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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
22/130

19


「そうか。そうだな、そう言えば貴様はあの狂犬の妹だったな」


「ハァ!?それが分かってたから来たんじゃねーのかよ!!」


 突然のロディマスのトボケた言葉に、ベリスが噛み付いた。

 しかしロディマスはアグリスの事で頭が一杯だったので華麗にスルー。

 結果として、奇跡的にも不敵で不気味な状態を保ったままでロディマスは交渉を続けられた。

 本日三度目の、奇跡である。


 この事からも、数多の神のいずれかはロディマスを見放してはいないのだが、それを知らぬロディマスは未だに全ての神を恨んでいた。

 逆恨みであると一部の神々が抗議したがっていたのは、彼の知りえぬ所での話あった。

 そしてその結果、後に妙な称号を得るのだが、それもまた、彼の知りえぬ所での事情であった。



 ロディマスとベリスの交渉は続く。

 散々に騒いだ上に、それでも興奮冷めやらぬ様子のベリスを見て、ロディマスは一旦ストレートな物言いをするようにした。

 そうしなければ、頭の良くなさそうなこの傭兵に話が伝わらないのでは、と考えての事であった。

 ただしそれはロディマスの杞憂であり、要らぬ気遣いを発揮した瞬間でもあった。


 傭兵は、基本的に自分ひとりで金勘定や契約の駆け引きをしなければならない。

 よって、庶民の間では、商人、兵士についで三番目程度には教養がなければ務まらない。

 彼女も当然、基礎的な知識は持っており、交渉事も10を越えるほど体験しているのでロディマスが思うほど愚かではない。


 ただし偶々、偶然、あるいは必然ではあるが、今回の一件は彼女の繊細な問題に触れている。それも長年の問題であり、両親のいない今の状態で兄が更に出稼ぎに出ている状況でもあり、見た目以上に切羽詰っているのだ。

 そしてその状況でさえ冷静であれと言うのは、些か酷な話でもあった。

 しかしそれらを正しく理解していたのは、詳細な話を知りつつも第三者としてその場に居合わせたミーシャだけである。


 ミーシャの機嫌が悪くなっていく中、ロディマスが周りの心境に何一つ気付く事無く、話は進んでいく。



「ならば貴様の兄を、狂犬アグリスをここに連れ戻せ。妹は俺が治してやると、そう伝えろ」


「何!?」


 考え事をしながら話しかけたが為に、興奮しっぱなしのベリスを完全に無視した形となった。まるで相手を挑発しているようだと驚き固まるベリスの姿を確認して、言葉のチョイスを間違えた己に愕然とした。


 相手は元傭兵で、片腕で己をくびり殺せる程の脅威であると、つい先ほど知ったはずなのに、それはまさに迂闊、油断であった。己が優位であると増長し、錯覚したが故だった。

 その事実に今更ながらに気付き、身の危険を感じたロディマスは、妹さえ治ればこいつは大人しくなるからと、自分の条件を一方的に、しかしそれでいて分かりやすく早く伝えようと努力した。


