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目が覚めたロディマスが最初に感じた感触は、頭の下が堅い、であった。
次いで、頭の位置が高い、である。
いまいち状況が掴めないものの、寝そべっている自分がそう感じるのだから、とりあえず誰かに膝枕をされているのだけは理解できた。
その相手がライルだったのが、理解できない事ではあったが。
「爺、何をしている」
「膝枕で、ございます」
女が3人もいる中で何故爺が、と思ったが、視界にはライルのほかに誰もいなかった。
だからつまり、消去法として爺が膝枕をしていたのかと思おうとして、そもそも膝枕の必要性に疑問を抱いた。
そもそも、ベッドに寝かせている以上、する必要がない。
それに気付いて、意外と強引なこの執事に向かい盛大にため息を吐いた。
上を見上げれば天井は見知らぬ板を張ったものであり、布団もまた薄地のゴワゴワとしたいかにも安物。
魂が再浮上し最初に見た光景とは、雲泥の差である。
そして、汗臭さかった。多分、何日も洗っておらず、干してもいない。
自分の布団は天気のいい日ならば毎日メイドたちに干させているので、こんなに汗臭くはならない。
つまりそう、ここは実家の自室ではない。
ではどこなのか。
考えるまでもなかった。
「ここは、エリスたちの家か」
「そうだよー。大丈夫ぅ?」
「む。エリスか」
「うん、そしてそこは、なんと私のベッドなのだ」
先ほどまで姿が見えなかったのでいないものだと思っていたエリスが近づいてきたが、その顔は以前とは異なり血色がよく、茶色の髪にもツヤが戻っているようだった。
そしてそんなエリスに向かって「汗臭いのだが・・・」と言うのを堪えた自分を、ロディマスは褒めたくなった。
エリスがホカホカと湯気を立てているのは、恐らく降り注いだ血を至近距離で浴びた為に、それを拭うべく湯浴みをしていたのだろうと推測できた。
その姿は生き生きとしており、生来の元気さと相まって女性的な魅力に溢れていた。ただし痩せた身体は直ぐには戻らないので、将来が楽しみだ的な魅力でしかなかった。
当然、精神年齢の高いロディマスの守備範囲外である。
そしてエリスを見つめることしばし、それほど大仰な事ではないだろうに何故こうも心が揺れるのかと、かの卵との邂逅ですっかり意識が堅くなってしまった己の心境の変化に戸惑った。
しかしすぐに我に返り、エリスの様子をつぶさに観察した。
患者はあくまでエリスである。
そのエリスを放っておいて自分がこのザマでは、あまりにも情けない。
あそこまで厳重な契約を結んでまで治療を約束したのにと、今度は少しばかり己が情けなくなったものの、だからこそやり遂げなければならないと己を鼓舞した。
最後に格好が付かないのはあの男の所為かと、ロディマスは夢の中で出会ったもう一人の自分、前世の自分に恨みをぶつけ、それをバネに気合を入れなおした。
完全な逆恨みであったが、この程度で気分を悪くするような男でない事は、己が一番良く知っていた。
そしてエリスが無事に快方へと向かっているのを簡単に確認した後に、新たな疑問が沸いて出た。
それでは他のメンツは何故いないのか。
疑問に思い上体を起こして探してみれば、何故か低い位置から声が聞こえた。
「ロデ坊ちゃん、目が覚めたんだな!!」
「ロディマス様!!」
「大丈夫だ」
腕の皮がベロリンと剥けたので、全然大丈夫ではないが、そう言わないと後がうるさいと思ったので先手を打ったロディマスだが、よく考えれば回復魔法を使えるのだから本当に大丈夫なのではないかと思い始めた。
「少し待て。爺、包帯を解け。・・・、よし、【ヒール】」
既に膝枕を終了し脇に控えていたライルにそう告げて包帯を外させてから、【ヒール】を唱えた。
すると、腕一帯に薄暗い光が舞い、皮が上から被さっているだけの危うい状態だった傷が、端から見事に塞がっていく。
そしてそのまま少し待てば、黒い光が消えた頃にはすっかりと傷がなくなっていた。
【ヒール】の思ったよりも強い回復力に感心しつつ、回復中が痒いという微妙な欠点にロディマスは思わず顔をしかめた。
するとどうか。
ライルが素早く反応をした。
「お坊ちゃま!?そのお顔は!?」
「なんだ?顔はケガをしていないはずだぞ。それとも貴様はあれか?俺の顔にも治療が必要だと言いたいのか?そして、お坊ちゃまと言うな」
腕の痒みの所為で感情が制御しきれていないロディマスが、腕を搔きながらライルに食って掛かった。
