話が出来ん」


「いいえ、それには及びません」


 またか、またライルが言う事を聞かないのかと頭を抱えたロディマスは、そう言えば最近この執事に頼りっきりだったと今更ながらに気が付いた。

 この執事は、己の事となると張り切りすぎるきらいがある。

 その事自体は悪い訳ではないが、しかしそれにより過労で倒れたり、他者の仕事を奪うのは良くない。

 もしかするとその所為で、このように過剰な対応をしているのではないだろうか。いや、そうに違いない。


 今度、休みでも与えるかと、ライルが聞いたら泣いて拒否しそうな事を、ロディマスは密かに考えた。



 しかし、この事件がなければ、ライルのここまでの暴走には気がつけなかっただろう。

 そう思い、少しばかりの温情をこの縛られた男に与えてもいいとロディマスは感じ始めていた。

 そしてその為には、事情を聞く必要があった。


「ならいい。事情があるのかどうか、裏に何がいるのか。ライル、報告しろ」


「はい。実はこの男、以前にロディマス様が訪問なされたバンディエゴ村から少し離れたバンディナエ村の住民でして」


「ムゴ!?ムゴゴゴ!!ムゴバ!!」


「うるさいです、えい」


「ゴバ!?」


 バンディエゴ?バンディナエ?とロディマスが首を捻っている間に、騒いだ男がミーシャにより制裁を加えられていた。

 それは顔をえぐるようなパンチであり、その拳を振り切った姿が、未来のミーシャの姿と同じ振りだなと思わずロディマスは考えてしまった。その為にロディマスは震えたが、ミーシャはそれに気付くことなく二度三度、パンチした。

 それに合わせてロディマスも、二度三度、震えた。まるで音に合わせて動くフラワー的な機械のようである。


 結果、頭を揺らされた為にぐったりと大人しくなった男を見て満足げなミーシャと、トラウマが再発してぐったりしてしまったロディマス。

 ミーシャはそんな様子のロディマスを不思議そうな目で一瞬だけ見た後、視線を逸らした。

 見なかった事にしたようである。

 そして最初から主人の奇行に目を瞑る事が出来る有能な執事ライルは、さして気にも留めずに淡々と続きを話し始めた。


「バンディナエ村は、その名の通り、元々はバンディエゴ村と兄弟村でした。ただし、バンディエゴは魔法使いが、バンディナエは剣士が住む村として、後に分けられたのです」


「そんな所でも差別があったのか」


「差別?ええ、そうですね。剣士なのに街にいられず、奴隷でもないのであれば、この様子からすれば傭兵落ちでしょうから、バンディエゴ村にもいられなかったのでしょう」


「ほう。連中がそんな事をしていたとは、意外だな」


 差別するような連中であれば少し接し方を変えるかとロディマスが考えた所で、その意識に軌道修正が入った。


「いえ、元傭兵の剣士たちが先に出て行ったのです。『こんな所ではやっていけない』と言っていたそうですね。そしてバンディナエ村へと赴き、元いた住人をバンディエゴ村に追いやり、自分たちだけで寄り集まって狩りをして生計を立てていたようです」


「まさか、村を乗っ取ったのか?」


「ムゴ!?ムゴムゴ!!」


「円満な譲渡だったとは聞いておりますが、それもどこまで真実かはさすがに裏が取れておりません。申し訳ありません」


「動かないで下さい」


「ムゴブ!?」


「ああ、爺、それはいい。時間もなかった中でそこまでよく調べた。だが・・・」


 ライルの話に出てくるエゴかナエかよく分からない村の名前に混乱しつつ、ミーシャの暴挙を見ないように、ロディマスはそっと目を閉じた。


 もういい、分かった。

 それでも何度も執拗に殴る音が聞こえ、思わずそう言ってやりたかったが、村の名前がよく頭に入ってこないロディマスは、状況を整理する為に腕を組んで考え込む事でその音を無視した。



 エゴ村は、製粉工場で働く面々が暮らしている村で、ほとんどが魔法使い。

 ナエ村は、山賊みたいな連中が乗っ取った村で、元傭兵で剣士ばかりが集まっている。

 そして今回の事件は、村の乗っ取りを仕出かした連中である現ナエ村が起こした。



 なるほど理解は出来たと、ようやく整理できたロディマスは目を開けた。


「後は犯罪を犯した者達の規模か。傭兵団を出動させる必要があるのか、それとも領主に頼み騎士団に出向かせるべきか。工場とパン工房の運営がある以上、出来るだけ事を大きくしたくはないのだが・・・。俺たちだけで解決できるのであれば、それに越した事はないが、どうだ?」


