22
「理解できたか?」
「そりゃまぁ、ここで治療するってだけしか分かんなかったし」
「お姉ちゃん、私もよく分からなかったよ」
ライルの延々と続く、治療に対しての講義だと思っていたが実際はロディマスを褒め称える率9割の演説は、結局の所無駄な時間を割いただけで、何一つ二人には伝わらなかった。
一方でライルは、全てをやりきった男の顔をしていた。
どうにもライルは時にポンコツになるなと、思ったよりも万能ではなかった執事に冷ややかな視線を向けつつ、ロディマスは簡潔に説明をした。
「ここで治療をする理由がある。それは周囲に危険が及ぶからだ」
「周囲に?私じゃなくて?」
「そうだ」
なんで?と首を傾げるエリスに、ロディマスは極めて冷静に淡々と述べる。
そうしなければエリスは動揺して治療どころではなくなるのではないかと危惧した為である。
先ほどからの全く無駄な配慮ではあるが、だからこそ前世ではうだつが上がらなかったのだと本人が知ることはなかった。
「簡単に言えば、貴様の病は魔力が多すぎるから起こるのだ。だから、貴様から魔力を吸い出す。それが治療法だ。極めて単純だが、効果的だ」
「魔力を吸い出すって、そんな事が出来るの!?」
「可能だ。そしてそのまま魔力量が安定すれば、今後は吸い出す必要すらなくなる」
「さすが坊ちゃんだ、うんうん」
「何も分かっていないヤツは黙っていろ」
「酷いよ坊ちゃん!?」
「そこの頷いているだけの従者二人もな」
「!?」
「力及ばず、申し訳ありません」
ロディマスの話に疑問を持ったエリスに簡潔に答えれば、何故か分かりもせずに頷いて同意していたベリスを嗜め、ついでに本当になんでドヤ顔しているのか分からない従者二人にも一言だけ指摘をした。
その上で一度深呼吸を行ない、ロディマスは自分を落ち着かせた。
エリスが協力的な態度でいる事は必須だが、それと同じ程度に自分が冷静である事も必須である。
周りに流されるな。
俺は、幸せな老後を過ごすんだ。
ロディマスはその輝ける未来に向け、その第一歩を踏み出すべく治療の細かな説明と注意点を告げる。
「いいか?まず最も大事なのは全員の協力だ。それなくして成功はあり得ない」
「うん、分かってるよロディ君」
エリスの即答に対して、本当か?と言う疑問がロディマスの脳内に沸いて出たが、敢えて今の空気を壊す気にもなれずグッと堪えた。
結局「ロディ君」呼びが定着してしまったと、エリスのよく分からない感性に呆れつつ、ロディマスは言葉を続ける。
「まずその中でも一番に大切な事だ。心して、聞け」
「分かったよ、ロディマス坊ちゃん。でもロディマスって呼びにくいよな。アタイもロディ君って呼んで良いかい?」
「貴様と言うヤツは・・・」
あれほど念押ししたにも関わらず、ベリスは容赦なく話の腰を折ってくる。
元傭兵だからなのか生来の気質なのか、ベリスは空気を読めるはずなのにあまり人の話を聞かないタチであるようだと結論付け、今後無視する方向で話を進めることにした。
「好きにしろ。それでだ。まず貴様らに書かせた念書の通り、病名と治療法については秘匿する事。絶対に口外してはならない。いいな?」
ロディマスが可能な限り殺気を込めてそう言えば、さすがの面々も真剣なロディマスに水を差す気はないのか、静かに頷いていた。
それを確認した後で、ロディマスは自分の秘密を打ち明ける。
「その上で言うが、俺は闇魔法の使い手だ。当然ながら、魔族ではない。人間族の中では希少な存在だがな」
「えええ!?」
「闇魔法だって!?」
「・・、え?」
女性陣は三者三様の反応である。
予め伝えておいたライルのみが平静を保っている。
その頼りになる執事の姿勢に、先ほどの失態は帳消しにしてやろうと勝手に心の中でライルを許したロディマスは、腹に力をこめた。
次に伝える事は、先ほどの話よりも重要だからである。
「希少すぎる俺の存在は、世界中で狙われる。ゆえに、絶対に他言をするな。分かったか?」
ベリスとミーシャはよく分からずともその真剣なロディマスの話し振りに同意した。
しかしエリスは違っていた。
「なんで?なんで闇魔法の使い手だと狙われるの?」
「貴様は素直を通り越して、アカンタレだな」
「アカンタレ!?ダメって事!?」
「ああ、ダメすぎるな。ダメな子だ」
「ダメな子!?すごくショック!!」
そうは見えないんだが、とロディマスは目を細めてエリスを見るが、もしかすると緊張しているからなのかと返って心配になり突っ込むのを辞めた。
