プロローグ3
幼いロディマスがベッドで横になり、どうやってミーシャを手元に置くかを考えていた。
すると、自称神が現れて先ほどの光景を見せてきた。
一瞬、己が神に選ばれたのかと思ったロディマスは歓喜し気持ちを高ぶらせたが、それがまずかった。
見せられた光景は、明らかに奴隷だったかつての少女の面影が残る獣人の女と、そのボロボロの様。
そして自分がどれだけの悪行を重ねてそこに至ったのかをスライドショーが如く延々と見せつけられた。
しかし幼いロディマスは、これこそが神の啓示だと喜び勇み、光景の続きをせがんだ。
神から与えられたその光景を見るうちに、自分は特別な人間だと錯覚し始めた。
元から特別だと思っていた幼いロディマスだが、本格的に神の使徒である可能性さえも妄想し始めた。
神の使徒は強大な力を神から与えられる。
代表的なものは勇者であろう。
つまり、もしかすると、自分は勇者なのだろうか。
幼く独善的なロディマスがそう思ってしまうのも無理は無い話ではあった。
そうしてロディマスが浮かれている最中、どうやら未来は一つではなく、数百とあったようだと気が付いた。
気付いた先が、幼いロディマスにとっては地獄だった。
それぞれのルートで個別に違う死を迎えた自分を何度も見せられる。
世界中に悪意を向けられた自分、世界の片隅で見取られること無く死んで魔王の苗床になった自分。
何度も何度も、悪意を向けられ、己の死を見せ付けられ。
結果、幼いロディマスは精神を焼ききらして死亡した。
こんな特別なんていらないと、最後まで傍若無人な態度のまま、世界の全てを否定した。
なんとなく、自分の中で一連の流れが繋がってきたと納得しかけたその時、今のロディマスの中にいる【阿部和也】は肝心な事を聞き忘れていた事にやっと思い至った。
それは自殺した自分が何故まだ生きているのか、と言う事であり、また、何故【阿部和也】の人格が再浮上してきたのかと言う事だった。
すると心を読んだのか、その疑問に回答すべく神が口を開いたようだった。
”それについてはまず、あなたには詫びなければなりません。私が不用意に接触したが為に、あなたを死に追いやってしまった。お詫びさせて頂きます”
深々と、頭を下げた姿を幻視した【阿部和也】は、続く言葉を待った。
”本来であればあなたは亡くなったままでした。しかし、未来の為にあなたと言う存在は必要不可欠なのです。ですが、ロディマスであった人格は既に失われております。こうなっては私の力でも呼び戻すことは叶いません。そこで、肉体にかすかに残ったあなたの魂を再浮上させたのです”
再浮上と聞いて、【阿部和也】はどうやら自分が作られた存在であったり、コピーされた存在ではない事を察して安堵した。
”あなたは今後、ロディマスとしての生を再び享受して頂きます。ですから申し訳ありません、今より【阿部和也】と言う名前を消去させて頂きます”
そう言うや頭に軽い衝撃を受けたロディマスは、己が過去に何者であったかを記憶したまま、過去の自分の名前を忘却した。
「ふん、ずいぶんと勝手に何度も人の頭をいじくってくれるな。神とか言うものは、よほど人間をオモチャのように思っているのだな」
神様相手に不遜としか受け取れない悪態を吐くロディマスの中には、かつての記憶はあるものの、以前のソレは存在しなかった。
ただしそれは人格の消滅を意味するものではなかった。
口調はロディマスのものだが、思考や判断には確かに【****】の影響を受けている。
つまり自分はロディマスであり【****】であるのではなく、ロディマスこそが【****】なのであり、つまるところ、現世と前世が融合したのが今の自分である、と結論付けた。
「それで?神とやらは俺様に何をさせようと言うのだ?」
本心ではそんな物言いをするつもりがなかったロディマスだが、過去の40年近い人生だった前世よりも、たった10年程度の今世の影響の方を強く感じて、つい不遜な物言いとなった。
しかし当の自称神は全く気にした様子も無く、ロディマスに拍子抜けする言葉を放った。
”好きに生きて下さい。ロディマスが、【****】が思う通りに生きて下さい。ただし先に見せた予見視を忘れてはなりません”
「それはつまり、あの通りに生きろと?ふざけろ」
何度も魔王に乗っ取られ殺された最後を思い出したが為に嫌悪感を露にし、またも悪態を吐いたロディマスに、自称神は静かに否定した。
”あれはいつか起こる未来の一つです。確実なのは魔王と言う存在がいる事。魔王がアースガルドに乗り込もうとしている事。勇者が存在する事、あの4人でなければ成せない事がある事。他にも様々に見せた未来の要素に、それらの必須事項が含まれております”
特に重要そうな要素を挙げて説明されたが、そこに一つの違和感を見つけた。
「おい、俺の死はその未来と直接の関係はあるのか?」
未来は一つではないとの言葉の通り、100以上の未来、結末を見た。
そのどれもが自分に死が降りかかるものだったが、自称神はそれを必須事項に挙げなかった。
今更ではあるが、精神的に疲弊したこの状況で更なる追撃を加えたくなかっただけなのかと最初は思った。
