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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
21/130

18


「ここがヤツらの家か。なんともご立派な事だ。さしずめ、犬小屋か?」


 辛らつなコメントを残しつつ、ミーシャと共にアグリスの妹が住む家の前に佇んだロディマスは、あまりのみすぼらしさに、本当にあの狂犬の家なのか疑問が尽きなかった。

 見た目からして大きな犬小屋ではないかと言いかけて、我慢できずについ犬小屋と言ってしまった程である。


 アグリスの稼ぎはかなりいい。

 傭兵の中でも最上位に位置するほどの男である。そんな男への対価が安い訳が無く、当然のように報酬は金貨単位である。

 そして、あのアグリスが動くだけで小さな商店の赤字など軽く吹き飛ぶとまで言われているほど、肉体的な実力のみならず金銭的にも有名な男である。


 そんなアグリスだが、病気の治療法も見つかっていない状況で、金を使う要素がない。

 病気の妹の世話も親類か何か、とにかく家族にしてもらっているとの事なので、そこでも金を使う要素がない。

 たんまりと貯め込んでいるはずである。

 それなのにこの惨状は何なのか。


 そう疑問に思ったロディマスがその家の周りを回っていると、玄関扉が開き、中から一人の女性が現れた。


「おいアンタ。さっきから何してんだよ!!」


「む、貴様は、何者だ?」


 最初の見た目から感じた印象として、女なのか?と言う疑問を、ロディマスは辛うじて飲み込んだ。

 そして少しだけ高い声と胸元の豊満な大胸筋を見て、男と見間違いかけた。

 しかしその結果、「誰だ」ではなく「何者だ」となったのは、ロディマスの本日一番の快挙であろう。


「ハァ?そりゃアタイの台詞だっての!!さっきから人ン家の周りをウロウロと、犬かアンタは!!」


「犬は貴様だろう?このような掘っ立て小屋に住むなど、それ以外にありえん。そして先ほどから何をブリブリしているのだ?」


 その怒っている女性、女性?は、20歳前後、だろう。

 引き締まった身体に強い眼差し。明らかにカタギではない力強さを感じる雰囲気に、ロディマスはさして脅威を感じず、ごく普通に疑問をぶつけた。

 まともに話せている分、ミーシャよりもマシなヤツだ。

 相手の女性?をそう評価した。

 ミーシャに対するいつものトラウマが、今はロディマスの心を後押ししていたようである。


「ここがアグリスの妹が住まう家だと聞いたが、もしかすると貴様がそうなのか?」


「あ?なんでアンタがアタイらを知ってんだ?」


 すると途端に低くなるその女性の声色に、ライルからは事前に連絡したと聞いたはずだがアポイントメントは取れていなかったのかと、ロディマスは全部あの執事の所為にすることにした。