そんなロディマスの心配りなど、実は素で返しているだけのエリスには全くの無意味だったが、それでも話は続いていく。
「まず闇属性と言うものは、魔族の属性と言われている。だから嫌われる。これが狙われる理由の一つだ。そしてもう一つは」
「もう、一つは?」
「貴様と同じ病で苦しむ者がいる。そいつらは力を持っている連中だ。要は権力者だな。金を積み権力を振りかざしても延命を願う、そんな連中だ。そしてそいつらには、そいつらなりのメンツと言うものがある」
「え、えーと?よく分かんないんだけど、そう言う事なんだね」
人差し指で頬をかくエリスに、それで納得するなら最初から口を挟むなとは言えず、ロディマスはどう言えばしっかりと伝わるか考えた。
ここで放置しておいて、後々に誰かに言いふらされても困るからである。
しかし良い案も浮かばず、結果的にそのまま説明する事となった。
「嫌われている闇魔法で治してもらったなぞ、そいつらは絶対に認めん。だからそいつらは治療が終われば用済みだと言い、治療に携わった者を全員、殺す」
「え!?」
「つまり、俺はそいつらに捕まったら無理やり治療をさせられた挙句に、殺されると言う訳だ。分かったか?」
実は帝王にしてもアリシアにしてもそんな事はあり得ないのだが、それでもこのくらい話を盛るのは許されるだろうと、話を分かりやすくする為の演出として割り切った。
しかし話が大げさすぎたのだろう。
今度はエリスがキラキラと目を輝かせてロディマスを見つめていた。
両手も組んで、それはまるで祈るような、可憐な姿であった。
思わずロディマスはその姿に、引いた。不遇なロディマスに同情するならともかく、憧れの篭った眼差しを向けてくる。
そんなエリスの考えが全く読めなかったからである。
残念ながらロディマスの前世は、いい歳をして彼女の一人もいなかった。それどころか彼女いない歴=年齢と言うありがちな冴えないオッサンであった。
それ故に独り身の人生を気ままに謳歌していたのだが、その女性経験のなさが今、現れてしまった。
「ロディ君。そんな大変な中で私の事を・・・」
「ロディ坊ちゃん、アンタってヤツぁ、男前だな!!」
今になり姉妹二人に信仰にも似た感情を向けられたと気付いたが、後ろめたいロディマスは思わず目を反らしてしまった。
それでも変わらずに注がれる視線に耐え切れなくなったロディマスは、とっとと治療を終わらせて帰る気になっていた。
先ほどまで感じていた友情的な何かは、既に霧散していた。
「よく聞け。魔力の吸い出しには危険が伴う。それは魔力を吸われる側の負担もさることながら、吸い出した魔力の放出に問題があるからだ」
「あ、うん。うん」
「起きろバカチン。いいか?貴様の抱える魔力は俺の持つ魔力量を凌駕している。最も、そうでなければ魔過症など発症していないだろうがな」
そもそも扱える魔力量が少ないロディマスが、生来から魔力量の多いエリスと比較するのも烏滸しいのだが、それを無視してあたかも自分が有能な魔法使いであると見せかける。
ここでもし己の魔法の才能に疑問をもたれれば、上がった支持が下がってしまい成功しないかもしれないと考えたからである。
決して小さな見栄や虚勢を張るためでは、そんなになかった。
「いいかヘッポコ。貴様の持つ過剰な魔力は中空に放出される。それが周囲をのた打ち回り、周囲を害すのだ。ゆえに屋外を選んでいる。最も・・・」
そう言ってギロリとエリスとベリスを睨み、告げる。
「貴様らの家がどうなってもいいのであれば、貴様らの家で行なおう。患者の意向に沿うのも、治療する者の勤めだからな」
ニヤリと、口の端だけを吊り上げて笑うロディマスに、顔を引きつらせたのはベリスだけだった。
「坊ちゃん、目が笑ってないよ」
「笑えないからな」
「あははー、ロディ君、顔、怖いー」
「貴様はもう少し緊張感を持て」
「はーい。でも顔が硬いよ?むにむに」
「顔ふぉいじふふぁ」
何故か話せば話すほど気安くなっていくエリスをそろそろ無視しようかと考え始めたロディマスだったが、もしかすると、万が一の可能性として、怖いのをやせ我慢した結果なのだろうかと推察した。
これもまた見当違いの気遣いだったが、とにかくロディマスは珍しく成すがままとなっていた。
しかしこれをアリシアにやられたら、俺は抵抗してしまうだろう。