しかしライルはそれも構わずに、涙していた。
「お坊ちゃまが、しかめっ面をなさっておられる」
「・・・、は?」
「え!?」
ライルのこの反応に対して思わず呆けた声を出したロディマスは悪くないだろう。
今この状況に置いて、しかめっ面をしてライルに泣かれる理由など何一つないのである。
そう思ったが、ミーシャも驚いた声を上げている。
ミーシャに視線を向ければ、両手で口元を押さえ、目が潤んでいた。
何故だ、解せぬ。
そんな従者二人の良く分からない反応が理解できず、何が起こっているのかと疑問を抱いたロディマスは、二人が注目している己の顔に手を当ててみた。
「む、なんだ?」
今まで自分は、ロディマスは表情が硬いな、とは、なんとはなしに思っていた。
それは単に、そう言う体質なのだろうと軽く考えていた。ロディマスだし、で済ませていた。
しかしそれが間違いであったのだと、ロディマスは今、知った。
普段ならツルリとした感触が返ってくるおでこにシワが寄っている。
鏡を見たら、常に仏頂面であった己の顔面になにやら変化を感じる。
目の端に力を入れれば、返ってくる確かな感触。
久方ぶりのその表情の変化を、表情筋の復活を確かに感じ、己はどう受け止めれば良いのか。
うすうすと感じていた己自身への違和感。
恐らく、ミーシャが気味悪いと感じていた、能面のようなロディマスの顔面。
ほんのわずかに動く様は、呪われた動く仮面のようだと周囲に恐怖をもたらしていたと、つい最近知ったあの問題。
本人は笑ったつもりでも、ほんのわずかにしか動かなかった目や口。
人々を違う意味で恐怖の底に叩き込んだ顔が、今、己の意思で大きく動いている。
新たなトラウマを己に刻み付けた、大きくも小さなあの問題。
無表情が、いつの間にか解決していた。
「爺、このような時は、どのような顔をすればいいのだ?」
ライルはそんな戸惑うロディマスに、涙ながらに、しかし優しく答えた。
「笑うのが、よろしいかと」
「そうか」
どこかで聞いた台詞だな、と頭の片隅で考えたがそれを振り払い、ロディマスは、高笑いをしたのだった。
「フハーッハッハッハッハハァ!!!」
□□□
「事情は分からないけど、そこで高笑いはないんじゃないかな、ロディ君」
「やかましい、黙れ。貴様に俺の何が分かる」
「そ、そこまで言わなくていいんじゃないのかい、ロデ坊ちゃんよ」
「ロディ君がいぢめるよ、ミーシャちゃん!!」
「大丈夫です、そこはいつも通りです」
「・・・・・・」
高笑いと言う謎の行動に突っ込んだエリスを冷たくあしらったロディマスだが、女性3人の猛攻に会い大人しく沈黙する事にした。
女は3人寄せてはいけない。
前世の格言からあるとおり、その事実は決してバカにできたものではなかった。
仕方なく、ロディマスは三人が落ち着くまで放置する事にした。
ロディマスは彼女らの喧騒を余所に、少しばかり考えに耽った。
見事に、エリスは治っている。
実に良い事だと、友人の快復を歓迎したし、同時にこれでより一層利用できるとほくそ笑んだ。
しかも何故かミーシャに懐いている。
これは非常に良いニュースだと、ロディマスは感じていた。
ミーシャの味方は増えれば増えるほどいい。
ミーシャには、本人も気付いていないだろうが、潜在的な敵があまりにも多いと、ロディマスはまだ見ぬ敵に警戒をしていた。
ハーフ。
獣人と人間のハーフであるミーシャは、神聖教会や南方の公国では特に危険視される存在である。その中でも過激派に属する者達に知られれば、即排除されるような存在でもある。
さすがに今の時点でどこかが気付いており、これから手を出す事はないだろうと言うのがロディマスの予想である。
両親は既に死に、その真相を知る者の数は少ない。
油断はしていないが、少なくとも獣人嫌いのこの国では、かえって安全であるとロディマスは考えている。
それは、誰も獣人に興味を示さないからである。
だから誰かがミーシャの過去を調べて、しかもハーフであると告げ口するはずがなかった。
そして未来の記憶をアテにするのであれば、いずれミーシャは勇者候補として神聖教会に神託が下されて、立場を保証される。そうなれば、教会の過激派も手を出してこなくなる。彼らは神が第一なので、神が認めた存在であれば、例外も許容する。
しかもその時は相当数の神託が下されて、その中で選抜された4人が、あの勇者パーティだったはずである。
その際に、権力にモノを言わせてパーティから一時的に除外すれば、なんとかなるかもしれない。