 しかし直後に背後に控えるミーシャに気付いて、冷静になった。

 あまりに情けない姿を晒しすぎると、後ろからグサリとされかねない。

 実際のところ、ミーシャには今の所(・・・)、そんな気は毛頭ないのだが、未来のミーシャに対するトラウマを抱えるロディマスには前門の虎、後門の狼状態であった。

 しかも将来、今思い描いている理由とは別の理由(・・・・)で刺されそうになるのは、これから先の話である。


 とにもかくにも精神的な前後の脅威に戦々恐々としてきたこの状況でも、しかし傲慢不遜なロディマスは素で対処をしてしまった。

 むしろそれ以外の選択肢が取れないほどに追い詰められていたのである。

 虚勢を張る暇もなかった。逃げたい一心が生んだ、奇跡でもあった。


「貴様、病気ではなかったのか?」


「アアア!?てめぇ、まさか兄貴を逆恨みでもしてんのか!!!」


 そう言っていきなり胸倉を掴んできた女性に、一切抵抗が出来ず宙ぶらりんとなったロディマスは、色々と体液やらが飛び出しそうだった。

 それを気合で閉め、今世の身体は融通が利いて素晴らしいなと現実逃避をしかけて、さすがにこのままでは死ぬと感じたロディマスが必死の抵抗を言葉で試みた。

 肉体的には敵うはずもないので、言葉で、である。

 その結果、偶然にも不敵な様相を醸し出せたのが、本日二度目の奇跡である。


 本日、奇跡の安売り日であった。


「待て。貴様はライルと言う名の老人を知っているだろう。あれは俺の執事だ」


「ア・・・?って、え!?」


「ぬうう!?」


 そう告げた途端に手を離され、お尻で地面とキスする事態になったロディマスは身悶えた。

 切れ痔になっていないか、そっと丘に手を這わせ大丈夫だと一安心するロディマスを、真後ろにいたミーシャが冷たい目で見ていた。


「ご主人様、変な声が出ていて気持ち悪いです」


「気持ち悪っ!?」


 そんなロディマスにすかざす追い討ちをかけてくる未来のスーパーメイド、ミーシャは今日も容赦がなかった。

 自らの尻を撫でていたのを追求しなかった事だけが、ミーシャの優しさだった。



□□□


「いや、すまなかった。アンタらがまさか言われていた連中だなんて思わなくてさ」


「ふん、こちらも妹が二人いたなど初耳だ。全く忌々しい」


「ご主人様が思い込んでいただけです。ライル様はきちんと説明しておられました」


「ふん、ご主人様などと呼ばず、ロディマス様と呼べ」


「畏まりました、ご主人様」


 最近、よくしゃべるようになったミーシャが辛らつで生きるのが辛い。


 思わずロディマスがそう弱気になってしまうほど、ミーシャは強気だった。

 何がそこまでミーシャをかき立てるのかは知らないが、とにかくロディマスに対してだけは先の一件からも分かるとおり、厳しかった。

 ただし最低限は弁えているようで、誰の前でもそう言う態度を取るわけでもない。そして本気で必要な命令だけは、言う事を聞く。

 それがかえって厄介なのだがと、ロディマスは己の処遇に思わずため息を漏らした。


「アタイはベリス。奥で眠ってるのがエリス。まぁちょっと疲れてるだけだけど、会うのは勘弁しておくれ」


「分かっている。そもそもヤツの、エリスだったか?の治療の為に来ているのだ。文句は言わん」


「ご主人様は先ほどから文句ばかりかと思いますが」


「確かにそうだが、獣人の嬢ちゃんは何者なんだよ」


「ご主人様のメイドです。従者ともいいます」


「従者なのにまぁ、随分と気安いんだな」


「ありがとうございます」


「ベリス、今のは褒めたのか?」


「さ、さぁ?アタイにもなんだかよく分からない」


「そうか」


 本気で一度どうにかすべきか、でも己ではどうしようもないなとミーシャの態度を見て色々と考え始め、そうではないと気が付いた。

 今の主役はエリスとベリスなのだ。

 彼女たちを放っておいて、違う案件に取り掛かるなどありえなかった。


 しかし、エリスとベリス、名前が似すぎではないだろうか。

 他ごとにかまけていては、時間が足りない。

 それなのに疑問が沸いて出る。

 まるで現実逃避をしたくてたまらないと、心の奥底が叫んでいるようであった。

 その不思議な感覚に、しかし今のロディマスは気の所為だと心にフタをして、ベリスを改めて見た。


「ベリス。そう言えば貴様、元傭兵か?」


「へー、よく分かったな」


「見たら分かるが、それで、エリスとは血縁関係なのか?」


「ああ、実の姉だぜ。アンタも知ってるアグリスは、アタイとエリスの実の兄だ」


「そうか。念のための確認だが、そうか」


 つまりもしかすると、エリスもこのような外見なのかもしれないと危惧した。

 病弱な妹と聞いて、密かに、ほんのわずかに美少女との出会いを連想しなかった訳ではない。

 前世の小説で、そう言う展開があった。

 だから今世も同じような展開になったのであれば、もしかするとそんな運命が己にも巡ってきたのだと、ほんのわずかに期待した。


 大女と言っても差し支えない筋肉の塊、ベリス(現実)を見る。

 筋肉ムキムキで堀の深いアゴが二つに割れた大男、アグリス(未来)を思い出す。

 そこから思い起こされる、まだ見ぬ彼らの妹、エリス。

 病弱であっても、骨格に違いはあるまい。


 ああ、現実は非情である。

 この世の神は、やはりロクでもない連中だと、己の運命をひっそりとロディマスは嘆いたのだった。



 一度深呼吸を行ない、それから眼前にいるアグリスの上の妹、ベリスに告げた。


「貴様の妹、エリスの治療方法を、俺は知っている」


「ほ、本当か!!」


 わざともったいぶって区切った調子でそう告げれば、思わずと言った感じで身を乗り出したベリスを押し留めつつ、ロディマスは冷静に告げた。


「治療法を知っているだけで、それをまだ誰にも試してはいない。やるのは構わんが、危険は伴う」


「危険ってなんだよ!!」


「いいから、落ち着け」


 先ほど押し留めたのにまた身を乗り出したベリスの顔面を鷲づかみにしたロディマスは、かなり体重をかけているのに微動だにしないベリスに思わず顔をしかめた。


「ぐっ、この。これだから元傭兵と言うヤツは」


「いきなり乙女の顔を鷲づかみにすんじゃねーよ!!」


「ふむ。貴様、俺の腕を折る気か?そのような事をすれば、治療は出来なくなるぞ?」


「ぐ、ぐぬぬ」


 この人生初ぐぬぬを頂いたロディマスだが、元傭兵のムキムキマッチョな女に言われても何も嬉しくなかった。

 ベリスは己の顔面を掴んだロディマスの腕を掴み返そうとしたが、そんな事をされれば折れて使い物にならなくなる。

 その事実を淡々と述べただけだったが、どうにもそれがベリスの癇に障っているらしいと、そこまで察したのは良かったものの、何故触ったのかが分からぬままロディマスは話を続けた。