「はい、調べによりますと、工場を襲ったのは3名だそうです。他のバンディナエ村の住人は」


「ナエ村」


「はい?」


「長い、ナエ村で十分だ。いいな?」


「はい、畏まりました。ではナエ村の他の住人は、調べた限り無罪でしょう。しかし一つ問題がございまして」


「なんだ?」


 ことこの()に及んでまだ問題があるのかと思ったものの、むしろ問題しかなかった己の今までの計画を思い起こして、なんだいつも通りではないか、とロディマスは前向きに開き直った。

 しかしその問題は思いのほか面倒な話であったので、無視する事は出来なかった。


「実は、近年その周辺に獣が少なくなりまして狩りも満足に行なえなかったそうです。農耕の技術もなく、彼らは例のベリーを一時凌ぎの食として栽培したそうなのです」


「なんだと?つまり、そう言う事か」


「ええ、そうなのです。実は先日、そこの村へと出向いて交渉を行なおうとしたのですが、そこで反発にあいました」


 そう言ってライルがナエ村の暴漢を睨めば、まるで貴様らの所為だと言わんばかりの目で暴漢はライルを睨み返し、眼力負けして涙目になっていた。


 愚かな事だと、ロディマスは元暗殺者と睨み合う愚をおかした暴漢を横目で見た後、考えた。

 今の話は当然、例の酵母用のベリーの話である。その酵母用のベリーの産地として、その村を利用しようとした。しかし、そこで何が起こったのかをロディマスは考えて、暴漢の男を見た。


 答えは、目の前の男が示してくれていた。現場にいなかったロディマスでも察することが出来るほど、明白であった。

 この男のように、元傭兵でしかも剣士であれば、農家になるなど言語道断だと反対したのだろう。そしてそんな提案をしてきたこちらを恨んだ。自分たちは、土いじりをして燻っているような存在ではない、と。


 まさに、逆恨み。


 そうロディマスはあたりをつけ、反対した理由も理解が出来た。

 そうなるとライルは、そこが一番手っ取り早いから最初に手を付けただけで、反対されるのも分かっていたと思われる。


 ただし、反対されるのが分かっていて声をかけるなど、無駄な行動でもある。

 ならば、何故、そんな所に声をかけたのか。

 ライルは有能である。

 そんなライルが無駄な事をするはずがなく、当然のようにこの話には裏があると、そこまではロディマスも分かった。


 しかしライルの行動についてのヒントがあまりにも少ないと感じたロディマスは、ライルに話の続きを促した。


「それで、何があった?」


「はい。それが、彼らはバンディエゴ村、エゴ村の人々に工場の仕事を与えたのだから、自分たちにも真っ当な職を寄越せと言い出し始めました」


「何?ベリー栽培は真っ当な職だ。安くはあるが給与についても真っ当に暮らせるだけの額は提示したのだろう?」


「ロディマス様のご温情により、少なくともこの街にいる下民であれば、真っ当に暮らしていけるほどの金額を提示致しました」


 ライルと共に、真っ当真っ当と、ごく自然な調子で己の正当性を主張するロディマスたちを、縛られた男は眉をひそめながら見上げていた。

 その視線に気付いたロディマスが、この男は何を主張したいのかと考えた。

 そして、とりあえず複数犯らしいので、この目の前の男を犯人Aと呼称する事にした。


 しかし先ほどの元傭兵だからと言うプライド以上の理由など浮かばず、仕方なくライルに尋ねた。


「爺、ではヤツらは何故、このような真似をした。ヤツらにとっても安定した収入と、世間に胸を張って答えられる職は、望む所であったはず、だっ!?」


「ッッ!!ンボゴ!?」


 そう言い終るかどうかと言うタイミングで、縛られた男、犯人Aがロディマスに体当たりを仕掛けようとして、ミーシャにビンタされていた。

 手加減無く奮われた暴力を喰らい横に吹っ飛ぶ犯人Aと、ミーシャのあまりも早すぎる反応速度に違う意味で恐怖を感じて硬直したロディマスをよそに、ライルは淡々と説明を始める。