そう考え、順調に言っていると心の中で目論んだロディマスだが、かの神が告げた言葉をすっかりと忘れていた為に、後々に問題を起こすことになる。
”あの4人でなければ成せない事がある”
この時思い出せていればと、ロディマスは後悔するハメになるのだった。
ロディマスは、エリスに抱きつかれているミーシャを見て、ふと思った。
ミーシャは8歳なのに年齢の割りに大柄である、と。
12歳なのに小柄なエリスと比較すると余計に大きさが際立つ。何せ頭半分近く違うので、正座中のミーシャに覆いかぶさる形でエリスが抱きついていても、一目瞭然であった。
ミーシャは最近、特に成長著しく、地下牢から救い出してから身長はもう1.5倍ほどになっている。当然、身体の各種もわずかではあるが女性らしいふくらみを帯びてきている。
8歳なのに、である。
そもそもそれを言い出せば、自分も10歳なのに少し大きいと、今度は己を振り返ってみた。
150cmくらいあるだろう身長。
西洋人的な血故なのだろうかと疑問に思った事もあったが、食生活自体はさすがに前世日本のほうが良かったように思うので、差し引きでプラスになる問題は、それだけでは説明がつかないように思えた。
そしてついでに、身長が160cmしかなかった前世が少しばかり嫉妬しているようにも感じた。
しかしそれは今は関係がないと、ロディマスは首を振ってその思考を追い払った。
そして改めて二人を見ると、抱き合うその姿はまるで姉妹のようだとの感想を抱き、次いでエリスと本当の姉妹であるベリスを見た。
ベリスはミーシャよりも大きく、頭二つ分は大きい。自分よりも頭1.5個分は大きいので、身長は180cmを超えているとロディマスは予想した。
男が多い傭兵の中でもそれなりに活躍していたと聞く彼女は、成人男性と同じ大きさであったが為に活躍できたのかもしれないなと、なんとなく考えた。
前世では、世界中を見ればベリス程度の身長などいくらでもいるし、日本人の女性でも高身長な者はいた。
だからロディマスにはその高さにそれほどの違和感を抱かなかったが、この世界の女性は比較的小柄な者が多い。
ゴリマッチョな見た目と大きすぎる肉体で、もしかするとベリスは婚期を逃しているのかもしれない。
そこはいずれフォローをしてやろうと、ロディマスは若干失礼な事を考えた。
何せ、今度からは自分の下僕、いや部下なのである。
自分の事は棚に上げて、部下の婚活を手伝うのも上司の役目だと思ったからであった。
しかしそんな三人が並ぶとまるで親子だな、と、屈強な肉体に乙女の心を持つベリスが聞いたら泣いて縋るほどの酷い想像をしていた。
ロディマスはそこまで考え、ふと、今までミーシャやエリスの二人よりも自分の方が大きいので気にしなかったが、ミーシャは8歳にしては大きすぎね?と言う疑問が気になり始めた。
そこでロディマスはライルを呼び、周囲に聞こえないように小声で話しかけた。
「爺、貴様は獣人について調べろ。ハーフについてもだ。ミーシャは何と言うか、あれだな」
「はい、分かっております。絶対に秘密厳守でございますね」
「あ、ああ。そうだ、・・・爺、顔が近すぎる」
「もうひはへほはひはへふ」
どれだけ俺が好きなんだと、思わず背筋に氷が差し込まれたような悪寒に苛まれながら、俺にはそんな趣味はないとライルの顔を思い切り押しのけてロディマスは次の手を考えた。
「ふむ。工場の工事も来月には終わる。修行をさせるにはいいタイミングか」
父バッカスに依頼していた新しい石臼と工場の拡張工事、そしてドミンゴとバイバラの合作である歯車も完成するのが来月である。
そうとなれば、来月までにこの姉妹をパン職人に弟子入りさせて、あの新型パンを作れるようにしなければならない。
しかし知り合いのパン職人などいない上に、製作法は秘密のものである。
他の者に改めて誓約書を書かせ誓わせても、この二人ほどは信用できない。そうなれば、無理に雇えばそこから漏れ出る危険性が高い。
ロディマスはそれを危惧し、人員が欲しいもののその選別に苦労をしていた。
何せ新型パンは、真似しようと思えば誰でも真似できるのである。
ならば人員についてはは妥協するところではないだろうと言うのが、ロディマスの心境である。
そうとなれば、やはり料理長に頼るしかないかと、どうやってあの男を抱きこむかをロディマスは考えた。
それ自体が無駄な考えだったが、ロディマスは未だに人を素直に信じようとはしない。
既に奥さんの機嫌も上々で、家庭内が円満になっているあの料理長など意のままに操れるのだと知るのは、もう少しだけ先の話である。