「いいか?治療をするしないも貴様たちが決めろ。ただし、するとなれば俺と契約を交わしてもらう」


「契約?一体何をさせる気なんだ?」


 ここはさすがに元傭兵だけあり、契約と言う言葉にベリスは敏感な反応を示した。

 命がけで仕事をこなす傭兵は、商人に次いで契約を大切にする。そうでなければ簡単に切り捨てられる立場にいると、彼ら自身も理解しての事である。

 その性根が予想通り現れた事で、ロディマスは狙い通りだと手ごたえを感じた。

 一度冷静にさせ、それから話を進める。

 しかし長く考える時間など与えないように、続けざまにロディマスは次の一手を打つ。


「それも踏まえての話だ。何の契約もしていない貴様らに、おいそれと話せるものではない」


 決定権を譲りつつ、こちらからは一切の情報を与えない。

 しかも情報が欲しければ契約しろと迫る。

 それでは順序がアベコベだが、商談と言うものはこういう矛盾を相手に突きつけて選択肢を減らすものである。

 ロディマスはその鉄則に従い、悪徳商人ばりの手腕でベリスを追い詰めていく。


「そ、ンなこと言われても、わかんねーよ」


「そうだな。情報を何も知らぬままと言うのは判断が出来ないだろう」


「そ、そりゃそうだろ!!」


「ならばそうだな。俺が知った例の病気についてだが」


「だ、だが?」


 糸を張り詰めてから、緩め、また張り詰めさせる。

 そうやって緊張と言う名の糸を自在に操り、相手の心も操る。

 つまり、精神的な揺さぶりと言うものをロディマスは行なっていた。


「貴様の妹は発症時期から察するに、あと5年もたないだろう」


「な、なんだと!?」


「喚くな。大切な妹の話、なのだろう?」


「グッ!!」


 相手の弱いところを突きつつ、更なる弱点を追い討って相手の意見を封殺する。

 実に悪辣な手口だが、ロディマスに罪悪感は無かった。


 それと言うのも、そのアグリスの妹エリスについての思い入れがなかったからである。

 ミーシャとは異なり、未来の記憶においてもただの一度も出会った事のない人物。

 物語の脇役の家族のような、そんなアヤフヤな存在。しかも気が付いた頃にはすでに故人であった。

 それが、ロディマスの知るエリスだった。


 それ故に、ミーシャやアリシアのような妙なトラウマもないので、もし死なれても別段困らないし恨みを買ってもいいとさえ思っている。

 今回の最終目的はあくまでアグリスを呼び戻すことであり、エリスの治療自体は優先度が低い。

 当然、助けられるなら助けてもいいとは思っているが、それをする為に支払う代償があまりにも大きすぎるので、ロディマスも些か臆病になっている。

 しかしそんな都合など一切知らないミーシャは、あまりにも酷いロディマスを半眼で睨んでいた。


「それで、どうするのだ?俺は忙しいのだ。今すぐに決められぬようなら諦めろ」


「何をだ!?何を諦めろってんだ!!」


「妹の命だ。少なくとも俺の知る限り、あの病気を治せるのは俺だけだ」


「アンタが治すってのかい!?」


「先ほどもそう言ったはずだが、詳しい話も契約さえすれば話してやる。っと、ああ、そうだ。一つ言い忘れていたな」


 感情的になっているベリスの相手は骨が折れると思いながらも、更なる揺さぶりをかける為に、ロディマスは敢えて先ほどは言わなかったことを冷酷に告げた。


「本人を見ていないからはっきりとは言えんが、これ以上に病状が悪化すれば俺でも治療は出来なくなるやもしれんな」


「え?」


「あと5年の命と言う所まで来ているのだ。もはや一刻の猶予も無い」


「そんな!?だってあの子はまだ今日も、さっきまで一緒に飯を食って・・・」


 張り詰めさせ、そして緩んだ糸を見て、そろそろ頃合かと見計らったロディマスはダメ押しをした。


「そのくらい、分かっていただろう?」


「いや、まさか。だって兄貴も治療法を探していてやっと手がかりを掴んだって」


 押して引いて、また押して、最後に優しくソフトランディング。

 この手の押し引きの常套手段は、ベリスのような直情型にはよく効くと、まるでゲームでもしているかのような感覚でロディマスは次の選択肢を選ぶ機会を伺っていた。


 しかし、そんな余裕シャクシャクだったロディマスは、今のベリスの発言を受けて、ふと気付いてしまった。

 未来の記憶において、狂犬アグリスは妹の治療法を捜す為にどこへ向かったのか。

 答えは、帝国である。

 つまり今、アグリスは帝国に向かっている。


 それは非常にまずい事態だとロディマスは焦った。

 帝国は隣国ではあるものの、ここからは王都を挟んで完全に真逆の方向である。

 そうなれば呼び戻すのに時間がかかってしまい、こちらからの伝達が間に合わず帝国入りを許してしまう。

 そして一度帝国に入ってしまえば、あのマッドドッグを帝国が野放しにするはずがなかった。すぐに軍へと編成されてしまい、呼び戻す事など出来なくなるだろう。


 それは、ロディマスが思う中でも最悪の事態だった。

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