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工場が賊に襲われたとの一報を受けて、ロディマスが真っ先に思い浮かべたのは、従業員たちの無事であった。
「なんだと?それで、工員共は無事か?」
「は、はい。幸いにも夜中だったのでケガ人はいません。それに荷も無事です」
「ならばなんだ。破壊でもされたのか?」
「そ、そうです。そのようです。すいません・・・俺も今、聞いたばかりで」
不幸中の幸いか人的な被害はなかったと、目の前の男アンダーソンは報告していた。
その事に安堵しつつも、予想を超えすぎたその報告に、ロディマスはおおいに戸惑った。
顔には出さずとも、しかし剣呑な空気がロディマスから漏れていたのか、物言わぬロディマスの静かな迫力にアンダーソンが震えていた。
ロディマスはロディマスで、まさかアボート商会に正面からケンカを売ってくるような連中がこの近くにいたのかと、自分が大層油断をしていた事実に気付き、焦っていた。
○○○
アボート商会はこの国で一番の大商会である。
一番とはつまり、流通の大半を担っていると言う意味でもある。
よって、少なくとも国内にいる面々は、表立ってアボート商会と事を構えようとは思わない。
逆にアボート商会は、国内にある商会であれば、一息の間に潰せる。
まさに、絶対的な力関係。
しかしそれを敢えて表には出さず、比較的真っ当な商売を行ない庶民からの支持もそれなりに得ている。
アボート商会は攻防一体の、まさに難攻不落な城のようであると称したのは、王都にいる財務卿であった。
そして、この国の都市にスラム街がないのも、アボート商会の差し金であった。
一度アボート商会に目を付けられれば、財産を搾り取られ、それでいて食料も碌に買い付けられなくなる。
それに加え、徹底した公衆衛生の管理により生ゴミも漁れず路頭にも迷えず、その結果、目を付けられた者達は、死地にも等しい都市外への逃亡を余儀なくされる。
だが、そのままではそう言った面々は、アボート商会を大層恨む。それはロディマスも実際に今いる街でも晒される殺意の篭った視線から、しっかりと感じ取っていた。
しかしアボート商会会長のバッカスに抜かりはなかった。
彼は自ら貴族達に根回しを行ない、危険ではあるが比較的マシな街外の一部の地域に、簡素な村をいくつも作らせたのである。
だからそういった都市から弾き出された者達はその村へと逃げ込み、わずかではあるが食糧支援を行なっているアボート商会の実情を知り、己の罪、時にはありもしないものもあるが、を悔やみ比較的真っ当に暮らすようになる。
つまり、今アボート商会に恨み辛みを募らせているのは、あくまで商売敵であり、発展できる可能性があるからこその敵意である。
そう言った立場のある者達が大半なので、彼らは心の中で目の上のたんこぶであると憎らしくも思うものの、実力行使に出る事はない。
相手を蹴落とすために、自分がそれ以上に落ちては成り上がれないからである。
これが、この国で犯罪の少ない理由にもなっている。
貴族側からしても、犯罪の抑制にも繋がり、なおかつ貧困層の管理もしやすくなる。
そしていざとなれば、魔物が襲撃してきた際の、第一の囮にも使える。
よって、その村には、扱いに困る者達、例えば手を付けたメイドを子供もろとも住まわせたり、前線で使い物にならなくなった元傭兵や元騎士達をそこへ追いやったりと、貴族達は好き勝手をしていた。
人を人とも思わぬ行動ではあるが、それにより救われている者がいるのも確かであり、そしてそこまでお膳立てをした上で貴族達に全てを擦り付けつつも、裏からの人道的支援によりアボート商会は村の人々からもひっそりと支持を得る。
合理的で効率的な、実にバッカスらしい案だと言えるこれら一連の行動も、全て愛する息子たちの為だったと言うのは、妻カラルを除き誰も知らない話であった。
○○○
徹底した衛生管理の下、流行り病を完全に拒絶し追い出した、実は中世風の世界観とは一線を画すほど綺麗な街。
ロディマスはそれに気付いてはいなかったが、それらの綺麗な街と言うものが浮浪者の存在を徹底的に排除していたのにはなんとなく気が付いていた。
