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万の軌跡と救世主  作者: gagaga
第一部 実家編
20/130

17  ◇ ロディマスの心境 ◇

 ロディマスは、己が目覚めてから打った数々の手を、頭の中で確認していた。



◇◇◇


 まず最初に考えたのは、自分を鍛える、だったか。


 今は魔法と剣、そしてトンファーの三つを同時に鍛えている。

 最近は身体も軽く、馬に飛び乗るのも上手くなった。

 中庭から駆け抜ける館一周ランニングも、以前の2倍ほどのスピードが出ている。

 一緒に周回させているミーシャを見れば、一目瞭然だった。

 追い抜くたびに悔しそうな顔をしながらも、それでも必ず同じペースで歩いているミーシャを見て、これはそろそろ辞めるべきかとも考えたほどだ。


 そもそも始めた時から歩いているミーシャを見て、少しばかりショックを受けた。

 当時、そのペースを一定に保てと命令をした。そして彼女は命令どおりに今もそのペースを貫いている。

 しかし、当時の全力が、歩くペースと同じ。

 その時はどれだけ能力が低かったのかと愕然とした。

 しかもそれは昨日久しぶりにミーシャと共にランニングをした為に、気付けた事実であった。


 今更言っても詮無きことではあるが、それでも悔しい。

 それと同時に、違う意味でミーシャに無理をさせていた事実に申し訳の無い気分となった。

 そして、かつての己の怠惰さに(いか)った。

 結果、普段よりも気合が入り多くの鍛錬を追加で行なえたので良しとする事にした。別にミーシャの冷たい視線が突き刺さり続けたからではない。断じて、ない。

 ついでに、ランニングは時間がかかるので短縮する事にして、ミーシャの付き添いも無くした。合理的な判断に基づく結果であり、他意はない。


 魔法の腕も、心地よい風を吹かす事も、沸いた湯で風呂を満たす事も可能となった。

 散々に練習した複合魔法の成果か、従来のように火魔法の上で風を吹かしての温風ではなく、温風そのものを一つの魔法で再現している。お湯もそのままお湯として提供できている。


 己の魔法の現状はこのような所で、得意なはずの魔法でさえパっとしない。ほとんど生活用の魔法でしかない。いや、全くもって、言い訳のしようがないほど生活用の魔法でしかなかった。

 しかも攻撃力を伴う魔法は雷のみ。

 今までであれば癇癪を起こしていてもおかしくはなかった程の、不出来な結果である。


 だが、その雷の威力がかなり高かったので、個人的には満足がいっていた。十分に主戦力と成り得る火力だった。

 未来の記憶でも何度となく雷系の魔法を見ていただけに、闇の適正がなければ本来の適性は雷だったのだろうと推測できるほど、雷属性とは元々相性がよかった。

 上位属性である雷を扱える時点で、もしかすると己はエリート寄りなのではないかと、ほんのわずかに増長した考えを持った事も、ない訳ではなかった。

 しかも闇魔法【マジックブースト】で限界まで威力を引き上げて使えば、全魔力と引き換えに大人と同サイズの丸太を黒焦げに出来るほどである。

 正直、最初に使った時はさすがに驚いた。

 しかもまだ上位属性たる氷も順当に伸び始めている。

 マジックマスターの称号を得るのも、あり得るのかも知れないと、ありもしない未来を想像する程度には浮かれた。


 しかしそれ以上のびっくり人間が多いこの世界で、この程度でビビっていたり希望を持っていては話にならないと、傭兵団たちの本気の訓練風景を外から見ながらぼやいたのは、記憶に新しい。

 何せ昨日の話だ。新しいはずである。


 そして、敢えて最初に考えるのは避けたが、剣の腕は酷いもので、相変わらずミーシャとの模擬戦では全敗中である。

 日増しに強くなっていくミーシャと、まるで成長していないように思える自分とを比べて、当然のように落ち込んだ。

 だが、それでも己は確実に強くなっている。

 たとえ、ミーシャの他に現在雇い入れている傭兵団の誰にも模擬戦で勝てないとしても、確実に地力は付いていると、己の手を見つめてため息を吐いたのも、昨日の話だ。

 考えていて空しくなってきたので、次へ行こう。




 次に、ミーシャの件である。


 ミーシャは確実に強くなっている。間違えようも、疑いようもない。気の所為だと思いたかったが、真実だった。

 既に傭兵団の傭兵たちでも、模擬戦で勝てる人間が減ってきているほどである。しかも傭兵団の連中は、元々が他の国の騎士だった者が多く、実力はその辺にいる傭兵たちとは一線を画す程に強い。