 しかし、どうあっても己には優しい言葉などかけられる才能がない。

 ロディマスは先ほどの口から出た、呪いの言葉が如き自他共に心身を削る命令に、心の中で己の語彙力のなさを呪った。

 しかし仮にそう思い後悔していたとしても、口から出た言葉は覆せない。

 そうとなれば消極案ではあるが仕方がないと、ロディマスはあくまでこれは交渉の一環だからと言う姿勢を強行にとる事にした。


「それが治療の報酬の一つだ。ギルドを通してなら、ヤツを呼び戻すなど簡単に出来るだろう?」


「・・・、え?そりゃ、傭兵ギルドを使えば国内にいれば銀貨1枚で連絡つくけど」


 狙い通り、あくまで交渉の条件を述べただけで、ロディマスに敵意も悪意もないと錯覚させる事が出来たのだろう。

 平然と話を進めるロディマスの雰囲気に飲まれるように、あくまで自分が可能な範囲でしか注文を出さないロディマスをベリスは信用し始めたように思えた。


 これは案外、どうにかなるのではないだろうか。

 ロディマスの胃が悲鳴を上げる最中、これはいい感触を得たと喜び、次も同じように他人事のように第三者目線で語ろうと判断した。

 そしてその判断は、正解であった。


「なら金は払う。ミーシャ、銀貨だ」


「畏まりましたオシ、ご主人様」


 こいつ今、お尻と言おうとしたのか?と油断のならないミーシャに違う脅威を感じながら、ロディマスは受け取った1銀貨をテーブルに置いた。

 それを手に取り、マジマジと見つめているベリスに、ロディマスは目線冷たく、言い放った。


「銀貨は本物だ」


「あ、いや、そこを疑ったんじゃないんだ。わりぃ」


「ふん」


 思わず、と言った調子で銀貨を眺めた後で脱力するベリス。

 その姿を見て、先の対価交渉であるアグリスの呼び戻しは想像以上の効果を発揮したのだと知った。

 そんなロディマスは、先の言葉を紡いだ己の口を一転して大層褒めた。


 効果は抜群である。

 やれば出来るではないか。実に優秀な口である、と。

 自画自賛である。


 単純にベリスが直情型で扱いやすかっただけなのだが、その点を意識の外に追い出したロディマスは、己の才能を過信した。

 過信ついでに、ベリスに対して追撃をかけていく。


「不服か?どの道、エリスが治ればヤツも戻ってくるのだろう?」


「そりゃ、そうだけど」


 元から言われずとも行なうの予定だった事を、敢えて報酬の一つに加える。

 そんな不審な事を言い始めたロディマスを、やっと我に返ったベリスは怪訝な表情で見つめ返している。

 その姿を見て、ベリスは思ったよりも若いのではないかと言う疑問がロディマスの頭を過ぎった。


 ベリスは見た目年齢で言えば20を超えているだろうが、ロディマスは今や15歳程度の小娘を相手にしているような気分になっていた。

 そしてそれなら交渉事の経験も少なく、もう少し懐柔策を繰り出せば簡単に落ちるだろうと、意外とチョロそうなベリスに対して心の中でほくそ笑んだ。


 まさに鬼畜の所業であると、前世の記憶が異議申し立てているような気がしたが、ロディマスは一切を無視した。

 今日のロディマスは、今まで以上にヤンチャだった。


「ならばもっと恩に着せてやる。ついでに俺の経営する工場の警備兵として格安で雇ってやる。ほう、そうだな。ヤツを番犬として雇えるのならば、これはこちらとしても中々に悪くない取引だ」


 言っていて、次第に良い案だと自分でテンションを上げていくロディマスに、口を開けたままベリスは眺めていた。

 そしてロディマスはテンションを上げつつも、獲物が針にかかった手ごたえを感じた。

 当初、ロディマスには何のメリットもないと思われていた交渉が、相手にもメリットのある話だったとベリスは気付かされた。

 それなら今までの交渉の裏も理解できると、そんな顔をしたベリスを見た。

 そしてロディマスは、ベリスをうまく心理的に誘導出来たと、むしろ出来すぎたと、上手く運びすぎた今回の交渉の成功を間近に感じた。


 そもそもの目的がアグリスの帝国入り阻止であり、また、治療法の実験体を欲したが為なので、ロディマスは何一つ真実を語ってはいない。

 しかし、さすがにそれは言える筈が無いと、そう自分に言い訳をしながらも、針に食いついた獲物、ベリスの捕獲に移る事とした。

 早く解決してやる事が、結果的に両者の為になると考えての事であり、結局ロディマスも悪役にはなりきれないが為であった。



 あとは糸を引き、針を食い込ませたら一気に引き寄せるのみ。

 前世で培った海釣りの技術が今、遺憾なく発揮されようとしていた。

 最も、前世当人が知れば「そんなの僕の思う釣りじゃないから!?」と抗議したであろうが。


「どの道、ここに帰ってくれば傭兵など辞めさせればいい。妹の治療を機に、こちらは真っ当な道を用意してやろうと言うのだ。むしろ、感謝しろ」


「ほ、本当の本気で、エリスが治るなら、それは確かに、すごく、うん、すごくいい話なんだが」


 そう言って睨むベリスだが、先ほどまでの嫌悪感丸出しの表情ではなかった。

 そんなベリスの反応に確かな手ごたえを感じ、これなら上手く行くと、そう感じた。

 もはや相手は手網に掛かっていると、確信した。


「ご主人様、そろそろ時間です」


 しかしそんな状況に水を差したのがミーシャだった。

 水を差すどころか、網に穴を開けてきた。


 前世で見た映画の、指が全てハサミになっている心優しい怪人が、ジョッキンジョッキンとベリスが掛かった網を切り裂いていく姿を想像してしまった。

 それほどまでに理解不能で、意味が分からなかった。

 そんな状況に、ロディマスは気が遠くなった。

 意識が薄れていく中、ロディマスは心の中で叫んだ。


 おお、神よ。貴様は、うんこちゃんか!?