それだけに、前世と比較しても申し分が無いほど街中に危険は少ない。
だが、前世の記憶を持つのが仇となり、ロディマスは日本を思えばまだ街中でさえ危険だという認識だった。
だったが、最近はそれでもこの街は中々に平和なのではないかとは感じ始めていた。
その矢先の事件なので、まさかアボート商会にこうもあからさまに牙を剥く者達がいるとは想定しておらず、ロディマスは混乱していた。
自分の思惑から大きく外れたこの事件に、ロディマスはどう対処すべきか考え、まずは詳細な被害状況の確認が必要だと、やっと思い至った。
すぐにライルを呼びつけて、事の調査に当たらせるべきだろう。
ロディマスはそう判断し、ミーシャに命令を下した。
「ミーシャ、本件をライルに報告、合流して調査しろ。期日は明日だ。今日一度進捗の報告を上げて、明日本格的に犯人を捜す。そうライルに伝えろ」
「はい。ライル様に本件を報告し、共に調査します。今日は進捗をご報告し、明日犯人を捕まえます」
「あ、ああ。うむ、大体そんな感じだ」
「はい、承りました。それでは御前、失礼致します」
「ああ・・・気を付けて行け。???」
あれ?俺そんなこと言ったっけ?と、何やら引っかかる単語がミーシャの復唱された言葉の中に混じっていた気がすると首を傾げるロディマスだったが、すぐアンダーソンが話しかけてきたので気が逸れて、それ以上ミーシャの言葉について考えることはなかった。
それについては言及しなかったが為に明日、頭を悩ませることとなるとも知らずに。
「坊ちゃん、俺は何をすればいいですかい!?」
「む。やる事は多いが、貴様は」
意識をミーシャから眼前の問題へと切り替え、腕を組み、しばし考えた。
そしてロディマスは、このやる気漲る青年を、伝令役として使う事を思いついた。
足も速く腕も立つのであれば、単独で村や工場まで往復しても問題が無いと判断したからである。
今までのアンダーソンの行動から、ロディマスは実力に関してはそこまで信用していたのである。
「とにかく今は、人員の安全確保を最優先にしろ。工場の連中には今日明日は休みだと伝えてこい。給金については、チッ、日当分は働かずとも支払うと補償してやれ。構わず休めと。いいな?」
「ええ!?お金渡しちゃっていいんですかい!?連中、またロディマス様を神様か何かと間違って『ありがたや~、ありがたや~』ってしちゃうんじゃないですかねぇ。マニカの坊主も、坊ちゃんの像を作るんだとか言ってたし」
「像!?」
村唯一の少年、マニカは何をやろうというのか。
ペットボトルサイズの手彫りの小さな胸像程度なら、それでもいやだが、その大きさならともかく、小学校の校長の銅像みたいなのを作られてはたまらない。そしてそれを崇め奉られては、己はもう生きてはいられないかもしれない、恥ずかしくて。
そんな不安に苛まれつつも、目先の問題を優先し、像の問題は後回しにする事にした。
絶対に忘れるな、と己に何度も言い聞かせ、翌日に起こった更なる衝撃に、ロディマスはそれをすっかり忘れてしまうのである。
「・・・・・・、仕方がなかろう。今の状況ではどの程度の規模の賊かも分からんのだ。工場へ行く最中に襲われても敵わんし、そもそも村の中でさえ安全とは言い切れんのだ。止むを得まい」
「そ、そうですね。そうですけど、あー。ロディマス様は困っていると言うのに、彼らは好意的だから断れない。うー、何だかモヤモヤしますねっ」
「貴様の個人感情などどうでもいいが、工事に来ているドミンゴの弟子連中にも同じ事を伝えるのを忘れるな。分かったら、早く行け」
ロディマスは焦る心を抑えながら、パン工房に併設された食堂の内装工事中だったのが幸いし、まだエリスたちポートマン姉妹が現場入りしていないのが救いだったかと、己はついているほうだと無理やり気持ちを納得させた。
しかしこれで内装の工事は遅れるなと、食堂を兼ねるのが当分先になった事を少しだけ嘆いた。
「折角衣装も用意したが、仕方があるまい」
来た時と同様に慌てて立ち去るアンダーソンの背中を見送り、ロディマスは誰もいなくなったのを確認してから思わず呟いていた。