次を考えて一層憂鬱になりながら、ロディマスは準備を進めるようライルに伝えた。
「ラヒフ、ええい、離せ。ライル、周囲に人はいないな?念の為に外で見張っていろ」
「畏まりました」
「ミーシャは念の為にいつでもポーションを使えるようにしておけ」
「承りました」
「えー、無視しないでよー」
「やかましい。貴様は自分の身を案じていろ」
「はーい」
全く、年頃の娘と言うヤツはどうしてこうも言う事を聞かないのかと、最近きちんと命令を聞くようになったミーシャに一安心していただけに、エリスをどう対処すべきかと言う新たな問題にロディマスは頭痛が再発しそうだと、己の身を案じた。
□□□
「では、執り行うぞ」
「うん」
「はい」
「あ、ああ。頼んだぜ、ロデ坊ちゃん」
「・・・、ロデ?いや、まぁいい。エリス、胸元を出せ。貴様の過剰魔力の発生源は、貴様の心臓だ。俺の魔法は患部に近い場所に触れなければ、成功しない。先に説明した通りだ、他意はない」
「はーい。って、そこまで言わなくても分かるよー」
そして何の逡巡も示さず恥ずかしげも無く服の胸元を開いて見せたエリスに、相変わらず痩せた身体だと少しばかり気の毒になったが、魔過病さえ治れば健康的になるだろう。
そう考えたロディマスは、余計な事を言わないようにした。
今、自分が成すべきことは治療を施す事であって、彼女の今までを不憫に思う事ではないと頭を切り替えた。
どうにも先ほどまでの気安い会話のせいか、ロディマスは緊張感が薄れてしまっているように思えた。
緊張しすぎもよくないが、緩みすぎてもいけない。
自分を過信せず、かと言って萎縮もしない。
かつての前世を思い出して、程よいテンションを取り戻す。
「行くぞ」
そう言って、エリスの服の胸元に手を滑り込ませ、胸の中央にある心臓の上で魔法を行使する。
使う魔法は闇魔法【ドレイン】。
ごく初級の簡単な魔法で、闇属性を扱えるものならば誰もが扱えるもの。
しかもその効果は、初級ゆえか多岐に渡る。
今のように魔力を吸い取る事も出来るし、物理的に干渉して傷の汚れを吸い出したり、あるいは毒を吸い出したりも出来る。
更には、あくまで書物を読んだ限りではあるものの、フィルターの効果も付与出来るので透析も行なえる。
闇魔法は万能だなと余計な事を考えながら、ロディマスは魔法を行使し続ける。
一度発動してしまえば、後は気合と根性で乗り切るしかなかったので、意外にも他事を考える余裕があった。
これは思っていたよりも楽だったなと油断していると、エリスに変化が見られた。
「あ、あれ?痛くないどころか、気持ちいい?フワフワするよ?」
「当然だ。闇魔法とはバランスを狂わせ、整える魔法でもある。今回は整える方向で魔法を使っているのだ。気持ち悪いとは、・・・言わせん・・・」
「なんで最後に落ち込んだの?痛いの?」
「痛くは無い」
身体はな、と言う言葉をロディマスは飲み込んで、心に刺さったトゲを思い出して気落ちした精神を、気合でなんとかして持ち直す。
危ういほど精神が脆い自分に嫌気が差すが、未来と言う名のどうしようもないトラウマを抱えるロディマスは、どうしようもなく弱く、また、現世においてもミーシャに心身ともにサンドバックにされているのでトラウマが癒える機会もなかった。
そんなロディマスは、発言とは裏腹に心も、身体も、弱かった。
しかし、時はロディマスが心の傷を癒せるほどの猶予を与えてはくれない。
差しあたっては現状、目の前で荒れ狂い始めたエリスの魔力をどうにかしなければならない。
よって、今は未来を振り返って落ち込んでいる場合ではない。
そう思い出して左手に気合を込めて魔法を使うが、気合を入れた直後、その腕から湯気が出始めた。
明らかな過剰魔力現象に顔をしかめつつ、ロディマスは痛みを堪えなおも魔法を使用し続ける。
「ロディ君!!腕が、腕が燃えてるよ!!?」
「気にする、な」
「気になるよ!!大丈夫なの?」
「大丈夫だ・・・、問題、ない」
少女たちの心配を余所に、前世で、いつか言いたい台詞トップ10に名を連ねていた台詞を自然に吐けた満足感か、ロディマスはもう少し頑張れる気になっていた。
一方で、それを見守る周りはたまったものではないようだった。
「ロデ坊ちゃん!!こりゃまずいって!!」
「ロディマス様!?」
ベリスが心配してるのは分かるが、珍しくミーシャも心配してくれるのだなと、ロディマスは荒れ狂う魔力の波を制御しながらそんな事を思った。