 そんな連中を相手に8歳の子供が勝った負けたと言っているのだ。その実力は誰の目にも明らかだった。何度も言うが、見間違いではなかった、残念ながら。


 それと傭兵たちは他国に所属していたからか、この国の国民と比べて獣人に対する偏見が少ない。

 結果、ミーシャは伸び伸びと誰(はばか)る事無く鍛錬を続けていた。実に恐ろしい話である。

 無論、武器とスキル込みで、なおかつ何でもありの条件で戦えば、まだまだ傭兵の方が強いだろう。

 肉弾戦限定と言う条件下ではあるものの、子供でしかもハーフとは言え身体能力の高い獣人と互角以上な時点で傭兵たちも十分に優秀だが、それでもまだあの先がある事を知り、剣を捨てたくなったのも、記憶に新しい。

 新しいも何も、全部昨日の話なのだが、そう思い出すと心がしんなりとしてくるのが困ったものである。


 しかしこのまま順調に行けば、魔物が相手であっても自分の身を守れる程度には強くなれるだろう事は明らかである。

 それは当初の目的に沿う内容のはずなのだが、ミーシャはどうにもそれで終わってくれないような気がして落ち着かない。

 もしかすると、未来の記憶で見たミーシャよりも格段に強くなるのかもしれない。

 ただえさえ強かったミーシャが、あれを超える存在になるなど恐怖しか感じない。

 しかもあれだけやっても未だに懐かない。身の危険度が以前と変わっていない。

 ならば今からでも遅くないのではないかと、ミーシャ弱体化の予定も考えたが、諦めた。


 それはこちらの都合だけでは済まない事態にまで発展していたからだ。

 何せライルがやる気なのである。

 メイド長も、やる気なのである。

 彼女をスーパーメイドとして、王族主催のパーティに呼ばれても大丈夫なほどの教養を身につけさせると息巻いている。

 この国では偏見の対象である獣人なので、まず万が一があってもそんな場所に呼ばれないだろうが、もし呼ばれるような事態になったら、それはそれで大問題だろう。

 何せその時は、恐らくミーシャが勇者と化しているのだから、個人的にはたまったものではない。本当に、勘弁願いたい。


 そして、そもそもスーパーメイドに暗殺術はいらないのではないのか、と弱気に思うものの、そう言う立場だからこそ主を守れる力が必要だとライルに説得されてしまった。

 もう、後戻りは出来ないと知った。

 これだけ多くの未来の記憶を持ち、その数と同等の失敗談を目の当たりにした今でさえ、こういう失敗は少なくない。

 ならば、前情報の一切ない絶望の未来を辿った自分はどれほどの苦労と苦悶を重ねたのか。

 そう考えれば、少しばかりやる気を取り戻せた。


 下には下がいる。

 セコい考えだと自覚しているものの、今はそんなものにさえ(すが)らなければ、心が折れそうだ。





 残る話題は、酵母と工場についてであろうか。


 酵母は結局、保留となった。

 それと言うのも、先に小麦の製粉工場を安定化させなければならなかったからだ。

 ただしある程度の量産の目処は立ち、例のベリーを安定供給できそうな村も近くに発見しているとライルから報告を受けている。

 交渉はこれからになるが、そちらについてはさほど問題にはならないだろう。


 そして、今現在も工事が続いているその現場だが、拡張したのは主に2箇所だ。


 一つは鍛冶屋と木工職人が急ピッチで作っている、新型の小麦挽き機用のスペース。

 当初の予定よりも巨大な構造物となりそうだったのだが、父バッカスが余剰スペースを確保した拡張案を出してくれていた為に、問題なく終わりそうである。

 その事に嬉しさと悔しさをない交ぜにしながら礼を言ったのは、やはり昨日の話だ。


 もう一つ拡張したのは、前世の知識から得た石窯を設置する為だ。

 その石窯はアボート家で使っているような、上下二層に分かれており、下で薪を燃やしてその熱で上の窯を暖めると言う大型のものとは異なっている。単純に上一重構造で、左右に灰取りや薪入れ用の窓がついたものである。

