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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
24/130

21


「エリスの治療を行なうが、それにはまず先に適正を調べる必要がある」


「適正?」


 いきなりそう言われ、聞きなれない言葉に思わず小首をかしげたエリスに、ロディマスは淡々と事務的に話を進めた。

 医者とはかくあるべきだと言う前世からの知識に基づいての行動であった。


「要するに、貴様が治療に使う魔法を受け入れられるかどうかだ。そしてそれは、無意識であったとしても抵抗しては失敗する」


「そうなんだー。痛いの?」


「痛くは無いが、違和感はあるやもしれん。だから、騒ぐな」


「はーい」


 手を挙げて小気味良い返事をしたエリスを見て、最初からこう素直だと良かったのだが、と先ほどまでの無駄な交渉に、無駄に体力を割いたからか、幾分か疲れた様子でロディマスは続きを語った。


「返事だけはいいのだが・・・、まぁいい。では服の胸元を開け」


「はーい、って、え?エッチだよぅ」


「小娘が色気づくな。そしてこれ以上俺の手を(わずら)わせるな・・・、貴様の病気の元は心臓にある。そして治療には、今回の患部である心臓に最も近い位置に手を当てねばならん。分かったらさっさとしろ」


「はーい」


 一瞬だけ抵抗をして見せたエリスだったが、それも単なるパフォーマンスだったのだろう。

 すぐにあっさりと服のボタンを外して胸元を開いてみせた。

 ロディマスはエリスのアバラ骨の浮いている痩せた胸元を見てから、身体の中心に手を当てて闇魔法を発動させる。

 その魔法を行使したロディマスの手から暗くて黒い光の粒が発生し、それがエリスの身体に吸い付き、消える。

 その様子を、ロディマスを除くその場にいる全員が不思議そうに眺めている。


「黒い、魔法?ロディマスの坊ちゃん、アンタ一体・・・」


「わー。こんな魔法、初めてだよー」


「気にするな、俺も初めてだ」


「そうなんだ。初めて同士だね!!」


「いいから、黙れ」


「はーい」


「・・・、その黒いの、なんだかムズムズします」


 ロディマスが闇魔法を発動させると、その魔法を見た面々が好き勝手に話し始めた。

 気負いすぎてもいけないが、あまりにも気楽過ぎないだろうか。

 そう思ったロディマスだが、担当医である自分さえ気を緩めなければ大丈夫かと、敢えて彼女らを強く注意はしなかった。


 それに、ミーシャが呟いた言葉も気になっていた。

 光属性を持つ彼女が、闇属性に悪い反応を示している。

 あまり良い傾向ではないなと、ロディマスは警戒した。


 ミーシャの事で気が逸れたロディマスは、そこでふと考えてしまった。

 よく考えたら今、周りは女だけである。

 つまりこれは、ハーレムなのか?

 無論そんな事は全くもってないのだが、最近この女性たちに振り回されっぱなしだった為か、軽い現実逃避をしてしまったのである。


 しかしその逃避もわずかな間のことで、すぐに正気を取り戻したロディマスは、前世も含めた人生初のパイタッチは骨と皮の感触だった、とかなり失礼な感想を抱いたがそれをすぐ胸の奥に仕舞いこみ、エリスから手を離した。