しかしながら、あの映像、己の惨殺され劇場を見せられた後で敢えてそこを外す理由はないようにも思えた。
あるいはロディマスのかすかな願望がそれを疑問と思ったのかもしれない。
すると自称神は、厳かな空気をまとい始め、ロディマスに言い放った。
”未来の一つにあなたの死が関わる事象がありますが、あなたの死は必須でも必要でもありません。流れとしてそうあっただけです”
己の死は必須ではない。
聞いたその答えに歓喜しかけて、落ち着いた。
この自称神を敵視するかつてのロディマスの残滓が、それを拒絶したのだ。
ロディマスは今ほどの言葉を冷静に分析する。
自称神がそう言う割に、見た映像の全てが自分の死に繋がっていたのには何某かの意味があるのだろう。
しかしそれが決定事項ではないと言う話。
それらから導かれる答えに、ロディマスはニヤリと笑った。
「そうか、つまり貴様が想定していない未来には、俺が生き残るものもあるのか」
するとその呟きを聞いた自称神は、微笑んだようだった。
”その通りです。そして私は、その未来を望んでもおります。本来であれば贔屓してはいけませんが、それでもあなたには期待をしてしまうのです。今の状況を引き出した、あなたに”
そもそも旧ロディマスがいきなり焼脳自殺を図るなんて事態が想定外だったし、魂の再生と言う反則技が成功した事も想定外だった。
現状、【****】だったモノを再浮上させこのように会話する事自体が見抜けなかったと、自称神は素直にそう答えた。
つまり、前世の魂を再浮上などと言う反則技を使うほど強大な力を持った自称神でも見通せない未来がある。
こいつは全知全能な唯一神ではなく、どちらかと言えばそれら強大な神々に従う中間管理職なのではないだろうか。
【****】は前世の記憶から、そう目の前の自称神にアタリを付けた。
ならば、そう。何も恐れる事はないし、敵視する理由もない。
目の前の存在にそう評価をつけ、それからロディマスはじっくりと先ほどの未来の記憶を考えてみる。
すると見えてくるもう一つの事実。
全てに共通する、獣人ミーシャが向ける敵意。
己の死と同数だけ浴びるその視線が気になった。
もしかしたら、己の死を克服できる可能性があるのならば、怨念の篭った瞳を向けていたミーシャのその感情を変える事も可能なのかもしれない。
そう考えた瞬間、旧ロディマスの残滓が霧散したように感じた。
どうやらそれが旧ロディマスが絶望し死に至った理由であり、また、同時に心残りでもあったようだった。
そして霧散した旧ロディマスの残滓が、己に新たな力を与えようとしているように思え、無意識に左手を中空に出した。
差し伸べた手が触れたソレは決して暖かいものではなく、むしろ冷たささえ感じるものではあったが、不思議とロディマスは安心感を覚えた。
冷たいこの感触こそがロディマスの本質なのだとすんなり受け入れられたのも理由の一つだろう。
どうやら当人は勘違いしてしまっていたようだが、ロディマスと言う少年は本来ストイックな性格で、他者以上に自分に厳しい性格だ。
逆境こそが人生の花だと言わんばかりの負けん気も持ち合わせており、同時に他者にはさほど興味を持たない性質でもあった。
そして人一倍の努力家でもあった。
最も、今はその努力の方向性があらぬほうへと向かっているのだと、ロディマスは我がことながらどうしてそうなったのかと考えた。
幼いロディマスが方向性を見失ったのは、両親が甘やかしすぎた為だと早々に結論が出たロディマスは、コレを繰り返さない為にと考えた。
自分に対する厳しさよりも他人に対する厳しさを増長させてしまい歯止めが利かなくなっていた幼いロディマス。
しかしこの少年の悪劣さはそこに起因しているが、同時にそこ止まりで、今の時点では性根は未来で見るような悪党と言うレベルまで腐っていないのだと思い至った。
つまり、以前のロディマスも、今のロディマスもそれほど大差のある存在ではないと言う事だった。
それは今のロディマスにとって、とても良いニュースだった。
自分の足場が固まるような、そんな感覚を味わったロディマスは、自分の左手を見て、開いて閉じるを繰り返した。
今、自分が感じているこれこそがロディマスだ。
そこまで考えてようやく心身共に一体化したとロディマスは確かに感じた。
今、自分の中にあるものは、己を律して他者も律すると言う強靭冷酷なロディマスの心と、平和な日本で育った心優しい中年である【****】の心を併せ持った新たなロディマス。
そう、ロディマスは己が理想を目指すために生まれ変わったのだと、ここまできてやっと現世での自己を確立した。
ただし意識の比重が今世9で前世1の差なので、実質的には前世など誤差だったなと、ロディマスは現世の身体に引っ張られている精神に対して苦笑した。
そうして少しばかり表情が緩んだロディマス見て、安心したのか柔らかな光を放ちながら自称神の気配が離れていった。
最後に、自称神はこう告げた。
”ご納得いただけたようで何よりです。それでは最後に私から少ないながらプレゼントを。あなたには自分の状態を確かめる【ステータス】の加護を与えましょう。どうか、よき人生を”
ここで一旦プロローグは終わります。
本編はこの神との邂逅後からとなります。