 ピザ用の窯と言えばイメージが沸くだろうかと思いそう告げれば、この世界にはピザがなかった事を知った。そして窯についても、(かまど)のように基本的に二層になっているものが一般的だと言われてしまった。

 これで伝えるのにまた苦労した。最初から設計図と説明だけ用意してライルに任せておけばよかったと、残念な気持ちになった。


 しかし、ピザ窯であれば、掃除さえ滞らせなければあのオリハルコンコーティングされたプレートを使わずに済む。

 そう考えての選択だったが、果たして上手く行くかは割りとぶっつけ本番である。正直、自信が無い。

 しかし、いざ失敗となれば父に泣きついてプレートを安く譲ってもらうので、失敗後の事まで考えれば悪くない手でもある。

 そこまで考え覚悟を決めたのも、昨日の話である。



 昨日一日でこれだけ盛りだくさんなのである。しかも昨日のみならず、毎日がこのように盛りだくさんである。

 よって、現世に降り立ってからわずか2週間ほどの話なのに、すでにすっかり老け込んでしまった。

 ロディマスは10歳なのに、自分は精神的な老いを今、感じている。


 「どっこいせ」と言って立ち上がってしまうのだ。


 もう、どうにもならないところまで来ている。

 自分のオッサン化を受け入れるべく覚悟を決める他ないだろう。

 まさかこの歳で過労死するとは思えないが、休養はしっかり取ろう。差し当たっては、工場が安定する再来月辺りに休みが欲しい。





 そして残る問題は、アリシアの件だろうか。


 勇者候補筆頭のアリシアに頑張ってもらい、色々と世界を平和にしてもらうべく活動してもらう。そうすればミーシャがソレに巻き込まれずに済むというのが、見込みの計画である。

 しかし、もはやミーシャに勇者してもらい、こちらは後方支援する方が安全ではないのかと思ってしまうほどミーシャ育成計画が(はかど)りすぎている現状だが、いつ何時【魔王の卵】が孵化するか分からない今、その賭けには乗れない。

 だからつまり、やはりアリシアに頑張ってもらう為にも病を治す必要があるが、問題が一つある。

 治療する方法は既に把握しているので、問題は別の所にある。


 落ちぶれたとは言えそれでも元上流家庭、現公爵家のご令嬢にその治療をいきなり試すわけにもいかないのである。

 どこかに良い実験対象がいればいいがと思い浮かべ、未来の記憶を頼り、思い当たったのがマッドドッグと呼ばれた死をも恐れぬ狂気の傭兵、アグリス。

 その男の妹である。


 今にして思えば、そもそもアグリスは家族思いなのだろう。

 病に伏した妹の為に、その治療法を探して、あるいはその資金を稼ぐ為に荒行に次ぐ荒行で心身ともに疲弊をしていく。

 最終的に平時でさえも狂っていた犬は、帝国の犬として戦争の戦端を拓き、周辺諸国に猛威を奮った末に孤立し、自滅する。


 間抜けなヤツだと思っていたそれらが全て家族愛によるものだったと知った今は、アグリスの生涯を見て受ける感情が、以前の印象とはまた違ったものになるから不思議である。

 だが、そんな狂犬の手綱を握り戦争を回避、ないしは遅らせつつ、治療の実験も同時に行なう。ついでに善行も積めるとなれば、アグリスの妹を治療するのは、実に良い案だ。

 そう考え、暗い自室でほくそ笑んだのは記憶に新しい。これは、一昨日の夜の話である。



 そう言えば、まだアグリスの妹は見つからないのか。

 いや、待て、資料を見逃して結果的に放置していただけと言う可能性はないだろうか。

 資料の中を探れば、ある。資料がある。どうやら見逃していたようだ。

 しかし必要だと思えばすぐに出てくる。重要度順に並べ直してくれている。さすがはライルである。

 幸いにもその資料は昨日付けで更新されており、アグリスの妹は現在この街を出てすぐ近くの小屋で寝泊りをし、療養しているそうである。

 これは実に、都合がいい。


 都合が良すぎて何者かの作為を感じる状況だが、それでもこれに乗らない手はない。

 早速ライルに要件を告げて、アグリスの妹とコンタクトを取るべきであろう。

 さて、そろそろ現実逃避を辞め、仕事に戻るか。

 ミーシャに木剣で打たれた頭はまだ痛いが、書類仕事であれば問題はないだろう。はぁ。


◇◇◇



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