「もう良いぞ。魔法の発動に問題はない。そして、どうやら当たりだったようだ。これが良いニュースなのか悪いニュースなのかは、判断がつかんがな」


「何が当たりなのかな?ロディ君」


「坊ちゃん、それってつまり」


 ひとまず胸元の服を寄せたエリスと、固唾を呑んで見守っていたベリスに、ロディマスは先ほどの診断結果を告げる。


「エリス、貴様が発症している病は、やはり魔過病と呼ばれている難病だった」


「魔過病?」


「体内の魔力が過剰となり、身体を(むしば)む病だ。珍しい病気ではあるが、俺は他にあと三人ほどこの病であろう人物を知っている。その程度には症例もあるものだ」


 その三人、アリシアと帝国の帝王と、そして既に故人である『黒の英雄』の妹を思い出す。

 そして最終的な目標は狂う前の帝王の治療だが、と要らぬ言葉を発しようとした己を制して、ロディマスは今目の前にいるエリスの治療に集中すべく、その様子を伺った。


 自分の病名が分かり、また、それが難病だと宣告されたのだ。

 この衝撃的な展開についていけないのかもしれないと危惧したが、それは杞憂だった。


「そうなんだー」


「そ、そうなのか!!兄貴もアタイも散々調べたけど分からなかったんだよ!!でも、どうしてそんな病気、知ってるんだ?」


 意外と平気そうなエリスの姿に拍子抜けしつつ、至極真っ当な反応を見せたベリスに安堵した。

 そしてベリスがそう尋ねるのも無理はないと、ロディマスはこの病気の治療法を知る切っ掛けになった未来の事件を思い出す。

 そして、エリスかベリスにそう聞かれると思っていたので、こちらは事前に用意をしていた為に、すぐに返答が出来た。


「ミーシャ、アレを」


「はい、こちらです」


 事前に話を聞いていたミーシャもロディマス同様に、先ほどの質問が来ると予想出来ていたのですぐさま対処した。

 ミーシャが抱えていた袋から取り出し机に置いたのは、一冊の本。

 何の変哲も無い、一冊の古書であった。


「これは?」


「触らぬほうがいいぞ。何せそれは、原本が禁書指定されている本の、写本だ」


「禁書!?」


「別に触ったからと言って呪われる訳ではないがな。だが禁書であれば触ったと言う事実だけで処罰される危険もある。迂闊な真似はやめることだ」


「なんでそんな危ないものを持ってるんだい?それにロディマス坊ちゃんはその、平気なのかい?」


「無論だ。それはアボート商会が所有しているものだからな。国からの許可も得ている。俺やミーシャが触れる分には何の問題もない」


 そう言ってロディマスは本を手に取り、あるページを開いて見せた。栞を挟んでいたのですぐに用意できた。

 そしてそこには、魔過病について様々な内容が書かれていた。


「この通り、『黒の英雄』の研究の一つがこの魔過病の治療法だ。ヤツの妹が罹患者だったらしい」


「そうなんだ。ふーん」


「『黒の英雄』!?あの、大英雄か!!すげーやつが研究してたんだな!!」


 相変わらず他人事と言うか、淡白なエリスの反応を怪訝に思いつつ、当たり前の反応を示すベリスとは対極的だと、さすがに落ち着きすぎているエリスの様子が気になった。

 世間知らずと言えども、いくらなんでも重大なキーワードが先ほどから飛び交う中で、なんとも反応が薄すぎやしないだろうか。

 ロディマスはある事を懸念し、エリスを眺めたが、目が合うとニパっと笑う彼女の心意が分からずに首をかしげた。

 そして、女が何を考えているかなど俺に分かるはずもなかったなと、彼女の表情から心を読むのは諦めた。


 そこでロディマスは、エリスに今の心境を直接尋ねる事にした。


「おいエリス。貴様、全く動揺していないようだが、それは、何だ?」


「え?」


「現実についてこれないようなら、続きはまた明日にするが?」


「どうしてそんな事を言うの?」


 心底不思議だと言う顔でエリスはロディマスを見つめていた。

 そこには虚勢も、逃避も見られない。

 そんな不審すぎる彼女の反応が今ひとつ分からなくて、ロディマスは焦った。


「この病の治療には、当人の治そうと言う意思が不可欠だ。現実逃避をしているようなら、治療は不可能だ」


「あ、うん。そうなんだ」


 そう指摘しても全く動揺の欠片も見せないエリスに、自分は何か思い違いをしているのではないかと考えた。

 するとそこに割って入ったのはミーシャだった。

 またミーシャが何か余計な事を言うのかと警戒したロディマスだが、それは余計な考えだった。


「ロディマス様。恐らくですが、エリス様はロディマス様を信じていらっしゃるのだと、遺憾ですが思います」


「遺憾ですが!?」


 フォローしているのか(けな)しているのか、あるいはその両方を今の話に乗せてきたのか。

 そんな複雑な物言いをしたミーシャの言葉だったが、辛うじて冷静だった己の意識の一部を利用して、ロディマスは今の言葉の意味を考えた。

 そして、気付く。