「彼らにとって真っ当と呼べなかった理由は、あのベリーの価値に、我々と彼らで差があったからです」


 そう言われ、すぐに納得した。

 確かあのベリーは、味も栄養もないクズみたいなもので、一時の腹の足しにはなっても主食足り得ない。

 そんな無駄の塊、あるいは自分たちの屈辱の塊みたいな果物を栽培させるなんて、何を考えているのかと憤ったのだろう。


 現状、あの実に価値を見出しているのは自分たちだけだと言う情報を新たに得られたのは大きいが、そう言う事情であればと同時に納得の行く理由でもあった。

 あの実を栽培している農家だとは、誰も世間に胸を張って言えないな、と。


 ロディマス考案の新作パンが世間に広まればまだしも、あれは製造法も材料も、いずれは公開する予定ではあるが、今はまだ秘密である。

 そうなると必然的に、エリスの時以上の悶着(もんちゃく)が予想されたはずである。ロディマスの考えは当然、そこには行き着いていなかったが、万能執事たるライルはそこまで考えていたのだろう。

 その上で、敢えて挑発するような真似をしたのは、犯人Aのようなこらえ性の無い不穏分子の排除だろうか。

 そこまでの考えに至り、ロディマスは舌を巻いた。


 今ロディマスに必要なものは、使える部下であり、裏切らない部下であったからである。

 そこまで理解したうえで、ロディマスの不安要素を的確に排除する為に、ライルはああ言った行動に出たのだろう。


 実によく出来る男だと、己には些か出来すぎな気がするその老執事を見て、思わず感心していた。

 今後、工場が軌道に乗ったら父に所有権を譲って貰い、自ら給与を与えてやりたいと思ってしまったほどである。

 しかし今はライルの事は脇に寄せて、本題の対策を練らねばならない。

 そう考え、ロディマスは口を開いた。


「なるほど。完全に逆恨みだな。あれはともすれば、宝石ほどの価値がある。それを察しろとまでは言わんが、連中は少しばかりアボートの名を軽んじているのではないか?」


「左様に御座います。しかし今回の状況、彼らがここまでの強硬手段に出るとは思いませんでしたが、むしろこれは、好機かと思われます」


「そうだな・・・」


 一見して悪い状況でも、全体を考えればエリスの時以上にこちらに有利に傾いていると、ロディマスは感じていた。


 何と言ってもロディマスの計画の中の一番の問題は、秘密の厳守である。

 人に言えない事が多すぎるロディマスは、その点に関しては最大限、警戒していた。

 エリスやベリスのように、元がカタギの人間であれば、恩に着せれば言う事を聞く。

 しかも二人ともあのアグリスの妹ともなれば、傭兵や元傭兵は力ずくで言う事を聞かせようとはまず思わない。報復されて村ごと家族が惨殺されたなど、考えたくも無い未来が待っているからである。

 ベリスもそれなりの実力者なので、彼女らに関してはいい買い物だったと断言できるほどだった。


 バンディエゴ村の面々にしても、エリスたちと同じ事が言える。

 武力面で若干の不備が生じたのはロディマスの計算外だったが、それ以外の面では信用出来る。己を信仰じみた心境で黙って付いてきてくれる彼らが裏切るとは、さすがのロディマスでも思えなかったのである。

 そして本件を元に警備兵を数名常駐させる手も思い浮かんだので、傷が浅い内に問題が分かって良かったとも考えられた。



 そして今回の一件。

 犯罪を犯したバンディナエ村の連中は、全員がミーシャの両親のように最低最悪の鉱山送りにされる可能性がある。

 この領地の伯爵家はおろか、隣領の公爵家ともつい先日、食事会を開いたほどの商会が所有する工場を襲撃している。


 これは恐らく、襲撃した当人たちだけの問題では済まないだろう。領主の耳に入れば、村全体がタダでは済まない。元々すねに傷持つ彼らが行き着いた村から、更に自力で逃れる事など不可能である。


 つまり今回の件は、村全体に対して弱みを握り、恩を着せる絶好の機会である。


 まさかそこまで考えて、とロディマスがライルを見れば、ライルは澄ました顔であった。

 もう誰がどう見ても、考えていましたよって雰囲気をかもし出していたライルに、ロディマスはとんでもない男だと改めて肩を竦めながら、彼が望む言葉を発した。


「では仮に、そのナエ村を制圧するとしたら、どの程度の戦力が必要だ?」


「モゴッ!?」


 目を見開き思わず声を漏らす犯人Aを睨みつけ、あるいは不敵に笑いかけながら、ロディマスは言う。 



「俺をなめたこと、後悔させてやらねばな」




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