ロディマスは、最初はそのようなつもりもなかったがと心の中で言い訳をしつつ、メイドたちと相談しているうちに興が乗ってしまい、半ばベリスに嫌がらせするのが目的と化していた着せる予定の、ちょっと可憐で清楚な感じのデザインにしているパン工房の制服を思い出す。
従来のような全身白無地の、味気ない上に汚れも目立つものではなく、白の下地は変わらぬもののエプロンをチェック柄にしているのである。更に制服は上から特殊な樹液をまぶしてコーティングを施して汚れが付きにくいようにしているロディマスの力作、それがパン工房の制服だった。
なお、この制服のコーティングについては、バイバラに何気なく前世の撥水加工について話をしたところ、コーティング剤になら心当たりがあるっすと言い出して何かの樹液を紹介してきた為に実現できたものである。
ちなみにそれは例のトゥレントの樹液で、これもまた枝同様に素朴な素材なので安く仕入れられると聞き、思わずロディマスは樽単位で注文してバイバラを呆れさせた。
そんなロディマスは、こいつは意外に有能だな、と失礼な事を考えつつもバイバラの株を密かに上げたのだった。
そのような経緯を経て出来た制服に、大変にすばらしいものが出来たとロディマスは断言した。
そして売りにも出せるほどの出来栄えだと考えた時、この衣装を作った一番最初の理由である人手不足を思い出した。
可愛らしい、あるいは可憐で、それなのに丈夫で汚れにくいこの衣装を纏えるとなれば、今後開く予定の食堂にも人を呼べるのではないだろうか。
それは客にただ見せる為だけのものではなく、店員となって自分が着ることも考えさせる為の可愛さ。
前世日本では、可愛らしい制服の喫茶店やパン屋の求人がかなりの人気だった事を思い出しての作戦であった。
それに、基本的にパンの製作方法は門外不出なので、コックとオーナー以外の厨房への立ち入りは一般的にも禁止されているのはよく知られている話であった。
ロディマスはその事実をつい先日知ったのだが、ならばもっと店員を増やせるなと考え、集客とバイト募集の両方を兼ねて、可愛らしい制服をデザインしたのである。
正直、ベリスに着せても可愛いとは誰も言われないだろう。
しかし、自分ならベリスよりももっと可愛く着こなせると言う女子が現れてくれるのであれば、ベリスも 立派に役目を果たすだろう。
そんな外道な事をロディマスは考えているが、結果的には思ったよりも似合うベリスに周囲が色めき立つのだが、それは後々のお話であった。
そうやって様々に考え事をしていたロディマスを現実に引き戻したのは、いつの間にか戻ってきていたアンダーソンの叫びであった。
「はい!!坊ちゃん、パックたちとドミンゴ殿たちはまだ昼前だったので街中にいまいた。事情を説明して休んでもらってます。だから私めアンダーソンは、これから村の方々に休業である旨を伝えに行かせて頂きます!!あ、馬、借りてもいいですか?」
「そうか、意外に早かったな。馬なら使え。早く村に行け」
「ええええ!?それだけですかぁ!?しかも、もう別の仕事をしてるんですか!?」
「うるさい、早く行け」
ぞんざいな扱いなどする気などなく、至極普通に対応した結果、据えなく手で追い払うと言う暴挙に出たロディマスは、驚愕しているアンダーソンをよそに机の上の書類を一つ取り、書き物を始めていた。
そんな投げやりな扱いに、まるで捨てられた犬のようにトボトボと、しかしきちんと敬礼してからアンダーソンは部屋の前から立ち去った。
そしてその姿を一切視界に留める事無く、ロディマスは本件について思考を巡らせ、瞬時に切って捨てた。
「情報が少なすぎる。考えても無駄だ。やはり他の仕事をすべきだな」
あまり情報が少ない中で想像しても、悪い考えにしか行き着かない。そしてそうなったらミーシャのいない今では【魔王の卵】からの干渉を、今度こそ止められない。
ロディマスは以前の事よりそう学習し、分からない事は分からないと開き直って考えるのをやめた。
そうしてロディマスはライルたちであれば任せてもいいだろうと判断して、隣領であるベルナント領について考え始めたのであった。