「そうか、貴様はすでに治った気でいるのか」


「うーん、ちょっと違うよ」


 少しばかり見当違いな指摘をしたロディマスに、首をかしげて困った風に返事をしたエリスは、そのあとすぐに力強く微笑んで言った。


「だって、ロディ君が治してくれるんでしょ!!私、信じてるよ!!」


「ああ、そうだな。坊ちゃんならなんとかしてくれる。それはアタイも信じているよ!!」



 全く、この姉妹は揃って可愛いヤツらだなと、ロディマスはエリスとベリスの笑顔で「信じている」と断言したその反応を、素直に嬉しく思った。

 未来やミーシャと言う懸念に頭が一杯と言う事のみならず、兄があの狂犬と言う事もあって完全に恋愛対象外ではあるが、それでもこの素直さは人として好感が持てる。


 そう感じたロディマスは、少しばかりやる気を見せる事にした。


「無論だ。俺の辞書に失敗と言う文字は」


 そして前世ではあまりにも有名な将軍の名言を抜粋して宣言しようとして、ミーシャと目があって言い切るのを辞めた。


「そんなには、ないな」


「そこは『ない』って断言してよ!!かっこ悪いよ!」


「やかましい」


 素直すぎて心をえぐるストレートな物言いが多いエリスに思わず反論したが、そんなに悪い気分ではないと、ロディマスは意識が目覚めてから今までで一番の安心感を得ていた自分に気が付いた。

 エリスとは、案外いい友達になれるのかもしれない。

 そう感じてしまったロディマスは、友人の為に一肌脱ぐのもやぶさかではないなと思い、早速次の行動に移ることにした。


「とにかく、貴様には今日中に治ってもらう。これは決定事項だ」


「え?ほんと!!」


「本当かい!!やったな、エリス!!」


「良かったですね、エリス様」


「うん!!!!」


 そう宣言すれば、一気に盛り上がる女性陣。

 やはり女は三人寄るとやかましいなと、そして失敗したらどうしようかと女性陣の勢いの着きっぷりに思わず後ろ向きな考えが過ぎったロディマスは、コホンと咳払いをした。


「では、場所を移すぞ」



□□□


「ここなの?」


「そうだ」


「いや、家、目の前なんだけど」


「そうだが?」


「ロディマスの坊ちゃん、いくらなんでも説明が欲しいんだが」


「そこはこのライルめにお任せ下さい」


 一同は家を出てわずか10秒の、簡易に設置された布の囲いの中にいる。

 先ほどライルを外で見たのはこの用意をする為だったのかとベリスは納得していたが、しかし同時に何故ここで治療なのかといぶかしんだ。


 その疑問に答えるべく、何故かライルがしゃしゃり出てきた。

 どうにも先ほどミーシャが的確な援護を送ったのを見て嫉妬心が湧き出たようだった。

 風に揺れる布とは対照的な断固たる意思を感じさせるライルの行動を、ロディマスは止められなかった。

 止める必要もなかったであろうが、なんとなく止めておいたほうが良かったと、興奮するライルを見て後悔し始めていた。


「さて、皆様。治療についてはどの程度お聞きしているでしょうか?」


 そう尋ねたライルに、エリスとベリスは小首をかしげた。

 こういうところは姉妹なのだと、二人の様子を見てやっと感じたロディマスは続く二人の反応を待った。


「何も?」


「そうだね、坊ちゃんからは何も聞いてない」


「左様で御座いますか」


 二人の返答にそう答え、ライルはロディマスを見た。

 その視線は、これから説明しますがよろしいでしょうか?と言う視線である。

 当然ライルにも詳細は説明しているので、ロディマスはライルに全て任せるべく頷いた。


「任せる」


「承りました。それでは皆様、まず魔過症についてですが」


 そう言って始まったライルの講義に、よくもそこまで調べ上げたものだと感心したロディマスだが、それでもやはりロディマスが調べた以上の内容は無かった。

 それもそのはずで、ライルは自分が調べたものを全てロディマスに報告している。その報告書はとても簡潔で要領を掴んだ代物で、すぐにでも学会に出せるような上等な論文でもあった。

 ただしライルはそれをあくまで資料の一つとしてしか扱っておらず、ロディマスがまとめた物を本当の論文として扱っている。


 一方、ロディマスがまとめた資料の方は、より複雑で内容が多岐に渡る為に、おいそれと公開できない代物になっている。

 だから大々的に公表するようなものではなく、ライルのその扱いは不都合が生じるから止せと伝えている。

 しかしライルは機会があれば学会、この世界で言う所の識者会議にロディマスの論文的な資料を出す心積もりであるらしい。


 どちらかと言うとその病気よりも勇者関連の内容が多いロディマスの論文的な作文を、一体どこにどんなテーマで出そうと言うのか。

 考えても分からないロディマスは、ひとまずそれを脇に避けてライルの講義と言う名の演説に耳を傾けるのだった。


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