○○○


 すぐさま意識を取り戻したロディマスは、冷静になり考えた。


 確かにこの後は実家にお隣の別荘に滞在中の公爵様の奥方様が来るのだ。それを一家で出迎えると言う珍事があるので帰らなければならない。

 だが、それにはもう少しばかり猶予があったはず。

 そう思い懐から懐中時計を取り出せば、確かにまだここを経つリミットまで30分少々の余裕があった。


 しかし、先のミーシャの発言で、ここまで温まった空気を霧散されてしまった。

 ベリスは怪訝な顔で、もっと言ってしまえばハシゴを外されたかのような、泣きそうな顔をしていた。

 今ここでミーシャに「まだ時間はある」と言っても、もう先ほどの空気は帰ってこないだろう。

 どうしたものかと思案に暮れれば、先に動いたのはベリスのほうだった。


「・・・、分かった。本当に忙しい身だったんだな。疑って悪かったよ」


「あ、ああ。今すぐに帰らねばならぬほどではないが、こちらもあまり時間に余裕は無い」


「そっか」


「ああ」


 降りる沈黙。

 随分と柔らかくなった印象を受けるベリスとの会話に、ここからどうやって次へと繋げようかとロディマスが頭をフル回転させていたその時、家のドアをノックする音がした。


「あ、すまねぇ。誰か来たみたいだ」


「そうか、出て来い」


「ここ、アタイん家なんだけど」


 まるで亭主か何かのようにベリスに命令するロディマスに対して、そう言って苦笑しながらベリスが玄関扉を開ければ、扉の向こうに見えたのは、ライルだった。


「ライルか」


「こんにちは、ベリス殿。ロディマス様のお時間が近づいて参りましたので、お迎えに上がりました」


「ああ。こんちは、爺さん」


 どうやら本当にタイムリミットであったようだと、ライルの登場にどうにかしようと考えていた事全てを投げ捨てた。

 不可抗力ではあるものの、従者たちにより事態が転々と変わっていく中で、これはもう軌道修正は不可能だと判断したロディマスは諦めて家に帰る事にした。


「交渉は決裂か?ならもう家に戻らねばな」


 そう冷たく言い残して立ち去ろうとして、ロディマスは服を掴まれた。

 掴んだ相手は、ベリスだった。

 意外なほど可愛らしく、指先でロディマスの肩の服を掴んでいた。

 何この乙女、いじらしい顔してなんなの、と戸惑いつつも相手の反応を待ったロディマスに、ベリスは恐る恐ると言った調子で尋ねてきた。


「なぁ、他の条件って何なんだ?」


 その言葉を聞いて、ロディマスは目を細めた。


「それが何を意味するか、分かっているのか?」


 治療するにあたっての交換条件を聞くと言う事はつまり、契約を行なうという事。

 ロディマスのその確認の言葉に対して、ベリスは頷いた。


「そりゃ、本当に全部を信じた訳じゃねーんだ。わりぃ。それで・・・」


「それで?」


「それで、だ。アンタは何も嘘を言っちゃいなかった。それがその、よく分かったんだ」


「だからなんだ、結論を言え」


 嘘だらけのロディマスにまんまと騙されているベリスに、少しだけ罪悪感が顔を覗かせたロディマスは、つい早口に急かしてしまった。

 元々時間がないと言うのもあり、この雰囲気乙女は牛歩戦術を巧みに操り何をしているのかとロディマスは憤慨しかけて、ミーシャの鋭い視線とばっちり目が合いそんな高ぶった気持ちが萎んだ。


 そして何故ベリスの背後にミーシャの目があったのかと考えて、愕然とした。

 気付けば家の内側にいるのが自分ひとりで、ミーシャは移動してベリスの背後にいた。ライルも当然、家の外で待機をしている。


 位置関係が何だかおかしくないか?と疑問に思ったロディマスだが、意を決したベリスの言葉でその疑問は立ち消えた。


「だから、契約するってんだ!!!お願いだ、妹を、エリスを助けてくれ!!」


 確かに待っていた言葉ではあったが、このタイミングは全く予想していなかったと、ロディマスは相変わらず自分の予定通りに行かない物事に疲れたため息を吐いた。

 そしてそのまま深呼吸をして、ベリスに告げた。


「貴様の妹は、昨日今日でどうにかなるものではないから、治療は明日行なう。契約も明日だ。今は家に帰らねばならん。いいな?」


「あ、ああ!!頼む、頼むよ!!」


「分かったから服を離せ、アンポンタン」


「アンポンタン!?」


「爺、ミーシャ、行くぞ」


「こちらに御座います」


「はい。ベリス様。それではまた明日、お会いしましょう」


「アンポンタン・・・」


 そう言ってライルたちは足早にその場を後にしたのだった。

3/5 誤字修正致しました。m(_ _)m

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