女たちに心配されると言うのは、存外に居心地が悪い。
そんな初めての感覚に、思わず口の端を上げたロディマスを沈痛な面持ちで見守る面々。
それほど心配するような事態ではない、想定の範囲内だと言いたくて、口が動かないことに気が付いた。
魔力が暴走している。
魔力が暴走し荒れ狂うこと自体は先の通り想定内だが、この勢いは想定外だったと、己の想定の甘さに嫌気が差した。
そしてその想定外の荒れ狂う雷がごとき奔流のすべてが、ロディマスに襲い掛かった。
腕を這い、胴体を這い、足に抜けていく。
その魔力がロディマス本体を攻撃し始め、外部から押しつぶさんとする奔流に抗う為に、ロディマスの身体の生きる為の全ての機能が持っていかれる。
まるで避雷針のように、ロディマスの身体を突き抜けて地面へと、あるいは空中へと魔力が還っていく。
エリスや他の者達を守るかのように、ロディマスは猛る魔力をその身に受け止めていた。
他人の魔力が自分の中を這うのは、想像を絶する痛みを伴う。
これは魔法を使う者の常識であり、また、世間的にも普通にある話である。
しかしロディマスには、十分に耐えられる痛みであった。
未来の記憶には、いくつか種類がある。
それは、ロディマス自身が体験した未来と、未来のロディマスがただ眺めていただけの未来、そして全く関与していない未来の3つである。
その中の一つ、未来のロディマスが体験した記憶は、そのまま今のロディマスの経験として脳裏に刻み込まれている。
つまり、あの、未来の狂戦士ミーシャにボッコボコにされた記憶は、今もなおロディマスの中で息づいていた。
そしてその記憶を思えば、今の痛みなど蚊が刺した程度の痛みでしかなかった。
既に前世と未来と現在との境界を失いつつあるロディマスは、不敵に笑いエリスのその魔力を受け止めきった。
結果、魔法を行使し続けた左腕が爆ぜた。
「きゃぁぁぁぁ!!」
「ぬぅぅぅぅぅ」
バシャっと水風船を割ったかのようなしぶきが舞い、エリスとロディマスは血まみれになった。
しかし幸いにも弾けたのは表皮だけだったようで、ベロリンと剥けた皮がロディマスの腕からぶら下がるだけで、指先もきちんと動くようだった。
大惨事にも関わらず冷静な自分が少し不思議だとロディマスも思うが、慌てたミーシャにより傷口にポーションをぶっ掛けられると言う珍事により、違う意味で我に返った。
「ぬぅぅぅぅぅぅ!?」
ポーションは、いわゆる薬草を煎じて煮詰めたものである。前世で言う所の消毒剤に近いだろう。
傷を癒す効果もあるが、根本的には消毒用である。
当然、沁みる。
「ぬぅぅぅぉぉぉぉぉおおおぉぉおお!?」
「わ、わわっ。わわわっ!!」
次いで、剥げた皮を戻そうとミーシャが腕を鷲づかみにした。
皮膚が剥げ、生皮がむき出した腕を掴んだのである。
「ぬぉおおおおお!?」
恐らくミーシャはあれであろう。
某大統領が頭部を打ち抜かれ暗殺された際の婦人のような気分なのであろう。
婦人は飛び散った大統領のアレソレを無意味にもかき集め始めた的な、あれでろう。
ロディマスはそう考え、そして同時に痛みでその考えの全て吹き飛んだことを理解した。
意識があり、冷静に考える部分がありながら、それを即座に痛みで消去される。
まさに、生き地獄であった。
そしていざミーシャが実際に皮を元に戻そうと垂れ下がった皮を掴んだところで、さすがに見かねたベリスが割って入った。
「おい獣人の!!テメェなにしてんだァ!?」
「き、傷を治そうと・・・」
「坊ちゃん見ろよ!!痛がってンだろ!!・・・、え?痛いんだよな?」
「ぬぉおおおおおお!!!」
「え、痛いのか?何か平然とした表情をしているんだけど、どっちなんだ?」
何故今更そんな事を言うのか全く理解の出来ないロディマスは、誰でもいいからどうにかしてくれと心の中で叫んだ。
先ほどの魔力の奔流は、耐えられた。
何故ならば、事前に心構えが出来ていたからである。それに、痛みの種類も想像できたからである。
しかし今のは違う。
ポーションの沁みる痛みも、腕の中を直接触られたような痛みも、何の前触れもなく始まったし、想像していない種類の激痛であった。
そして今もなお続く腕を掴まれた痛みに、ロディマスはとうとう意識を手放した。
-ロディマスはエリス=ポートマン=ペラムから加護【魔王の卵】を奪取しました
ロディマスの加護【魔王の卵】は進化し、【魔王の卵】と成りました-