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ベルナント領へ干渉する方法にも一通り目処が立ち、来月には一度赴く必要があるなと、次のアポイントメントを取るべき先を記したメモを作りながら、ロディマスは己の懐状況を確認した。
それと言うのも、父バッカスが超特急で王都にまで赴き、3日で帰ってきたのが発端である。
王都までは、早馬でも行くだけで3日は掛かるほどの道のりであるが、それを3日で往復して、仕事までしっかりとこなして帰ってきたのである。
異常事態だった。
しかしそれでもバッカスだから何かあるのだろうと、それほど深くは考えないようにした。
精神衛生上は正しい選択であり、ロディマスは無意識に正常な判断を下せるレベルにまで心が回復していたのである。
問題なのは、その父が持ち帰った金貨の山であるとロディマスは、その金貨の入手法に思わず深いため息を漏らした。
「まさか、わずか1週間で金貨100枚が手に入るとはな」
以前、父バッカスに考案して採用された商品が、貴族相手にとてもよく売れたらしい。
ただ、あの案をそのまま売りつけたのでは、どうやってもこのような金額にはならないと考え、素直に疑問をバッカスにぶつけたロディマスは、聞いた回答で即座に納得してしまった。
それと言うのもバッカスは、ロディマスの案に当然のように一工夫を加えたのである。
その一工夫とは、金糸や銀糸、あるいは宝石などの高級品による追加加工を施すことであった。
つまり、原材料に高級なものを使用する事で原価そのものを上げ、相対的に販売価格を吊り上げたのである。
そしてそんな加工を施した高級おパンツは、娼婦などでは到底手が届かない。これで派手なおパンツは娼婦用と言うイメージを払拭しつつ、また、高貴な雰囲気をかもし出す一因として利用した。
その結果、人には見せない場所なのに煌びやかな美を持つと言うロディマスが提案した以上の意外性により、貴族の幼い方々とその親に大層受けがよかった。
その為に2着3着は当たり前で、10着以上も一度に一人で買う者も出ており、瞬く間に売れていった。
まとめて衝動買いをするとは、さすが無駄に金を持っている連中は違うなと、そして同時にそう言った面々から金を巻き上げるのが得意な父でよかったと、ロディマスは心底思ったのである。
しかし、おパンツ一枚で金貨10枚以上と言う暴挙と呼ぶのでさえ憚るほどの値段でも、すでに500枚も売れて、しかも今もなお増産中だと言う。
それは売るほうもそうだが、そんなものに散財する相手が大量にいると言うのだから、かなり恐ろしい話であった。
ただ単に、いつもの素材のいつもの形状のいつものおパンツに、デザイン重視の高価な刺繍が縫い付けてあるだけで、これである。
しかもバッカスはこれを期に、今度は低年齢層よりも上の層に向けた高級おパンツ、高級ハンカチなどを売り出そうと言うのだから、確かに彼が同業者から『怪物』と称されるのも納得だとロディマスは頷き、そしてその背中の遠さに脱帽した。
そして来月には一体どれほどの金が自分の元に舞い込んでくるのか分からない状態だと、ロディマスは嬉しいような、悔しいような悲鳴を上げていた。
ロディマスはいつか追い抜いて見せるとは意気込んだものの、自分は恐ろしいものに挑戦しているのだと嫌がおうにも理解させられた一幕であった。
そんな複雑な感情を抱いているロディマスは、晩に報告に上がったライルと軽く話をした。
ライルの口から、被害状況の確認と犯人の捜索、それと周囲の安全対策について聞けば、やはり1日では犯人には辿り着かないと判断して、明日本格的に調査に乗り出すべく、その日は特にライルに指示を出さずに、就寝した。
破壊されたのはあくまで外壁のみで、それも数日で修理が効く程度のものだったのは、行幸だった。
像の件もあるし、明日は賊の件で朝から村と工場に行かなければならない。
状況を整理して明日の予定をそこまで考えてから、後はライルに任せれば大丈夫だなと油断して寝てしまったことを、翌日にやはりロディマスは後悔するのだった。




